妹、古い洋館を探索する。 その4
投稿が遅れてしまい申し訳ありません。
現在、周囲が立て込んでおりまして、しばらくは不定期投稿になりそうです。
「あ、あの……お話は歩きながらにしませんか……?」
続きを語ろうと姉が口を開きかけた所で藍色の法衣を纏った少女が先に口を開きました。
先程から小さくブツブツと何やら呟いていた推定ノドンスさんです。
そろそろ姉でもユピテルさんでも、どちらでもいいので彼女を紹介して欲しいのですが、これではいつまで経っても推定ノドンスさんですよ?
「ノドンスは、そろそろ限界です。
はやく、はやく、はやく敵の所にいきましょう。
そして戦いましょう。怪我をしたらノドンスにお任せください。
傷ついてくれないと、癒せません。
ノドンスは、もう癒したくて、治したくて……ああ……!」
はい、ノドンスさん確定ですね。それとヤバい人みたいです。
また小さくブツブツと呟き始めたので、よく耳を澄ませてみれば「癒したい。治したい」と小声でリフレインしていました。ドン引きです。
「ノドンス。私の話を聞いていたか? 今回は戦わないぞ。
そもそも<拒絶の記憶のクコロ>は戦う相手ではない。
癇癪を起している娘を引っ叩いて止めるものではないからな」
「で、でも道中に敵が……」
「あー、それは儂とシャーリィで片付けてしまったのぅ」
「そ、そんな……で、でも罠とかで怪我をする場合も……」
「あ、私が【罠視】を持っていますので」
ノドンスさんが崩れ落ちました。どれだけ癒したかったのでしょうか。
「トドメを差したな」
「見事な介錯じゃったな」
「褒めても何も出ませんよ」
そういうつもりはなかったのですが、どうやら私の発言がノドンスさんにトドメを刺してしまったようですね。
ノドンスさん、結局、私達を移動させる目的を果たせずに話の腰を折っただけでしたが、一体何がしたかったのでしょうか?
移動をしていない原因が、姉の話から自分自身になったのは自爆ギャグですかね。
ノドンスさんが復活するにはもう少し掛かりそうだと言うことで、姉は話を再開することにしたようです。
ノドンスさんのことはユピテルさんが見ていることにしたみたいですね。
姉もユピテルさんもノドンスさんの対応に慣れているみたいでした。おそらく、これが姉達の日常なのでしょう。
「……クコロを説得したオクは、彼女の回復を待ってディルスの街を旅立った。
目指す先は『悲しみの森』
クコロとオクは森での探索の末に、それに辿り着く。
それは森を包む悲しみの怨念、怒りと憎悪を振り撒くもの。
その名は<ハティ>」
姉の話を聞きながら私は確信します。
やはり、私の感じた気配は間違っていなかったようです。
シオリに取り憑いていた臆病者。<ハティ>
いえ、能力を使って戦いを避けた私が言える台詞でもありませんか。
いつかはちゃんと決着を付けたい相手です。
「……クコロとオクは<ハティ>に挑み、そして破れた。
彼らの天命はここで終わる。
<ハティ>は森から溢れ出てディルスの街へ流れ出した。
ディルスの街は<ハティ>のもたらす『悲しみ』に包まれた」
絵本に書いてあった『その後、ディルスの街は悲しみに包まれた』というのはこういうことでしたか。
まさか、『悲しみ』そのものがやってくるなんて誰が予想できたでしょう。
「このままではディルスの街の人々も『悲しみの森』の森精種族と同じようになってしまう。
彼らの信じた勇者オクはもういない。
怒りと憎悪に満ちた殺し合いが、舞台を森から街に移して始まってしまう。
繰り返される悪夢。悪夢を払う勇者オクはいない。ディルスの街は終わりかと思われた。
しかし、そこに奇跡が起こる。<神具>の一つである『神獣』が降臨した。
いや奇跡ではない。それは必然だった。
何故ならば、『神獣』は豚の半獣人の勇者オクの呼び声に応えたのだから。
『神獣』が<ハティ>を自らの身体に封印することでディルスの街は救われた。
『神獣』に救われたことでディルスの街では獣人種族を崇めるようになった。
しかし、何も知らない街の住人は理解の出来ない騒動を、勇者オクを連れ出した森精種族の少女クコロの所為だと決めつけてしまう。
親を、子を、友人を、自らの手で殺めてしまった憤りと悲しみを、ぶつけるのに丁度良かったから――」
語り終えた姉は上機嫌に微笑み、私を見つめてきます。
私は姉の視線を受けながら数日前の出来事を想起するのでした。
<ハティ>と相対した私がしたこと。それは――
「お前が能力を使って『神獣』の肉体から<ハティ>を引き剥がしたことは知っている。
あれだけの事象改変が引き起こされたのだ。気付かない道理がない」
私はクランディルス草原で出会った<ハティ>を退ける為に、自分自身の能力を使って<ハティ>が白い狼に取り憑いていない状態へ事象を改変しました。
それにより<ハティ>は何処かに消え去り、限定特典の【紫皇神獣】――『神獣』の肉体を持つ四条織理恵――シオリと再会することになりました。
姉の語ったことがこの世界で過去に起こったことならば、私がしたことは勇者オクとクコロの行動を無意味にして、<ハティ>を解き放ってしまったということになります。
しかし、事象改変を行わなければ、私か四条織莉恵のどちらかが死んでいたというわけで。
「……姉は<ハティ>を封印した『神獣』の肉体を限定特典の名目で四条織莉恵に与えて、何がしたかったのですか?」
自然と声のトーンが低くなってしまいます。
私が<ハティ>と出会わなければ、四条織莉恵は<ハティ>に取り憑かれたままだったでしょう。私が能力を使わなければ、私は<ハティ>に取り憑かれていた四条織莉恵を殺していたでしょうし、もしくは四条織莉恵が私を殺していたでしょう。
そして実際には能力を使い、事象を改変したことで、私は勇者オクとクコロの行動を無意味にして、セフィリアを苦しめる状況を創り出してしまっています。
上機嫌の姉を見る限り、この状況は姉の望んだものなのでしょう。
私達三人がうまく出会えるように配置してくれたことには感謝しますが、それはそれ、これはこれ、私が睨み付けていると、姉はふう、と軽く息を吐き、
「そう怒るな、妹よ。
何がしたかったか……簡単なことだよ。私は過去を創りたかったのだ。
今、私が語ったことはこのゲームの設定に過ぎない。
実際にこの世界で起こったことではなく「昔、こういうことがあった」という設定だ。
勇者オクとはこういうキャラで、クコロはこういうキャラで、『悲しみの森』はこういうもので、森精種族はこういうことになっていて――
それらは過去にそうであったということになっているだけで、実際には起こっていない。
5分前に創られた世界の5分より前を創り出す。その為に必要だったのだよ」
5分前世界仮説――
かつて姉が私に話題を振ったことがありましたね。
世界が5分前に創られたものだったとしたら、創られた瞬間に過去の記憶を与えられた状態で創造されていたとしたら、過去が存在しないことを証明することは出来ないという仮説。
あの時、姉は最後に何を言おうとしていたのでしょうか。
何故かそこだけが思い出せません。
「お前が能力を使って、過去の選択肢を改変すれば、その選択肢に沿った過去が創造される。
それが実際には存在しない過去であったとしても、だ。
<ハティ>に追い詰められたお前が能力を使って過去を改変すればよし、<ハティ>を殺せば友人を殺してしまったことから、お前は能力を使うだろう。それもまたよし、だ。
何にせよ、お前が能力を使う度に過去は創造され、私の世界は完成に近づいていく。
私の<扉>は未来にしか開くことが出来ないからな。本当に感謝しているよ。
ああ、そういえば返答がまだだったな。バグ取りに来たのか、だったか。
仮にもゲームとしての体裁を取っているから、それもあるが……本来の目的は別にある。
私は見届けに来たのだよ。創造された過去が、設定した過去を塗りつぶす瞬間を見たかったのだ」
私や私の友人を利用したことに悪びれる様子もない姉。相変わらずの姉です。
この狂人に付ける薬は一体何処にあるのでしょうか。
私が姉を超えることで、その薬になることが出来るのならば、それが一番なのですけどね。
ノドンスさんはどうしてこうなってしまったのか。
初期設定では普通の癒し系ヒーラーだったというのに……
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