妹、古い洋館を探索する。 その3
ついにあの人の登場です。
数分前の自分に突っ込みを入れたいですね。
私は目の前にいる三人を見ながら内心でひとりごちます。
「冷静に考えれば、一本道でしたね」
先に二人が入っていたのはユピテルさんに聞いて知っていましたし、スタート地点の扉から左右に分かれるだけの実質一本道なのですから、よくよく考えれば予想も何もなく、こうなるのは当然の帰結でした。
「久しいな妹。息災のようで何よりだ。
ユピテル、待っていろと言ったはずだが……来てしまったのか」
「久しぶりです、姉。姉の作ったゲームは楽しく遊ばせて貰っています。
多少、ゲームとしては突っ込み所が多いですけどね」
「おお! 何処かで見たことがあると思うておったのじゃが……そうか! お主の妹じゃったか! 確かに顔立ちがそっくりじゃ。身体つきは妹の方に軍配が上がっておるようじゃが……」
「私の妹に色目を使うなよ。その身体で何が出来るとは思えないがな」
姉が半眼でユピテルさんを見やります。
ユピテルさんはそういう趣味があるのでしょうか。
私にはそういう趣味がないので、少し離れておきましょう。
「アリア。お主の所為で警戒されてしまったぞ」
「女遊びが過ぎて嫁に女体化されてしまったあげく、下界に落とされた駄神には丁度いいくらいだ。いや、今は駄女神だったか」
「相変わらずお主は容赦ないのぅ……」
離れたことで、少し心の余裕が出てきました。冷静に状況を見つめ直すことが出来そうです。
二人の話の内容も気になりますが、今は置いておきましょう。
姉の友人が普通なわけがありませんからね。実際にユピテルさんがそういう存在だとしても今更驚くに値しません。聞いてみるにしても後回しでいいでしょう。
まず、この場にいる人物ですが、私とユピテルさん、正面からやってきた姉、この世界ではアリアと名乗っているようです。と、見知らぬ竜人種族の少女、おそらくノドンスさんですね。そして半透明な長身の豚の半獣人。彼はオクですかね。合計5人がこの場に揃っています。
私達が接触したのは最初のスタート地点の扉から少し行った所、左右の廊下が同じ距離ならば、その中間地点より少し右側の廊下側に寄った場所でした。
ユピテルさんが『裏の世界』の住人っぽかったので、もしかしたらユピテルさんの仲間のアリアという人が実は姉じゃないかとは疑っていましたが、疑ってものの数分でフラグを回収するとは……いやまあ、自分で思わず呟いてしまいましたが、一本道ですから、当然でしたね。
「妹とユピテルが入ってきてしまったのはともかく、だ。
2人と私達が会ってしまったということは……やはりバグが起こっているか」
姉の漏らした言葉に私は眉をひそめます。
「姉。一本道なのですから、先に入った姉達と私達が会うのは当然のことでは?」
「ここは本来2人ずつしか入れないダンジョンなのだよ。
先に2人が入っていたのならば、後に入った2人はここと同じ外見の、こことは違う空間に飛ばされるはずなのだが、どうやら新しいバグが見つかってしまったようだな」
どうやらここは俗にいうインスタンスダンジョンというものだったようです。
2人しかいないはずの空間に4人いる。確かにこれはバグですね。
「姉はここにバグ取りに来たのですか?」
私が言うと姉は満面の笑みを浮かべました。
久々に見ますね。姉の笑顔。この笑顔が出るということは、姉はかなりの上機嫌だということです。
何故、バグ取りなのかと聞かれて上機嫌になるのかは、わかりませんが。
上機嫌の姉を改めてじっくりと見ます。
その姿は私と同じお母様譲りの白金色の髪を肩まで伸ばし、上半身は白いフリル付きのブラウスに橙色の紐ネクタイを首元に巻いて、肩に橙色のケープを羽織っており、下半身は黒いスパッツの上に橙色のプリッツスカートを履いています。
橙尽くしです。姉が限定特典を持っているとしたら、橙ですね。間違いありません。
「……その昔、『ディルスの森』は『悲しみの森』と呼ばれていた」
そんなことを考えていると、姉がなにやら語り始めました。
姉が唐突なのはいつものことなので、そのまま耳を傾けます。
ユピテルさんとノドンスさんも慣れているようで、ユピテルさんは軽く肩を竦める程度、ノドンスさんは――何を考えているかわかりませんね。
藍色の法衣を着た竜人族の少女、名乗られていないので推定になりますが、ノドンスさんは出会った時から無表情でこちらを見つめているだけです。
小さく何かをブツブツと呟いているようですが、あまりに小さい声で聞き取れません。
もう少し大きな声で話して欲しいのですが、人見知りが激しいのでしょうか。
「『悲しみの森』は悲しみに呪われていた。
かつてこの地で引き起こされた悪夢のような出来事によって生まれた悲しみの怨念。
それが森全体を包んでいた。
怨念から引き起こされるのは、奪われたことに対する怒りと憎悪、『悲しみの森』に住んでいた森精種族は、その影響により、互いを憎み合い、殺し合うことになってしまった」
上機嫌に姉が語り続けます。内容はこの地の設定のようです。
どうして今、私にそれを話すのでしょうか。セラを助けるのに必要な情報なので止めるつもりはありませんが、妹とは言え、プレイヤーにネタバレするのはどうかと思いますよ。姉。
「『悲しみの森』に住んでいた森精種族は殺し合った。
自分以外の全ての者に怒りと憎悪を向け、殺し合いを始めてしまった。
いや、1人だけ影響を受けなかったものがいた。
森精種族と地精種族のハーフであった少女は悲しみの怨念の影響を受けることはなかった。さらに異端として集落の離れに追いやられていたことも、少女を殺し合いから逃れさせることに一役買った。
その少女の名はクコロと言った」
<拒絶の記憶のクコロ>の肌が浅黒かったのは、森精種族と地精種族のハーフだったからなのですね。
そしてどうやら姉が語っているのはクコロがオクと出会う前の話のようです。
ちょうど何故クコロがディルスの街にやってきたのかを調べていた所なので助かりましたけど、本当にどうして姉は今、この話をしているのでしょうか。
「クコロは互いに憎み合い、殺し合いを続ける森精種族を救う為に、勇者を求めた。
クコロは集落を出て、森を歩き、勇者を捜し歩き続けた。
ただの少女では旅は難しいが、クコロは生まれ付き【念動力】のスキルを持っていた。
その力を使うことでクコロは旅を続けることが出来た。
そしてクコロはディルスの街に辿り着き、散歩をしていたオクと出会うことになった。
オクはクコロの話を聞いて彼女に協力をすることを約束した」
調度品を浮かせてぶつけてきていたのは【念動力】というスキルの効果でしたか。
破壊された調度品が再生するのは別のスキルか、もしくはゲームとしての仕様ですかね。
「屋敷に戻ったオクはクコロにしばらく二人で暮らすことを提案した。
長旅の影響か、クコロがあまりにも弱っていたから、それは無理だとオクは判断したのだ。
クコロはそれをオクが自分を騙して屋敷に連れ込んだものだと勘違いをしてしまった。
クコロはオクを拒絶した。それはオクが彼女を説得するまで続いた。
……ちなみに、このダンジョンはその時の様子を再現しているものだ。
<説得の記憶のオク>を連れて、彼を調度品の魔物から護りながら<拒絶の記憶のクコロ>の元にまでたどり着ければクリアすることが出来る」
姉の言葉に私は佇んでいる豚の半獣人を見上げます。
【鑑定】で出てきた名前は確かに<説得の記憶のオク>でした。
なるほど。そういうイベントだったのですね。
力押しではなく、説得をする人物を連れていくのが正解ルートだったようです。
「姉は、このダンジョンの背景設定を私に教えたかったのですか?」
「いや、ここまでの話は前提として知っておいた方がいいというだけの話だ。
これから話すことを理解するために、この前提知識は必要なのだよ」
私が尋ねれば、姉は小さくかぶりを振りました。
姉が言うにはここまでは前提、これから語る話が本番みたいですね。
どうやら、もうしばらくの間、姉の語りに付き合うことになりそうです。
次回、姉が上機嫌な理由が明かされます。
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