妹、古い洋館を探索する。 その1
洋館探索のはじまり。
ディルスの街を取り撒いている怒りと憎悪の感情。その中心を探し、辿り着いたのは古い洋館でした。頑丈そうな見た目とは裏腹に、その扉は入ってくれと言わんばかりに僅かに開いています。隙間から見えるのは玄関ホールでしょうか。赤の絨毯が敷き詰められているのは見えますが、それ以上のことを確認するには中に入らなければならないようです。
「こういうのは入った途端に後ろで勝手に鍵が閉まるのが定番ですが……」
後ろでがちゃりと鍵の閉まる物音がすることもなく、洋館の中に足を踏み入れた私は改めて周囲を見渡します。
扉の隙間から見えていた赤い絨毯は玄関ホール全体に敷かれていて、さらに左右の吹き抜けの廊下に続く階段へと繋がっています。左右の階段から繋がる吹き抜けの廊下の中央、私の居る場所から見て正面には巨大な肖像画が飾られており、そこには巨大な剣を地面に付き刺し、威風堂々と胸を張っている筋骨隆々の豚の半獣人の姿が描かれています。
一階部分、吹き抜けの二階の廊下の下には左右に2つの扉、二階部分の肖像画の下には大きな両開きの扉が1つあるのが見えます。
屋敷の中を探索する為にはどれかの扉に入る必要がありそうですが――
「その前に、先客に挨拶をするとしましょうか」
正面の肖像画の下、二階の吹き抜け廊下の手摺り部分に座り、肖像画を見つめている機人種族の女性がいました。
階段を上がれば、その足音でその女性もこちらに気づいたようで、手摺りから降りて私に視線を向けてきます。
女性は豊満な胸の中央部から下腹部の少し上まで、菱形に大きく開いた空色のぴっちりとしたレオタードに右の太腿から覗く機械部分を隠す様に腰に白いシースルーの布を巻いて、足元にはギリシャ神話に出てくるようなサンダルを履いています。
膝まである長い金色の髪のツインテールが乗った頭は女神も斯くやと、思わせる程の眉目秀麗。違和感がない所からするとNPCか私と同じ姿を弄っていないプレイヤーでしょう。
私の周囲には私も含め、綺麗所が多いですが、それと比べても頭一つ抜きんでている気がします。その原因は彼女から染み出ている大人の色気というものの所為でしょうか。まだ17歳の私には出せないものですね。3年後、私も成人すれば出せるのでしょうかね。まあ、この世界では15歳が成人ですけどね。
「なんじゃ? 儂に何かようかの?」
薄いピンク色の唇から紡がれた言葉は何処か古風な口調。
これでロリだったら『のじゃロリ』だったのですが、惜しいですね。
「用ということでもないのですが、ここの探索をしようと入ってきたら貴女が居たので。
……ここで何を?」
肖像画を眺めて何をしていたのかと尋ねれば、女性は自分を指さし、
「儂か? 儂は人を待っておる。
しかし、ここの探索か……お主も運がないのう。
ここは二人組でしか攻略することが出来ん。一人でここの探索をすることは無理じゃよ」
二人組でしか攻略できない。一人だけ待ちぼうけ。これが意味する所は――
「はーい。二人組つくってー」
「お主は何を言っておるのじゃ?」
「いえ、なんとなく」
スルーされてしまいました。
気を取り直して、どうやらここは二人組限定のダンジョンみたいな場所のようですね。
肖像画からすると、勇者オクのゆかりの地のようですし、街を取り撒いている怒りと憎悪の中心でもあるので是非とも探索したい所ですが、まさかシステム的な壁が立ちはだかるとは、流石に予想出来ませんでした。
幸い、解決する方法がないわけではないですが――
「ふむ。言わんでもお主が何を考えておるかわかるぞ」
私が口を開く前に女性がふふん、と鼻を鳴らしてドヤ顔をします。
黙っていれば大人の魅力溢れる女性なのに、こうして話してみると何処か子供っぽい所があるようです。身体は大人、頭脳は子供、何処かの名探偵とは逆ですね。そこら中に居そうな気もします。特に珍しくないですね。
「この状況なら誰でもわかると思いますけどね。
ということで、もし宜しければ私と一緒に探索しませんか?」
「そうじゃの……アリアとノドンスの奴はここで待っていろと言っておったが、奴らが入ってからかれこれ1時間、流石に飽きてきたしの……ん、構わんよ」
言ってみるものですね。このまま仲間を待つというならば諦めて出直すつもりでしたが、快く了承を頂けたようです。アリアさんとノドンスさんという方達に、後で彼女が怒られそうな気もしますが、それは向こうの問題です。気にしないことにしましょう。
≪くっ! 殺せ!!≫パーティが結成されました。
パーティに『ユピテル』が加入しました。
機人種族の女性はユピテルさんというらしいです。探索しながら色々と話してみれば、彼女はどうやらこの世界でいう<星の旅人>――私と同じプレイヤーのようです。リアルの知り合い以外ではユピテルさんが初めて会話をしたプレイヤーになりますね。ユピテルさんはその名の通り、雷を操ることが得意みたいです。私が日傘を武器に前衛、ユピテルさんが雷撃を武器に後衛を担当することになりました。即席のパーティの割には上手く分かれたと思います。
「退屈じゃのぅ」
「そうですね」
肖像画の下の両扉を二人同時に押すことで入った屋敷の奥は左右に広がる廊下でした。
まずは左側から探索しようと、私達は長い廊下を進んでいたのですが、出てくるのは中に浮かんだ調度品が真っ直ぐ突っ込んでくるだけの魔物ばかり。その殆どはユピテルさんが放つ雷撃に砕かれ、たまにすり抜けてくるのが居ても私の日傘で叩き落されて、ようするに手ごたえがあまりありません。いえ、手ごたえが無さすぎます。これは――
「退屈とは言え、これはこれで厄介じゃのう。相手は臆病者かの」
「さっさと『本体』が出てきてくれればいいのですけどね」
ユピテルさんも気づいていたようですね。
先程から私達を執拗に狙ってくる調度品の魔物の背後に潜む者の存在を。
まあ、メタ的なことを言えば、こういう場所には雑魚モンスターを操るボスがいるのが定番というだけですが。
「ポルターガイストですかね?」
「クイックシルバーかも知れんぞ」
クイックシルバーは確か女性霊によるポルターガイストでしたか。
よくシオリがポルターガイストごっことか言ってやっていましたね。よく考えればあれは正確にはクイックシルバーごっこでしたか。
そういえば、その所為でお気に入りのカップが割れたのでした。姉からのプレゼントでしたが、弁償した加々美さんが泣いていましたね。今更ながら一体いくらしたのでしょうか。
「どうかしたかの?」
「いえ、ふと昔の事を思い出して」
「昔か……儂も昔はのぅ……今は……いや、まだ儂は諦めておらんぞ!」
何が琴線に触れたのでしょうか。
決意を固めているユピテルさんを尻目に、飛んできた花瓶を日傘で打ち付けて地面に叩き落とします。砕けて中から零れた水が赤い絨毯の上でしゅーしゅーと煙を出しています。って、危ないですね、中身は強酸ですか。接近戦で対処するのはリスクが大きすぎます。
「ユピテルさん、花瓶の中身は強酸です。接近戦だと危険なので対処は任せます」
「む、おお、すまんの」
私の呼びかけで自分の世界から帰ってきたユピテルさんが雷撃を放ち、花瓶を中身の強酸ごと蒸発させます。その後も絵画や石膏像等が向かってきましたが、特に問題なく日傘と雷撃で砕き落としながら廊下の一番端まで辿り着くことが出来ました。
「どうやら、ユピテルさんが正解だったようですね」
「そのようじゃの」
私の言葉にユピテルさんが頷きます。
長く続いた廊下の端の扉を潜った先で迎えてくれたのは、背後が透けている少女の幽霊。
ぼろぼろの若草色のドレスを身に纏い、周囲に様々な調度品を浮かばせながら、こちらを睨み付けている、浅黒い肌の森精種族の幽霊だったのでした。
ぴっちりスーツはいいぞ……!
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