妹、絵本を読む。
ちらりと見えるとあるキャラの影と謎解きの始まり。
「おはようございます。
……あれ? 他の人達はどうしたのですか?」
明け方まで見張りをしていた私とシオリは、セラ達が起きてくるのと交代で休むことになりました。
昼も過ぎた頃、目を覚ましてテントから顔を出せば、セラ以外の人達が隣に寝ていたはずのシオリも含め、見当たりません。
私が起きてきたことに気付いたセラが、こちらに振り向きます。
「お控えなすって、シャーリィ。他の皆さんは街に調査に出ていますわ」
「調査ですか?」
「ええ。ディルスの街で森精種族が忌み嫌われている理由を調べるのだと、ピーグさんが言い出しまして、私は別にいいと止めたのですが、ちょうど起きてきたシオリもピーグさんの意見に乗っかって、そのまま二人の勢いに押し切られてしまって……セフィロトは二人が無茶をしないようにと、お願いして付いていって貰っていますわ」
困ったような、嬉しそうな、複雑な表情でセラが苦笑します。
流石のセラも一日中否定され続けては堪えたらしく、一晩過ぎた今になっても何処か覇気がありません。
大切な友人にこんな扱いをするなんて、はっきり言って気分が悪いです。
さっさとこの不愉快な街を出て、クランディルスの森の奥地にいるアルフォンスさんの友人にお酒を渡す依頼を済ませ、クランディルスの街に戻るべきではないでしょうか。
「どうしてそんなことを。こんな街は早く出て、ディルスの森へ向かえばいいのでは?」
「そう言われればそうなのですが……ピーグが言うには、どうもそういうわけには行かないみたいですの」
ピーグさんが言うには、ディルスの森に入るには<ディルスの森の番人>と言われる人物の許可がいるそうです。
しかし、宿屋での状況を見る限り、セラが居ては許可が下りるとは到底思えません。
それゆえに、ピーグさんは森精種族が忌み嫌われている原因を突き止め、解決することで森精種族であるセラにも許可が下りるようにすると意気込んでいるそうです。
「セラはピーグさんに大事に思われていますね」
「ええ。本当に……ありがたいことですわ」
そうは言っても、ここまで忌み嫌われている程に、怒りと憎悪を向けられている現状、ディルスの街の人々の森精種族への反感は根深いものだと感じます。
これを解決するのはかなり難しい――
「……うん?」
ふとした違和感。
私はディルスの街の人々が森精種族へ向ける感情を。
彼らの怒りと憎悪を。
ディルスの街を包み込むそれを。
私はこれと同じものを、何処かで……?
「どうかしましたの?」
「いえ、少しこの街と似たような雰囲気を以前感じたことがあるのを思い出しただけです」
怒りと憎悪の化身。『憎しみ』と『敵』を意味する名を持つ者。<ハティ>
クランディルス草原に居た彼は激しい怒りと憎悪をその身に宿していました。
彼から感じた怒りと憎悪と同じものを、ディルスの街全体から感じるのは、私の気のせいでしょうか。
その時、私の胸の奥に、えも言われぬ不安が湧き上がったのでした。
「原因がわかったぜー!」
ピーグさんとシオリが持ってきたのは一冊の絵本でした。
子供向けに書かれたその絵本の表紙には、悪そうな顔をした森精種族の女性と、鎧を着た勇ましい姿の豚の半獣人の戦士の姿が描かれています。
「『獣人種族の勇者オクと森精種族の魔女クコロ』ですか」
「ディルスの街では小さい頃にこの絵本を読んで育つみたいだねー
たぶん、森精種族が嫌われているのはこの本の所為じゃないかな」
シオリから絵本を受け取り、中を読んでみることにします。
子供向けの絵本を読むのはいつ振りでしょうか。
小さい頃、お母様が読み聞かせてくれていた記憶はあるのですが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
むかしむかし、豚の半獣人のオクがこの地に住んでいました。
オクはひとりぼっちでした。ひとりでこの地に暮らしていました。
ひとりぼっちのオクの所に、たくさんの人間種族達がやってきました。
人間種族達はオクに言いました。「自分達もここに住みたい」と。
にぎやかになることは歓迎です。オクは喜んで受け入れます。
オクと人間種族達は互いに協力しながら街を作りました。
頭が弱く、しかし力自慢のオクは街の周辺の危険を払うことが出来ます。
力が弱く、しかし頭のいい人間種族達は住みよい街を考えつくことが出来ます。
オクと人間種族達が協力して完成した街は人間種族達の集まりの名前から『ディルスの街』と呼ばれました。
街の完成に人間種族達は喜びました。オクも喜びました。
人間種族達は感謝をこめて、オクを勇者オクとして讃えます。
勇者オクと人間種族達はディルスの街でずっと一緒に歩んでいくのだと誰もが信じていました。
その時が来るまでは――
森精種族の少女がディルスの街に迷い込みました。
少女の名はクコロ。優しき勇者オクは少女を保護しました。
クコロはとても美しい少女でした。
これまで人間種族達と共にあったオクは、彼らよりもクコロに夢中になっていきました。
人間種族達はクコロに勇者オクを奪われました。
勇者オクは森精種族の少女と街を出ていってしまったのです。
その後、ディルスの街は悲しみに包まれました。
森精種族の少女は何者だったのでしょうか。
誰かが言いました。森精種族の少女は勇者を惑わす魔女だったのではないかと。
人間種族達はそれを信じました。
何故なら、あの美しさはまさに魔に魅入られた者のようだったから――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なんですか、これは」
読み終えた私は、そのあまりの内容に嫌悪感を覚えました。
「自分達だけのものと思っていた勇者が、ぽっと出の娘に奪われたから、魔女扱いをして、その少女と同じ種族全部に八つ当たりをしているというわけですか……ひどい話ですね」
「だよねー。クコロっていう少女とセラは関係ないのにさ。ちょっとおかしいんじゃないかなーって、流石の私もこの街の人達のやっていることには憤慨しているかな」
「どうしてディルスの街の人達が私を――森精種族を忌み嫌うのかはわかりましたが、流石に度が過ぎていますわ。
魔女と勝手に決めつけるだけでは飽き足らず、同じ種族というだけで矛先を向けるなんて……」
私達が口々に言っていると、それまで静観していたセフィロトが口を開きます。
「確かに、ディルスの街の人々がやっていることはやり過ぎとも言えるわ。
それならそこにはそうなった原因があるはずよ」
やり過ぎと言えるほどに、森精種族に怒りと憎悪を向けるようになった原因。
森精種族の少女クコロが勇者オクを連れ去ったことだけでは弱いとセフィロトは言います。
二人が街を去った後に、彼らに何かがあったということでしょうか。
セフィロトは「ヒントはこれでおしまい」と言って静観に戻ってしまいます。
ヒントですか。セフィロトは全部知っているようですが、教えてはくれないみたいですね。
私はディルスの街の人達に何があったのか、手掛かりをつかむ為、もう一度最初から絵本を読み直すことにしたのでした。
これが今年最後の更新です。次の更新は1/5になります。
それでは皆様良いお年を。
※※19/1/5追記
急用が入ってしまい、30話の完成が間に合いませんでした。
お待ちしてくださっていた皆様、申し訳ありません。30話は1/6の更新となります。
ランキングに参加しています。
面白い、続きが読みたいと感じましたら、下の方のタグを押してくださると幸いです。
ブックマーク、評価もよろしくお願いします。




