妹、煽る。
ほんのり垣間見える『裏の世界』の狂気の一旦。
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それは真っ白な小犬でした。
いえ、違いますね。小犬がこのような場所にいるはずはありません。
小犬、もとい<ウルフ>の幼体が私を睨み付けています。
その瞳は憎悪に燃え、今にもこちらに襲い掛かって噛みつかんばかりです。
見れば、母親か父親でしょうか。側には<ウルフ>が息絶えていました。
おそらくお腹の下に隠していたのでしょう。子を護る。立派な親ですね。
それに比べて――
「愚かですね。どうして出てきたのですか?」
私は目を細め、白い<ウルフ>の幼体に呼びかけます。
親が命がけで守った命、どうして無為に散らそうとするのか、理解出来ません。
『何故ダ! 何故殺シタ! 我等ガ何ヲシタ! コノ地デ平和ニ暮ラシテイタダケナノニ!
何故ダ! 何故! 何故! 何故、我等ハ殺サレナケレバ、ナラナカッタノダ!』
我等を殺した? セリフがおかしいですね。
ああ、成程、生き残った<ウルフ>の幼体に、先程倒した<ウルフ>が<ファング>となって、取り憑いているのですか。
気に入りませんね。私を恨むのは理解出来ます。死んですぐに<ファング>となる程に私を恨んでいるのなら、その憎悪をぶつけてくればいい。受けて立ちましょう。
しかし、親ウルフが命がけで守っていた命を、引き摺り出してくるのは、ええ。気に入りませんよ。
「殺されたのは貴方が弱かったからですよ。
恥ずかしくないのですか? 自分が弱かったから殺されたことを棚に上げて、小さな子を矢面に立たせて恨みを晴らそうとすることが。恥ずかしくはないのですか? 私を殺したければ自分の牙と爪で語りなさいな」
『貴様! 言ワセテオケバ!!!』
殺されたことにより干渉する手段が、憎悪を晴らす方法がないのなら、生き残った<ウルフ>の幼体に取り憑くことも、まだ理解できます。
しかし<ファング>になるという形で干渉する手段があるのですから、彼のしていることは、つまりそういうことですよね。
「ようするに、私が怖いのですね」
サーチ&デストロイ。クランディルス草原にいる<ウルフ>と<ファング>を全滅させる勢いで狩り続けましたからね。
<狼達の恐怖>という称号も手に入れていますし、おそらく間違いないでしょう。
気になるのは白い<ウルフ>ですね。
<ウルフ>は基本的に黒い狼の姿をしています。
<ファング>も背景が透けていますが、黒い狼の姿をしています。
その中に現れた白い<ウルフ>の幼体。これは何かありそうですね。
このまま、何も考えずに倒してしまうのは、どうにもまずい予感がします。
『コレ以上、我等ヲ愚弄する発言。決シテ、許サヌ。
集エ、我ガ同胞達ヨ。ソノ憎悪ヲ、ソノ怒リヲ、晴ラス為ニ、我ガ元ニ集エ!!!』
「おや」
<ウルフ>の死骸から光の塊が浮かび上がり、白い<ウルフ>の元へ集います。
光の塊、おそらくは<ウルフ>の魂、<ファング>の元と言った所でしょうか。
それが白い<ウルフ>に吸収される度に、その毛並みが黒く染まって行きます。
白から黒へ。白い画用紙を黒い絵の具で塗り潰すかのように、純白の毛並みが漆黒へと変化していきます。
完全に吸収し終えた頃には、大きさとしては二階建ての家くらいの漆黒の巨狼が、私の目の前に出現していました。
『我等ノ恨ミ、ソノ身ヲ持ッテ知ルガイイ!!!』
漆黒の巨狼が大きく雄叫びをあげました。
吹き付けるような殺気が私の全身を打ち付けます。
【透視】を通して視た彼のオーラの色は赤色。どうやらステータス的には格上のようですね。
【鑑定】で視れば、<ハティ(群体)>と名前が表示されました。
ハティは北欧神話に出てくる月を追いかける狼の名称でしたね。意味は確か『憎しみ』『敵』だったでしょうか。
この世界において、『月』に創造された月の眷族たる吸血種族の私の相手としては、出来過ぎな気もしますが、偶然なのか、姉が仕組んでいるのか、悩ましい所ですね。
姉に渡されたIDに付いてきた【黄金神眼】は、その色から神具である<月>を想起させますが、私が<吸血種族>を選んだのは偶然です。
『月』と<吸血種族>の関係は事前に情報を調べて知っていましたが、作成した当時は全く気にしていませんでしたからね。
吸血鬼って中二でカッコイイよね。そんなノリで選んだに過ぎません。
吸血鬼ではなく、吸血種族ですけどね。
「速度は下級キメラ。破壊力は中級キメラと言った所ですか」
振り下ろされてくる前足を回避しながら呟きます。
かつて戦ったことのある姉が創造した合成獣――キメラを思い出しますね。
姉はその異常な天才性により、世界を動かしている『表の世界』の支配者達、化け物染みた力を持つ『裏の世界』の住人達を己の信奉者としています。
自らを『親衛隊』と名乗る彼らの中に<生贄の柱>という欧州を裏から支配する大マフィアのボスがいます。
『裏の世界』の重鎮の一人で、『表の世界』にも版図を広げた<豊穣の狂母>
数多の自身の複製を創り出し、それに子を孕ませ、産ませ続けている狂える母。
ある日、<豊穣の狂母>は変わったペットを求め、姉がそれに応じてキメラを創造しました。
いつものように姉はやり過ぎました。下級キメラ30体、中級キメラ10体、上級キメラ5体の軍勢を創り出してしまったのです。
姉や<豊穣の狂母>は笑っていましたが、他の『裏の世界』の住人達は本気で焦っていました。
彼らが焦るのは大体姉の行いの所為ですが、あれはかなりの焦り具合でしたね。
確かにあれは面白かったです。あら、これでは私も二人と同じですね。
笑ってはいませんよ。ちゃんと我慢しました。
中級キメラまではともかく、上級キメラは本当に強かったです。
<豊穣の狂母>の千人目の子供であり、<豊穣の狂母>が複製を使わずに産み落とした唯一の子。
世界最高峰の殺し屋でもある『彼女』がいなければ、どうなっていたことやら。
『彼女』は――私の友人は何処で何をしているのでしょうか。久々に会ってみたいですね。
私の予想が正しければ、マリアさんの話してくれた『妖精の女の子を連れた森精種族の少女』というのは彼女のことでしょうし、近いうちに会えるような気もしますが。
『チョコマカト!!!』
<ハティ(群体)>が吠えます。
漆黒の巨狼が雄叫びを上げると、その身から数十体の通常サイズの黒狼が零れ出てきます。
成程。群体ですか。一匹にして一匹にあらず、というわけですね。
「面倒ですね」
一体、一体はわざわざ戦闘の内容を語る必要もないくらい弱いです。
襲ってきた。倒した。それでことが足りてしまいます。
羽虫が飛んで、それを叩いて落して、それを戦闘と、詳細を語る者がいないように。
しかし、あまりにも数が多いです。
吸収したものを解き放っているので、本体である巨狼の力は放出した黒狼の分だけ弱くなっているようですが、四方八方から黒狼に襲われながら、巨狼の爪や牙を躱し続けるのは、これがまた、中々にしんどいものですね。
けれど――
「しかし打開策は見つかりました」
『躱スダケシカ出来ナイヤツガ、何ヲ!!!』
「他人、いえ他狼に取り憑いて、他の狼に襲わせて、自分は取り憑いた身体の中に隠れているだけの臆病者が何か言っていますね」
『貴様ァァァ!!!』
【挑発】を獲得しました。
【挑発Lv1】
分類 戦闘/活性
射程 対象/戦闘状態
効果 自分と戦闘状態にある対象を暴走状態にする。
レベルが高くなる程に成功率は上昇する。
<暴走>
分類 状態異常
効果 攻撃力が倍になる。代償として自身のスキルを使用することが不可能になる。
おや、煽っていたら【挑発】というスキルを覚えました。
相手を暴走状態にするスキルですか、暴走は攻撃力が倍増する代わりに、スキルが使用不可能になる状態異常のようです。
相手の厄介なスキルを封じることが出来ますが、攻撃力が倍増してしまうので、速度が足りていない場合には注意が必要ですね。
スキルを封じても、通常攻撃で殴り殺されてしまっては意味がありません。
今回の場合、速度はこちらの方が上なので、試しに使ってみてもいいのですが、やりたいことがあるので使いません。
『同胞達ヨ! ソノ小生意気ナ娘ヲ食イ千切ッテシマエ!!!』
煽りが利いていますね。<ハティ(群体)>がさらに多くの眷族を解き放ちます。
視界を埋め尽くす黒狼の群れ。その牙で、その爪で、私を引き裂き、噛み千切り、蹂躙しようと襲い掛かってきます。
しかし――
『化ケ物ガ……!』
倒しました。数が多少増えた所でやることは変わりません。
あっさりと、ただ叩き落される羽虫のごとく、私を蹂躙しようとした黒狼を逆に蹂躙し返します。
その様子に恐れを感じたのか<ハティ>が一歩後ずさりをします。
そう、<ハティ>です。<ハティ(群体)>から(群体)の文字が取れています。
どうやら目論みは上手くいったみたいですね。
一般人レベルからすれば、かなりのリアルチートなシャーリィさん。
ただし『裏の世界』では中の上くらいの強さ。
姉や姉の周辺が凄過ぎるので、本人の自覚は薄めです。
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