MADE BY MONEY
海向こうの大陸では「ヴィーガン」という言葉で表される、宗教やその他の思想に基く生活を送る人達。動物性たんぱく質を摂らない事を是とする彼らのその肩書は、今この国では少し違った意味合いで使われるようになった。
事の発端は、一年前のある事件。
夫は経済省の官僚で、妻はモデル兼フリーライターの夫婦がいた。
最初に妻が自身のブログで二人がヴィーガンであることを公表した。当時はほぼ全く浸透していなかったその生活は人々の注目を集め、夫婦の下には当然の如くマスコミが駆け付けインタビューを迫る。それを好機と、二人は揃って自らの健康と屠殺への反対を繰り返し強調した。
有名人の主張に踊らされるのは人の常だが、この国では特に顕著で、法や条令による強制、相互監視による脅迫によって国民の八割以上が――望むと望まぬとに関わらず――植物だけを食べる生活を送るようになった。
震源となった夫婦はNPO法人を立ち上げ、肉や魚の販売禁止や畜産業者の解体を推進し、威力業務妨害や殺人さえ行った。こうなれば、当たり前と言えば当たり前だが、夫がある夜路上で刺し殺される。
当初は彼の活動に反対する肉食愛好家の仕業だと考えられ、多数の前科者が拘束された。だが時が経つにつれて事件の不自然な点が露わになる。彼は細長く薄い刃物で背後から二回突き刺され、左右両方の肺を傷つけられていたのだ。
凶器も珍しく、手口も鮮やかかつ巧妙。素人の反抗では無いと疑われたことから事態は急速に解決へと進み、そして妻が逮捕される。
罪名は殺人教唆。元軍人の友人に夫の殺害を依頼した容疑が掛けられた。
敵対勢力の仕業に見せかけた保険金目的の殺人。ここまでは恐ろしくも珍しくはない話だが、捜査の途中で開けられた冷蔵庫の中身から、妻が隠れて肉や魚を食べていることが明らかになる。
多くの人は怒り狂った。正義感から来る批判、仲間意識から来る侮辱、自由な食を奪われたストレスから来る罵倒――教祖のような立場の彼女に対しては、持っていた権力の分それだけ強い反発と反動が向けられた。
夫殺しに肉食という裏切り行為。人々から石と罵声を浴びせられる妻は、殺人と詐欺の罪で収監されるその日まで、毅然とした態度でこう叫び続けた。
「私は金を払っただけだ! 夫も、動物も、私が殺したわけじゃない!」
この作品を「動物を殺して肉を取るなんて可哀想」と言いながらソーセージを頬張った今は亡き知人と、スーパーマーケットで肉や魚を買いながら屠殺に反対する、ポリシーを持たぬ現代の”優しき人々”に捧げる。