1 艦上戦闘機だって・・
「そうか、敵ってのは陸軍のことだったんだな。でも、同じ日本の軍どうしだろ。そういうの、よくないんじゃないかって」
「そうではない」
「えっ、だって昨日の晩」
「そうですよ、どうして迎えに来てくれなかったんですか、防人さん、冷たいです!」
朝の食堂。
例によって九九艦爆と九七艦攻が作ってくれた朝食は、タマゴふたつのベーコンエッグ、茹でたブロッコリーとアスパラガスのサラダ、オニオンスープ、と洋食ふうだが、どんぶりご飯とみそ汁がつく。それと香の物だ。
二一型の抗議? に、
「いや、いまそれ関係ないだろう」
「関係あります! それに、さつき隊長だけ、改造するなんて。防人さんはわたしが見つけたんですから。ぜったい、おかしいと思います!」
「にい子」
「はい」
「口にものを入れたまま、しゃべるな」
「は、はい。ごめんなさい」
五二型にとがめられ、いったんは黙る二一型だが、
「違います! そういうのじゃなくて!」
「にい子、食事中に大声を出すな」
「……はい。うぅぅー」
二一型が口を閉じてしばらく、五二型が改めて口を開いた。
「敵は陸軍ではない」
「え、でも」
「確かに、関係は良好とは言えん。だが、防人が言ったように、同じ日本の軍。敵であることはない」
そう言うと、五二型は味噌汁の椀を手に取り、ひと口飲んだ。
「昨晩のあれは、一部の跳ねっ返りのしわざだろ。今まであんなふうに攻撃されたことはないし」
「隼、ちゃん、悪い子じゃないんですけどねぇ」
九九艦爆、九七艦攻は、もう箸をそろえて置き、茶をすすっている。
その平然とした態度に、
「いや、あの! 昨日は戦車の攻撃で、さつきさんがあんなケガして、命だって危なかったじゃないか。あれで敵じゃないとか、悪いヤツじゃないからとか、そういうの、違わないか!」
思わず声が強まる防人。
だがいちばん平然と冷静なのは、
「命、か……」
そうつぶやく五二型だった。防人に、
「軍とは、そういうものだ。演習、訓練で「命を落とす」者もいる」
「ちょ! 違うだろ、昨日のは訓練とかじゃなく、本気の攻撃で」
「ほら、興奮しない、防人くん」
「昨日のは、確かにちょっと、やり過ぎだったと思う、けど」
二二型や三二型も言う。
そんな全員の、どこかひとごとのような空気が防人は気になった。いや、
(なんか、気に入らない! でも)
五二型の次の言葉を待つ。果たして、
「防人の気持ちは理解できる。だが我々も単独では動けないのだ。陸軍と交渉するのは、我々の上司にあたる、艦隊の面々だからな」
「……けっきょく、上の艦隊の連中が動かないとダメだってことか。そいつらが決定権を握ってるんだろ」
朝食後、部屋でなんとなくぼーっと過ごしていた防人に、声を掛けて来たのは二一型だった。
「あの、防人さん、良かったら、外へ出ませんか。ほら、いい天気だし! ね、部屋の中にいたら、もったいないですよ!」
あまり気が乗らなかったが、確かに、ここにいても、
(ネットがあるわけでもなし、テレビも、プレステもない。スマホもな)
昼飯までなにかすることがあるわけでもない防人は、二一型に言われるまま外へ、飛行場のはずれの林へとやって来ていた。
「防人さん、ほら! リスがいますよ! かわいい!」
「ああ……シマリスだな」
「シマリス?」
「身体に縞があるだろ。ディ○ニーのチップとデール、知らないのか」
「チップと、なんですか?」
「いや、いい」
この世界の二一型がディ○ニーやアニメ自体を知らなくても不思議ではぜんぜんない。
ちょっと登ったので、軽く汗をかいていた。
ちょうどあった大きめの石の上へ腰を下ろす。
目をやると、眼下に飛行場の広い滑走路が見えた。その端に、二一型たちのいる、いまは防人も居候している宿舎や司令棟。
そしてその向こうには海と、その手前、
(海軍艦艇の庁舎、か)
「風が気持ちいいですね!」
二一型がかたわらに立って、風を受けていた。
ポニーテールの髪がなびく。押さえようと腕を上げると、セーラー服の袖口から二一型の脇が見えた。
ツルッとした白い脇になぜか、
「ぅ……」
まずい、と防人が視線を下げると、こんどは風になびくスカートが。
こっちも無防備なほど短いスカートの裾から、みずみずしい腿がきょくげんまで露出している。
もちろん生足で、膝裏の凹みに目が吸い寄せられる。
ふくらはぎの半ばまでを、ぴっちりと白いソックスが覆っていた。
(あんまり意識したことなかったけど、にい子って……女の子なんだなぁ)
思えば、落ちて来たところを助けられたり、その夜の戦闘など、ずっとあわただしくて、他の零戦たちや爆撃機、攻撃機たちともいろいろあって、こんなふうに二一型とふたりきりで話すことなんてなかった。
それだけに、不意に見える二一型の自然なしぐさや姿に、改めてドキッとしてしまう。
「あ、あのさ」
「はい」
「座ったら」
防人が腰をおろしている石は、まだじゅうぶん余裕がある。
「いいんですか。はい!」
はい、とは言ったが、すぐには二一型は座らない。全天周を二度ほど視認したあと、ようやくベンチ代りの石へ、腰をかがめる。
(そうか。ただ散歩に来てるわけじゃない。ちゃんと警戒してるんだな。……オレを、守ってる、のか)
それがうれしい、というのは防人の新鮮な気持ちだ。
だが同時に、そんなことをさせなくても、二一型がしなくてもいい世界もまた、あるんじゃないかと思ってしまう。
(そうだよな。オレの世界の女子高生なんて)
ダラダラ道を塞ぐように三、四人でしゃべりってたり、アイス食べながら歩いたり、コンビニの前で地べたに座ってたり……。
(いかんいかん! そんな生徒ばっかりじゃないけど)
どだい、工業高校で防人のクラスに、いわゆる女子高生はほぼおらず、目撃するのはこれまた近所の女子校の生徒、ではあるのだが。
「失礼、します」
そう言って座る二一型。
ところが思いのほか、近い。
並んだ腰と腰がほとんど触れる、というより、密着するほどの近さ。
「おお、っと」
(拳ひとつとかふたつとか空けるのがなんとかしぐさ、じゃなかったっけ。いや、この世界じゃ関係ないけど!)
半ば意味不明なことが頭の中でめぐりながら、防人はドキドキ、動悸が高まるのを抑えられない。
プリーツスカートの布地の向こうに、二一型の腰の丸みまで感じられる。感じる!
肩だって当たっている。
意外に華奢だな、と思うのと、この近さだし、
(肩を抱けって、言ってるのか? い、言ってはないけど、無言のアピールとか、そういうので)
「え、ええ、と」
まだ逡巡しながら、二一型のほうの腕で肩を抱き寄せたものか、どうか、と防人が考える。
とりあえず腕を、背中へ……、
「防人さん!」
「ぅ、わ! は、はい、うん」
急に顔を向けられ、飛びあがりかけた。
かろうじて応えながら、
(うっわ、にい子、睫毛なげー! 肌、きれいだし、唇なんかツヤツヤしてて)
唇、と思うとこれまた心拍数が跳ねあがる。
肩を抱いたら、そのあとに来るのは、
(き、キス、とか。口づけ……同じじゃねーか!)
「防人さん」
「あ、ああ! おお! OKだぞ、オレはその、求められたら、逃げない覚悟くらい、できてるつーか」
(肩を抱くまえに、手を握るっつーのがあったか!)
声が上ずらないようにするのがせいいっぱいだ。
手の震えは、拳を握って隠す。
あやうく、貧乏ゆすりが始まりそうで、かろうじて堪えた。
ところが、
「防人さんは、さつき隊長を改造、したんですか」
二一型の話は、またも昨夜の、それも改造の件だ。
「……ああ、したよ」
「どうやって。どうしたら、そんなこと、できるんですか?」
ああ、同じか、そう思う。
五二型に夜間戦闘能力、正確には、計器飛行能力の飛躍的向上を防人が施して、みんながそれを欲しがった。
同じようにしてくれ、と詰め寄られた。
「したっていうか、そうなったんだ。さつきさんが具体的に、こうしてくれ、こういう力が欲しいって言ったわけじゃない。オレも、思ってもいなかった。だって、計器飛行の能力とか、よくわかんないしな」
「だからだよ。なんてーか、シンクロしたっていうか、さつきさんとオレの、こう、流れっていうか、状態ての? あぁ、ベクトルとか、そういうのが一致して、とか、さつきさんが言ってたっけな」
言いながら、次の二一型の言葉が想像できた。
『ずるいです! さつき隊長ばっかり。わたしも、夜、戦えるようになりたいです! 防人さん、にい子にもその能力、ください!』
(補給係から改造係へ、ますます引く手あまただろ! でもそれって、オレのよくわかんない能力が目当てなんだろ。オレが好かれてるわけじゃ……)
「さつき隊長は、ケガをしていたんですよね」
違った。予想とは異なり、二一型の声は抑えたトーンで、内容も五二型の戦傷のことだ。それがさっきの、朝食の席で防人が憤慨した理由でもあったわけだが。
「うん、そうだ」
「さつき隊長のケガを、防人さんは全力で治してくれました。もしかしたら何カ月も補給漕行きかもしれなかったケガを」
「ああ」
「ありがとう、ございます……」
「ぅ、ん?」
「さつき隊長を助けてくれて、ほんとうにありがとう。そのお礼が言いたかったんです。言わなくちゃ、って」
防人が見ると、二一型は瞳を潤ませ、目の周りを赤く染めている。
「にい子、おまえ」
「さつき隊長は、すごくすごく、とても大事な人なんです。わたしなんかよりずっと! この部隊に必要で。だから、防人さんが助けてくれたって聞いて、うれしくて、よかったって、ホッとして」
「そうか」
(改造の、おねだりじゃなかった。オレの、早とちりだ。……ちょっと性格悪くなってるかもな、オレ)
二一型の純粋な気持ちに対して、済まなかったと思う。
「それで」
「まだ、あるのか」
「はい。あの、それで……さつき隊長が治って、そのうえ改造までって、それって防人さんが言ってたみたいに、さつき隊長と防人さんが、その、すごく、いい感じに、なっていた、からですよね」
いい感じ、のところで二一型が目を逸らせたのが気になった。
「そう、だな。さっきも言ったけど、さつきさんとすごく、シンクロしたっていうか、だから、誰とでもってわけじゃないんだぞ」
「誰とでもいいわけじゃないから! さつき隊長だから、さつき隊長と防人さんだから、できたっていうことで、それって……」
二一型のようすがおかしい。
見ると、涙を流しながら、わなわなと震えている。
「にい子」
「変、なんです。おかしいの。さつき隊長が助かってよかったって、防人さんが助けてくれて、うれしくて、なのに、そのことを思うと、胸がキュッ、て苦しくなって、栄発動機の不調でしょうか!?」
コケそうになった。
そこまで言って、発動機、つまり栄エンジンの不調、とは。
なにかの漫才か、と思ったが、違う。
二一型は大まじめだ。
大まじめに、新たに芽生えた感情・感覚に戸惑い、苦しんでいる。
「それは、嫉妬だな」
「しっと?」
「ああ。SHIT! じゃないぞ。って、あたりまえか。ジェラシーとかって、そういうヤツだ」
この際、嫉妬の中心に自分がいる、とは防人は考えずに話す。
「嫉妬っっていうのは」
「誰かをうらやんだり、その誰かが自分でないことを悔やんだり、あげく、その人を憎んだり不幸を願ったり、な」
「わたし、さつき隊長のこと、憎いなんて思ってません!」
「でも、素直にうれしいって、よかったって、思えなくなってきてたんだろう」
「それは……はい」
二一型は素直だ。
「でもよかったよ」
「ええ、なんでですか」
「正直に言ってくれてさ」
だから防人も正直に話ができると思う。
「わたし、こんな気持ち初めてで。それで、防人さんに聞いてほしくて」
「ああ。にい子たちは戦闘機だから、嫉妬とか、そんな気持ちになったことがこれまでなかったんだな」
「変でしょうか、わたし、やっぱり」
「そんなことないさ。……嫉妬とはちょい違うけどさ、オレも今まで、なにをやってもダメで、努力してもとてもかなわないヤツとか、さほど苦労せずになんでもできちゃうヤツのこと、うらやんでばっかりだった。そりゃもう、爆発しろ! って思ったよ」
「爆発!」
「ああ、もうね。そいつは別になんの悪いこともしてないし、オレのことなんて気にもしてないのに。もっと、オレの存在も知らないってのだって」
「それでも、嫉妬ってできるんですか」
「できるんだな、それが。だからすごくやっかいで、その分すごく人間的な感情って気がする」
(にい子は、ほかの戦闘機や爆撃機のみんなより、人間っぽくなってるんだ。それって)
いいことなのか、よくわからない。
けれど、
「防人さんのせいです!」
「オレの? ……んー、まぁ、そう、かも」
「でも防人さんのおかげです」
「どっちだ!」
済まない気分だったのが、一転、笑いたくなってくる。
見ると、二一型も笑っていた。
「なんだよ、もういいのか。まぁ、いい、か」
「防人さんの世界は、どうだったんですか」
「どう、って。オレの世界が、か」
「はい。異世界って、言ってました。ここが防人さんには異世界なんですよね。だったら、もとの世界は。防人さんがときどき言う言葉から、きっと便利で、平和で、すごく進歩してて、って、思って」
二一型の問いに、
「もとの世界か、そりゃあ進歩してたし、平和で、便利だったけど……クソみたいな」
「えっ」
「いや、クソなのはオレか。なにもしないで、人をうらやんで、文句だけは一人前で、誰か役に立つことなんて……」
まだ言葉の途中だった。防人の顔を、影がかすめた。
(ぅん?)
空を仰ぐ防人。しゅんかん、
「危ない! 防人さん!」
ドン! 衝撃が襲った。
いや、突き飛ばされるように、押し倒された。石の上に座っていたから、そこから地面へ、吹っ飛んで落ちる。
「だいじょうぶですか、防人さん!」
折り重なった二一型が、上から覗き込む。とっさに二一型が、防人をかばって覆いかぶさったのだ。
(これって、まえも)
「お、おまえはだいじょうぶなのか、にい子!」
昨夜の五二型のことが頭をよぎって、防人は青ざめる。
無理に身を起こそうとするのを、
「待って、まだ!」
ふたたび二一型に押しつぶされる。と思うと、ボッ! ババッ! 爆発音が。それも、大きい。
二一型と防人に、爆風が噴きつける。
こんなときなのに、防人は密着した二一型の身体を、
(にい子、痩せてると思ったけどけっこう……それに、いい匂い)
そんなことをつい思ってしまう。
ようやく二一型が顔を上げ、
「なんなんだ!?」
「あれ、を!」
指さす方向を、防人も見ることができた。
(あれは)
空に、何機もの機体が舞っていた。
もちろん、通常の細長い航空機ではない。二一型のような、飛行メカを身に付けた人間……少女たちだ。
けれど、もちろん五二型や、まして九九艦爆たちでもない。
「誰だ、あれは……翼に白い、星?」
「アメリカ軍です!」