6 夜間空中戦
「どうなの、当たってるんでしょうね!」
双眼鏡を顔から離して、そう言うのは隼だ。
言われたのは、
「は、はいぃ、撃ってますけど、でも暗くてよくわからなくて」
「あははは! は~たんいっぱい撃ってるでし! 敵のヤツら、み~んなやっつけちゃうでしよ、あははは!」
ふたりの少女。
どちらも身体にメカを装着した、この世界の戦闘少女だ。
けれども隼とはまた制服が異なっている。
カーキ色なのは同じだが、こっちは開襟タイプで立体ポケットも多い。いわゆる野戦服ふうの制服に身を包み、メカ部分も翼やプロペラではない。
にょっきりと伸びた砲身。
身体のあちこちを覆う装甲板。
足回りには、ごついキャタピラ(履帯)までが。
「九七式中戦車と九五式軽戦車……まどろこしいわね、チハとハ号! しっかり敵を制圧しなさいよね!」
「あのぉ、宿舎とかには当てないほうがいいんですよね。いちおう、向こうは、その、海軍ですし」
言うのは、チハ=九七式中戦車だ。
一本にまとめたお下げ髪に、そばかすの散った頬。顔立ちも地味……素朴で、黒ぶちの丸メガネも、人の良さを感じさせる。
背は隼本体よりもやや高いが、全体に凹凸の少ない、スレンダー、などというよりも、平らな身体つき。
腕には砲身がスライドするレール付きの主砲を装備していた。
「海軍なんてやっつけちゃえばいいんでし! きゃははは! は~たんたちは陸軍なんでし。海軍は敵なんでし?」
こっちはハ号=九五式軽戦車だ。
チハよりもふたまわりほど小さい。
本人も小学生のようだ。小さい身体に装甲をまとい、腕の戦車砲までもチハと同じ構成だが、それぞれが少しずつ、あるいは明らかに小さい。
ふたりとも、鉄兜をかぶっているが、ハ号のそれは、どことなく幼稚園の園児帽にも見える。
特徴的なのは装甲や装備のカラーリング=迷彩柄で、土色に近いカーキ、濃い緑が複雑に塗られ、その間を分けるようにまた黄色い線がのたくっていた。
「海軍は敵? 言っちゃってもいいけど、まぁ、殺さない程度にね。とにかくヤツらを混乱させて、その間にあたしが、あいつをいただいちゃうわ」
「あいつ、って」
「誰でち?」
「……中島防人、あたしの彼氏で奴隷で、養分よ!」
そのころの二一型はといえば、
「ああああああ、よく見えないよぉー。どこから撃って来るの? いまの高度は? 方位は? あああ、わたしの速度は? 飛行姿勢は? あ、上がってる? 下がってるの? あああ、どうしよう!」
飛び出したはいいが、ただ空中をふらふらと飛ぶだけしかできない。
その飛んでいる間も、自分が上昇しているのか下降しているのか、そんな基本的なこともぼんやりとしかわからなかった。
しかしそうするうちに、
「あ! あれ!」
地上に発砲炎を続けざまに発見する。
もちろん、チハとハ号の戦車砲だ。
「見つけた! わたしたちの宿舎を襲うなんて、許しません! 今すぐ止めてください! ちょっと、そこの……きゃぁあっ!」
地上の戦車目がけて急降下する二一型。しかし真っ暗で地面は見えない。どんどん地面が迫って来る感覚はあるが、それがあと何百メートルなのか、何十メートルなのかがわからない。
あわてて引き起こした。
ほとんど地面ギリギリ、すれすれ、二一型のプロペラや脚が地面をかすめるほど。
だがこれが功を奏した。
「ひぃぃぃぃー!」
「うきゃあ!」
地上で砲撃していたチハとハ号が、上空から急降下してきた二一型に驚き、脅かされて砲撃姿勢を崩した。
半ば逃げ出しかけたふたりに、
「こらー! 逃げるんじゃない! 砲撃を続けなさい! あいつ、さっきのにい子ね。夜でも飛べるの? にい子が飛べるなら、あたしだって……!」
隼は飛行メカを呼び出し、展開する。
エンジンを始動。翼のエルロン、ラダー、エレベーターなどの可動を確かめる。フラップを下げ、
「行くわよ!」
夜空へと飛び立っていく。
「痛た……ぁ! そうだ、さつきさん! 九九艦爆さん、九七艦攻さんは」
気がついた防人。どうやら軽い失神に陥っていたらしい。
だが身を起こそうにも、視界が真っ暗で閉ざされ、そのうえ重くのしかかっているもののせいで、腕も上げられない。
(まさか、オレは死んだのか。いやいやいや、死ぬならもうとっくに、旅客機から落ちた時点で死んでるから)
強引に手を動かすと、グニュ、なぜだかやわらかい、けれどしっかりと弾力に富んだ半球をつかむ。
しかも、あたたかい。
「なんだ、こりゃ……って、のわわわあっ!」
「気が、ついたか」
防人の視界までも塞いでいたのは、五二型の半身だった。とっさの着弾、爆発から防人をかばって、地面に折り重なっていたのだ。
「こっちは大丈夫だー!」
「わたしも問題ありません。防人さん、さつきさんのほうはご無事でしたか?」
九九艦爆と九七艦攻の声も届く。
「よかった。ふたりとも無事で……うああっ!」
五二型の肩越しに、ふたりと目が合った。とうぜん、その姿も目に入る。
「どうしたんだ。どこかケガしたかい」
「だいじょうぶでしょうか」
防人を案じて、さらに近付く九九艦爆と九七艦攻。覗き込んで来る。
「だ、だから! タオル、バスタオル! なんか、着てくれ! たのむ」
悲鳴を上げたのは防人のほうだった。
「えっ」
「ぁ」
指摘され、こっちも気づく九九艦爆と九七艦攻。
とっさに湯船を出たときに、バスタオルしか身につけていなかったのが、爆風ですっかり飛ばされてしまっていたのだ。
つまりいまのこの姿は、一糸まとわぬ生まれたままの……、
(生まれたまま……でいいのか、わかんないけど!)
ようするに制服も下着もなにも身につけていない。
「ひゃぁああっ!」
「きゃあああああ!」
とたん、顔を真っ赤に染めて恥じらい、悲鳴を上げるふたり。裸身をかろうじて手で覆う。
「し、しかたないだろ! 気付かなかったんだから」
「バスタオルが、ぁああん」
「だ、だから、言ったろ……胸、やっぱりすごい。ふたりとも」
こっちも赤くなる防人。
「そんなことが気になる元気があるなら、だいじょうぶのようだな」
とは、
「さつきさんも、そろそろ降りてくれるとうれしいんだけど」
五二型だ。防人が言うと、小さく微笑んだ。
「そうしたいところだが。すまん、無理なようだ」
「ぇ、どうして」
「きゃあああっ!」
九七艦攻の短い悲鳴。しかしそれは、もう羞恥の悲鳴ではない。
「背中が、ひどい傷だぞ!」
九九艦爆が顔色を変える。
「なんだって」
(さっきの爆発で……オレを、かばって)
防人の顔が強張る。青ざめる。
「そんな顔をするな。だいじょうぶ……では、ちょっとないようだ」
「さつきさん! ごめん、オレのために」
なんとか這い出して、五二型をいたわる。九九艦爆たちと、五二型を地面にうつ伏せに、横たえた。
「うっ……!」
そこで初めて、五二型の背中を防人は見た。
フライトジャケットが大きく裂けて、肌が見えている。大きくえぐれていた。ぱっくり開いた傷口から、赤い霧のような粒子が漏れ続けている。
(やっぱり、人間じゃない、のか)
だがいまは、
「すぐに補給漕へ運ぶぞ。手伝え、防人!」
「補給漕?」
「戦傷や、機能低下などに備えた、補給回復・調整装置です。宿舎の地下待避壕にあるんです。ですが……」
「この傷では……回復はかなり遅くなるな。数週間~数カ月か」
五二型が笑う。
「数週間って」
だが九九艦爆の表情から、防人はもっと状態が悪いことを想像した。九七艦攻も、唇を噛んでいる。
(まさか……絶望的とか、そんなことは)
「ない、よな。ほら、ふつうの人間じゃないんだし。パーツを交換するとか、そういうことで、さ」
スクラップどうぜんの車や飛行機が、見事なレストアで再生され、走ったり飛べるようになる。
防人の頭には、そんなイメージがあった。
だが、
「ふつうの人間じゃないって、どういうことかわからないけど、あたしたちはそんな便利じゃないよ」
そう言う九九艦爆の顔には厳しい表情がある。
「じゃ、じゃあ、その……」
(死んだ、ら)
どうなるんだ? みなまで言えなかった防人の問いには
「なくなる、永遠に失われてしまいます。わたしたちの知っている五二型は、さつきは……」
九七艦攻が答えた。
言いながら、自分の言葉を否定したい、というふうにかぶりを振る。
「ウソ、だろ。そんなの、それじゃ……」
(人間と、同じじゃないか。てか、人間、だよ)
どこかで、違うと思っていた。
話しても、いっしょに食事をし、入浴中のあられもない姿を見ても、触れても、どこまでも人と同じだ、と思いながら、心のどこかでほんとうは便利な、取り換えの利く機械なのではという感覚が。
(違ってた。機械なんかじゃない。空は飛べるかも、武器だって。でも人間なんだ。オレと同じ、まるっきり、間違いなく人間なんだ!)
防人のショックとためらいをかき消すように、
「そっち、脚を持て。そっと運ぶよ!」
「わかりました。防人さん!?」
「ぁ、ああ……きさらぎや、やよいは?」
「応戦してる。それと、敵戦車の位置を探るために前進、肉薄攻撃、だな」
「あくまで地面の上で、ですけれど」
「そうか、夜で飛べないから」
ふたりの言では、二二型も三二型も、歩兵銃や機関銃を持って、戦っているらしい。戦闘機でも飛べなければ歩兵と同じということだ。
「わかった。運ぼう、さつきさんを!」
防人が言って、さつきの胴周りを抱えようとする。肩から背中の傷だから、うつぶせのまま運ぶしかない。
「持ち上げるよ、せーの」
「待て」
止めたのは五二型だ。
「どうしました? 傷が痛むの?」
九七艦攻が顔を近づける。
「さわってくれ」
「えっ」
「防人だ。わたしに触れてくれ。肩の傷に」