2 隼
陸地まで飛んで、着地して改めて、防人は零戦と名乗る少女をよく見た。
いやもう自分からそう言っているのだから、少女と言うより零戦二一型でいいだろう。
だから、防人が零戦二一型を見た、というと、それは飛行機ではなく、女のコを見つめているのである。
(女のコだ。身長はオレより低くて、百六十ないくらい。見た目、十五か六か、そんなもん? わりと真面目そうで、笑顔がかわいくて……)
「て、そんなことじゃなくて!」
思わずセルフつっこみを入れる防人。
「はい?」
二一型はといえば、小首をかしげて微笑んでいる。
その姿。生身の部分は防人が観察したとおりで、セーラー服の制服を着ている。スカートの裾丈はかなりのミニで、細身の長い脚がたっぷり覗いていた。
問題はメカ部分で、小柄な零戦の倍以上のボリュームがある。
背中には明るい灰色の大きな翼を背負っているのだが、地上にいるせいか、半ば折りたたまれるように傾いている。
腕も小さな翼があるうえ、
(武器、なのか)
いまは止まっているプロペラをつけた、エンジンナセルから続く部分部分が、まるで大きな銃とかバズーカ砲みたいに二一型に抱えられていた。
かなり重そうだし、そのメカがどんなふうに生身に装着されているのか。
手や脚など、メカを嵌めているとか着ているみたいだが、背中や腰のところなど、身体から浮いているようにも見える。
けどやはり、現代の最新メカからすると、その材質だとか、構造、仕上げなどがクラシックな感じだとわかるのは、成績がいまひとつとはいえ防人が工業高校の生徒だからだろう。
「そのメカで、飛んでるのか? キミが作ったの? なわけないか、いや、でも……その、零戦っていうのは、そのメカの名前? かなり重そうだけど、平気なのか」
矢継ぎ早に防人。
聞きたいことはほかにも山ほどあるが、とりあえず。
ところが二一型。
「あ、これ。仕舞いますね」
笑って言うと、メカ部分が、ブワッ! かき消えた。
それはもう、一瞬で。
消えるとき、メカ全体が金色の粒子の塊みたいに変化して、それが拡散したように見えた。
「ぇあ!? あ、あれ、いまのは」
「地上にいるときは、正直じゃまなので、消しています。ぁ、でもぜんぜん重いとか、ないですよ。わたしの一部ですから」
「一部」
「はい! 零戦二一型の一部で、あたしとひとつの、全部です!」
「全部……ぬぁ、聞きたいのはそうじゃなくて! メカを付けたり外したり、外したメカはどうなってるのかとか、キミの本名は、とか」
「本名は、零式艦上戦闘……」
「だーかーらー」
「それより、さっきのはどうやったんですか! あれ、すごかったです! 身体がふわーっ、て軽くなって、力がどんどん湧いて来て」
二一型は目をキラキラ輝かせる。
「あぁ、それって」
(あの落ちてるときの。あれは……)
防人にもとうぜんわからない。
ただ防人自身も、身体が熱く、意識が高揚するようなしゅんかんだった。あんな、絶望的な落下中にもかかわらず、だ。
「それです、それ! 力だけじゃなく、勇気も湧いて来て、とうてい無理だって思えたあんな角度、速度からの引き起こしもできました! 防人さんのおかげです!」
零戦が防人の手を取る。本気で感激している。
「それより零戦、二一型、か……キミのこととか、このへんのこととかがもっと知りたいんだけど。ここって島なのか」
「ええっ! わたしのことが……そんな、会ってまだ十分くらいしか経っていないのに、もう、ですか。困ります。で、でも、防人さんが望むなら……」
「をぁあ? なにか勘違いしてる? 勘違いしてますよね。そういうことじゃなくて、ぼくは中島防人で城北工業高校二年で成績は中の下、修学旅行でオーストラリアへ行く途中の飛行機が原因不明の空中分解で空へ投げ出されて、落下中にキミに助けられた、このくらい明快な、状況説明が、だな」
「はい。哨戒飛行の最中、頭上から落下中の物体を視認、接近したら防人さんで」
「哨戒飛行? じゃあやっぱりなにかの任務……仕事で」
「何を話しているの、にい子!」
とつぜん、声がした。
と思ったらもう、
「うわっ! 空から」
横殴りに飛び過ぎる影。地上すれすれ、ぶつかりそうな近さに、防人が思わず飛び退く。そのまま尻餅をついた。
(女のコだ。また、飛行機みたいなメカのついた。いやもう、飛行機だ、あれ!)
防人が見つめる中、少女の機体は急上昇したと思うと、横転、キリモミしながら降下、とアクロバティックな動きを見せる。
墜落するのかと、ヒヤリとした刹那、
「そこの男、よく聞きなさい! あたしの名は」
「隼さん!」
見事に着地を決め、名乗りを挙げようとした少女。しかしそのまえに零戦がその名を呼んでいた。
「ちょっと! なんであんたが言うのよ! わたしがかっこよくスマートに決めたんじゃない! 名乗りだってこれからなのに、勝手にひとの名前を言わないでよ!」
たちまち零戦に食ってかかる少女。名前は、
「隼? だって」
零戦に続いて現れたのが隼。しかもやはり、手脚や背中には航空機をほうふつとさせるメカが装着されている。
そのメカを、これまたいっしゅんで消して、
「そうよ! 一式戦闘機隼、おぼえておきなさい! ふふっ、そうね、オスカーって呼んでもいいのよ」
「オスカー」
「あ! だったらあたしも、ゼロって呼んでもいいですよ!」
「それを言うなら、あんたは、ジークでしょ!」
「ええー、ジークなんて、かわいくないからイヤですー」
「だったら、にい子でいいじゃない。それで充分よ!」
「でも、どうせあだ名で呼ばれるなら、零、とかゼロ、とかー」
「いるじゃない、三二型も二二型も、五二型だって、あんたの姉がたくさん。みんな零、じゃ区別つかないわよ」
「隼さん、いじわるですよぉ」
「なんでわたしがいじわるになるのよ!」
「あ、あのー」
話が終わりそうにないので、防人が口をはさんだ。
隼は、これを幸いと防人の側へ一足飛びに近づくと、
「ほんとうにいたのね。見つけた! おまえ、あたしのモノになりなさい」
防人の腕に抱きつくように身をからめ、見上げて言った。
隼は二一型よりも小柄で、手脚などはさらに細い。歳も若く、二一型が女子高生なら隼は女子中学生くらいに感じる。
髪も、長い黒髪を真ん中から左右に振り分け、長い二本のお下げ髪に編んでいた。ややつり上がり気味の大きな目。
頬にはそばかすが散っている。
けれど二一型とのいちばんの違いは服装で、二一型がセーラー服なのに対して、こっちはやはり制服のようだが、詰襟の上着。
つまり、いま防人が着ている男子高校生の制服と基本は同じなのだ。色は、カーキ色というのか、明るい茶色のようだし、ボトムのほうはこれまたびっくりするようなミニのプリーツスカートだったが。
「ええっ、モノに、なれとか、キミの?」
(どういうこと、なんだ。彼氏、に? いやいやいや、まさかそんなに都合よくいくわけないだろ。それにこんな子どもの彼氏じゃ)
「あ! いま、あたしのこと子どもって思ったわね!」
「いや、そんな、こと、は」
「ほら、思ってる! 悔しい! どうせ武装が12.7ミリ機銃二丁しかないわよ! 貧弱って言いたいんでしょ! でも、誰より身が軽いんだから! 格闘戦なら、にい子にも負けないんだからぁ!」
「ちょ、ちょっと、興奮するなって。いや、泣くこたないだろ」
「泣いてないもんっ! ちょっと目にゴミが入っただけだもんっ!」
(おいおい、強気なのか子どもなのか)
と防人が思ったのもつかの間、
「やっぱり、あたしがもらっちゃう! いいわよね!」
ギュゥ! 隼がさらにも増して、強く抱きついた。身体を密着させる。
「って、おいっ!」
驚く防人が思わず離れようと、隼を引き剥がそうとしたときだ。
「あっ! 防人さん!」
二一型が指をさす。
その方向、防人の背中から、
「んぁっ!? なんだ、これ!」
アームが、伸びていた。
金色、というより、建設機械などに特有の黄色に近い。輪郭がボゥッとぼけているのは、金色の粒子が周囲に漂っているせいだ。
「粉みたいなのが防人さんから出て、固まるみたいに」
二一型の言うとおり、防人から漏れ出した粒子が実体化したようだった。
その形は、
「なん、だ、これっ?」
最初に、アーム、と見えたように、何か所かの自在ジョイントを持つ伸縮可能な機械の腕だ。
全部で八本はあるだろうか。
その先端は、物をつかむような「指」状だったり、管だったり、掘ったり砕いたりするための矢じり状、ブレード状のものもある。
防人の腕にも、ロボットアームが装着されていた。
「あたしに、ちょうだい! おまえの……」
隼の顔が近づく。
さっきとは一転、自信に満ちて、年齢もいっきに上がったように感じる。
(この、コは!)
防人が驚いている間にも、アームの一部が勝手に動いて隼に近づいていく。
「いいわ。たっぷり、欲しいの」
隼の表情は恍惚に輝いている。防人もまた、吸い込まれるようにその顔に、顔を近づけて行く。
そのとき、
「ダメです、防人さん!」
切り裂くように、声が飛んだ。
もちろん声の主は二一型だ。
防人が振り向く。そこに、心配そうな二一型の顔を見て、
「ぬぁわわっ!」
不意に、我に返った。
無意識に、隼の腕を振りほどく。
「ぁんっ! なにするのよ!」
声を上げる隼。
隼から離れると、防人の多数のアームも、金色の粒子も急速に消えて行く。防人の背中や腕がもとに戻った。
「なんだったんだ、いまの」
呆然とする防人に、隼、
「はぁ? なに言ってんのよ。そもそもそれがおまえの……まぁ、いいわ。まだ気づいていないって、そういうことね」
満足そうな笑いを浮かべると、急にきびすを返す。二一型に、
「しばらくあずけておいてあげる。せいぜい仲良くしておくのね!」
それだけ言うと、
「あっ、隼さん!」
隼の背中や手脚に飛行機メカが、瞬時に展開した。そのときも、銀色の粒子がまぶしくふり撒かれ、消えるともうそこにメカがある。
「またじゃまするわよ! 今日のところはこれでかんべんしてあげる!」
空中へ飛び上がると、いっきに高空へと駆け上がる。
あっという間に小さな点ほどになり、雲の向こうへ消えて行く。あとには、レシプロエンジン特有の、リズムを刻むような音が残った。
「なんなんだ、まったく」
「はぁー、やっぱり隼さんは上昇力がすごいです。出力なんてわたしとそんなに違わないのに」
空を見上げて、零戦。
「いや、なんてーか、ほんとにキミら、なんなんだ。そろそろちゃんと一から説明してもらわないと」
いよいよ、そう言うしかない防人。
零戦は、向き直ると、
「はいっ! じゃあ、わたしたちの基地へ、ご招待します! 防人さん!」