6 発見
「ここはなんデス?」
「倉庫、のようだけれど、でも」
F6FとF4F、追手の隼と鍾馗を振りきったはいいが、いつのまにか赤城艦内の奥深くへ入り込んでしまっていた。
「こんな廊下の奥の奥に、おかしいネ。でもジャップの、秘密の武器が隠されてるかもしれないデス!」
「さほど広くない。やっぱりただの物置なのかな……ぁ」
F4Fが見つけた。
部屋の隅に置かれていたそのケースには見覚えがあった。Bf109Fが、全員の前で見せた、あのケースだ。
中には……、
「オー! あの金属生物、デス!」
「すご、ぃ」
息を呑む、ふたり。
そこへ、
「ここにいたのね! 見つけたわよ!」
「いざ尋常にお縄をちょうだいせい、じゃ」
追いついた隼と鍾馗が背後から。
「見つかったデス! どうする、どうするネ」
「ここはひとまず逃げるしか。けれど」
ふたりの目が、ケースの中の金属の塊に注がれる。魅入られていた、と言ってもいいのかもしれない。
こころなしか、数時間まえに見たときよりも大きく、スリット部分から覗く赤い色も鮮やかに脈打っているようだ。
「エスケープ! デス!」
F6Fが立ちあがる。F4Fはケースを閉じると、ハンドルを握って抱え上げる。
「あら、やる気なの? ここは通さないわよ!」
「袋のネズミ、いや、おぬしらはネコじゃったかのぉ」
F6Fたちがいるこの部屋、そこそこ広いが出入り口はひとつ。それを隼たちに塞がれてしまっている。
「ガッデム、シット! でもノープロブレム、ネ!」
F6Fが叫ぶ。と同時に低く身をかまえると、
「ウソ! 飛行ユニットを使うわけ! こんな、艦内で!」
「危ないぞ! 伏せるのじゃ!」
F6Fの身体が黄金色の光にきらめく。その光がおもに背中へ流れると、収束し、大きな翼や胴体ほかのデバイスを作りだす。
「遅い、ネ!」
バババババッ! ガシャガシャガシャ……!
恐ろしいほどの発砲音と機械音。その場に雷が落ちたのでは、と思うほどの、12.7ミリ機銃、計六門の同時射撃だ。
発砲煙がじゅうまんする中、
「行くデス、ワイラ!」
「りょうかい」
F6Fはエンジン出力を高め、跳び出す。F4Fは飛行デバイスを展開していない。F6Fに抱えられていた。
入口の扉は粉々に壊れ、その向こうの廊下まで大きく開いた孔を目がけて、
「きゃぁあああっ」
「なんと」
隼たちを飛び超えると、鋭く直角に曲がる。だがその先は、もうかなり狭い廊下が続くだけ。
たとえ五十口径のシャワーを浴びせても、F6Fの機体が通れるほど広げられるとはとうてい思えない。
だが、
「ウイング、フォールド!」
声とともに、主翼がほとんど根元から折れるように折りたたまれる。F6Fの高い空母運用能力のひとつだ。
これでF6Fの横幅はほぼ、水平尾翼の両翼端の長さとなる。さほど広くない艦内の廊下でも、なんとか通れるサイズだ。
「HAHAHAHA! どけどけどけデス! このまま飛行甲板へ出て、ほんとに離陸するデスよ!」
「ひゃっ!」
「どうしたの、赤城」
とつぜん、棒立ちになる赤城を、長門が気遣う。
「機銃を撃った! あいつ、わたしの中で航空機銃を撃ったの! 艦内設備の一部が壊れた!」
赤城の顔がみるみる怒りに変わる。
「許さない。もう、ほんとうに許さないんだから! わたし、コアに戻る! 長門も自分の艦に戻って!」
それだけ言うと、走り出す。
「わかったわ!」
長門も応えた。
「ヤツら、なにかつかんだのか。もしや、そうか!」
五二型が気づいた。こっちは飛行甲板へと走り出す。
「ゴーアヘッド! メイクマイデイ、ネ! 行くデスよ、ワイラ!」
ついに最上階の飛行甲板へ出たふたり。
F6Fは主翼をもど通り展開し、F4Fも翼を広げる。
「エンジン、フルパワー、ネ!」
「りょうかい」
発艦態勢に入る。まさに滑走を始める、というところ、
「ぅん? ほ、ホワッーッ!」
「まさか」
飛行甲板がまっぷたつに割れる。赤城の艦体もまた大きく変形していく。そうして現れたのは、
『あんたたちね! わたしの中で機銃を撃ったりさんざん暴れたのは! よくもやってくれたわね!』
赤城だ。艦と一体となった、巨大な姿である。
「出たデス! ワイラ、早く離陸を! 逃げるネ!」
「わかった」
かまわず、滑走に入るふたり、いや二機。
赤城は航空母艦だから、飛行甲板上はつねに発艦や着艦のための「気」が満ちている。F6Fたちが発艦するのに、障害はなかった。
『まちなさい! 逃がさないわよ!』
赤城は言うが、
「HAHAHHA! もう遅いネ! このままサラまでひとっ飛びデス!」
「……」
ほとんど艦首までももう二機は来ている。
こうなると、着艦ネットを立てるなどの妨害ももう不可能だ。F6Fたちの逃亡が成功した、かに見えた。
『言ったわよね。わたしが逃がさないって言ったら、逃さない!』
ドンドン、ドンッ! パパパパパパパ! 響く鈍い野太い発砲音は120ミリ連装高角砲。甲高く連続した破裂音は、25ミリ連装機関砲だ。
甲板の左右両端に配置されたそれらの防御火力が火を噴いた。
たったいま離艦したばかりで、姿勢すらおぼつかない両機に突き刺さる。
「キャァアアアッ! ファッキン、シット、ネ!」
「くぅぅっ!」
『ふつうに発艦するなら、コースはもう最初からわかってる。なら外すはずがないじゃない』
赤城の言うとおりになった。
そのため、着艦ネットなどを出して赤城は離陸を妨害しなかったのだ。
「ガァーーーーデム! ……ワイラ!?」
F6Fは主翼の一部を吹き飛ばされ、制服もボロボロ。しかしサラトガまで数キロ飛ぶくらいなら問題はない。これ以上追撃を受けなければ。
しかしF4Fは、尾翼を失ってゆっくり錐もみに入りつつあった。このままでは確実に墜落する。
「ワイラ!!」
「ヘルミナ」
F6Fがごく間近まで近づき、思い切り手を伸ばす。差し出す。
F4Fがその手をつかむ。しかしそのとき、
「ぁ」
持っていたケースを離してしまった。
ケースはまっすぐに海へ、海中へと消える。
「落とした」
「もういいネ、そんなもの! ワイラが無事でよかった! さぁ、サラのもとへ帰るデス!」
二機、手をつなぐと、波間すれすれの超低空で飛び去って行く。
白い泡に包まれるように、海中を沈んでいく。
驚いたように逃げ散る小魚。
逆に、興味を感じてか、近づいてきた魚は、ケースに触れるかどうか、というところで驚いたように反転し、離れていく。
やがて浅い水深を過ぎ、魚も寄ってこなくなったころ、着水の衝撃で壊れたヒンジのひとつが完全に外れ、ケース内が海水でいっきに満たされる。
すぐに蓋も取れて、中が剥き出しになった。
すると金属体がケースと分離して、それだけで水中に漂い始める。
海水と触れたことで反応し、亀裂の赤がより鮮やかな光を放つ。脈動するように、外郭が震える。
やがて海底に達するころには、正立方体だった姿はいびつに膨張し、体積も数倍に膨れ上がっていた。
『まったく、ひどい目にあった。夜が明けたら、正式にあいつら、アメリカ側に抗議してやる!』
両手を腰に当て、海面に仁王立ちになった赤城が言う。
『艦内の被害は、だいじょうぶなの?』
長門が近づき、気遣った。
『内部隔壁のいくつかが銃撃で破壊されたけど、それだけ。痛くもかゆくもない。けど、わたしの中で機銃を撃ったっていうのがもう、許せない! ぁーあ、帰ったらまた補給槽行き……』
肩を落とす、というより、ぶー、と膨れる赤城に、
『気に病まないの。そのくらいなら、丸一日くらい浸かっていれば、済むじゃない。それに』
『ぅん?』
『あの子に……防人くんに頼めば、あっという間に治してくれそう』
長門が言うと、赤城の顔がサッ、と赤らんだ。
『え、なに! どうしてわたしが』
『補給、補修は彼の能力だって、知ってるじゃない。改造までも可能だって』
『改造』
『それにはお互いの、気持ちが同調する必要があるみたいだけど』
『同調、って、どうすれば』
『あ、やっぱり興味あるんだ。どこか改造してほしいところ、あるの? 赤城』
『改造したいところ……はっ! ば、バカね! そんなのあるわけないじゃない。大型空母、航空艦隊の旗艦として、この身体に矜持を持って、十分で……』
『なに、あわててるのよ。つねにもっと良く、強くって、希望はあるのがふつうじゃない。わたし? そうねえ、十六インチ砲よりもっと大きな口径が積めたらなぁ、って。速力ももっと速ければ、装甲ももっと厚ければ、って。うーん、そんなの無理よね。ひとつを改造しても、他のバランスが崩れちゃったら元も子もないし。でも、もしかして防人くんなら……』
言いながらどこか長門は、夢見るような表情だ。
それを横で眺めて、
『そうよ。無理な改造で体調を壊したりするの、怖いし。それにまた、格納庫とか身体の中をいじられるのは……』
どこかもじもじと艦体を揺らす赤城。
『赤城、あなた顔、真っ赤よ』
『えええええ! まさか、ウソ! な、なんでもない! ちっともなんとも、思ってないんだから!』
『おやぁ? そんなに動揺するの、おかしくない? もしかして、赤城、あなた』
『なななな! なに言ってるの! わたしはただ、兵装には適切なバランスというものが! 第四艦隊事件、知らないの!? と、友鶴事件だって!』
『はいはい。自分からじゃ言えないなら、わたしから防人くんに言ってあげる。赤城がぁ、身体の隅々までチェックして、いけないところを治して欲しいって。そのためなら、どこを見られても、中までさわられたっていいから、って、ね!』
長門の挑発に、その場面をリアルに想像してしまう赤城。
『どどどど、どこを見られて……さわられて! も、もぉ! ダメぇえ!』
耳まで赤く染まった顔を両手で多い、しゃがみ込んでしまう。
バシャァアア! 三万六千トンの巨体のリアクションに、巨大な水柱が立った。
『あはは! 赤城、だいじょうぶぅ?』
その背中をバンバン叩く長門。案外、いじめっ子であった。
しかしそうした会話や、ふたりの動きそのものが、
「全部丸見えだし、丸聞こえだってのよ。なに考えてるのよ、海軍艦艇って」
「若いというのは、いいものじゃのぉ」
と隼と鍾馗。
あきらかに鍾馗のほうが、気持ちはともかく若いのではあるが。
「そんなことより、ずぶ濡れだっていうの!」
赤城がしゃがみこんだときの水柱で、飛行甲板にいたふたりは大量の海水をかぶっていたのだ。
「まったくじゃ。海の水というのはベトベトしていかん。おおそうじゃ! まだわしらはお風呂に入っておらなんだ」
鍾馗が言うと、隼が目を輝かせる。
「そうよ、お風呂よ! 行きましょう!」
そのころの風呂場。
白地に紺の「湯」ののれん風呂である。
「あー、なんか揺れたな。どうなってるんだ。ま、いいか。なにかあったら、誰か来るだろうしな」
総ヒノキの湯舟でくつろぐ防人。
約十分後。
「な、な、なんであんたが! ここにいるのよ! こ、こ、このドスケベぇええ! 痴漢! ヘンタイ! エロ補給車!」
「ほぉ。若いというのは……」
入ってきた隼と鍾馗と、風呂場内でばったり遭遇……もはや遭遇というよりも予想内の展開ではあった。
「なんでオレばっかり! 少しは落ち着いて風呂に入らせてくれぇ!」
「うっさいバカ! てか、反応するとこ、そこ!? もう、死になさいよね!」
「おっと、タオルを落としてしまったわい。……なんじゃ、少しは見ぬか」
ぼやく防人の尻に、洗い桶が命中した。
かぽーん。




