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1 ふーちゃん


「けっきょく、正体はわからずじまい、か」


 その夜。

 答えは出ないまま、いったん会はお開きになった。


(あれは会合だったのか打ち合わせだったのか、それとも各国が額を突き合わせての交渉だったのか……わかんねえな)


 いちおう翌日も話し合いがもたれることになり、洋上にて夜を明かすこととなる。

 アメリカ艦隊と日本艦隊は、自分たちの陣営で固まらず、あえてごちゃごちゃに投錨することで敵意のないことをお互い示す。

 ドイツ機たちは、


「わたしたちの艦で休まれよ。案内しよう」

「わたし、赤城の格納庫でゆっくり過ごしてくださいな」


 日本の艦へ誘われるが、


「そちらが同盟国どうしで固まるのは、問題あるんじゃありません? どうせなら、わたし、サラトガで歓迎いたします」


 サラトガに牽制される。しかし、


「米空母殿にはこの会場を提供していただいた。無理な着艦もお願いして、な。こんどは我々が宿を提供したい」

「だいいち、お互いの艦を無差別に固めて夜明かしするんだから、いまさら敵対なんて、できないわよ」


 五二型、長門が言って、その場は収まった。

 そんなわけで、ドイツ軍機たちはいま赤城の格納庫の一部を自由に使ってくつろいでいるはずだ。

 潜水艦たちも赤城に横付けし、本人たちは艦内で戦闘機たちと合流しているはず。


「日本もそうだけど、アメリカもドイツも、かわいい、カッコいい、きれいなコばかりだよなあ」


 赤城の中段の甲板、高角砲の張り出しに出て風を受けていた防人。もちろん赤城は艦状形態で、機関も完全に止まっている。

 これはアメリカ艦も同じで、お互い戦意のないことを示すためだ。


(美少女ばかりだからよけい、なんで戦うのか、って思っちゃうんだけど……)

「新たな、敵か。あの金属生命体みたいなのが、なんのために」

「あーーーー! 防人さん、見つけた! ここにいたんですね!」


 とつぜんの大声。

 もう誰かはわかる。

 防人が振り返るのと、


「げふっ!」


 声の主、二一型がぶつかるように抱き着いてきた。もう、抱き着くというよりふつうにぶつかって来るのに近い。


「防人さん!」

「だ、だからなんだよ。もっと静かに、穏便に、ゆっくり動けないのかおまえは。海に落ちるだろ!」

「ごめんなさい! でも、防人さんの姿が見えたらうれしくて、止まらなくなって、ほんとう、ごめんなさい」


 二一型は反省したのか、目を伏せ、肩を震わせる。


「ぁ、ああ。いいよもう。オレも言い過ぎた」

「ほんとうですか! うれしい!」


 ドカッ! またもぶつかるように……いや、ぶつかって、防人が弾き飛ばされそうになる。


「だーかーらー!」

「あ、そうそう、防人さん、見てください! えっと……こっち、こっちですよ!」


 そう言って二一型が呼ぶのは、


「なんでぼくが、あ、あのー、ダンケシェーン! もう、けっこうで……」


 Fw190Aだ。どうやらさんざん二一型に引っ張りまわされていたらしい。どうせ、赤城の艦内を案内してやる、とでも言ったのだろう。


「お、おい、そのコ」

「ふーちゃんです。フォッケ・ウルフって、長いし言いにくいから、ふーちゃんでいいかなぁー、って」

「ナインナイン! ぼくはアドラって名前が」

「それはふつうの名前で、わたしはふーちゃんって、呼んでいいですか? いいですか?」

「……いい、けど」

「わー! ほんとですか!? ふーちゃん、ふーちゃん、かわいい!」


 二一型がFw190Aをギュッ、と抱きしめる。

 小柄なFw190Aが持ち上がってしまうほどだ。もちろん強引に頬ずり。


「うぅー、ぅー」

「おい、イヤがってるんじゃないか、だいじょうぶか」

「そんなことないです。ふーちゃんとにい子はぁ、とーっても仲良しなんですから、ね、ふーちゃん!」

「ぅうー、あああ」

「おいおい! レ○プ目みたいになってるじゃないか、やめろって、にい子」

(こいつ、そんなにかわいいもの好きだったのかよ。隼なんかも妙にかまうし、そういうこと?)


 二一型の隠れた性癖がわかったような気がする。

 しかしFw190A、防人を見て、


「あ、あの!」

「ああ、悪ぃ、いま助ける。おい、にい子、そろそろ」

「いや、あの、ヘル防人、でしょ。ぼく、お話ししたくて」


 ようやく二一型の腕から逃れたFw190A。防人の間近で見上げる。


「いや、ヘルなんとか、とか、悪役レスラーのリングネームみたいな名前じゃないんだけど」

「ヤだなあ、Herrは、ドイツ語のミスターってことだよ」

「ぁ、そっか」

(そういや、ドイツ語でも英語でも、ふつうに通じるよな。みんな日本語を話してるわけじゃなさそうなのに)


 そんなところも大きな疑問だが、いまはそっちにこだわっている場合ではない。


「ふぅーん」

「なんだ」


 Fw190Aが、しげしげと防人を見つめる。ほとんど距離もなく、身体と身体がくっつきそうだ。


「ぼく、男の人って初めてだから。ううん、ぼくだけじゃなくて、みんなそう。だからすごく興味あるんだよ」

「そ、そうか」


 ますますFw190Aは身体を押し付け、防人は半歩、一歩と退いてしまう。

 ぼく、などと言ってボーイッシュだが、


(女の子、だよな。あのBf109Fってコよりはちょっと年下な感じだけど、わりと胸……あるよな。にい子より、あるかも)


 ドイツ空軍の制服の下、思ったよりもずっとみっちり実った胸元についつい目が行ってしまう。


「ぁ、お兄さん、エッチなんだ。ぅうーん、フフッ、でもぼく、こういう感じ、嫌いじゃないよ」

「はああ!? エッチってなんだ。オレはなんにも」


 あきらかに、今までにない空気だった。


(こんな、幼い、けどなんか色っぽい、ていうか)


 ついついそっちへ引っ張られる。不思議な引力をこの戦闘機は持っている。


「ぼくにも補給してくれないかな。気持ちが合えば改造もできるんだって、聞いたよ。ぼく、13ミリ機銃が欲しいなあって、まえから思ってたんだよね。20ミリ機関砲も、MG151/20だったらなぁ、って」

「は、えらく、具体的だな」

「だから、防人お兄さんとは仲良くなりたいな。ね、どうすれば仲良くなれるの? どうしたら、仲良しさんなの? ぁ、そうか」

「なにが、だ」


 Fw190Aは、あえてほんの少し身体を離し、じっと防人を見つめる。その青い瞳がうるんで、キラキラ光る。

 磁器のような白い肌にほんのり赤みが射して、


「お兄さんの、好きなようにしていいよ。なにをされても、ぼく……」


 ゾクゾクゾクッ! 防人の背筋をこみ上げるものがある。

 ムズムズとお尻の奥が冷たくうずくような、それでいて、お腹の中にあったかいものが満ちるような。


「あ、あのな」

「はーい! じゃあ、ふーちゃん、行こっか! 防人さん、おじゃまでした!」


 とつぜん、二一型が間に割って入る。

 それだけでなく、Fw190Aを半ば羽交い絞めにしつつ、引きずっていく。


「ひゃんっ! えっ、ちょっとぉ、お兄さん! にい子さん!」

「はいはいはーい、ふーちゃんはにい子ともっとお話しするんですよね! あ! いっしょにお風呂、入りましょうか! それがいいの、ね!」


 笑いながら、二一型の顔にはそうとうな剣がある。見送りながら、


「はは、は、達者で、な」

「ぁあ! あの! ぼくまだ! 防人お兄さ~ん!」


 遠ざかって行くふたりに防人は手を振った。


「さ、て」


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