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8 着艦


「降りて来る。さつきさんだ!」

『見ててあげるよ。うまくやって、さつき』


 防人と赤城自身が見守る中、海面に浮かんだ飛行甲板目がけて、五二型が降下して来る。艦首からは、風の方向を知るための水蒸気が流されている。

 このとき赤城もまた、風上へ向かって全力で航行していた。降りて来る航空機と同じ方向へ全速で進むことで、着艦時の相対速度を減じるためだ。

 後方からアプローチに入る五二型。

 すでに赤城と並んで飛び、第一旋回を済ませていた。さらに第二旋回、第三旋回ののち、スロットルをじょじょに絞り、着艦姿勢へと入っている。


「……!」


 五二型にしても、最初の着艦。

 緊張から発動機の鼓動がうるさいくらいに高まる。

 高度は百メートルを切ってさらに低くなる。もう着艦フックは伸ばしていた。


「防人がつけてくれたフック……たのむぞ」


 つぶやく五二型。

 両脚をいっぱいに広げ、お尻を前へ突き出すようにすると、フックがまず甲板へ接触する。

 ほぼ同時に両脚も接触するが、このとき、スロットルを最大に開ける。空母側の着艦ワイヤーをとらえられないなど、失敗したときはそのまままた飛びあがれるように、だ。そうしないと海へ落ちてしまう。


「ぅぅうっ!」


 エンジン全開で、しかし機体は降下。ほとんど、最後は甲板へ押し付ける、叩きつけるようだ。

 ガッ! 着艦フックが飛行甲板を叩く。甲板の表面板を切り裂く。制動索は八本あるが、


「かかった!」


 その中ほどの一本を、なんとかフックがとらえた。

 ぐぅーん、と伸びる制動索。急制動で、五二型が前のめりにバランスを崩す。


「さつきさんっ!」


 飛び出す防人。しかし五二型はかろうじて姿勢を戻すことに成功し、結果、ほぼきれいな着艦となった。


「やった! やったよ、さつきさん!」


 思わず五二型の手を取る防人。驚く五二型だが、


「ぁあ。なんとかできたようだな。これも防人がつけてくれた着艦フックのおかげだ。それに」

「それに?」

「フックだけではなく、自信を、与えてくれた。きっとできる、という自信をな。礼を、言わせてくれ」


 そう言って、頬を染める。

 いつも冷静な五二型の目が、どことなく泳いでいた。


「さつきさん」

「そ、それより、だ。わたしより、あいつを見てやってくれ。にい子が、着艦する」


 五二型が振り返った空に、二一型が着艦フックをすでに下して、降下を始めていた。


「ひゃぁああああー! これでいいのかな。この着艦フックって、尻尾みたいで、なんだかちょっと微妙っていうか、こんなに脚広げるんですか? 恥ずかしいよぉー!」


 二一型が降りてくる。


「あいつ、旋回もしないで……うわわわわ!?」

「速度が速い。角度は逆に、低すぎる。跳ねるぞ!」


 五二型の言うとおりだった。


「ひゃあああ!」


 着艦姿勢が決まらず、うまくフックを突き出す形にならない二一型は、甲板の最後部にお尻から落ちる。


「ぁんっ! きゃ、んっ!」


 ドン、ドンッ! と機体ごとバウンドした。二一型の、さほど大きくないお尻がクッションになる。

 しかし、制動索はつかめない。フックは空振りのまま。バウンドは収まったが、二一型は飛行甲板を滑っていく。


「いかんっ!」

「にい子!」


 五二型が飛び出す。防人も、走り出していた。


「きゃぁぁああああ!」


 横滑りしながら、飛行甲板の途中から飛び出す、というところ。


『ダメね』


 ネットがとつじょ、立ち上がった。二一型がぶつかる。跳ね返って、


「とぉりゃああ!」


 こんどは防人だ。工作アームをいっぱいに伸ばして、二一型の機体の一部をつかむ。具体的には、


「ひゃあんっ!」


 腰を押さえるつもりが、うまくいかずにその下、というより中、下着の一部にようやくアームが引っかかる。


「だいじょうぶか、にい子!」


 駆け寄る防人。アームがその分、しゅるしゅると縮まる。


「だ、だいじょうぶです。防人さん、ありがとうございますぅぅ!」


 半分ずり落ちたショーツを押さえながら、でんぐり返った二一型が半ば涙目でピースサインを作って見せた。


「やれやれ……」


 は五二型だ。

 続く三二型と二二型については、


『ネットを展開するよ! ……最初から出しておけばよかったかも』


 赤城が言う。飛行甲板上に何重ものネットが展開した。

 そのネットめがけて、


「い、行きます。すいません、どいてください。ぁぁああああ、どいてどいてどいて、ひゃぅぅううんっ!」

「うわ、止まんない! きゃあああっ! ……ぅうう、着艦フックがあれば、わたしだって華麗に着艦を決められたのにぃ」


 三二型、二二型が相次いで突っ込んで来る。なんとか止まるが、ネットにからんで、クモの巣にからめとられたトンボのようだ。

 しかしここまではいい。まだ全機、海軍機だからだ。


「隼さ~ん、鍾馗さん! いいですよぉ~! 降りてきてくださ~い!」


 飛行甲板上から二一型が空を見上げて腕を振る。

 それを上空から見て、


「あのバカ、なに言ってんの!? あたしたち、陸軍機よ。空母に降りろとか、ほんっっっ、と! 信じられない!」


 隼。


「確かにのぉ。しかし、流れからいって、降りないのもつまらぬのぉ」

「え、あんた、鍾馗、正気で言ってんの!?」

「わしの名とかけた駄洒落かの」

「そんなんじゃないわよ! でも、まぁ」

「隼さ~ん、早く早く~、鍾馗さんも~!」


 下からまたも二一型の声が聞こえて、


「っっったく! バカほど困るものはないわね! ……もぅ、もおっ! しょうがない! 行くわよ!」

「ほぉ。やはり行くのか。行くなら、わしも行かねばのぉ」

「そうよ、陸軍機魂を見せてやるんだから! まずあたしが手本を見せるから、あんたも続きなさい! いいわね!」


 くどいほど念を押すと、隼、ぷるぷる頬を震わせ、唇を噛みしめながら、キッ、と眼下の空母をにらむ。


「どうした。行かんのか」

「行くわよ! もぉ、もぉ、もおお! あたし、陸軍機なのになんで……やるわよ、やればいいんでしょお! もぉ、バカぁぁぁあああ!」


 降下していく。

 しかし実際の着艦はしたことがなくとも、いちおう座学で学んでいる海軍の艦上機たちと異なり、すべてが初めての陸軍機。


「いかんな。速度が速い」

『降下角度も、なっちゃいない。叩きつけられるよ』

「危ないぞ、隼!」


 五二型が、赤城が、防人も見上げ、見つめる中、隼が降りて来た。


「ぁーーーーーーーーーーっ!!」


 甲板へ脚が接触する寸前、隼も気付いた。狭い空母の飛行甲板がプレッシャーになって、あまりに侵入角度が急すぎたのだ。


「上げなきゃ!」


 とっさに尾部の昇降舵を操作する。が、急すぎて、


「きゃあっ!」


 機首が、くん! と上がる。隼の頭だけが引っ張り上げられたマリオネットのように上がる。

 というより、のけ反る。

 これで焦った隼。そのままだと後ろへ宙返りしてしまう。空中ならいいが、もう着艦寸前だ。


「くっ!」


 あわててスロットルを絞った。が、絞りすぎた。

 ぷすん……。


「発動機が、止まった!」

「もう飛び上がれんぞ」


 防人たちの言うとおり、エンジンが止まるのは、着艦するのだからまだいいとして、問題はもう飛び上がれないことだ。

 失敗しても、離陸はできない。

 だがそれ以前に、姿勢を乱しまくった隼は、


「きゃぁあああああああっ!」


 ゴロゴロゴロゴロ! 飛行甲板上をジグザグに転がっていく。とうとうネットのひとつにつかまるが、


「おおっと!」


 ネットごと引きちぎって海へ転落。というところ、防人のアームがキャッチする。ほとんど逆さづり。


「ひゃぁ! きゃあっ! ひぃぃ! な、な、なにやってるのよ! 早く助けなさいよ! お、下しなさいよぉ!」

「こ、こら、暴れるなって。いまアームを離したら、海だぞ」

「ひゃぅ!? は、早く甲板に」


 などとやっている傍らを、鍾馗が完璧な着艦で通り過ぎる。ネットにもきれいに収まった。


『へえ、なにこの子。うまいじゃない!』


 赤城も関心するほどだ。


「まぁ、こんなものであるな」

「なにひとりだけ……くぅぅ、悔しいぃい!」


 なにはともあれ、収容すべき機体はすべて、赤城に着艦することができたようだ。


「……あー、艦隊が、出ていく」

「いってらしゃーぃ、でし!」


 と、こっちは海岸の九七式中戦車と九五式軽戦車。

 水平線のほうへ、次第に遠ざかっていく艦隊を見送るように眺めていた。


「海にいる敵を叩くのでは、わたしたちはお休みですね」

「おやすみでし! お昼寝なのでし!」

「せめて敵が上陸して来たら、活躍できるのに、残念ですよ」

「おー!」

「アメリカ軍の戦車なんて、軽いもんですよね。なんたってわたし、中戦車なんですから」

「軽い軽い! 軽いからハ号、軽戦車なんでし? チハは重いから中戦車でし!」

「ま、失礼な! ふふ、早く上陸して来ないですかねぇ、アメリカさんの中戦車、たしか、M4シャーマンさん、って」

「シャーマンシャーマン!」

「変な名前ですね、シャーマン。ふふ、シャーマン! 来たって、ちょちょい! ですけどね!」

「ちょい! ちょい!」


 戦車ふたりのクスクス笑いはほのぼのと空気を温めた。


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