7 出港
少し時間は巻き戻る。
制服に着替えた赤城を筆頭に、駆逐艦四隻、軽巡二隻、潜水艦二隻、それに、
「全員そろったわね! 乗艦するわよ!」
長門が、地下ドックの埠頭に居並んでいた。
広大なドックには、前述の艦たちが投錨されている。とうぜん埠頭に横付けされているのだが、タラップなどはなく、縄梯子さえもなかった。
「どう、なるんだ。長門や赤城さんは、人型って言ってたけど」
防人の言葉には、
「まぁ、見ていろ」
五二型が腕組みして見上げる。長門や赤城が、小さく敬礼して、おのおの自身の艦へと散っていった。
「ぁ」
なれない手つきで、となりの五二型の答礼を真似る防人。
その視線の先で、
(あれ、は……)
各人が、埠頭の艦に触れると、そのまま吸い込まれるように中へと消える。
「そうか。人型って、あの姿で艦に乗り込んで、で、これらの艦を動かすってことか」
防人が納得すると、
「そうかな」
「えっ、違うの? でも、飛行機と違って船は大きいし、人や物がたくさん載ったりするものだから……うぉわ!?」
五二型に言いながら視線をもとに戻すとそこに、それまでの艦が金色の粒子に包まれているのが見えた。
それだけではない。金色に輝く艦が、ゆっくりと、
(変形、してる? いや、違うものに変わっていく。同じ艦で、同じ主砲や、飛行甲板があるけど、でも、あれは……!)
その理由はすぐにわかった。
「長門さん! 赤城、さん!」
長門や赤城が、そこにいた。その艦のスケールそのままに巨大な姿で。
『防人くん!』
長門が防人を見る。声が響く。
たしかに長門の声だ。
もちろん顔も、姿もそのまま。ただし、身長は百メートル以上はありそうに巨大化されている。
その長門の身体のあちこちに、主砲や艦橋、船体などがとりついている。装備されている、と言うべきか。
「同じ、だ。さつきさんやにい子と」
「そうだ。わたしも長門や赤城も同じ、兵器だ。そしてわれわれは空を駆け、長門や赤城は海を征く」
「空母だから、さつきさんたちを、載せて……」
『いいわ、載りなさい! 五二型……いまはさつき、って呼ばれているみたいね。ふう~ん、そういうこと』
巨大な赤城が見下ろしながら、かすかに含み笑いを漏らした。目は、五二型と防人を交互に見ている。
「な、ん……! そんなことではない。そういうことでも……あるが」
冷静な五二型が不思議と声を荒げる。ほんのり染まった頬を見られまいとしてか、顔を背ける。しかし、
「載るのはいい。だが、降りるのは……」
声が、陰った。
「どういうこと? さつきさんは零戦、零式艦上戦闘機じゃないか」
「ああ。そうだ。だが、そうだった、と言うべきかな。ずっと地上基地の配備だった。空母が動く可能性はなかったから、着艦装備を取り外してしまっている。その分、重量も軽く、空中機動にもいいのでな」
じつは五二型、着艦フックを外していた。三二型、二二型もそうだという。
「えっ、そうなのか。じゃあ、にい子は?」
「あれは、そのままだ。理由は……」
「装備を外すって、なんだか怖いです!」
だったという。
「はぁ……つまり、にい子以外は、赤城さんに降りられないってのか」
「降りられない、わけではない。だが危険を伴う。もっとも、装備以前に空母への着艦訓練などしていないからな。そっちのほうが深刻な問題だ」
五二型の正直な気持ちだろう。
空母の稼動を求めて艦隊本部に乗り込んだのに、肝心の航空機が艦上へ降りられないとは。
(なんてことだ。けど、いままでがそうだったんだ。さつきさんたちを責められない。けど……)
「さつきさん!」
「なんだ」
「さつきさんは、覚悟を持ってここへ、艦隊本部へ来た。そうだよね」
「いかにも、そうだ」
「だったら、覚悟をしてほしい。ぼくが……さつきさんをいますぐ、改造する!」
防人にも覚悟、決意がある。
まっすぐに五二型を見つめる。
「なん、だと」
「着艦フックだよね。知ってる。たしかに、タ○ヤの零戦五二型は着艦フックありとなしが選べるコンバーチブルキットだった。作ったから、わかる」
「だが、わたし、の」
「オレにまかせてくれ。着艦フックだから……さつきさん、向こうを向いて。お尻をこっちへ」
「ちょ、ちょっと待て。いや、確かにそこだが、まだ……ぁぁああっ!」
五二型が声を上げる。
防人に迷いはなかった。
五二型が背中を向けると、腰からヒップにかけてがっちりと両手でつかむ。とたん、ふたりの接触面が金色の光と粒子を帯びる。
「ここか……ここに、収納するんだな。機器の接続部があるぞ」
プラモ製作の経験がある分、防人のイメージは明確だ。
たちまち作業アームが現れ、五二型の腰と、ヒップの中へ没入していく。補給アームではなく、精密工作アームだ。
「ぁあ、あ! 入って、来るっ、わたしの、中、に……!」
五二型が頬を染めて、顔をゆがめる。
だが苦痛ではない。
身体の中をまさぐられ、好きにされる、どこか屈辱めいた、けれど妖しいほどの解放感。
もはや快感と言ってもいいのでは!
それほどの強い感覚。五二型の下半身から脳天までを駆け抜ける。岸壁の高い部分に手をつき、腰を突き出しながら大きくのけ反った。
「ここだ! よし、いけぇ!」
防人の工作アームが、より深く五二型のヒップを刺し貫く。奥までも完全に埋まりきって、
「ぁぁぁああああっ! き、来ている! わたしの奥に、届いて……!」
接合部を、光がまぶしく満たした。と、そのとたん、
「ううぉ!」
ガチャン! 機械音が響いた。
急速に金色の光があせて行く。防人も身を離した。
工作アームも離れ、収束していく。
「ぁぁ、あ……終わった、のか」
「うん。改造、完了だ!」
「あれは……!」
「あの洞窟は、ドックに続いてたんですね! 中から……すごぃ! 次々、出てきます!」
上空から、隼、二一型が見下ろす中、四隻の駆逐艦に続いて二隻の重巡、そして、
「大っきい!」
「空母、ですね。赤城……!」
二二型、三二型も目を見張る。
三万五千トンを超える大きな身体とメカ。両腕部分に分割された飛行甲板が、午後の陽ざしを弾いて輝く。
『あなたたち。乗りなさい!』
赤城が航空機たちを見上げて言う。
「は、はい! ぁ、でも」
「わ、わたしたち、空母に降りたこと、なんか」
二一型が応えて、すぐに気付いた。三二型が言うとおりだった。
だが、逡巡する戦闘機たちの眼下で、
「なにか出て来るわよ!」
「エレベーターが動いておるぞ。誰かおるようじゃな。あれは」
「さつき隊長!」
隼、鍾馗も見つめる中、飛行甲板に現れたのは五二型だった。
五二型は、空中の僚機たちを認めると、
「……!」
いっきに跳び上がる。
飛行甲板に金色の「気」が満ちて、五二型の翼に浮力を与える。ふわりと浮き上がり、急上昇する機体。
あっという間に、二一型たちのところへ上がって来る。
「おまえたち! ただちに全員着艦せよ!」
五二型の言葉に、
「さつき隊長!」
「ほんとうに空母を動かしたんですね! 赤城を」
「ほかの艦もみんな出撃してる。長門さん、駆逐艦、潜水艦さんもいます!」
集まって来る二二型、三二型、二一型。口々に、興奮を伝える。
「ああ。わたしの力ではない。あいつの、防人の補給のおかげだ」
「防人さんの!」
「一艦隊全部だ。もう補給車というより、油田か鉱脈のようなヤツだな」
五二型が笑う。その笑顔がすぐに真顔になって、
「われわれは全機、空母・赤城に着艦。補給と整備を済ませたのち、アメリカ艦隊の捜索、攻撃にうつる」
命令する。
「りょうかい、しましたー! って、あれ?」
元気に返事をする二一型だが、続く言葉が僚機たちから出て来ない理由はわかっている。それは五二型も。
「不安は理解できるが、思い切ってやるがいい。やるしかないし、あとのことは空母の艦内設備がなんとかする。それに」
五二型が視線を落とした。
「防人もいる」
そこに赤城があって、飛行甲板の上、手を振る人影があった。
「防人さん!」
「にい子! やよいさん! きさらぎさん! みんな! だいじょうぶだ! 安心して、降りて来い!」
防人が、声の限りに叫ぶ。
『不思議な、男。防人って』
赤城もまた、つぶやいた。
その赤城。身体に艦をまとった巨大な姿はまさに、実装されたもの。しかし、その艦内、最深部に、
(オレがさっきまで見ていた赤城さんや、長門の人型が、コアになってるって)
赤城に乗り込んだのち、五二型の案内で見せられていた。
補給漕とはまた違う、乾いたタンクのようなものの中に、やはりただようように浮いていた。
すでに意識は艦のほうの巨大赤城へと移っていて、眠るように瞳を閉じている。
では、実際にそびえ立っている巨大赤城は幻影か、投影されたビジョンなのかというと、それもそこにある実体で、触れることもとうぜんできる。
「港にあった艦が、再構成された姿だ、と言ったらいいか。人型も艦も、どちらも赤城であり長門だ。どちらが欠けても、機能することはできない」
五二型の言葉が防人の脳裏で蘇る。
空を見上げ、その五二型たちに手を振った。
「防人さんが手を振ってる! わたし、やります!」
二一型が手を上げる。
いまにも降下していきそうな勢いに、
「よし、わたしがまず手本を見せる。見せられれば……いや、やって見せよう。そのあとににい子、やよい、きさらぎと続け」
五二型がとどめ、二一型は「はいっ!」と応えるが、
「あの、わたしたちは」
「着艦フック、ないのよね。たしかさつき隊長も、そうじゃなかったかしら」
三二型、二二型は、どうにも乗り切らず、着艦自体を怖がっているように見える。
「問題ない。おまえたちには、着艦ネットで対応する。信じて、降りろ」
「ほんとに空母が出て来るんだ。びっくりしちゃった!」
そこへ口を挟んだのは隼。艦上機たちを前に、
「けど、よかったわね。これであのアメ公たちを追撃できるじゃない。あとはたのんだわ、よ、って……え、なに?」
「隼さんも! いっしょに着艦しよ! ね! 鍾馗さんも!」
「えええええっ!?」
「なんじゃと」




