6 大型空母
「赤城、もう!」
長門が目を走らせる。赤城以外の補給漕でも次々、艦たちが目覚めていた。
「ぅっうーん」
「ほぁあ!」
単に、長い眠りから覚めて寝ぼけたような声を上げる艦たちもいる。
すでに燃料は飽和状態なのか、補給槽がつぎつぎと開く。あちこちで、金属製の蓋が跳ね上がり、中の艦の姿をあらわにする。
しかしやはり目の前の赤城だ。こちらも補給槽の蓋が開く。
「のぅわ!」
浸透しているとはいえ、防人は蓋を避けて思わずのけぞる。
赤城の身体から手が離れた。
だがそうするとまえよりもよく赤城の裸身が目に入ってくる。真っ白な肌や、思ったよりも安産型な腰回りなど、
「さすが、大型空母……って、ぅうぉ!」
言いかけて防人が声を上げる。
赤城が補給液の中から、ゆっくりと身を起こしたのだ。
水よりもねっとりとまとわりつく液体が、肌からゆるやかに滑り落ちる。防人たちの眼前で、ついに補給槽の外へ足を下す。
完全に立ち上がった。
「これが、赤城か」
「赤城! もうだいじょうぶなの!?」
五二型や長門が瞠目する、気遣う中、赤城はまっすぐに防人を見据え、
「あんた、ね」
「ぁ、ど、ども」
中途半端に頭を下げる防人。もう補給アームなどはすっかり消えていた。
だが赤城は防人の目を見つめたまま、二歩三歩と詰め寄る。思わず後ずさりしそうになる防人の手をがっちりと握って、
「あんた、さっきわたしの格納庫にまで手を入れて来たね! どういうこと。空母の一番大事なところに、ぶしつけな!」
赤城の顔が近い。
もう鼻の頭どうしがくっつきそうだ。
赤城の濡れた前髪が額に張り付き、とがった先からまだ液体が雫を作っていた。
「ああ、ぁの! すいません。そういうことだとは、知らなくて。オレはただ、隅々までもチェックして、破損とか劣化してるところとか、ないかな、って無意識に」
それが補給ユニットとしての仕事、でもある。
だが、
「はぁ? 劣化とか、正規空母の身体を勝手にさわっておいて、その言いぐさはなに? 失礼ね!」
「す、すいません。ただ、けど、あの」
「なに? まだなにか?」
赤城はまだ目をそらさない。
最初からほんのりピンクに染まっていた顔は、なにかを隠すかのように剣呑を向けてくる。
気圧されそうになりながらも防人。
「すごく! きれい整頓されてて、広くていっぱい航空機が入りそうな格納庫だった。密閉式で、身持ちが固いところも安心だし。それになんだか……」
「なんだか?」
と言ったのは長門だったが、
「いい、匂いがした」
防人が言うと、赤城の頬がみるみる真っ赤に染まる。
「な、な、な! なんなの! なに言ってるの! 人の格納庫を、そんな……!!」
だが赤城もそうだが、防人のほうもまた、
「あ、あの、さっきからその……なにか着てくれない、と」
直視できない。
補給槽から上がって以来、赤城はなにもまとわず、裸身を手で隠すこともしない。とうぜん、なにからなにまでが丸出しだ。
丸見え過ぎると逆に見られなくなる。
というよりは、まっすぐ見つめて向かってくる赤城に、視線をそらしている場合じゃない防人だったのだが、
(ぁ、あ、あれ?)
顔どころか全身を朱に染め、プルプル震える唇をけんめいに結んでいる赤城に、防人のほうも顔が赤く、カァッと身体が熱くなる。
なにより赤城が、びっくりするほど、
(かわい、ぃ……いや、空母にそんな)
「ほら、早くなにか着なさいってば」
そんな赤城に、長門が後ろから毛布を掛ける。が、肩に掛けられた毛布を、赤城は振り払うように、
「わたしは! もともと戦艦として作られてた! ほんとうはあなたと同じ、十六サンチ砲だってこの手に!」
右腕を高々と掲げて見せる。
長門は、そんな赤城の肩を抱くように、
「わかってるわ。あなたはほんとうは、わたしと同じ」
「格納庫なんて空っぽな部屋じゃなくて、身体の中は主砲塔のターレットでぎっしりだった。飛行甲板なんて真っ平らで、つまりは空母って、ただの箱じゃない! 八門の十六サンチ砲の斉射があれば、サウスダコタ級にだって負けなかっ……」
「あの!」
がまんできずに防人が口を開く。
「口を挟むようなんだが、格納庫は空っぽの部屋なんかじゃない。空母はただの箱じゃないよ! 何度も言うように、艦載機っていうすごい武器を載せて運んで、発艦させて着艦させて整備もできる、移動する基地なんだ!」
「移動する、基地」
「そうだよ。基地はそれ自体、敵を攻撃できないかもしれないけど、基地がなければ航空機も、他の兵器だって稼働できない。敵に向かっていけないんだ!」
「そうだな。敵を叩くだけでなく、敵の艦載機からの攻撃に対しても、航空母艦は防空の要。現代の艦隊にあっては、ぜったいに欠くことのできない艦種だ」
五二型が付け加える。
長門も、
「これでわかったでしょ? 敵を砲撃するのはわたしに任せて。ううん、でも、もうわたしの十六インチ砲だって、敵に届かない。届かない距離から、敵の艦載機が、やって来ているのよ、いまも」
「いまも?」
赤城の眉が反応する。
「ああ。だから、貴艦の力が必要だ。赤城だけでなく、長門……連合艦隊の、な」
五二型の言葉に、こんどこそ赤城がうなずいた。
「わかった。そういうことなら、やってあげようじゃない。はからずもわたし、この赤城、戦艦の成れの果ての空母じゃないって、見せてあげる! ガバガバの解放式格納庫のヤンキー娘になんて、負ける気なんてしないもの!」
赤城の宣言に、
「やってやりましょう、赤城姉さま!」
「行きます! 用意、できてるよ!」
「ふぁーぁ、よく寝た! んっ、出撃?」
「どこまでも、従う覚悟!」
補給槽を出た艦たちが、次々と取り囲む。
「吹雪、初雪……古鷹、大淀、あなたたち! って、ぇ? なんでもう服を着ているの? なんでわたしだけ」
すでに全員が、制服に着替えていた。裸なのは、赤城だけ。
「なんでって、自分から毛布も拒否したんじゃ……のぼぉわっ!?」
「見ないでっ!」
またも真っ赤に頬を染めた赤城の、思いがけず軽い身のこなしのハイキックが、防人の顔面を的確にとらえていた。
「さすが大型空母。素早い……」
足の裏まで、フジツボなどもなくきれいに整っている。思いを強くしながらも、防人は目の前が暗くなるのと、天井が反転するのがいっしょだった。
「あ、防人くん!」
「防人、おい」
「はぁ、はぁ! ちょこまかちょこまかと! 正々堂々と、勝負したらどうネ!」
二丁拳銃をかまえたF6F。ごく間近を急上昇でかわしていく三二型と二二型とに、投げつける。
「それ、さっきも言った。それより、もう燃料がない。ドロップタンクはとうに空。本体の燃料も」
真横につけたF4Fが言う。
こればかりは、どうにもならない。
どれほどの高性能でも、まだ十分戦えるコンディションにあっても、燃料がなければ、航空機は空にいることはできない。
「ガッデム! シット! ジャップの竹でできたようなひょろひょろジークに、テイルを巻いてゴーホームしたと思われるなんて、耐えられない! いずれ必ず、この借りは返してあげるネ!」
口惜しさに唇を噛むF6F。
F4Fは冷静に、
「急降下爆撃機や攻撃機たちにも空中集合を。編隊を組みしだい、サラへ帰還する」
ヘッドセットの無線を操作し、アベンジャーやドーントレスたちに必要事項を伝えていく。
「でも、送り狼にアタック、されたら」
そこはF6Fも、大いに気になる。しかし、
「心配いらない。向こうのほうも、激しい機動でもう燃料は限界のはず。いちど降りないと、とうてい追って来れない」
F4Fは喝破していた。
果たして、その推測どおり、
「ひゃぅぅ、もう、お腹が空っぽですぅ。これ以上」
「そうね、いったん降りないと」
三二型と二二型も、燃料切れの危機を迎えていた。
「でも」
二二型は地上を見下ろして、言う。
「滑走路があんな状態じゃ、いったん降りたら、もう上がってこれないかも。事故なく降りるのだって、難しい」
表情を曇らせる。
防人が気づいたとおり、航空機の少女たちは一見、ほとんど助走もなく飛び上がっているように見える。
「垂直離着陸機かよ」
そう見えた道理だ。
けれどそうではない。整備された滑走路という「気」をいっぱいに活用して、飛び上がっているのだ。
だから滑走路が破壊されたら、もう離陸することは限りなく困難になる。
「ちょっと、あんたたち! 陸軍の滑走路を使いなさい!」
そこへ飛んできた隼。
「隼さんの言うとおりです! 落ちるまえに、陸軍の飛行場へ行きましょう!」
二一型も、追って飛んで来た。その背後に鍾馗もいる。
「なあに、にい子、陸軍といっしょだったの?」
二二型が驚いたように言う。
「ぁ、はい! 隼さんたちが、助けてくれたんです!」
「べ、べつに、助けてなんかいないし」
「そうじゃな。助けたといえばこのわしじゃ。わしの急降下性能は、アメさんにもまったく退けをとらんからのぉ。もっとわしを厚く遇するべきであるぞ」
ここは鍾馗が、小さい身体で胸を張る。
幼い身体付きには似合わない、豊かな胸がプルッ! と震えた。
「ほぉー」
「すご、ぃ、かもです」
関心する二二型と三二型。
「そんなの見てる場合じゃないわよ! ほら、敵の爆撃機や攻撃機が、みんな海のほうへ帰っていくわ!」
隼の言うとおり、すでに点のようになったアメリカ軍機が遠ざかりつつあった。
「でも、陸軍の滑走路に降りても、けっきょくもう追撃は間に合わないわよね」
「しかた、ないですね」
山をひとつ越えた陸軍の滑走路へ向かおう、というところ。
「えっ、あれ!?」
二一型が見つけた。指をさす先の海面に、
「あれって!」
「空母!!」




