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5 覚醒


「ちょこまかちょこまか、動き回ってうざいネ! いいかげんに、真っ向勝負、したらどうデス!」


 叫ぶF6F。両手の二丁拳銃を、空に向けて撃ち放つ。

 ウェスタンベストやその下の水着ふうスーツ、ブーツなど、ところどころ破れ、引き裂かれて、肌を露出していた。


 飛行メカにもいくつもの弾痕があり、一部は孔が空いて、ジュラルミンの銀色が覗く。

 けれどこれだけのダメージにもかかわらず、F6Fの戦闘力はほとんど低下していなかった。

 最初の攻撃で傷ついたF4Fにしても、飛行能力自体は維持したまま、F6Fの僚機をつとめている。

 4門の12.7ミリ機銃はほとんど撃ち尽くし、本来ならばとっくに帰還するところだ。そうしないのは、


「ジャップのヤツら、タダじゃ済まないネ! ぜったいぜったい、墜としてやるネ! アラモを忘れるな! なのネ!」


 F6Fのプライドが許さないから。手にした二丁の拳銃だけでも、零戦たちを撃墜する覚悟だ。


「ヘルミナ、六時方向、下から!」


 警告するF4F。


「サノバビッチ!」


 パン、パンッ! ガン、ガン、ドンッ! F6Fの拳銃と、32型、22型の20ミリ機関砲が真正面から交錯する。

 かすめるように通り過ぎて行く零戦の編隊に、


「こっちへ来て、どうどうと勝負するネ! ジャップは騙し打ちの卑怯者ネ!」


 F6Fが手をグルグル振り回して叫んだ。

 それを聞きながら、


「ど、どう、します?」


 と32型。

 かたわらを飛ぶ22型は、


「もう機銃弾も砲弾もカンバンね。ほんとうならとっくに基地に戻るところだけど、ああまで言われて、それはないわね。……やっちゃう?」


 翼の根元から、カチャ、飛びだすのは、航空日本刀だ。すでに鯉口が切られている。


「ぅぅう、格闘戦、あんまり得意じゃない、です。高速を出すために、翼、切られちゃってる、し」


 主翼を気にする三二型に、


「へいきへいき! 向こうなんてもっと苦手よ。あんなデカい図体で、小まめに回ったり、できるもんですか。行くわよ!」

「は、はいぃ」


 日本刀を抜き、振りかざす。

 二機の零戦編隊が、アメリカ艦上戦闘機の編隊へと突っ込んで行く。




「お、おまたせ、しました!」


 五二型と別れて、ようやく二一型が合流したのは、隼と鍾馗のもとだ。


「待ってないわよ! だいたいあんた、自分のところの僚機と合流しなさいよね!」


 にべもない隼に、


「まぁまぁ、よいではないか。ふむ、おまえが零戦の二一型か。ほほお、なんとも軽そうな、やわらかそうな身体をしておるのぉ」


 鍾馗は逆に、初めて見る零戦に好奇の目を向ける。


「はい、あの、やわらかいって……防人さんも」


 言われて、頬を染める二一型。どうやらその意味は、俯けた視線の先、自身の胸にありそうで、


「たわけが! 違うわ! 身体が柔軟で、小回りが利きそうだ、と言いたかったのじゃ!」


 鍾馗に一喝される。


「ぁ、そうだったんですね、すいません! えっ、鍾馗さんは、苦手なんですか」

「わしはこう見えて、千五百馬力の発動機を積んでおるからのぉ。翼も小さく、その代わり、弾丸のように速く飛べるのじゃ!」


 自身の言のとおり、零戦よりも小ぶり、中学生のような幼い容貌ながら、その胸はグッと豊かにせり出し、艦爆や艦攻にも劣らない。


「わぁ、すごい!」

「ふん! なに胸のことばっかり言ってんのよ! そんなのじゃまなだけなんだから! ただ速くビュッ、て飛ぶだけで、くそアメ公の戦闘機みたいじゃない」

「隼さん」

「なによ!」

「口が悪いです。女の子は、汚い言葉を使ってはいけないって」

「そんなの関係な……」

「防人さんも言ってました」

「ぇっ! ……そ、そうなの。って、やっぱり関係ないじゃない、バカ!」

「ふむ、その防人とやら、さっきから気になる」

「鍾馗さんも、会ってください。この戦いが終わったら、防人さんに!」


 明るく言う二一型に、


「そうするかのぉ。となれば、じゃ」

「さっさとやっつけるわよ。さっき取りこぼしたあいつら、デバ子にドン子に……」

「デバ……デバステーターさんと、ドーントレスさんですね」

「なんでもいい! ほら、あたしに続いて!」




「ここは……」


 広大な地下ドックから、扉一枚を隔てた部屋。

 部屋と言っても、こちらも広い。

 剥き出しの岩の天井、壁を飾るように鉄骨が組まれ、多くの機器が取りつけられていた。


「東京ドーム……ひとつ分くらい、か」


 そろそろ東京ドーム換算は止めないと、と思う防人だが、その広さの空間に、無数に据え付けられている物。


(タンク? 石油かなにかを入れておく……)

「補給漕だ」


 防人の疑問に代わって答えたのは五二型だ。


「補給漕。これが」


 これまで、聞いてはいた。

 大気や地面など、自然から「気」といった形で燃料などを補給する彼女たちも、戦傷の回復などはそれだけではおぼつかず、補給漕を用いるのだと。


「でも、こんなにたくさん」


 防人が言うのも無理はない。

 人がすっぽり入ってあまりある、三メートルほどの長さの円筒。完全に金属で覆われたそれが、ざっと数百個は並んでいるからだ。


「ほとんどは空なのよ」


 長門が言う。


「空……入っていないのか」

「ええ。かつての連合艦隊もいまでは散り散り。わたしが目を覚ましたときは、もうあのドックにいた、わたし含めて八隻しか艦艇が残ってなくて」

「じゃあ、残りは」


 七隻。その七人がこの補給漕に封印されているのか。


「これを見て」


 補給漕の一部を、長門が開けて見せる。

 ハッチを開くように、三十センチほどの小さな扉が開いた。さらにガラスが張ってある。その向こう、補給漕の中に、


「ぁっ」


 顔があった。

 目を閉じ、穏やかに眠っているように見える少女の顔。

 中には液体が封入されているようで、長い髪がかすかにたゆとうている。わずかに青色を帯びているのは液体の色か、青い光が漕内を照らしているのか。ときおり小さな気泡が立ちあがって来た。


(これは)

「赤城だ」

「赤城、さん」


 オウム返しに口に出して、防人は思う。


(赤城って、空母じゃないか。航空母艦……それが、こんな女の子)


 目の前の長門が少女の形なのだから、赤城がそうでも不思議はないのかもしれない。だがやはり不思議で、わずかな覗き窓から補給漕の中を覗き込もうとして、


「わっ!」


 思わず声を上げた。補給漕から跳び退く。


「どうした」


 五二型の問いには、


「ぁ、いやあの! 服! 赤城さん、服、着てないし!」


 ことさら強調するのは、見ようとして見たのではない! との訴えだ。

 補給漕の窓から見えた、赤城の身体。

 青白く透き通るような肌は、衣服を一糸もまとっていない。思ったよりもずっと豊かな胸が液体の中で浮かぶように、ふたつのその実を震わせた。

 すべてが見えたわけではない。

 けれどこんなふうに、眠っている相手の裸を見るのは、


(よくないよくない。覗きは痴漢行為! ……だよな?)


 変なところに潔癖な防人だが、


「なんだ。補給漕の中で裸なのはあたりまえだろう」

「ぇ、そうなのか」

「わたしたちは全身から「気」を取り込んでいるわ。むしろ、いつも裸でいたほうが、「気」を取り込む効率がいいくらい」

「な! マジ、で!?」


 長門の言葉に、素で反応してしまう。


「冗談よ。衣服くらい着ていたからといって効率が落ちることはないけれど、補給時には、全身の体表が「気」を直接受け入れる態勢だから、衣服はないほうがいいわね」

「はあ。皮膚呼吸、みたいなもんかな」


 納得しながらも、いちばんの疑問は解消していない。

 だが、うすうす見当は付く。


「で、オレをここへ連れて来たってのは」

「もうわかっているのだろう。彼女たち……赤城たちをよみがえらせてほしい」

「目を、覚ましてあげたいの。防人くん、あなたならできるわ」


 五二型が、長門が言う。

 ふたりの真剣なまなざしが、防人を強く射る。

 が、防人。


「やっぱり、そうか。かと思ったけどさ、でもオレにそんな力、マジあると思えないっていうか」

「赤城が!」


 話の途中、長門が指さす。

 見ると、補給漕の中、赤城の睫毛が何度か震えて見えた。と思うと、まばたきになり、ついにその目を、


「開いた。目が覚めたのか」


 五二型の言うとおりだった。

 赤城の目が開き、それだけでなく、防人を見たのだ。


「ぁあ、お、オレまだなにも」

「いや違う。見ろ」


 言われて、気付いた。

 飛び退いたはずが、まだ補給漕に触れていた。その防人の手が、


「おおお、補給アームに!?」


 ひとりでに変化し、補給漕に、


「浸透、してる!?」


 長門の言葉どおりそれは、浸透、と言うほかない状態だった。補給アームと化した先降りの手が、補給漕の金属に溶け込むように一体化している。


「うぅあ!」

「離れるな! そのまま、いや、もっとだ」


 思わず身を引きそうになって五二型に止められる。考えてみれば、ここで引く、止める道理はない。


(そうだ。これがオレにしかできない、オレの役目なら、カラッ空の、カラッケツになるまで、注ぎ込んでやる!)


 覚悟を決めた防人は、もう片方の手も補給漕にかざす。すぐに補給アームに変わって、金属に接合、いや、浸透していく。


「すごい! 補給口のキャップを開けるまでもないっていうの!?」


 長門が目を見張る。さらに防人の背中からも補給装置が現れて、どっしりと床に鎮座するようだ。

 こうなると補給はいよいよ本格的になり、補給漕のすべてが活性化したように金色の粒子に包まれる。

 だがもっとも活発なのはもちろん、赤城の補給漕だ。

 それは補給する側の防人にとってもそうで、


「ぉぉお」


(感じる! これだ。赤城さんの身体、艦体、だ!)


 補給アームは鋼鉄だが、防人が感じるのは自身の手のひらの感触だ。硬い補給漕の向こう、補給液のドロッとした生温かい濡れた感覚の向こうに、あたたかく、やわらかい赤城自身の身体があった。

 胸に触れる。


「ぁあ……」


 赤城の口が小さく開いて、声を漏らした。いつのまにかまぶたも閉じて、頬がほんのり赤らんでいる。

 防人は、


(やっぱり、三万五千トン以上もある赤城さんだ。すごいボリュームだよ。片手じゃとうていつかみきれない。それに、大きいだけじゃなく航空機を飛ばすために三十ノット以上の高速も出る。その敏捷さ、きびきびした弾力になって、伝わって来る!)


 補給漕の中で、赤城の胸、乳房を確かめるように、けれどぞんぶんに触りまくる。揉みまわす。


「ぁ、あっ、ちょ、っと……」

「そうだ。空母ってのは、中が航空機をいっぱいしまう格納庫になってるから、そこは空で、案外軽いし、足の速いアスリートみたいに引き締まってる」


 いつのまにか、声にも出している防人だ。防人もまた、目をつむっていた。まさぐるようにその補給アーム=手がさらに奥深くへ伸びて、


「ぁああっ!」

「ここだ! ここが格納庫! 航空機を、子供みたいにやさしく抱く、ゆりかごみたいな部屋で……!」

「ぁあっ! ぁあ、そこ、さわら、ないで……わたしの格納庫の中、まさぐらないでったらぁ!」


 もうはっきり聞こえる。補給漕の中から、赤城の声。悶えるように身を揺する。完全に、目覚めていた。


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