3 グラマンvsゼロ
「太陽の方向、来る! 二機……いや、四機!」
「はぁ? ジャップの飛行機どもはもうとっくに逃げちゃってるネ。いまさら反撃なんて、HAHAHA! ありえな、ぃ……!?」
F6Fの言葉が終わらないうちに、零戦たちはもう射撃範囲に入っていた。機首の7.92ミリ機銃、それに、翼の大口径20ミリ機関砲が、いっせいに火を噴く。
「危ない!」
「キャァアアアアッ!」
バババババ! ドンドンドンドッ! 空気を震わせて飛び来る機銃弾と機関砲弾。
とっさにF4Fが、F6Fに体当たりする。多くの銃弾を浴びて、飛行メカが、フライトジャケットが飛び散る。
「ワイラ! お姉ちゃん!」
しかしF6Fも無傷ではすまなかった。
ウェスタン調のベストの一部が切り裂かれ、中の水着のようなスーツも破れる。カウボーイハットも弾け飛んだ。
F6Fが、F4Fの手をつかみ留める。
そのごく間近を五二型、二一型が駆け抜けて行く。
しゅんかん、顔と顔が向き合い、すれ違う。
「……」
「!」
F6Fと五二型、目と目が見つめ合う。お互い、相手を完全にとらえた、その千分の一秒にも満たない時間が、凍りつく。
次のしゅんかん、割れたガラスが飛び散るように離れて行く。
「きゃぁぁああ、うぅぅー!」
五二型の後方を守り、戦果確認なども行う僚機の二一型は、ほとんど機銃弾を放つタイミングもないまま、F6Fの側をすり抜けた。
「あいつら、WHERE! どこから!」
待避のために降下しながら、F4Fを抱き寄せるF6F。
「おそらく……飛びあがったあと、ずっと迂回して高度を取り、こっちのようすをうかがっていた。あわててすぐに低空から挑むようなことをせず。できる隊長だと思う」
F4Fはそう言うと、F6Fの腕から離れた。
「だいじょうぶなの? お姉ちゃん」
「外板は穴だらけでみっともないけど、大事なところは分厚い装甲板に守られてビクともしない。わたしの頑丈さ、知ってるでしょう……きゃっ!」
「Oh! よかった!」
F6FがF4Fをまたも抱き寄せたのだ。しかも抱きしめる。
「ちょ、っと! ヘルミナ!」
「よかった、よかったネ! お姉ちゃんが墜ちたら、生きていけないネ!」
「大げさな……ありがとう。でも、性能はだいぶ低下してる。急降下も、できそうにない」
「OK、OK! ミーについてくれればOKね! このまま帰るわけにいかない、そうでしょ、お姉ちゃん」
「そうだね、ヘルミナ」
「あいつらに……あいつにひと泡……ワンバブル食わせてやるネ!」
「シスターベンジー、何か来ますわ! 避けて!」
「シスターステラ、危ない!」
TBDデバステーターとTBFアベンジャー、中空からまっすぐ、真正面から突っ込んで来る戦闘機に、あわてて回避行動を取る。
散り散りに降下する二機に、
「逃がさないわよーーー!」
叫びながら追いかけるのは、隼だ。
だが、あまり急角度、高速の急降下は隼にとっても苦手とするところ。それでも突っ込もうとする隼に、
「ここはわしに任すがよい! この、二式単座戦闘機さまにの!」
「鍾馗!」
隼の間近を追い抜き、すぐさまダイブに入るのは二式戦闘機・鍾馗だ。
正式な型番は、キ44-Ⅱ丙。
「日本に重戦闘機はない、と思ったか? ところがどっこい、あるんじゃな、わしがその重戦闘機・鍾馗じゃ! 12.7ミリ機関銃、4門の斉射を食らうがよい!」
勇ましい名乗りとともに、急降下でどこまでもアメリカ雷撃機を追いかける。
短いが、四つもの房に振り分けたショートテールボブの髪の戦闘機少女。
隼と同じくらいの小柄ながら、胸や腰まわりのボリュームはどうして大人をもしのぐ立派なもの。
ジュラルミン剥き出しの銀の飛行メカに、農緑色のスポット迷彩が、どことなく和服に帯、のようだ。
武装は強力。零戦の二十ミリにも引けを取らない。
なによりその心臓は、
「千五百馬力の威力を見るがよいぞ!」
これまた隼はもちろん、すべての零戦を軽く凌駕していた。
意志の強さを感じさせる太い眉。
身体の発育に反して、顔立ちは少年のようだ。
修験者のような白装束に身を包んでいた。
「落ちるのじゃ!」
いっせいに火を噴く、四門の12.7ミリ機銃。
「きゃあああああっ! シスターベンジー、助けてぇえ!」
「ひぁああああ! シスターステラ、ここは超低空に降りて、逃げましょう、そうしましょう!」
ひたすら高度をさげて逃走する二機を、
「天罰!」
ひたすら追いかける鍾馗。
「あっちは、鍾馗だけでだいじょうぶそうね。なら、あたしたちは!」
「わかっていますわ。敵の急降下爆撃機を狙うのですわね」
「そうよ! 行くわよ、続いて!」
「この三式戦闘機・飛燕に命じるなんて、どれだけ上から目線ですの。まぁ、いいですわ。目にもの見せてやりますわ!」
こっちも白銀の飛行メカをきらめかせるのは、飛燕。
同じジュラルミンの銀色の地肌だが、西洋の甲冑のようなフォルムを見せる。
細面の顔立ちは純日本風なのに、腰までもある長いストレートロングの髪も金色。遠目にはまるで欧米の戦闘機のようだ。
じつは飛燕、そのもっとも重要な心臓部=発動機が外国製の国産化なのだ。
ドイツのダイムラーベンツが開発した代表的発動機、DB601。
これをライセンス生産したハ40がそれで、液冷十二気筒を搭載したじつにすっきりスマートな外観は、欧米人なみの長身、スリム&スレンダー、長い手脚となって飛燕のプロポーションを形作っていた。
「まったく、スタイルだけはいいんだから。やたら高価な特別製の装備ばっかりだけど、その分きっちり仕事はしてもらうわよ! わかってるの、こら!」
飛びながら、隼が飛燕に注文をつける。
飛燕はどこ吹く風で、
「はいはい、りょうかいしましたわ!」
いちおう応えるが、
「お子ちゃまには言わせておきますわ。このわたくしの優美な戦い、見せてさしあげますわ!」
そうつぶやくと、前へ出る。
「あ! ちょっと、おまえは後ろで」
「はいはい、りょうかいですわ! 前衛をつとめますわね!」
もともと飛燕は、最高速度も時速590キロと、隼の時速515キロを大きく上回る。
あっという間に隼を引き離した。
向かう先は、
「敵だ! 敵が来ちゃたよ! なんだよ、楽勝とか言ってたヤツ!」
「おまえだよ! とにかく逃げなきゃ! わたしたち、爆撃機なんだから!」
SBDドーントレスとSB2Cヘルダイバーだ。
クモの子を散らすように逃げ出した。
「逃がしませんわよー!」
「待てって、言ってんのよ! 勝手にひとりで攻撃するなぁあ!」
飛燕の武器は鍾馗と同じ、12.7ミリ機銃4門だ。派手に撃ち放ちながら突っ込む。その後を、なんとか追いかける隼。
「うきゃああああ!」
「ふひぃいいい!」
後方機銃を撃ちながら、けんめいに逃げるSBDとSB2C。
「そんな豆鉄砲、当たりませんわ!」
二機をかすめるようにすり抜けると、飛燕はスロットルを極限まで絞り、コンパクトにターンを決めて急上昇。
なんども螺旋を描くようにターンすると、
「接近戦なら、このランスの露と消えるがいいのですわ!」
飛行メカの一部が、銀のランスとなって分離する。
鋭く長いランスは、西洋騎士の馬上槍のようだ。これで敵機をひと突き! というところ、
「だから勝手に格闘戦するなって! ……どうしたのよ」
急に飛燕の飛行メカ部分が異常な振動を発し、黒い煙を吐き出す。
それは飛燕の体調とも一致して、
「げほ、げほっ!じ、持病の 心の臓の不整脈が……。悪いですけれど、お先に失礼させていただきますわ!」
とたん、ロールして降下。基地へと帰投していく。
「あのバカ! なにやってんのよぉ!」
ひとり憤る隼を残して、である。
「あれは! 隼さんです!」
二一型が最初に見つけた。
最初は、新たな敵かと思った、西からの三機の機影。
「うむ。やつらもなかなかいいところがある」
五二型が口元に笑みを作る。
傷ついたF4FとF6Fを三二型と二二型に任せて、五二型は二一型をともない、隼たち陸軍機に接近する。
もちろん、敵の艦上爆撃機、艦上攻撃機へも対応するためだ。
あっという間に近づくと、気付いた隼もまた、間近へと飛んできた。
「隼さぁんっ!」
手を振る二一型に、
「わかってるわよ! 大声出さないで!」
イヤそうに怒る隼だが、五二型からは微妙に視線を逸らす。
「よく来てくれたな」
言われると、
「あ、あたりまえでしょ! 同じ日本の、航空隊なんだもの。アメリカなんかになめられてたまるもんですか! 言っとくけど、昨夜の借りを返すとか、謝るとか、そんなんじゃないんだから、ね!」
ふんっ、とかぶりを振るが、なぜかほんのり頬が赤い。
「あ、はい」
笑う二一型に、
「なによ! ……それより、敵はみんな艦上機よ。これ、どういうことか、わかってるわよね」
噛みつきながらも、五二型には向き直り、真剣な顔をこんどは見せる。
「うむ。近くに敵の空母がいるということだ。艦隊がな」
「だったら! なにをすべきかもわかるんじゃない。あたしは陸軍機、そこには踏み込めないわ。でも、あんたなら」
見つめる隼。
受け止める五二型。やがて、
「わかった。やってみよう。いや、もっと早く、そうすべきだった。礼を言う」
それだけ言うと、身をひるがえす。二一型に、
「にい子」
「はい」
「やよいやきさらぎと合流しろ。わたしは……艦隊本部へ行く」
告げる。その言葉に、二一型はいっしゅん言葉を失ったが、すぐに、
「艦隊……はいっ!」
笑顔で返す。
二機はそれぞれ、別方向へと飛び去った。
残った隼。
「なによ、別に礼を言われる筋合いなんて……まぁ、いいわ。もらっといたげる! じゃああたしは……あの使えない三式が帰っちゃったから、鍾馗を援護しなくちゃ、よね!」
鍾馗のもとへと、機首を向ける。
その顔がさっきまでと一転、なんとも楽しそうな表情に変わっていた。
「おっ! 墜とした! ……いや、墜ちないか。でも敵は煙を吹いてるぞ、やった!」
こちらは防人。
宿舎へ戻る途中、始まった空中戦を下から見上げていた。F4Fの被弾に喝さいを上げる。とそこへ、
「あ!」
「ぅやっ!」
林を出たところ、ばったり、出くわした。
鉢合わせした相手は、九七式中戦車チハと九五式軽戦車ハ号だ。
「おまえ、昨日の!」
防人は会うのは初めてだが、聞かされている。
思わずチハに駆け寄り、
「おまえらの攻撃で、昨夜さつきさんが!」
胸ぐらをつかんだ。
「きゃあっ! きゃあっ! きゃぁあ! ごめんなさい、ごめんなさい! でもわたし、知らなかったんです。隼さんに無理やり連れ出されて、で、宿舎のほうに向かって撃て、って」
「うにゅら! 離すでし! チハは悪くないでし!」
ハ号が防人の腕にしがみつく。
離させようと、
「んぐ!」
噛みついた。
「うわっ! なにするこのちっこいの!」
あわてて手を離し、ハ号に向き合う防人だが、
「うーーーーーーっ!」
ハ号は白目を剥きだして威嚇。チハの前に立ちはだかる。小さくても、姉ともいえるチハを守ろうとする。
それを見て、
「おいおい、わかったわかった。もうなんとも思ってねーよ!」
(こいつらも大変なんだな。上司……かどうかわかんないけど、軍だから命令されたら従わなくちゃならないし、さつきさんを狙ってケガさせたわけじゃないし)
防人も彼女たちをなだめる。
話題を変えようと、
「で、いまはなにやってたんだ」
聞くと、
「敵機が来たから防空しろって言われて。でもわたしたち、対空戦車じゃないんです。だから、武器もこんなので」
と見せるのは歩兵銃。ただのライフル銃だ。
「当たんないでし、こんなの!」
ハ号も言う。
「あー、それは……」
防人も彼女たちにちょっと同情したくなって来た。
「それと、アメリカ軍の戦車が上陸して来るかもしれないから、海岸線を守れって」
「守るでし!」
そっちは本来の性能に近いかもしれないが、
「おい待て、アメリカ軍の戦車っていったらM4シャーマンだろ。最低でもM3スチュアートは来るよな。知ってるぞ、それくらいオレでも。で、おまえらの武器って」
M4は中戦車で75ミリ砲、M3は軽戦車だが37ミリ戦車砲は長砲身だ。
しかしてチハの武装は57ミリ砲だが砲身は短く砲弾初速は遅く、歩兵砲のようなもの。ハ号の37ミリ砲は一見スチュアートと同じに見えるが、貫徹力はずっと低い。
おまけに装甲が、較べものにならないほど日本側は薄い。
「おまえらも、苦労してんだな……」
アイスでも買ってやりたくなった。
チハとハ号が、そんな、田舎の女子中学生と小学生のようだった、からなのだが。
(でもまぁオレも、地上ユニットの補給車だし)
空の戦いは無理でも、敵が上陸してくるならなにか……、
「なるわけねえか。オレの場合、武器がないんだもんな。こいつら以下だし」
「はい?」
小首をかしげるチハ。ヘルメットが重そうだ。ハ号など、大きすぎるヘルメットが半分ズレている。
「とにかく、そういうことならオレも……ぉ、わ?」
不意に高まるエンジン音。
と、ともに、空からまっすぐ降りて来たのは、
「さつきさん!」
防人の側に着陸する。五二型だ。
「きゃあああああ!」
「うきゃあっ!」
とたん、騒ぎだすのはチハとハ号。
ふたり、震えながら抱き合ってじりじり後退する。
「おいおい、なんでおまえらそんなに怖がって……」
「す、す、すいませんでした! 昨夜は、その、わたしたちの砲撃で」
「ごめんなさいでし! よくわかんないけど、ごめんなさいってなのでし」
昨夜は強気だったハ号も、さつきを目の前にするとただの怒られる幼児だ。
そんなふたりを一瞥して、
「もういい。持ち場へ戻れ」
「は、はぃぃ! ありがとうございますー」
防人に、
「……ときに防人、わたしといっしょに来てくれ」
「オレが? まだ戦いの最中なんじゃ」
「だからだ。おまえが必要だ」




