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2 米艦上機来襲


「とうとう、来たか」


 指令室を飛び出した五二型に、


「やっぱ、アメちゃんなの!?」

「間違いないのですね」


 九九艦爆と九七艦攻も続く。


「見えなかった。奴ら、超低空から侵入して来たんだよ!」

「滑走路は、だいじょうぶで、でしょうか」


 監視塔から降りて来たのは、二二型、それに防空壕から顔を出した三二型も。

 五二型は全員を振りかえり、命ずる。


「零戦隊はただちに離陸。二二型……きさらぎとやよいは組となる」

「にい子は」

「あそこだな」


 五二型が視線で射す、そこは二一型が防人といる丘の上だった。


「にい子とは、わたしが空中で編隊を組む。九九艦爆と九七艦攻は指示あるまで基地で待機」

「りょうかい!」




「わたし、行きます!」


 指令所からの信号弾を目にして、二一型が立ちあがる。全身に、飛行メカを展開していた。


「待てよ!」


 思わず、防人が言う。が、言ってしまってから、固まった。かろうじて、


「行くのか」

「はい!」

「そうか。そうだよ、な」


 つとめて明るく返す二一型に、それ以上止める権利も立場でもないことを思い知らされる。

 それでも、脳裏に刻まれた二一型の姿、風になびくポニーテールや、それを押さえようと上げた腕から覗く脇とか、なびくスカートの下、垣間見える太腿とか……。


(ぬぁー、なんだそりゃ、煩悩!)


 そうではなく、いや、そうでもあるし大きな部分だが、とにかく、


「ケガだけは、するなよ、いや」


 二一型の匂いや、笑顔や、「防人さん!」防人の名前を呼ぶその声や、


(失いたくない! ぜったい、イヤだ!)

「防人さん?」

「帰って来いよ! 元気で。ちょっとくらいのケガなら、オレがすぐ治してやる。きっと、治してやるから、だから!」


 自分でもなんで、こんなに必死なんだろうと思う。

 戦うのは二一型で、防人じゃない。

 傷つき、痛いのも防人じゃない。

 でも、だから!


「わかりました。ぜったい帰ってきます! 元気で防人さんのもとへ、帰りますから」


 二一型はそう言うと、はにかむように笑った。

 そうして顔を上げる。空へ向き合うと、


「離陸します!」


 スロットルを開け、エンジン音が高まると、ふわっ、空へ舞い上がる。そこからは、いっきに高空へと駆け上って行く。


「行っちまった、か」


 みるみる小さくなっていく二一型の明灰色の飛行メカ。翼の、白く縁取られた真紅の太陽が、ほんとうの陽光にきらめく。

 二一型が飛び立つ直前、思わず伸ばした防人の手が、中途半端に上がったまま残っていた。


 この手が二一型の腕をつかめたら、どうするつもりだったというのだろう。

 抱き寄せて……キス?

 想像するだけで、カーッ、と防人の全身が発火する。


「無理無理無理無理! ありえねえ!」


 激しく首を振る。

 無駄に高まった動悸を沈めようと、空を仰いだ。そこに、


(いやがる。あいつら……!)


 ほとんど雲のない青空に、点々と染みのような黒い機体、飛行メカ部分。実際には濃藍色なのだが、はっきりと見える。


「アメリカ軍か。やっぱり「敵」はアメリカだったんだ、この世界でも。あれは……グラマンってヤツか。こっちのちょっと大きいのは、さっき飛行場に爆弾を落としてた、爆撃機で」


 グラマンが戦闘機なのは防人もわかる。

 それより大きな機体部分を持つのが爆撃機や攻撃機。九九艦爆や九七艦攻のようなものだ。


「そうだ、オレにだってなにか……戦えるんじゃないのか。ほら、こう、対空砲火、とか?」


 イメージが膨らむ。


(やってみるさ。にい子たちだけ戦わせるわけには……)


 防人は地面に腰を下ろし、目を閉じる。

 集中すると、身体が温かく、しだいに熱くなる。背中がムズムズしたと思うと、


「うぉ!?」


 とつぜん、重さにつぶされるように、両手を地面についた。四つん這いのかっこうだ。


(いいぞ、このまま!)


 背中から対空砲が生えているはず。

 機関銃か? それとも九十ミリ以上の大砲か? 連装、三連装? ロケット砲、なんてのもあるかも。

 防人は期待しながら、己の感覚を探る。

 対空砲ならきっと、照準を合わせる、トリガーを引く、といった「感覚」があるはず。そのまえに、装填か?


「……」


 だが、なかった。


「ぁあ!? なんもねえ? じゃあ、この重々しい感じ、は……」


 防人が肩越しに振り返る。

 かなり無理な、首が痛くなるほど振り向いて、わかった。


「なん、だ、こりゃあ」


 四つん這いの姿勢を取らされているのは、地面に対して背中から四本の支持脚が伸びているから。

 これががっちりと本体=防人の身体を地面に固定していた。

 そして背中の中心にそびえ立つのは、


「は、ぁ……クレーン、だと」


 黄色い、キリンのように首を伸ばした頑丈なアームが一本。じつに力強い。


「おー! これなら楽に戦車なんかも持ち上げられそうで……って、違う! オレはにい子たちを助けたくて」


 だがクレーンで攻撃はできない。

 気が抜けると、背中の重みも消えて行く。実体化していたクレーンが、雲散、格納されたらしい。


「空も飛べないし、地べたで見てるしかない、待ってるしかないってのか」


 もう一度、空を見上げてつぶやいた。

 せめて、と宿舎のほうへ歩き出したせつな、ふと気付く。


「グラマンって……たしか空母から飛んでくるんじゃなかったか?」




「HAHAHAHA! ジャップのヤツら、手も足も出ないネ!」


 長い巻き毛の金髪をなびかせ、高笑いを放つ美少女。

 やや大柄なボディーに、みずみずしく伸びやかな長い手脚。

 肌にぴったり張り付いた水着のようなスーツの胸元を、これでもかと押し上げるふたつの固まり。

 半ば飛び出すように露出して、深い谷間を刻み込む。もっとも、持ち主はそんなことはまったく意に介していない。

 ほぼ付け根の先まで露わにした両脚とともに、見せつけるように投げ出した空中姿勢。

 が、それよりも目を惹くのは、スーツの上、ウエスタン調のベストと、傾げるように頭にのせたカウボーイハット。

 ウエスタンブーツには拍車がきらめいている。

 火の点いていない葉巻を、ペッ、と吐き出した。


「ヘルミナ!」


 その彼女のとなりに、すっ、とつけるのは、顔立ちは似ているが、やや小柄な少女。


「ワイラ、姉さん!」


 ヘルミナと呼ばれた少女が笑う。

 その呼び名のとおり、大柄な少女はF6Fヘルキャット、やや小柄な少女がF4Fワイルドキャット。

 どちらもアメリカ海軍所属の艦上戦闘機だ。


「油断はよくない。すぐに敵のゼロが出て来るはず」


 F4Fが言う。その間にも、ぬかりなく周囲を見張っていた。


「ゼロ? ぁあ、ジークね! HAHAHA! あんなスカスカの戦闘機、ミーが急降下に入ったら追いつけもしないでバラバラになるのがオチ! どこからどんだけ来たって、この二丁拳銃で蹴散らしてあげるネ!」


 F6Fは両手のリボルバーを撃ち放つしぐさに、「BANG! BANG!」と口で音をつけた。もちろん、ほんとうに撃ってはいない。その銃口から立ち上るだろう硝煙を、フッ! と口で吹き飛ばす真似まで。


「日本人はあなどれない闘志と粘り強さを持っている。過小評価は身を滅ぼすもとになる」

「もォー、心配性ネ、姉さん。まぁ、姉さんじゃジークとようやく互角って、わかるけど、ミーはぜんぜん違うネ! この二千馬力のエンジン! プラット&ホイットニー! ぅうーん、いい音させてるッ! 負ける気しないネ! 負けるワケ、ないネ!」


 そばかすの派手に散った顔で、大きな口を開けて笑う。

 そんなF6Fに、零戦とようやく互角、と言われたF4Fは、すっ、と顔を逸らせた。


「いまにわかる。そのときになって、泣き言言わないで」

「フフン、姉さんこそ、泣きべそかいて助けを求めないでくださいネ!」


 不穏な空気が流れ始めた、そのとき。


「来た」




「見て見てシスター! 爆弾をいっぱい落としてやったわ!」

「見た見たシスター、敵の飛行場が穴だらけね!」


 空中で両手ハイタッチのふたり。

 TBDデバステーターとTBFアベンジャーだ。

 薄い灰色基調の、大きめの飛行メカを展開したデバステーター。おっとりしたたれ目美人で、古風なボンネットふうの帽子を頭に停めている。

 もうひとり、TBFアベンジャーは、デバステーターに較べるとかっちりとメリハリのある飛行メカを背負い、顔立ちも若々しい。

 お互い、シスターと呼び合っているが、じつはデバステーターはダグラス社、アベンジャーはグラマン社の出で、血縁関係はない。アベンジャーはワイルドキャットやヘルキャットの親戚なのだ。

 どちらも雷撃を得意とする攻撃機だが、


「シスターベンジー、今日は爆弾で、ちょっとさびしかったの、わたし」

「シスターステラ、兵装庫が魚雷でびっしりだと、キュンキュン疼いちゃうんだもん!」

「シスターベンジー、ジャップは艦船がいないから、しかたないのね、がっかり」

「シスターステラ、その分、ヤツらの滑走路や施設を穴だらけにしてやったわ! ぁあ、すっきり!」


 今回は爆撃だけ。

 やや不満もあるようだが、手持ちの爆弾をすっかりばら撒いて満足のようだ。


「シスターベンジー、そろそろわたし、帰らないと。お腹が空いて来ましたの」

「シスターステラは小食のわりにすぐお腹が空くのよね。わかったわ、あとはわたしに任せて、お帰りになって」

「シスターベンジー、ではお言葉に甘えて……あら」

「シスターステラ、あれは……ジャップの戦闘機!?」




「やった! なんだよ、楽勝じゃん! 誰さ、ジャップは手強いとか言ってたの」

「ふっふーん、ちょろいもんだね、戦争って、楽しいかも」


 空中、二機編隊で円軌道を繰り返す、こちらはSBDドーントレスと、SB2Cヘルダイバー。どちらも急降下性能を備えた爆撃機だ。

 キュッとくびれたウエストと、グラマーなボディーのわりに細い脚が特徴的なドーントレス。

 全体にふっくらとボリューミーなヘルダイバー。


「デバステーター姉さんも無事みたいだし、一安心だよ。姉さん、ああ見えてポンコツだからなー」


 というドーントレス。デバステーターと同じダグラス社の出だ。


「ポンコツはひどいんじゃない。せいぜい、お局、とか言ってあげなきゃ」

「そっちのほうがひどくない?」

「ひどい、かも。えへへ」

「あはは!」


 ちなみにヘルダイバーは、おもに陸上機を得意とするカーチス社の娘。艦上機にはあまり親戚がいないが、いまのところうまくやっているようだ。


「まだ爆弾残ってる? あの偉そうな建物もやっちゃおうか」


 指さすのは、艦隊庁舎、艦本司令部だ。


「あそこは攻撃範囲外だって、聞いたけど。ダメなんじゃないかなあ」

「かまうことないよ。ただの野原みたいな滑走路やちっちゃい宿舎はもうじゅうぶんさ。せっかく運んできたんだ。爆弾だって、戦果を上げたいって」

「じゃあ、やっちゃう?」

「やっちゃおうか!」




 わずかな雲間を縫うようにして、接近する。

 太陽を背にするセオリーどおりの攻撃。高度六千メートルの中高空。


「一撃を浴びせ、そのまま離脱。そのあとは、分隊ごとに各個戦闘に入れ!」


 五二型の指示に、


「はい!」

「やって、みます」

「あとは自由に戦っていいのね。わかったわ!」


 うなずく二一型、三二型、二二型。

 それぞれ敬礼を取る。

 五二型も返す。


「全機、突撃!」


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