紅のいろは
一段と大きく弾けた光の花が、遠く離れた私の身体を揺さぶって、紅の衣をひらりとそよがせる。
まあるい硝子越しに見える花火は、不思議に歪んでいて面白いの。
「今のは芯入り菊だね。大きいなあ」
そう呟いた私のご主人様は、布団の上から少しだけ身を起こして群青の空を見上げてる。
いつもだったら家族みんなで夏祭りへ行ってしまうご主人様。でも、今日は体調が優れないみたいで、こうして二人きりで花火を眺めているの。
お祭りに行けないことをご主人様はとっても残念がっていたけど、私はその反対。嬉しくって仕方ない。
だって、毎年ひとりで見ていた花火を、今夜はご主人様と見られるんだもの。
私の小さな心臓が、祭囃子の太鼓みたいに騒いでる。
太鼓の音なんて一度しか聴いたことがないから、ぼんやりとしか覚えてないけれど。
あら、空に咲く花が段々と派手になってきたわ。
「今年の花火ももうすぐ終わりかな。なんだか名残惜しいな」
今までは花火が終わるのを心待ちにしてた。
花火が終わればお祭りも終わり。ご主人様が帰ってくるから。
でも今回ばっかりは、時間が止まればいいのに、と思ってしまうの。
「ここで見る花火も綺麗なんだね…って言っても、君には聞こえてないか」
いいえ、聞こえてるわ。
私はいつでもあなたの声を聞いているし、あなたのことばかり考えているんだから。
ご主人様のことが大好きな一匹の金魚は、恋のいろをその身に纏って、今日も雅に泳いでみせるの。