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わたしがすきなのは ~夕香の場合

駄目だ。


知ってはいたけど、ここまでとは思っていなかった。


こいつ、超絶馬鹿だ。


弟の朝陽も大概馬鹿だけど、それ以上だった。


私が誰を好きだって?


樹?


は? 何をどう見てそういう結論に行き着くわけ?


どうにもムカつきが収まらなかったので、私ははしたなく、奴を蹴り上げてやった。


がふっと息を吐いて蹲って腹を押さえる蹴人を見降ろして、一人悦に入る。いい気味だ。


何で、私って、未だにこんな阿保男に片思いしてるんだろう。




********************




「夕香ちゃんと一緒がいい」


「女の子の中で夕香ちゃんのことが一番好き」


「オレ以外の奴、好きになっちゃやだよ」


「夕香ちゃんが世界中で一番可愛い」


幼稚園ぐらいの小さなカップルにはよくあるよね。求愛ごっこってやつ。「ぼく(わたし)、~ちゃんと結婚する!」ってやつね。小学校に入学すると、可愛いカップルたちは互いにそんな言葉を交わしていたことがなかったかのように、別々の友人を作り次第に疎遠になっていくものだ。


それが、私と彼との場合はちょっと違った。


蹴人と仲良くなったのは少年団に入ってからだから、二年生になってからだ。そして、クラスも偶然同じだった。前述の言葉を恐ろしいほど饒舌に、照れも恥ずかしげもなく紡がれ続けた。言われるほどに、どんどん周囲から公認カップルのように扱われていたものの、まだ二年生だからと周囲は温かい目で私たちを見たものだった。私だって、あれだけ私一筋で好きですって言われれば悪い気がしない。


気持ち悪いと言っていた双子の弟の朝陽でさえ、四年生の頃には蹴人にそれを止めさせるのは諦めて、俺はあいつの義弟になるのかと本気で悩んでたぐらいだ。そんな頃まで続いていたのだから、調子に乗るなっていうのは無茶な話だと思うのよ。さすがに六年にもなるとそういった言葉を軽々しく使うことはなくなり、朝陽が心底安堵していたけども、明らかに他の子よりも私を特別扱いしていたから、だから勘違いしてしまうのだ。


彼は、勉強は全くできなくて反抗的だったから教師受けは悪かったけど、サッカーが上手くて、顔もわりとまともで、やんちゃだけど案外下級生への面倒見がよかったし、女の子には殊更優しかった。彼は小学校の時からミーハーな女の子にとてもモテた。中学に入ってからは急激に身長が伸び、更にモテた。


で、小学時代同じサッカー少年団のチームメイトだった私は、やっかみの言葉をかけられたり、女子の輪に入れてもらえなかったり、特定の女の子からいわゆるイジメに近い行為を受けることがあった。でも、少年団の馬鹿な男どもを恋愛対象に見ていない女の子達もいたので、それなりに女子の中でも居場所を作って楽しい学生生活を送っていた。


中学に入ってからの私のポジションは、モテるサッカー部員達の一番近くにいる女。


中学には同じ少年団出身のサッカー部所属先輩が大量にいたし、朝陽の姉だし、昔の後輩だしで、私が望むと望まぬにかかわらず、みんなチヤホヤしてくるのだ。


無視してくださいといったところで、おバカなサッカー少年達に理由がわかろうはずもなく、私は自己保身のために自らサッカー部を遠ざける道を選んだ。


それでも、小学校からあれだけ熱烈に告白され続けてきた私としては、あいつの彼女ポジションは不動だと思っていたわけで。そこだけは変わらない人間関係を続けていこうと思っていたのだ。


それなのに、ただの友人だったというオチを突き付けられたのは一年ほど前の話である。


中学一年生も終わりに近づくと、やたら校内で告白が流行り始めた。ちょうどバレンタインデーを境に増え始め、三月の十日ごろにピークを迎えた。三年生の先輩はもうすぐ卒業するし、ちょうど受験も終わる時期だからということもあるのだろう。下の学年は下の学年で、クラス替えであまり会えなくなる前にということなのかもしれない。


良くみんな告白するパワーがあるなあと、人事のように見ていた。そうして、安穏としていたら、同じ吹奏楽部の沙耶ちゃんに「蹴人君と付け合ってなかったっけ?」と尋ねられた。


沙耶ちゃんは同じ小学校の金管バンドで一緒だった。その流れで中学は吹奏楽部へ入部する生徒が多い。そうなのだ、私は小学生の頃、平日は金管バンド、土日はサッカー少年団という、過酷な日程を三年間続けていたのである。今なら絶対にそんな無茶はしないと思う。あれは、小学生の未熟な思考だからできたのだ。


彼女とは何度か同じクラスになったことがあったものの、基本サッカー少女だった私はあまり沙耶ちゃんと仲が良くなかった。まともに話したのは中学で吹奏楽部に入ってからかもしれない。サッカー部と疎遠になるに比例するように、沙耶ちゃんとは親しくなった。サラサラの黒髪に真っ白な肌、一重の切れ長の瞳は彼女を少しきつく見せる。日本人形のような沙耶ちゃんは、今風ではない、純和風な日本美人だ。


突然振られた話題だったので、私は意味が分からなくてきょとんとしてしまった。


「ほら、私って帰り道が蹴人君達と同じじゃない?」


そう、沙耶ちゃんは蹴人の幼馴染なのだ。小学校の登校班が同じだって言ってたはず。


「て、いうか、実は蹴人君の家の上がうちなんだよね。それで小学校の時痛い目みたから、色々面倒になるの嫌なので、これ秘密ね」


なるほど、小学生の頃は彼女も私も似た立場だったわけだ。


「だから、結構お互いの動向がわかるというか……」


言いづらそうに言葉を濁らせる。何を言いたいのだろう? やっぱり首を傾げてしまう。


「多分、三週間ぐらい前から同中の子と付き合ってると思うんだよね。でも、夕香ちゃんと付き合ってたはずだよね? だから、別れたのかなあって」


女の子は皆恋バナが大好物だ。沙耶ちゃんもその例に漏れず、実態が知りたくて話しかけてきたのかと思ったのだけども、どうもそうではないらしい。


そして私はといえば、何も返せる言葉を持たなかった。


中学校になってからは、好きだとか付き合ってとか、そんな言葉を交わしたことなんかないし、蹴人といる時は、朝陽と樹と悠斗の誰かがいつも一緒だったからだ。


小学校を卒業するまでは彼氏だと思ってた。大人も子供も、周りがそういう風に接するし、本人も否定しなかったから。でも、改めて、今聞かれると、彼氏彼女というのはちょっと、いや、大分違うような気がしてならない。


だから、逆に聞いてしまった。


「私と蹴人って、付き合ってたの?」


「え? だって、小学生の時はそうだったんじゃないの? 蹴人くん、夕香ちゃん可愛い!ってうるさいぐらい言ってたよね。私、沙耶も可愛いけど、一番可愛いのは夕香ちゃんだってセリフを何回聞かされたことか。女の子目の前にして言うセリフじゃないっていうの。ホント蹴人君は馬鹿だよね」


その言葉に私はびっくりした。


幼馴染なのは知っていたけど、思っていたよりずっと蹴人と沙耶ちゃんは仲が良かったようだ。


「あ、勘違いしないでね、私が蹴人君好きってあり得ないから。スポーツできても頭悪い子に魅力は感じないので。同じマンションだから親が仲いいんだよ」


沙耶ちゃんが慌てて付け加えた様子を見ると、私って、なんか変な顔をしてしまったのかしら。


「だから、出来の悪い弟を心配してる感じかなあ。最近見た一緒にいる女の子、別小のちょっと派手目の子だったからさ。確かミーハーなグループの子だったんだよね。変なこと言ってたらごめんね。ちょっと老婆心ってやつデス。昔っからおバカさん達は目を離すとおバカなことしかしなかったから。もう中学生なのにね」


ああ、その心境、私もわかる。あの人たち、本当に子供っぽいし、やることがバカすぎて、たまに将来を心配したくなるのだ。


「それで、相談するのが俺?」


嫌そうに私を見、澄んだ高い声をあえて低くして威圧感を出そうとしているけど、その声変り前の可愛らしい声の前では迫力なんてないも同然だよ。


「蹴人の友達で馬鹿じゃないのって樹しかいないもん。あんたに聞かなきゃ後知ってる奴なんていないでしょ」


私が返すと、彼はわざと聞かせるように大きな溜息をついた。


「だから話すなって沙耶に言ったのに」


ボヤキもしっかり私の耳に届いた。そういや、君も沙耶ちゃんの幼馴染だね。


「どうせ一時的なもんだし、正妻はどっしり構えてりゃいいのにな」


その言い方、明らかに沙耶ちゃん以上に事情を知っているに決まってる。


「樹君。どういうことかな」


無理やり事情を聴きだした。


元々の原因は私だと彼は言う。


私という存在がいたため、モテる割に女の子から告白されたことのなかった蹴人は、バレンタインデーに別小出身の女の子に呼び出されて、人生初の告白を受けたのだそうだ。それに舞い上がった蹴人は彼女にOKと言ったらしい。


つまり、蹴人とその子は、彼氏彼女の関係なわけで……私、全然蹴人の彼女なんかじゃないじゃん。


勘違いも甚だしい。ただの痛い奴は私だったという現実に打ちのめされた、中学一年生の思春期真っただ中。樹は放っておけよすぐ飽きるって。と簡単に言うが、腹立ちが収まることはなく、素直に友人に戻れるわけもなく、私は一年以上片思いを拗らせまくったわけだ。


樹の言う通り、中学二年に進級したころには、蹴人はその彼女とすっぱり別れていた。だからといって、元の関係に戻るわけがない。私の気持ちが何もなかったころと同じわけがない。


わざと無視しているつもりもなかったけれど、直接話すのが恥ずかしくて、ツンケンしてしまうのは仕方がないでしょ。そのぐらい理解してよ。そう思うのは当然のはず。なのに、あのバカは、何にもちっとも理解していないばかりか、一か月ほど女の子と付き合っていたこともなかったことになっていた。本当に素で「オレ、女の子と付き合ったことないよ」っていうんだもの。大切な部分を蹴り上げてやろうかと何度考えたことか。




********************




と、いうことで、大事な部分ではなかったけれど、小学校時代にサッカーで鍛えた右足で、奴の腹部を思いっきり蹴り上げてやった。


苛立ちは残っているけれど、清々しい気持ちになった。


こいつに状況を読めと言ってもきっと通じないんだろうなと思う。


「あんた、ホント最悪。じゃあね」


捨て台詞を残して踵を返した私の足首を、うずくまった蹴人の手が掴んだ。


「待てよ。最悪ってなんだよ。ホント、オレなんかした?」


「ちょ、足放してよ」


「嫌だ。だって、お前逃げんじゃん」


「当たり前でしょ、暴力ふるっといて、仕返しがないわけないじゃない、逃げるわよ」


「仕返しなんか……だって、オレ、お前のこと好きだし、わけわかんないことで嫌われてんの嫌だし。ちゃんと理由を教えろよ」


「す、好きって、そんな幼児の延長みたいに簡単に言うし。あんたのそういう所が嫌いなの」


「ちげーよ! もう、子供じゃないんだから、ちゃんと恋愛感情の好きに決まってるだろ! あっ」


流れで思わず口にしてしまいました的な沈黙が流れた。


私の足を掴んだまま、恥ずかしそうに蹲って顔を伏せる蹴人。でも、短い髪から出ている耳が真っ赤だった。


これって、私が蹴人に告白されたってことかしら。


蹴人と目線を合わせるために、私はしゃがんだ。


「ねえ、もっかい言って」


「お前なあ、そんな恥ずかしいこと何度も」


言いながら赤い顔を上げて私を視界に捉えた蹴人が、またも絶句する。そして、これ以上ないほど顔を真っ赤にしていた。


きっと今、私は満面の笑顔だ。


だって、生まれて十五年、こんなに嬉しかったことなかったもの。


「ちゃんと、女の子として、お前が好きだ。振られるのわかってるけど……ええい! もうすっぱりきっぱりオレを振れよ」


何だかやけくそになってる蹴人がかわいく思えたけれど、このおバカさんぶりだけは何とかならないものだろうか。


「何で、私が樹のことを好きだって思ったわけ?」


「だって、いつも見てただろ? 樹のこと」


それ、見てたのは樹じゃなくて、いつも友達同士でじゃれ合ってるあんただったと思うんだけど。


「それに、ほら、お前樹とは全然平気でしゃべるし。他の奴らとは目も合わせられないだろ?」


「悠斗ともあんたとも話すでしょ」


確かに人見知りで、男子とは親しくないと話せないけど、元少年団の子たちは別だ。それは同級生だけではなくて、先輩でも後輩でも同じく、少年団で一緒だった男子とは緊張せずに話せる。


「え? だって? あれ? じゃあ、お前の好きなやつって……悠斗?」


だから、どうしてそうなる?


鈍感でお馬鹿すぎる。


私は奴の腹部にパンチを食らわせた。


あ、腕が痛い。


腹を押さえてせき込む蹴人が恨めしそうに見降ろしてきたけど、もう、知らない。


でも、まあ、ちゃんと告白して来たことだし、それは評価してあげる。もうちょっと、あんたを困らせたら言ってあげるわよ。


私が好きなのは。




********************




「私がずっと好きだったなら、どうして中一の時、告白されてOKなんかしたのよ」


どうしても消えないもやもやだ。ある日、つい、恨みがましく口に乗せてみた。


「オレ、告白なんかされたことねえよ?」


「だって、一年の時にバレンタインでチョコもらって告白されたでしょ?」


「友チョコもらって、友達になったあれのこと?」


ん? 友チョコ?


首を傾げる私に、彼はなおも言葉を続けた。


「友達からお願いしますって言われちゃなあ。友達になるしかないだろ? まあ、レギュラー入りしてオレも部活忙しかったし、あんまり遊びに行けなかったから、友達としては失格だったみたいだけど」


絶句してしまった。


なるほど、奴の中では付き合ってるうちに入ってなかったのか。てか、告白されてるのに告白であることに気付いていないとか、どれだけ馬鹿なんだ。いや、正真正銘馬鹿なんだけど。


「あんたって、ホント、バカだね」


しみじみと呟いてしまった。




何とかまとまった。


とりあえず、沙耶の話に行って、樹に戻ってこられたらいいなとか思う今日この頃。


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