5 「出発の準備」
周囲の気配を伺いながら階段を使い、二人は何時間かぶりに地上へと顔を出した。空は明るいオレンジ色で、東の方角からネイビーやヴァイオレットなどの暗い色が見事なグラデーションを描いている。
トゥーリの地図の読み通り、ここはアップルニードの外れ、ソフテル側に近い所だった。中心部にあるような背の高い建物やアパート等の密集地ではなく、平坦な土地に家屋や小さな店がぽつりぽつりとあるのみだ。アップルニードとソフテルを繋ぐ車道が伸びているが、それを囲うようにして存在する鬱蒼とした雑木林は華やかな都市と真逆の光景だ。
夕刻時なこともあって、外に人の姿はない。トゥーリは頭の片隅にあった記憶を頼りに、一件だけ建つブティックへ向かった。大人しく着いてくるセシルを気にかけながら辿り着いた店は、時代を感じさせる香りを残したアンティークショップだった。ショーウィンドウの向こう側に見覚えのあるレースやフリルをたっぷりあしらったドレスが飾られているのを見て、記憶が正しかったのだと確信を覚えたのと同時にトゥーリは安堵に胸を撫で下ろした。
「年代物な店だな」
「この辺りでは珍しいお店なので印象が強かったんです」
明りがついている店内を外から見まわして、誰もいないことを確認してからまるで泥棒のようにこっそりと入店した。ドアに付いていた鈴が鳴ったせいで肝を冷やしたが、幸いなことに店の主人は留守のようだった。
「開拓時代を思い出すな……。そういう店なのか」
「それ専門のお店です。1度だけ、おしゃれな時計をここで買ったことがあります」
「ほう」
セシルは時計という言葉に反応を見せたが、やがて店内を見回すのを止めてずんずんとカウンターに近付いた。彼の手がレジスターへ伸びるのではないかとひやりとしたが、セシルはそれには目もくれずにカウンター奥にある扉のノブを掴んで回した。トゥーリも続いて、セシルの後ろから扉の中を覗き込む。
扉の奥は店主のプライベートルームだ。簡易ベッドやデスクの他にシャワールームの扉も見える。
「無断で使うのですか」
「当たり前だ。着替えるんならさっさと選んで浴びてこい」
「え? わ、私もですか……?」
「その後に俺が使う。さっさとしろ。あとがつかえてんだ」
「分かりました……」
共犯者にしたいのかそれとも気を使ってくれたのか、どちらにしても迷っている時間はない。怒鳴られる前に、トゥーリは急いで服を見繕ってシャワールームへ入った。それでも無断でシャワールームを使うのは罪悪感を覚えられずにいられなかったが、汗でべとついた下着やドレスを脱ぎ捨て、古めかしい大き目のシャワーヘッドから熱い湯を出すと、トゥーリは罪悪感も一瞬で忘れて熱い溜息をついた。
あっという間に白い湯気に包まれて心地がいい。冷えていたせいで、青白くなっていたつま先や手が温められて色付く。結わえていた髪を解き、頭から熱いお湯をかぶると生き返る心地だった。
多少の罪悪感は残っていたものの、トゥーリは備え付けの石鹸を拝借して掌で泡立てた。うっとりと目を細め、泡立った掌で体を優しくさすった。背中に手を回すと忌まわしい刻印の感触が伝わってくるが、軽く頭を振って気にしないようにすぐさまお湯で泡を流す。
バスタオルはこれまた主人のストックしていた分を使った。顔も知らない主人に心の中で懺悔してから、手早くすませて先程選んできた服を身に着ける。
選んだのはモスグリーンのワンピースと淡い色のブラウスだ。そこにオバースカートを合わせると、上流階級さながらの身なりだ。青いリボンはタイにして襟に通した。このリボンをしていると、エノーラの明るい笑顔が浮かんできて、何だか気分が明るくなるような気がする。
濡れた髪はドライヤーとブラシで整え、軽く編みこみを入れる。全てアップにしようと残りの髪を持ち上げたが、少し考えて残りの髪は編んでから肩にかけるだけにした。髪型と服装のおかげで別人に見えるのはトゥーリにとっていいことだからだ。
「酷い顔……」
軽く整える程度だった化粧は汗とシャワーで完全に浮いて流れ落ちていて、火傷の痕がむき出しになっていた。トゥーリは湯気で曇る鏡を覗き込んでそう自嘲すると、トランクケースの中から愛用のパウダーを取り出して念入りにはたいた。
「おいまだか。早くしろ」
待ちきれなくなったのか、少し苛立ったセシルの声が扉越しに聞こえた。火傷の痕が目立たなくなったことを確認してから、トゥーリは急いでプライベートルームから出た。
セシルは苛立たしげにカウンターの椅子に腰掛けていた。髪型も服装も変わったトゥーリの姿を見てぴくりと眉を上げたが、すぐに凶暴な表情に戻ってしまう。
「俺の服を適当に選んで持って来い」
「で、でも、あの……」
戸惑うトゥーリの脇をすり抜けて、セシルがプライベートルームの奥へ消える。乱暴に閉まった扉を眺めていたトゥーリだが、聞こえないように溜息をついてセシルの服を選ぶことにする。
セシルはただでさえ大柄で長身な上に強面である。だからシンプルな服がいいだろうと、トゥーリは素早く目についた服を選んでいった。七部丈のブラウスに、皮製のベストには刺繍入りを選んだ。おそろいの刺繍の入った黒いズボンも発見することができたし、裸足だった彼のためにローブーツを店内の奥から探し出したトゥーリは満足気にそれらを抱えて、プライベートルームへ向かう。
中の様子を伺うとシャワーを浴びる音がしたので、トゥーリはほっと息をついてプライベートルームに選んだ服を置いて扉を閉めた。
セシルがプライベートルームから出てきたのはおおよそ一時間後だった。無精髭は綺麗に剃られており、ぼさぼさだった髪はやはり邪魔くさそうに後ろへ撫でつけられていたが、多少はましな見た目に変わった。トゥーリが選んだ服は、彼の肉体にはサイズが少し小さかったようで、きつそうにしながらも身にまとっていた。
「怪我の具合はどうですか?」
「……たいしたことない。血も止まった」
「そうですか。でも念のため、消毒と包帯を」
「いらん」
「傷口が開いている間はちゃんとしないと危ないですよ」
セシルは消毒と聞いて嫌そうな顔をした。しかし、トゥーリは引き下がることなくトランクケースを開けて、地下でも使った消毒液と残り少ない包帯を取り出す。セシルは観念したのか、ぶつぶつと文句を言いながらも椅子に腰かけて怪我をしていた箇所を見せるように、律儀に袖をまくった。
トゥーリも椅子を引き寄せて向かい合うようにして腰かける。薄暗い地下で見た時よりも、怪我の具合はいいようだ
消毒液を含ませたタオルで、傷口を軽く叩いてから包帯を巻く。その間、セシルは呻いたり睨んだりはせず、静かにトゥーリのすることを見ていた。
そんな彼を、トゥーリは手を動かしながら盗み見る。久しぶりに明るい場所で見るセシルは、やはり強面で犯罪者という名にふさわしい風貌をしていると思う。ゲージハウスの騒動にかこつけて脱獄した囚人とこうして一緒にいることがいまさらながらに不思議だった。
しかし、何故かセシルのことが気になるし、凄まれると恐怖を感じざるを得ないというのに不思議な魅力がある。ここまで他人に強く惹かれたことのないトゥーリは、思わずまじまじとセシルを見つめてしまった。
視線に気づいて、セシルが鋭い眼光を向けてきたので、トゥーリは慌てて目を逸らして処置を終えた。
「その……、お腹すきませんか。近くにカフェがあるので、この恰好でなら怪しまれないと思います」
「客が五人以下なら入る。それ以上なら入らずにソフテルへ向かうぞ」
セシルは服を元に戻してさっさと店の扉へ歩き出す。トゥーリも続こうとして、とあることを思い出してレジスターの置いてあるカウンターへ向かった。
「何やってる」
鋭い声が飛んできて、トランクケースから紙幣を出そうとしていたトゥーリを制止した。
「お前正気か。金なんか払わないで行くぞ」
「そんな、服もシャワーも使わせてもらったのに」
「こんな時にこんな場所で貴重な金を使うな、この馬鹿が!」
乱暴な手つきでトランクケースを閉めるので、トゥーリは抗議の声を上げてセシルを見上げた。そのセシルの顔つきの恐ろしさに、トゥーリは出かかった言葉を飲み込まざるを得なかった。
苛立ち、憤怒、困惑、殺気、全てが入り混じったようなセシルの顔は今まで見たことがないくらい歪んでいた。セシルの怒りを一身に受けたトゥーリは、血の気が失せていくような寒気と恐怖をじわりじわりと味わうはめになった。
トゥーリは初めて、心の底からこの男が怖いと感じた。
「……これからお前が行こうとしている所はどこだ? ソフテルに行くんだろ。ソフテルは底辺どもの住処だ。そこで何が物を言う? いい服と金だ。それさえあれば、よほどのことじゃあ酷い目には遭わん。いいか、お前はこれからアップルニードの上流階級から落ちる。そのことを、忘れずに胸に刻んでおけ」
「…………」
「分かったか」
「……はい」
絞り出した声は擦れていた。
結局、カフェにいた客の数はたったの二人だった。若い男女で、小さなテーブルを囲む二人はおそらく恋人同士だろう。そんな二人をよそに、入店したトゥーリ達はカウンターに近いテーブルへ案内された。閑静なカフェなのにメニューは豊富で、コーヒーやサンドウィッチの他、ステーキやハンバーグ、シチューなどの食事も用意されていた。
トゥーリはフルーツサンドウィッチと紅茶、セシルはステーキとパンのセットとコーヒーオーダーした。フリルのエプロンをしたウェイトレスはメニューを伝票に書きとめ、恭しくお辞儀をしてからキッチンへ引っ込んで行く。慣れているのか、不機嫌丸出しのセシルを見てもウェイトレスは動じなかった。
料理を待っている間、新たな客が来て四人掛けのテーブルを二つ埋めた。トゥーリはセシルの顔色を窺ったが、彼は目を閉じて腕を組んだまま動かなかった。安心していいのか分からなかったが、トゥーリは小さな息をついて視線をテーブルへ落とす。
トゥーリ達ははたから見れば奇妙で異様な二人だろう。店内の客は不思議そうにちらちらと横目でこちらを見ている。一部はお互いの顔を近くによせて何事か囁きあっていたが、セシルが気付いてひと睨みすると、あっという間に静かになるのだった。
何とも気まずい雰囲気の中、運ばれてきた大好物のフルーツサンドを目の前にしても、トゥーリは何の感情を覚えることもできなかった。セシルはじゅじゅうと鉄板の上で音を立てるステーキに、早くもナイフとフォークを入れている。
ふとトゥーリはセシルの手を見た。脱獄した囚人で、ビーフジャーキーを鋭い歯で噛み千切り、ワインをラッパ飲みする男が、マナーにのっとった手さばきでステーキを切り分けていたのだ。迷いは感じられず、どこか慣れたようなそれに、トゥーリは少しだけ驚いた。
「早く食え。そう長居はしない」
「は、はい」
その後は二人の間に会話はなかった。目すら合わせることもなかった。食べることに夢中というよりは、お互いの共通の話題が見つからないせいだ。しかも、トゥーリはまだ先ほど凄まれたせいで、怯えを隠せずにいたし、セシルは食べながらどこか苛立っていたからだ。
あつあつの肉汁したたるステーキを食べ終えたセシルは、コーヒーを一気に飲み干してさっさと外へ出て行ってしまう。トゥーリもサンドウィッチを無理やり胃の中に流し込んで、きちんと会計をすませてから彼の後を追いかけた。
酷い男だ、と後ろから客のぼやきが聞こえてきたせいでトゥーリは泣きたくなった。今でもあの時の自分の行動は人道的で間違ったこととは思えない。セシルに凄まれたショックと、同調してもらえなかったことが何故か無性に悲しかった。
「あの……」
律儀にもカフェの軒下で待っていたセシルに、恐る恐る声をかける。
「ソフテルへは地下を通って……?」
「……今なら地上を行ける。隠れる場所ならいくらでもある」
わざわざ深夜にアップルニードからソフテルへ行く物好きはいないとセシルは確信めいた口調で言う。万が一に、物好きがいたしても、道から外れれば鬱蒼とした木々や茂みに隠れ家となってくれる。
「懐中電灯を買いましょうか」
「かえって目立つ。暗闇に慣れれば月明かりでも問題ないはずだろ。行くぞ」
平和的な会話のように思えたが、セシルはトゥーリの顔を一度も見ようとはしなかった。
薄暗い夜道を休むことなく歩き続ける間、トゥーリは襲い来る睡魔との攻防を繰り広げていた。
夜道に目が慣れてくると、緊張感が薄れて眠気を誘う。今まで気を張っていたせいもある。ある意味で「慣れ」というものは恐ろしいものなのだとトゥーリは思った。自然と落ちてくる瞼を無理やりこじ開け、気休めに目を軽くこすってみるが、かえって逆効果のような気がする。体が重く感じてきた上に足取りもおぼつかない。
「ソフテルに行ってどうするつもりだ」
そんなトゥーリの様子を知ってか知らずか、セシルが前を向いたまま問いかけてきた。
「目的があって行くわけではありませんから……。普通に暮らせるならかまいません」
「ハッ、お前は本当にソフテルがどんな場所か知らないな。そもそもそんなに金を持ってるならバウンティジョンかフッドオールに行けばいいんだ。世間知らずの小娘が、普通に暮らしてなんかいけるもんか」
セシルの言葉は驚くほどトゥーリの心に響かなかった。眠気が勝るせいで返事をすることも忘れてしまう。無言をどうとったのか、セシルは小さな溜息をついてから、幾分か落ち着いた声色で続ける。
「アーチャー・アクロイドという男には絶対に近付くな」
「……誰です?」
「よっぽどの世間知らずじゃなきゃ、アクロイド社という大企業は知ってるだろう」
「ああ、確か社長でした。でも、ソフテルにその人がいるのですか」
「かもな。いなかったとしても、アクロイド社に関係のあるものには近付くなよ」
「分かりました」
何故アクロイド社とその社長に対してセシルが警告を出したのか、そんな治安の悪い場所に社長がいるのかという素朴な疑問は、今のトゥーリの頭には浮かんでこなかった。
短く返事をした瞬間、突然セシルが腕を乱暴に引いてきた。さすがに驚いて声を出そうにも、その前に大きな彼の手が素早く口を塞いだせいでかなわなかった。セシルはトゥーリを抱き寄せたまま、道を逸れて茂みの方へと身を隠した。
「静かにしろ」
耳元で低くセシルが囁く。トゥーリはすっかり覚めた目でセシルの注ぐ視線の先を追った。
しばらくして、反対方向の茂みから重たい音を立てて、ボールのようなものが転がってきた。暗闇に慣れた目でもそれが何か分からない。重たい動きで転がっていることから、どうやら生き物のようだ。もっとよく見ようと目をこらした時、トゥーリはぎょっと飛び上がりそうになった。
ボールがくるくると動いて、人に似た眼光を現したからだ。
「何だあれは」
すぐ近くにいるセシルがごくりと唾をのむ気配がする。
それはしばらく転がったり跳ねたり、まるで遊んでいるかのように一定の動きを何度も繰り返していた。そのたびに長い体毛が煽られているのが暗闇でもよく見える。
「一歩ずつ、足音を立てずに後退する。いいな」
何度も頷いてみせるとセシルの体が離れていく。
お互い身を低くし、けれど視線は道に転がった得たいの知れないものから外さずにゆっくりと後ずさる。地面は乾いていたが、踏みしめれば静まり返った辺りにはよく響くであろう、砂利や落ち葉に気を付けなければならない。
しかし、物音を立てないように気を付けていたのに、視線を感じたのかそれが鈍く光る目を二人へ向けたのだ。トゥーリは出かかった声を寸でのところで飲み込んだ。
それも様子を伺っているのか、目をこちらへ向けたまま微動だにしない。二人も動けずにおり、たった数秒間という時間が長く感じられた。
「俺が合図をしたら振り向かずに走れ」
トゥーリはセシルを見た。セシルはそれから目を離さず、機会を伺っているようだった。
「あなたは……?」
緊張しているせいで息遣いが荒い。セシルから答えが返ってこないことに不安を覚える。
「走れ!」
セシルが叫んだ。
トゥーリが立ち上がって最後に見たものは、得たいの知れないそれが一際大きくバウンドした瞬間だった。トゥーリは迷うことなく、セシルの言われた通り振り返らずに鬱蒼とした林の中を駆け出した。後ろからは何も聞こえない。セシルのことが胸に引っかかったが、振り返ることも戻る勇気も残念ながらなく、走りながら彼の無事を祈ることしかできなかった。
靴と服のジャンルを新調したおかげで動きやすく、トゥーリは木の根っこや枝に引っかかることなく思う存分に走ることに集中できた。
どのくらい走ったのか、トゥーリは目の前に現れた大木にしがみつき、ぜいぜいと肩で息をした。
全身が心臓になったかのように激しい脈動が嫌でも聞こえる。息をするのでさえ苦しい。額に浮かんできた汗をぬぐい、木の幹に寄りかかってそのまま足を折って座り込んだ。
だいぶ呼吸が落ち着いてくると、今度はこの暗闇にトゥーリは恐怖することになった。
見慣れぬ夜の林の中で、トゥーリの息遣いは一際大きく感じられた。時々遠くの方から獣の鳴く声が聞こえ、そのたびにトゥーリは体をびくつかせた。温い風で葉の擦れる音、枝が鳴る音、視界が悪いせいで聴覚が敏感に反応する。緊張と興奮で自然と呼吸が荒くなっていく。
すぐ近くであのボールのようなものがバウンドしているような気がして、トゥーリは恐怖でどうにかなりそうだった。隣にセシルがいないことがこんなにも心細いとは、改めて自分の弱さを嫌でも再認識させられる。
「大丈夫、大丈夫……。きっと、大丈夫。しっかりしなさい」
自分に言い聞かせ、震える手で懐中時計を取り出した。ぎりぎりまで顔に近付けて時間を確認する。
夜明けまであと五時間。
◆◆◆
トゥーリははっとして意識を取り戻した。気が付くと、あんなに暗くて鬱蒼としていた林の中に木漏れ日がさしていた。朝日だ。
木に寄りかかったまま眠っていたというより、意識を失っていたようだった。眠った後の気だるさはない。久しぶりに見る眩い光に安堵して思わず感極まって目頭が熱くなる。懐中時計の示す時刻は午前七時を回っていた。
「セシル……」
最初に気にかかったのはセシルのことだった。闇雲に走ったわけではないので、地面に残された足跡を辿れば元の道に戻れるだろう。無事を祈り、トゥーリは走ってきた道を戻る。
木々の間からアスファルトで舗装された道が見えてきたので、一応警戒して身を隠しながら近づいた。どうやら昨日の、得たいの知れないものはいないようだ。しかし、セシルがいた痕跡もなく何故か足跡も残っていなかった。
争った形跡もなければ血の痕もない。無事逃げ切れたのならいいが、よくない結果が脳裏をよぎり一気に不安に駆られる。しかし、いつまでもこのままここで待っていてもセシルが現れる可能性はゼロに等しい。きっと彼は先にソフテルへ向かったのだと、半ば無理やり納得させて、トゥーリは明るくなった道を再びソフテルへ向けて歩き出した。




