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篩に掛ける  作者: 相沢信機
3/10

皮肉屋VS策士

 奔流さんの部屋を訪ねたのは、帰宅してから約1時間後の事だ。理由は主にカッターシャツの洗濯である。


 スーツについては適当に消臭剤を吹き付けてクローゼットで次の仕事が舞い込むまでおねんねしてもらっている。


 洗濯機が仕事を全うしている間に俺は明日の準備や大雑把な受ける講義の案を練って空き時間を無駄なく埋めていた次第だ。


 現在の俺の服装は白いシャツに黒いデニム、そしてそれらだけではあまりにも地味すぎるからと強引に赤いジップアップパーカーを上に羽織って彩度を補っている。


 呼び鈴を鳴らして返事を待つ間に今更ながらコーディネートが粗っぽかったか等と自問していた。


 別に女の子の部屋にお邪魔する訳でもないのにだ。


「おお、来たか。やや散らかっていてすまなんだが、ゆっくりしていってくれ」


 外開きのドアからひょっこりと老け顔が覗く。


 切れ長の目と二つに分かれた眉毛、言わずもがな奔流さんだ。


 俺を招き入れると、苦笑しながら目線で示しながら言った。


 キッチンと1体になった玄関の先にある洋室に積まれた、数個の段ボールを。


 彼は袖に白と青のラインが入った黒いジャージを肩に掛け、その下に紺色のTシャツを着ている。


 そしてぎょっとしたのは、右手には照明により不気味に光る得物……もといカッターナイフが握られていた事だ。


 そのせいで歓迎ムードが切って捨てられた気分になる。


「実家からの物資って奴か?」


「さよう。お前さんが気に入るかは保証しかねるが、少しばかり分け与えよう」 

躊躇いながらもお言葉に甘えて早速紙製の宝箱を覗き込む。


奔流さんはカッターナイフを(何故か)袖にしまい、緑茶を淹れている。


さて、気になる財宝だが、


「米3袋分にカップ焼きそば、韓国海苔に和菓子にツナ缶、鯖缶、それからこいつは……茶葉にその他もろもろの調味料か」


どれもこれも、「和」で統一されたラインナップだ。


 和菓子も饅頭の箱の詰め合わせやせんべい、八橋等だ。奔流さんには申し訳ないが、あなたは保証なんてしなくて正解だったよ。


「奔流さんって出身地は何処なんだ?あ、俺は東京ね」


 あ、有り難う御座いまーす。


 長方形のちゃぶ台に二人分の緑茶が運ばれた。御丁寧に湯呑に注いで。しかし彼は敢えて沈黙する。まずは君の予想を聞かせてくれよと。


 彼の狙いは計り兼ねたが、とりあえず振られた質問に答えてみる。


「和菓子と緑茶……もしかして静岡か鹿児島か三重か……」


「いかんせん、どれも不正解だ。俺の出身は京都さ。因みに親戚が静岡に住んでいるぞ」


 くそっ、してやられた。そもそも着眼点から没だったらしい。


日本で有名なお茶の産地に拘った結果がノーヒットとはいささか情けないが、ここは正解を持ち上げるための犠牲駒という事にしておこう。


「おや、やはり欲しい品は無かったかな?」 

 どちらかと言えば不正解者の分際で景品を頂戴しようなど、図々しく思えて気兼ねしてしまうのだが。


 奔流さんはこちらに視線だけを向け、ガムテープにカッターナイフを食い込ませ、刀でぶった切るように一気に引いた!


 お見事、奔河殿。中身は(幸いにも)無傷だ。


 そして切り開いたのは箱だけではなかった。

 少しの期待を胸に中身を確認してみれば、バランス栄養食、のど飴、板ガム、紅茶と徐々に和という殻を破っているのが判る。


「紅茶も飲むのかぁ……何か意外だな」


 ティーパックタイプの詰め合わせが2箱。


 流れ的に和の一辺倒だと思えば、期待と先入観に掠り傷ができた。


「ああ、緑茶と同じく、茶殻の再利用で高い効果が得られるそうでね」


 嗜好品であろうと実用性を尊う、抜け目の無い奴って事か。


「へえ、どんな効果があるんだよ?」


「脱臭だよ。それも、活性炭以上のな」


 まじか!専門家から解説を受けるような気分で耳を傾けた。


「玄汰君も試してみるといい。1箱あげよう」


「本当か?何か悪いな」


「なに、大学での初めての友だ。遠慮は要らんさ」 

 内にどんな打算があるのかは窺い知れないが、参加賞といて紅茶を贈って気前の良さをアピールしていると見た。


 深読みしすぎなのも否めないが。


 だが少々粗っぽいが根拠はある。隣の和室の本棚に並ぶ本が状況証拠という奴だ。


 入学式中にこそこそと読んでいた本を含めた、コミュニケーション関連の本達に上段が陣取られているのだ。


 元々は社交性が低かったと推察できる。


 因みにそこは彼のプライベートルームなのだろう、将棋盤が畳の間の片隅に鎮座している。


 話を戻そう。奔流さんが俺に期待しているであろう事はずばり、


「俺の方にも実家から物資が届いたら、分けてあげようか?」


「ふっ……ならばその言葉に甘えさせてもらうよ」


 ドンピシャか…なら利子が2倍と仮定して、いただいた品は紅茶のみ。


 ならこっちは2品以上譲らないと。いや、利子は関係ないだろう。


「…………なあ、玄汰君」


 呆れたような声音が、沈黙した空気の中で響く。


 思わず


「ひっ!」


と飛び上がってしまいそうな威圧感を纏い、動揺を隠し切れない俺に二の句を言った。


「俺はお前さんが思うようなけちな人間ではないさ。それに、玄汰君のような打算なしの友人ができて嬉しく思っておるよ」


 一人、だもんな。

 今迄親しかった友人とか、家族とか、繋がりを手放して。


 そうしてできた心の隙間を埋めるには、武勇伝でも失敗談でも愚痴でも自分の恋愛でも、何でも話せる仲間が必要だ。 

 奔子曰く、打算での付き合いは社会人からなり。

 だが……、


「どういう意味だよ?」


「そのままさ。言葉通りのな」


「だといいがね」


 偽名まで使う男だ。言葉通りに受け止めるなど危なっかしい。


「全く、棘のある返事をせず、素直に喜べ」


 お咎めを頂戴しようが、それで揺らぐ程ガタガタな基礎は持ち合わせてはいない。


 そういうこいつには逆に打算があるのだろう。俺を倒壊させようとあの手この手で揺さぶってくる筈。


「……ふむう、お前さんは白鶏に似ているな」


 白鶏?失恋して俺に八つ当たりしてきた時のな、と補足した人物について、奔流さんが語り始め、俺はじっと様子を見ていた。


「馬子にも衣装という慣用句がよく似合う男だな。俺とは真逆の派手で肉食系の奴だ」


「俺はチャラ男じゃない!そんなにもてないし……長くも続かなかった……」


「ふむ……やはりな。お前さんが卑屈になっている理由がはっきりした」


 あ!迂闊だった。


 挑発に乗ってボロを出してしまった。いや、将棋に例えて表現するならば、

相手に駒を奪われ、


「過去に失恋したショックで、自信を失っているのだな?」


王手。しかも逃げ道を失い、八方塞だ。


「はあ……墓穴を掘っちまった……」


 潔く投了して過去の古傷を自ら開いた。


 高2の儚く霧散した色事が、瘡蓋を剥がされ、止め処無く鮮血が溢れ出る。


 俺は苦痛を伴いながら。


 俺の過去に耳を貸す間、奔流さんは髭で黒く茂った顎を撫でながら、返事を作成しているようだった。


 新たな情報が追加される毎に整理しながら両者を並行して。その中で彼は蘭子の情報の開示も要求してきた。


 奔流さんには勝者の特権って奴があるが、何より期待していたのかもしれない。


 鋭い彼なら、俺に道を示してくれると。


「…………なるほど。お前さんの持つ情報は、これで全部かな?」


「ああ……それと、さっきはすまなかった……」


「ふっ、構わんさ。白鶏の御陰で慣れておるからな。それに今朝、偽名まで使い、連中を新興宗教団体と見破った俺だ。警戒するのも無理はあるまいさ」


白鶏と一体何があったのだろう。


結論がまとまった後にでも聞き出してみるか。



奔流さんが設計を完了したのは数分後だった。


手を動かして図面を描く作業は要したが、それでも感嘆するものだった。 

「玄汰君、君は紫香楽君と似た事をすればいい」


 まず、結論を述べて火蓋を切った。

 そのままの意味でとるなら、まさかとは思うが、


「3週間で振るって事か?」


 酷いな、これは流石に。


 と眉を潜めながら返してみる。案の定滑ったようで苦笑され、


「流石にそれはまずいな。まあ、最後まで聞いてくれ」


 いまいち合点のいかない生徒に、先生は初めからゆっくり丁寧に講義を始めた。


 俺は温くなった茶を飲み干して、それに集中する。


「紫香楽君は男子に興味が無い。それにも拘らず短い間だがお前さんと付き合っていた。だが結局、別れて男に頼らずに生きる決意を固めたと」


 俺の破局物語の粗筋だ。


 噛み締めても体に馴染む事無く、今も心を苛んで影を落としている悪霊のようなもの。


 だがこれはあくまでも単なる布石だ。

これからの人生を繋ぐ架け橋の為の人柱となる。


「彼女は確かめたかったのではないだろうか。恋は本当に自分にプラスとなるのか」


 結果は赤点だったがな。


 雑誌とかで予習しなかったから、当然だろうと指摘されれば返す言葉も無い。


「何しろ、女性は結婚してから愛を育てる事ができる……という考えを持ってる事が多いそうだからなあ」 

 あのコミュニケーション本達から引っ張り出した知識だろう。

 男子諸君からすれば何ともシビアな話である。


「だから男の君もお試し期間を使ってじっくり考えて、見極めて、篩に掛けてほしい。自信を取り戻す為にも、人生を潤す為にも……」


 これが奔流さんが示した指針か。


 お試し期間で相手の人となりや相性を確かめてから付き合えと。


 人生相談に乗ってくれたのは有り難い。しかし……、


「それじゃあ白鶏とやらみたく、プレイボーイになれって事じゃないか?」


 恐らくだが、アメリカ式の恋愛を参考にした手口だろう。


 それはデーティングと呼ばれ、付き合っている訳ではないので、男1人が女3人と同時にデートしても許されるそうだが、日本人の俺からすれば随分と軽い。


「そうは言わない。ただ俺は一つの選択肢を挙げたに過ぎんよ」


 やはりそこは自分で考えろ……か。


 ああ、解ったよ。

 アメリカの恋愛文化について調べて、じっくり検討するか。


 人生相談に区切りが付いて、ひとまず腹の探り合いは一時休戦だ。


 それはもう保留にして、今は気になる事を訊ねてみるか。


「ところで奔流さん、白鶏ってどんな奴なんだ?」


 単刀直入に口火を切った。


 手持ちの証言を整理すると、彼とは正反対の派手な肉食系の男子。 

 そして俺と同じく失恋経験ありで、奔流さんに辛く当たった事もある。それから俺は彼をチャラ男とまとめた訳だが。


白鶏冠士しらとりかんじ。俺の高校時代の元同期だ。現在は盛大所属で、法学部法学科2年」


 ああ、例の元同期か。というか文系だったのか、そのチャラ男。しかし法学部って。


「悪いが想像もつかないぞ」


「だろうな。だがきゃつは見掛けや性格に反して文武両道だ。高1の頃は定期テストでよくトップの座を争ったものよ」


 体育や実技ではいつも俺の惨敗だが、と自虐的な笑みを浮かべて補足した。


 今となってはイメージ通りだった。厳つい面構えのせいで体育系と錯覚していたが、それもすっかり払拭された。


「……まあ、百聞は一見に如かずだ。会ってみれば詳しく解るだろう」


「彼は何処のサークルに入っているか、知ってるか?」


「卓球部さ。きゃつ曰く、他のサークルと合同でコンパをやる事が多いそうだ。全く、きゃつらしい理由だな」


 それだけ、女の子との出会いが多いから……省いた箇所はこれが当てはまる。


 出会った頃からそういう性格だったのか、はたまたあるきっかけで変わってしまったのか。


 まあ、それは自分の目で確かめるとするかな。 

 奔流さんが引き合いに出した格言に従って。


 従うといえばもう一つ。

 蘭子の件での反省も受け入れるべきだ。


 あの頃連ねられた俺への呵責が殻を破る武器となる。


 本当に敵わないな、あいつには。


 あいつがいなかったら、子供のままだった。


 自分の事ばかりに関心を寄せた……な。


 また、俺は同じ失敗を繰り返そうとしていたんだな。


 好意を何かの罠だと邪推して、自らの保身を図ろうとした。

 未だに狡い儘だ。


 紫香楽蘭子は俺の見果てぬ夢そのものだよ。


 玄汰君。奔流さんが視線でそう声を掛けた気がした。


「自分を……責めないでくれ」


 彼じゃなくても俺の心情は筒抜けだろう。


 空木さんでも、ブラックボックスでも、視覚からだけでも十分に窺い知る事ができる。


「信じる事も疑う事も紙一重だ。どちらにしても情報や証拠、何より勇気が要る」


 数年後も腐敗も劣化もせず、俺を悔恨させるまでに追い込んでいる。


 その効力に感服しながらそう前置きした。


「どんな言葉か」


ではなく、


「誰の言葉か」


が重要なのだと。

「ここから先、お前さんの疑り深さが強力な武器となる。更に俺達が加われば鬼に金棒だ。一人では難しいなら、俺も協力するぞ」


 ……どうやら早速実践してみる時が舞い込んできたようだ。


 ゲーム風に言うならば、チュートリアルとして。


 恋愛から離れてしまうが、こっちの法が本当の意味でお試しではないか。


「ならこれから、試してやる」


「こちらとて望むところだ」


 互いに不敵な笑みを交えながら合意した。


 緑茶と玄米1袋をその象徴に。





 講義が今日から早速始まった。


 とは言っても出席もとらないしオリエンテーションのみなので、それに今日の科目は選択科目なので、履修登録の締切りがまだ先の話という事もありとりあえず気まぐれでチョイスした講義に参加してみる。


 1年生の内は講義は学部共通のため情報工以外の学科の連中とも合同で講義を受ける事になる訳だが、その結果がこうなった。


「隣に座っていいかい?」


 見知らぬ男が声を掛けてきた。そいつの第1印象は周囲と比較して、かなり派手だった。


 膝くらいまであるロングブーツに、紅い革ジャンのイケメンだが、髪色は彩度のバランスをとる為に褐色である。 

「ああ」


 ぶっきらぼうな返事を返すと、


「それじゃ遠慮なく」


とにんまりと笑いながら隣に腰を下ろした。


「おたくは1年かい?」


「そりゃね。教室を間違えでもしない限り、他学年の奴なんていないだろ」


 もとより俺は例外側の人間ではない。


 時間割表と教室のプレートとにらめっこを繰り広げた末に席まで辿り着いた訳だし。


「あっはははははは!!ごもっともだ!僕は藍屋祐輝あいやゆうき。理工学部交通機械工学科の元1浪生。おたくは?」


 シンバル人形のように激しく手叩きしながら高笑いを巻き上げた。


 さりげなく簡潔に自己紹介した元浪人生、藍屋さんは奔流さんとは随分と性格が違う。


 2人のそれぞれの特徴を全て反転させると入れ替わってしまいそうなぐらいに。


「振井玄汰だ。理工学部情報工学科の元現役生」


 現役生を強調したせいで、自己紹介は彼への痛烈な皮肉として切り返された。


「おお、やるねえ玄汰ちゃん!気に入ったよ」 

 おい、玄汰ちゃんってお前。下町のおっちゃんみたいな呼び方をしてくれたもんだな。


 その上怒気も微塵も読み取れず、俺を囃し立てている。


 自己紹介はここまでで十分だろう。とりあえず気に留まった事をぶつけてみた。


「それにしても、派手じゃないか?その革ジャン」


「ああ、これね。僕のトレードマークなの。そりゃもう毎日着てきてるのよ。5万も出してお釣りが返ってきたんだからさー。大事に使わないと大損じゃない?」


 あんたの方こそごもっともだ。


 机と映画館でもお馴染みの折り畳み式の椅子が一体化した席以外は高校までお世話になった教室の間取りと大差は殆ど無い。


 そんな教室でスタンバイしている1年男子を片っ端から簡潔に観察しても、ジャケットかパーカー、そしてシャツやデニムを組み合わせた服装の連中が圧倒的に多い。


 今程「桁違い」という言葉を使うのに相応しい瞬間は無いだろう。


「仰る通りだ。俺達みたいな輩が無闇に手を出せる代物じゃないしな」


 軽々と一線ならぬ一万を超えてしまったへ何気に辛辣な相槌を打つ。


 高くても1万のニアピンで抑えるものだろうに。 

「内の経済事情は波が激しいのよ。旦那の世代が好景気で懐が干乾びないくてさー、今の所は上り坂でなんだけど……退屈でもあるんだ。ジェットコースターに乗り始めた時みたいなものだね」


 道理で、纏う空気に違和感があると思った訳だ。


 高度経済成長期のような一昔の世代を生きた人間と似たような空気。


 世間様を逆撫でするかのように藍屋家が好景気だかららしい。


「そうか……だが気付いた頃には一気に下っている事だろうな」


「僕としてはそういうのはウェルカムなんだけどね」


 刺激に飢えているという事か。


 未来の谷間を渡り歩くランナーとしては頼もしい反面、一部腐敗した吊り橋でも走って渡って転落しそうで危なっかしい。


 生半可な気持ちで友人になろうなんて考えない方が身のためか。


「俺としてはノーセンキューなんだが」


「駄目だよー玄汰ちゃん!何でもやってみなくちゃ判らないでしょ?」


 よく言ったもんだな。


 だが生徒会とか部活動とか大して輝かしい成績を残した事も無いわ、蘭子から受けた傷は未だ癒えないわで全く共感できない。


「あんたは成功した数の方が多いみたいだな」 

「まあね。人間頑張ればきっとうまくいく。そうは思わない?」


「……簡単に言ってくれたもんだな」


 今頃口元と眉間がぴくついている事だろう。


 俺の抱えるアレルギー症状は複数存在した。センスの良し悪しを棚に上げるなら、「頑張れアレルギー」とでも呼んでくれればいい。


 それにしたって握り拳で机を叩く暴挙に走りそうになるのはいただけない。

 勿論それには訳がある。矛盾を感じてならないからだ。


「1度失敗したくせに」


 敗者復活戦を制したからこそ大学生の身分を得られた訳で、本当に「頑張ればうまくいく」のなら、「元1浪生」の肩書きを頂戴する必要は無い。


 これは明らかに矛盾しているだろう!


「もう、さっきから手厳しいなあ玄汰ちゃん。でもねえ……」


「む……」


 性質も一緒に、顔色も道化の仮面が剥がれ、真剣味を帯びる。


 俺の眉間のひびが増え、自然と警戒心が掻き立てられる。


「失敗しても裏切られても、そいつらを活かすも殺すも自分次第じゃないの?」


 失敗や裏切りを殺してばかり。それでも逃げて、目を背けている卑怯者。


 俺への回りくどい酷評に聞こえた。


 単なる俺の被害妄想と切り捨てるのなら、猛暑日の日差しのような眼光で反論を待ち構えているのにはどう説明するんだ。


 喉が渇いているのが判る。 

 絞り出せ。体力でも、汗でもなく、異論を。


「活かせる保証は無い。頑張って活かそうとした所で、報われなければ怠けていたのと同じ事」


 この御時世、経過になんて誰も興味を示さないからな。

 どれだけ努力を重ねたかではなく、どれだけ結果を出したか。


「帰結主義の真面目君か…相当病んでるみたいね。だけどさあ、ちょっと勘違いしてるんじゃないかな?」


 季節が夏から秋へと移り変わり、日差しも穏やかになった。

 真冬の冷酷な空気に身を打ちひしがれた身に、有り難い温もりを齎してくれる。


「失敗してからや、ピンチになってからが本当の勝負さ。まだまだ始まったばかりなんだからさ、すぐに結果を出そうなんて焦らなくても大丈夫だ」


 爽やかな笑顔と共に紡がれた言葉は、陽光みたいで温かい……のだが、俺にはまだ、春が巡ってこない。


 夜明けすらもな。


 俺の時計はあの因縁の刻からずっと止まったままだ。これまでも、今も、これからも。


 悪夢で浸食された真夜中を彷徨い続ける。


「まだ諦めてないから、大学へ足を踏み入れたんでしょ?だったら思う存分楽しまないと勿体ないよ。違うかい?」


「俺は甘いんだな……捨て切れていない」


「辛うじてチャンスを捨てなかったんだし、甘いも何も無いよ。玄汰ちゃんにだってちゃんと春は来るさ」


 だから未来どうとか語られても困るんだが。


 だが聞き捨てならない名言をいただいたので、直後の台詞に代わりに流されて貰う事にした。


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