色褪せぬ紫蘭色の思い出
「私達、別れよう?」
……は?
無意識に間抜けな声が漏れた。遠くで落ちた雷の音を聞く時と同じぐらいのタイムラグを経て、今の状況を飲み込んだ。
俺は彼女に振られた。僅か3週間という、あまりにも儚い幸せが終わりを告げたのであった。
よりにもよって、校門前で、だ。
「別れようって……何でだよ?」
折角この手で掴み取ったんだ。
「はいそうですか。分かりました」
なんて風に承諾してくれると考えるほど馬鹿じゃないと、お前は解ってるだろ、蘭子。
お前は童顔だが美人で大人っぽくて、文武両道で、何より自分の気持ちを隠さずストレートに言う。俺はそこに惹かれた。
だからこそその衝撃はでかかった。
「やっぱり勉強の方が大事だから」
視線と共にそう訴えかけてきた。天気は空気を読まなかったが、紅く色付いた空が演出に買って出た。
これから薔薇色だった日々が明日には燃えカスになるだろう。いや、灰色に埋もれても、まだ火種は尽きちゃいない!
「待てよ!」
だから食い下がる。刻々と落日が迫っているが、まだ時間はある!
それに対し蘭子は溜息を漏らして踵を返そうとする。
もういい加減にしてよ、しつこいし。
言葉に変換するとこんなところだろう。
そういうお前はあっさりしすぎだ。俺の気持ちはどうなるっていうんだ?
「ほんっと……男って馬鹿ね」
「なんだと……」
そっくりそのまま返された。
蘭子の顔から失望と軽蔑の色が見て取れた。
或いは、それらを通り越して憐れみの色かも知れない。
「あんたの方こそ、私の気持ちを考えた事があるわけ?」
「……!!」
彼女への執着心。それに致命傷を与えるには十分な詰問だ。
これが「ぐうの音も出ない」というやつか。
虚を突かれ、胸を貫かれ、今の俺は目を大きく見開いている。物理的にそうされたように。
俺は何も解っていなかった。
紫香楽蘭子を自分の都合のいいように作り替えて、それが実在する彼女だと錯覚していた。
「だからね、振井くん。私決めたから」
やめろ、そんな冷たい目で俺を見るな。
告げられたのは火の消えたような俺への駄目押しであり、彼女の確固たる決意の表明であった。
「男なんかに頼らないで生きるって」
ああ、もう……誰にも止められない。
まして俺にはそんな筋合いも気力も残されてはいなかった。
あいつの足取りは淀み無かった。俺を断ち切って、赤黒く彩られた景色へ進む。
数日後、あいつは県外の高校へ転校していき。蘭子が再び俺の前に現れる事は2度と無かった。