LIVE.6 2320年1月1日 セカイノオワリ
メイは、4年前、2320年を思い出していた。
地球に存在している全地球人が絶望をしていた、あの異人からの奇襲を受けた忌々しい日をーー。
★ ☆
2320年1月1日
メイは、大国神社の最奥にある大国家の住居に隣接した小さな家に、隠れるように住んでいた。
「火が回ったぞおおぉぉぉおっ!」
「ありえないっ、大国神社に異人が侵略するなどっ!」
「霊人様はッ?!
あのお方はどこに行かれたのだ!?」
「式神はどこに行ったのだ!?」
「いかんっ! 逃げろっ!」
カンカンカンカンカンカンカンカン
非常時の鐘が鳴っている。
「ーーん……? お袋?」
メイは、鐘の音に目を覚ました。
頭がクラクラして、なんだか吐き気がした。
「いってぇ、なんだよ、一体ッ」
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカン
「?!」
メイが、表が騒がしいことに気づき、それが自分の命を脅かす事だと本能で察知するのに時間はかからなかった。
鼻を突くのは、今まで嗅いだことのない不可解な何かが焦げたような臭いだった。
浴衣がはだけるのも構わずに、メイは平屋の扉に駆けた。
引き戸に手をかけると、ゾクっと寒気がした。
メイは、まずは様子を探るため、耳を澄ます。
騒いでいるのは、大国神社の神主たちであろうとメイは思う。
だが、めったに声を荒げない彼らが、悲鳴に近い大声をあげている。
「まさか、異人たちがここに?」
メイは、もう一度、自宅の中を見渡した。
「お袋、いねぇのか?」
誰からも、返答はなかった。
なおも、神主たちは叫んでいる。
メイは、必死で引き戸に耳を当てつけた。
「霊人様が、神剣『神楽』を持って『次元の扉』に行かれたと!!
式神の朱雀殿から、全員退避せよと伝令がありました!」
「そんなまさか、霊人様、死ぬおつもりかッッ!?」
大国神社の神主や巫女たちの悲鳴が轟いている。
広い境内に、多くの人間の断末魔が響いていた。
「……霊人様が、『次元の扉』に?」
メイは呟いて、引き戸をおそるおそる開けた。
「!?」
そこには、ただ地獄があった。
辺り一面が、火の海だった。
瑠璃の瞳に、
あまりにも真っ直ぐに、
残酷が焼き付けられた。
「あ……、あ……、ヴ、ぁ、嘘だろッ」
神社のお守り売り場あたりで、白の異人が奇声をあげて神主の足を掴み上げて運ぼうとしている。
庭には、異人が両手に巫女の黒髪を引っつかんでズルズルと引きずって行っている。
メイは言葉を失った。
14歳の少年は、自分の歯が鳴っているのを他人事みたいに感じていた。
「逃げろ、逃げろぉぉぉぉ!!」
「戒人様はっ! 戒人様はご無事か!?」
「い、いやぁぁぁぁぁぁあ!! 誰かっ!」
「助けて、助けてくれぇぇ、グハッ」
メイの引き戸を開けた手が、カタカタと震えている。
『ギ、ギギギグゥ、グギギッ』
血の色のまだら模様をした白の異人たちは、ぞろぞろと無機質な動きで境内に侵入してきている。
その数は、200から300はいる。
蛆虫みたいに塊を作り、うぞうぞと動く。
ズバッ
異人は、メイの身の丈同じくらいある鎌を振り回して、次々と神主たちを殺戮していく。
血飛沫が飛んで、木造の回廊は紅く染まっている。
『グギギ、グキッ!グキキキキィッ』
まるで勝利を告げる咆哮だとメイは思う。
神社の鳥居の下に人間の死体の山があった。
アリが餌を持ち帰るように、異人たちはその山から人間を両手にひっつかんで引きずっていく。
彼らが乗っ取った第二世界連邦の中枢である白のドゥムに運ぼうとしているのだ。
あちらこちらで、異人が宮仕えのものたちに乱暴をし、殺傷し、そしてその遺体を運んで行っている。
「ッ……ぁぁ、ゥ」
メイは、しばらく突っ立っていた。
自分が失禁していたことにも気づかない。
キャパオーバーな現実だった。
涙は、流れた途端に燃え盛る火によって蒸発した。
「メイっ!」
突然、メイの視界が真っ暗になった。
「メイ! よかった!」
やわらかな金木犀の香りに、
メイは母親に抱かれたことを認識する。
「お袋!」
顔をあげて、母親の顔を確かめる。
エラが張っていて唇が厚い、中年の淑女である。
メイの心臓は、うるさく脈打つ。
息を、二度ハッハッと短くついた。
うまく息が吸えないせいだ。
メイの手は、安心と混乱とが混ざり合って、うまく力が入らない。
「よかった、メイ、お前が生きていた」
「親父は!? 一体これはッ」
「時間がないの!! よくお聞き」
メイの母親であるメイリーンは、褐色の手で愛する我が子の両頬を包んだ。
ーーその掌は、ぬめっている。
「お袋、怪我を!?」
ギクリとしたメイは、反射的にメイリーンの両手を外そうとする。
「よくお聞きっ!」
メイリーンは、大きく一喝をした。
「っ!?」
痩せた華奢な体に不似合いの勇ましい声に、メイは背筋が伸びる。
「いいかい、メイ。
今からいう事を忘れるんじゃないよ」
「え、何……?!」
「【神話の本当】を知る時が来たのよ」
「なんだよ、【神話の本当】って……」
「薙杜家は、闇喰の一族の眷属、
それは前に言ったね?」
「っ、知ってる」
メイは、コクリと頷く。
すると、メイリーンの腹に、大きな風穴があるのが見えた。
成人の拳ほどある穴だ。
メイの心臓は、爆発しそうなくらい大きく鳴った。
メイリーンは、ハーッと息を吐いてから、
「大国の神剣継承には、闇喰一族の生贄が必要なんだよ。
霊人様は、『神剣 神楽』を発動させに行かれた。
力を発動させたら、
『神剣 神楽』の守りは解ける。
また、新しい闇喰の生贄が必要になるッ」
「は? なんだよ、それ……」
メイの心臓は不規則に鳴る。
メイリーンは、言葉をやめない。
「……私たちは、闇喰の血を引くものたちを守り、
『神剣 神楽』へと導かないといけない。
メイ、あんたがこの大国の敷地から外に一歩も出ることを許されなかったのは、
“あんたの運命が決まっていたから”」
ふう、と息を吐いたメイリーンの顔色は蒼白だった。
「ああ、もう長くないねぇ」と穏やかに微笑む。
「お袋、その闇喰の血を引くものって、どこにいるんだよッ!?」
メイは涙声になって叫んだ。
「生き残りは、たった一人……。
異人たちは、『次元の扉』が封鎖されれば、彼女を探しにくる。
『次元の扉』を意のままに操るために。
お前は、彼女を守らなければならないのよ……。
この世のすべての闇と悲しみを喰う、聖なる姫巫女をーー」
そこまで一息で言ってから、メイリーンは、ゴフリと大量の血を吐いた。
赤い塊は、メイの右手にかかり、ズルルルと地面に落ちた。
「お袋っ!」
「お願いよ、……メイ。
闇の眷族の誇りをかけて、彼女を守ってーー」
「お袋っ! いやだ! お袋っ!」
「メイ、運命に勝ち、超えなさい……ね?」
メイリーンは、にっこりと笑うと外を指差して、
……息を引き取った。
「……お袋……嘘だろ、死んじまったのかよ……、冗談キツイぜ?」
引きつった笑みを浮かべながら、
メイはメイリーンを抱き上げた。
家の中へ運び、そっと横たえてやる。
外からはパチパチと、木の焼ける音がしている。
メイは、臭ったことがない異臭が人肉が焼ける臭いなのだと理解して、眉をしかめた。
胃の中身が出てきそうになったのを必死でいなした。
「畜生っ!」
メイがもう一度外に出ると、
大国神社の敷地内にある御神木が炎を受けて紅く染まっているのが見えた。
世界の終わりが来たのかもしれないとメイは思う。
奇跡的に御神木は燃えていなかった。
「まだ、式神の結界が展開しているのか?」
と、メイは御神木を見上げて呟く。
境内にうじゃうじゃといる異人たちは、
返り血で真っ赤に染まっていた。
それは、群れをなして、ゆっくりとメイの方向を目掛けて迫ってきている。
正確には、大国神社の最奥にある大国家の住居を目掛けて。
大国家の住居には、
普段、霊人の一人息子である戒人がいる。
メイは、まだ一度も会ったことのない戒人に危険を知らせねばと思った。
そして、意を決して大国家向かって駆け出した!
「うああああああああっ!」
メイは、裸足で駆け出した。
足がもつれたが、とにかく前のめりに走った。
メイの喉は熱風で焼けていて、うまく声がでなかった。
それでも少年は、叫び続けた。
絶望と悲しみを振り払うかのように絶叫した。
「カッハ、グ、げほ」
石畳が熱いとメイは思った。
「クソ異人共がぁぁぁっ!」
バアンッ!!
大国家の観音扉の玄関を勢い良く開け放つと、
そこには一人の坊主が錫杖を掲げて結界を展開していた。
メイは、その男と知り合いだった。
霊人の式神の一人、玄武だ。
メイは、生まれた時からずっと彼にお守りをしてもらっていた。
丸刈り頭のつるんとした顔立ちの青年である。
肌が陶器のように白く、式服をきている。
ずんぐりむっくりした体型が特徴的だ。
「メイか!」
玄武は、バリトンの無駄に響きのある声で叫ぶと、
バタバタと駆け寄ってきた。
「げん、ぶ、さっんっ!」
玄武が持つ錫杖からは、エメラルドの光が放たれていた。
彼が結界を維持している印である。
「玄武さん、お袋が、お袋が死んだ!」
「何!? メイリーンが!?」
メイは、母親の死を告げると涙がこみ上げそうになった。
「玄武さん、教えてくれ!
闇喰の姫巫女はどこにいるんだ!」
玄武の両肩を強く掴んで力任せに揺さぶる。
玄武は、
「聞いてしまったのか……メイリーンから」
と俯いた。
玄武の錫杖の先についた宝飾具がシャラシャラと音を立てた。
玄武は、それ以上口を開こうとはしない。
「玄武さん! お袋が言ったんだ!
闇喰の姫巫女を守れって!
俺が一番わけわかんないよ!
でも、ずっと、修行ばっかさせられて、
対人戦闘の技術を身につけていたのは、
彼女を守るためだったんだろ?
俺は何をしたらいいんだ!?」
メイの指は、玄武の丸い両肩に食い込む。
暫く沈黙していた玄武は、
一度、小さく丸い拳をぎゅうと握り込み、
「神話の中身を知ることになるぞ」
と、言った。
「お袋の遺言だ」
メイは、きっぱりと答える。
「後戻りできないぞ?
【神話の本当】を知った人間は【神話の更新】の奴隷になる。
それでもいいのか?」
「ずっと、軟禁されるみたいに暮らしてきたんだ。
お袋も死んだ!
失うものなんて無い!」
メイは、射抜くような瞳で玄武を見つめた。
玄武は、痛そうに身をよじり、
「上等だ、薙杜メイ。
地下だ!
本尊の裏から階段で降りれる!
ついてこいっ!」
と言って、外に飛び出た。
「は、速ぇ、玄武なのにっ」
「この状況下でよく言えるなっ!?
草履を履いてこい、マセガキ!」
「自分で呆れるよッ!」
メイは、玄関に散乱した草履を履いて、
大国神社の敷地内中央にある本尊を目指した。




