LIVE.27 たくさんの祈りとたくさんの思い
2324年2月1日 早朝
ティルナノーグ帝国
帝国軍本部フロントエリア
ソウルシーカーズ全15部隊の隊長が一堂に会する、早朝の全体会議が終わった後で、
第一部隊である玄鉄部隊の幹部の面々は、第三ミーティングルームに集合していた。
玄鉄隊長をはじめ、幹部隊員である琴子、叉爾、エイナ、光揮、ユエの6人は円卓を囲んでいる。
「隊長、もう一度お願いします」
ユエが、トレードマークであるウルフカットの髪を掻きあげつつ尋ねる。
「公式発表は後日だが、次の満月の夜に、第二世界連邦中枢 白のドウムに戦争を仕掛ける。
ーー二度も言わせるな、顎の筋肉の無駄だろ」
「すみません、サー」
短く謝罪してから、ユエは次の満月をカレンダーで確認した。
冷静沈着な性格のユエは、あまり感情を表に出さない。
玄鉄部隊のブレーン的存在である。
「なんだよ?
隊長が茶目っ気だしてるんだから、乗れよなあ」
そういって、玄鉄はむくれてみせる。
「ふふ。僕にはハードル高いですよ、隊長。
面白味のない性格で申し訳ないです。
にしても、響大将、本気出してきましたね」
南国の血筋のユエは、褐色の肌に、藍色の瞳をしている。
何やら書類に書き込んでから、難しそうな顔をして、書類に目を通す。
その姿が、中々堂に入っていた。
「15部隊が各々別れて、白のドウムのゲートに攻め込む。
俺たちの部隊の担当は、南西ゲート」
玄鉄は、少し舌っ足らずで、どんな緊張している状況でもその話ぶりには緩みがある。
「全15部隊が一斉に、だなんて。
前代未聞ですぅ」
エイナが玄鉄から受け取った配置図を見て唸りを上げた。
「それだけ、僕たちには時間がないという事だよ、慧那ちゃん。
扉が封鎖を保てていられるのも、後一年を切っているらしいしね。
それだって、何の保証もない。
今この瞬間に、『次元の扉』が崩壊したっておかしくはないんだ」
と、髪色と同じ藍色の目を細めて、ユエは肩をすくめた。
その優雅な物腰は、中性的な魅力を醸し出している。
ユエは続けて、
「僕だって、あまり考えたくはないけど、最悪の事態だって想定しなくちゃあならない。なあ、琴子?」
と琴子に話を振った。
「そう、やね」
琴子が気のない返事をして頷く。
「既に死んどるうちらが出来る事なんて、究極、地球から一人でも多く異人を滅ぼす事やけんね」
「琴ちゃん、それどういう意味?」
エイナの言葉尻は強い。
「もし、扉が開放されなかったとして、どのみち各々の蘇生処置から10年経ってしまえばうちらは皆、死んじゃうよね。ぽっくりと、さ?
地球人の人口はどんどん減っとる。回収される死体は少なくなる。戦力は減る一方。そうすれば、軍として機能し続けられるかどうか、わからんよ。
ーー地球人はどうなると思う?」
「あ」
エイナと光揮は、互いに目を合わせて俯いた。琴子は続ける。
「もし、大国の後継者が『次元の扉』を無事に解放できたとしても……まあ、そうなれば、地球の秩序は戻り異次元から来たものはすべてあるべき次元に強制送還されるそうだけど……それも、本当にどうかはやってみないと分かんないし。
ーー肝心の後継者と神剣が見つかってない訳だからお話にならないわよ」
琴子はここで玄鉄と叉爾をチラリと見た。玄鉄は叉爾を見ており、叉爾は俯いている。琴子は、口の中で舌打ちをした。
「地球人たちの為にも、魂の限りに異人は殲滅しなきゃなんだね。
一人でも多く」
「そゆことじゃ!」
自分に言い聞かせるように呟くエイナ。琴子はエイナにウインクして、もう一度叉爾を見やる。
叉爾は隊員の円から少し外れた所に立っていた。
心ここにあらず、といった具合で、ぼんやりと机のシミを眺めている。
ユエは、持っていたペンを鼻頭に当てつつ、
「まあ、『次元の扉』が異界サイドから破壊されたり、扉そのものが封鎖に耐えきれずに崩壊した場合、
この地球がどうなるかなんて、誰にも分からないけれど」
と、ため息交じりに零し、
「ねぇ、叉爾は、どう思うんだい?」
と、叉爾にお鉢を回した。
「あ、ああ、そうだ、な。やれる事をやるしかない」
叉爾は、芯のない声で鼻頭を親指でこすった。
見兼ねて、玄鉄が口を出す。
「叉爾、シャキッとしろ。やる気がねぇなら出ていけ」
そのきつい叱咤に、全員が口を噤んだ。
叉爾は、ゆるりと口火を切る。
「玄鉄隊長、俺たちソウルシーカーズは、帝国ティルナノーグに忠誠を誓った戦士です。
俺達だけでなく、ティル軍にいる人間は全員、『次元の扉』の解放を待つ死者だ」
死者、という単語に、エイナはびくりと反応した。
「叉爾、いきなりどうしたん?」
「琴子、黙れ」
玄鉄が短く制する。
叉爾の目は、ランプの光を受けて、燃えているように見えた。
玄鉄は、叉爾の胸中を探るように、じっと見詰めた。
叉爾は続ける。
「『次元の扉』が封鎖されてから、約4年間、俺たちソウルシーカーズは、帝国の科学技術を駆使して、異人と戦ってきました。
その数は、今や20万人になった。
それでも帝国の軍人全体の2割です。
けれど、20万人から増える事はこれからもないでしょう。
増えた分、異人との戦いで死んでいますから。
加えて、謎のままの十字架の爆発事件。
原因不明の恐怖に、戦場を恐れ退役をする者も急増しています。
人員不足に陥る帝国軍に反比例して、回収すべき地球人の数は増えていく一方です」
「何が言いたいんだ?」
玄鉄が腕組みをして構える。
「本当に、あいつらを、あんな化物を、殲滅できるんでしょうか?」
誰もが予想しなかった弱音が飛び出し、空気が乱れた。
「だから、やってるんだろ。
叉爾なら、この作戦概要を見ただけで分かったはずだ。
ーー本質を見て、受け止めろ」
「玄鉄隊長!」
叫んだのは琴子だった。
エイナ達をチラチラと見やりながら、自らの上官の名を呼ぶ。
叉爾は玄鉄から顔を背けるが、玄鉄は止まらない。
「分からないならハッキリ教えてやる。
皆もよく聞け。
今回の作戦は、俺たちにとっての最後の決戦だ。
地球人の誇りをかけた、大博打さ」
叉爾以外の全員の目が、配置図に向けられた。
「ホント、響大将らしい博打の打ち方ですね。
御自身が前線に行っちゃうんですから」
ユエが、クスリと笑って沈黙を破る。
「な、つまり、この戦いは!?」
遅れて合点がいった光揮が震えあがった。
「そうだ。刺し違えてでも、異人を滅ぼせという、特攻作戦だ」
玄鉄の目は座っていた。
エイナは、ぞくりと身震いをして、へたり込んだ。
「これは決定事項だ。
明日早朝に、各自、チームの配置図を提出してくれ。
決戦時には、お前らは自分たちのチームとは別行動になる。
抜けても問題ないように考えろ。
今決戦は発表まで、内密にするように。ーー解散」
玄鉄の号令で、幹部たちは、沈黙のままにミーティング室を後にした。
叉爾は、棒立ちのまま動かない。
玄鉄は書類をまとめ直して、ばさりと円卓に置いた。
「叉爾、大丈夫か?」
玄鉄は、立ち上がって側まで寄り、テーブルに凭れる。
「すみません」
「お前が、そんなに自分を見失うことなんてなかったからな。
何があった?」
そう言う玄鉄の口調は柔らかで、叉爾は、ぐ、と拳を握りしめた。
「ひとり、知り合いを回収したんです」
「さっきのミッションでか?
俺と二手に分かれてから、戻りが遅かったな」
「地上にいた時の、恋人でした」
叉爾は俯いたままでピクリとも動かない。
声は、いつものような明るさを持っている。それが、玄鉄にはもどかしい。
「とっくに異人に襲われた後でした。肉体は、ほぼほぼ、なかったです」
「そうか」
「なんとか、首だけは奪還しましたーー、はは、軽かったです」
「叉爾」
「玄鉄隊長の戦う理由、って何です?」
そう問うて、自分の左手に装着している十字架をさする。
「唐突だな」
見上げて来た叉爾の双眸からは、大粒の涙が溢れていた。
「俺は、あいつを守りたかったんです」
玄鉄は叉爾から視線を逸らさない。
「隊長、俺は、あいつを、」
眼球を真っ赤に腫らして、鼻を赤くしながら、それでも叉爾はまばたきをしない。
「あいつを、あいつを救えませんでした……ッッ!」
叫ぶ声に、びいんと部屋が鳴いた。玄鉄は一度、下唇を噛む。
「叉爾、お前の戦う理由がないなら、脱退すればいい」
そう言って、玄鉄は、腰に差した日本刀の柄にするりと手をかけた。
「あ」
叉爾がびくりと反応して、奥歯をぎりと鳴らす。
叉爾がとらえた玄鉄の瞳は奥が見えない程、昏かった。
「残りの時間を、のうのうと帝国セカンドフロアで過ごしていればいい。
死んだらどうなるかなんて誰にもわからねえんだし、な」
「・・・」
凍った叉爾の表情を眺めて、
玄鉄はひとつ溜息を吐いた。
「彼女は、今どこにいるんだ?」
「トリトン神殿です。ユリ様に鎮魂の儀式を執り行っていただいてます」
「そうか」
乱暴に、袖で涙を拭う叉爾に、玄鉄は肩を叩いてやる。
「……叉爾、こんな時に悪いが、ソウルシーカーズをやめる気がないなら、お前にしか頼みたくない仕事がある」
叉爾は、目をむいてから、玄鉄を見る。
玄鉄の目は、真っ直ぐに叉爾を見据えていた。
信頼を抱くものに対する、ぬくもりを孕んだ眼光を放っている。
叉爾は、自分の冷め切った心臓がゆるゆるとぬくもりに包まれていくような気持ちがした。
「やめさせる気、ないじゃないですかッ」
懸命に笑おうとする叉爾の顔は不細工で、声は掠れていた。
「さあ、な。無理強いはしないよ。自分の命の捨て所くらい、自分で選べ」
「やります。やらせてください」
叉爾の顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
「ありがとう。では、ここに、正式に辞令を下す。
ソウルシーカーズ玄鉄隊“副隊長” 叉爾、
貴殿に、神剣 神楽の継承者、
大国 戒人を護衛の命を与える」
「魂の限り、尽くします!」
叉爾は、びしりと敬礼をした。
ず、と鼻を啜る。
「あの場にいたから分かるだろうが、失敗は許されないぞ?」
玄鉄は、にか、と歯を見せて笑って
見せた。
ガキ大将のような笑い方だなぁ、と叉爾は思う。
「何となく、来るかなと思ってましたけど」
叉爾は、敬礼を解いてから、くしゃりと笑い、深呼吸をした。
「叉爾、戦う理由なんて、ほざけいてる間は、まだ余裕だ」
「隊長?」
「理由なんて後付けでいい。
どんな仕事だってな、やり終わった後に、全部、美談になる」
歩き出した玄鉄に、叉爾が続く。
「理由はその時に考えろ。
どの道、今は、足掻くしかねぇんだ」
叉爾の前を歩く玄鉄の背筋は、ぴんと伸びていて、とても広く大きいものに見えた。
回廊の窓から、朝方にも関わらず、下弦の月が見えた。
地上にやたら近い位置で、血色をして浮かんでいた。
地面を這いつくばる自分たちを、あざ笑っているようだと叉爾は思った。




