LIVE.26 鬼のモリビトにもコーヒー(角砂糖は5つ)
藍統はメガネを取りチーフで軽く磨いた。
くい、と持ち上げて、
「神楽は、なかなか難儀なシロモノでね」
と話し始めた。
メイは、ダイニングカウンターに凭れて彼の話に耳を傾ける。
藍統は続ける。
「神楽には、神剣として機能する為に術が施されていた。
だが、その術は2320年の『次元の扉』の封鎖の時に無効化された。
この術が解けた神楽を『空の神楽』という。
今は、大国神社の御神木に保管してある。
戒人が18になった時に、すぐに継承するために、な」
「え、大国の御神木にですか?」
メイは危うくコーヒーを吹き出しそうになった。
「土地の護りもあるし、磁場もいいからな。
式神たちも、結界を張りやすい環境だ。
あいつらは、あの土地と『空の神楽』、
戒人を護るためにあの地に居続けている」
「玄武や、朱雀たちは、そのために……」
「また一緒にいられるようになるさ」
「はいっ! 玄武には怒られそうですけど」
「そうだな」
ふっと、藍統は笑った。
メイは、青龍、白虎、玄武や、朱雀の顔が浮かんで懐かしい気持ちでいっぱいになる。
「……会いたいなぁ」
メイが遠い目をしてコーヒーに口を付けた瞬間ーー、
がしゃん、ぱあん! どん!
「ブッホッ」
今度こそメイはコーヒーを吹き出した。
「全く、落ち着きのない犬が、拭いておけ」
「うげぇ? 今、ナチュラルに酷い事言いました?!」
「ちゃんと掃除をしておけ」
と言って、藍統はメイに雑巾を投げた。
「あざっす」
メイのカジュアルさは、鬼のモリビトにも有効のようだ。
誰にでも距離が近い。
「響もとんだすきものだな」
藍統は顎を引いてみせた。
若干、メイに引いている。
もちろん、メイはそんなこと気にもしていない。
「なんか、あったんでしょうか?」
とメイ。
「さぁな、ベッドから落ちたんだろ、コーヒーくれるか?」
大きな物音がしたのは、魅子の部屋からだった。
メイと藍統はそちらを見やり、しばらく耳をすましてみる。
ばさばさばさッ
続いて、書物が大量に雪崩れたような音がしてきた。
「!?」
二人の黒ずくめは顔を見合わせた。
「俺、ちょっと見てきます」
「すまないな」
メイは藍統にコーヒーを注ぐと、部屋に向かった。
がちゃ
メイは恐る恐る、部屋の扉を開けた。
首だけ突っ込んで中の様子をうかがう。
「んん?」
がしかし。
変わった様子はなかった。
ベッドの上では、数刻前と寸分変わらぬ様子で、姫巫女(自称)がすやすやと寝息を立てていた。
「なんだぁ?」
書籍や書類が散らばった様子もない。
というか、そもそも彼女の部屋に書籍はなかった。
「うーん、なんだろ」
訳がわからずに、メイはリビングに戻る。
「どうだった?」
藍統は足を組んでコーヒーのおかわりを堪能していた。
「いえ、何も変わりないんです」
メイは、そのままを伝えた。
「だろうな」
「ええ。魅子が寝ているだけで何も…って、え?」
「うむ……」
メイは藍統との会話が成り立ってないことにワタワタした。
藍統はバリバリとうなじを掻いた。
「魅子を起こしてくれないか。
すぐに出発すると伝えて欲しい」
「わ、分かりました」
Uターンしてメイはまた部屋に向かう。
メイの脳内はハテナマークのオンパレードである。
「巫女様はせっかち、か。
いや、というよりは……」
藍統は意味不明なことをひとりごちている。
メイに背を向けた格好で、
がりがりと乱雑に後ろ頭を掻いていた。
メイは暫く不思議そうに眺めていたが、
無駄だと悟ったのか、リビングから出て行った。
「ーーやれやれ、まさかとは思うが、
ーーお前なのか……」
藍統は天井を見上げて眉を八の字にし、
さらには、顎に梅干しをこしらえた。
メイは、自分で進む道を選べない現状を歯がゆく思う。
引かれたレールの上を滑るしかない自分の運命がもどかしかった。




