第05話 「モノリス」
「スファレの前から黙って消えちゃあくれないかい?」
「……はい?」
突如、老婆を暗雲がつつみ、突き出された手には大鎌が握られている。振りかざされる大鎌。鈍く輝くその刃は、幾人もの血を吸ったように赤い光を反射して、それは老婆の目と同じ色を――。
――おっと、思わずトリップしていた!
落ち着け俺のラノベ脳!
気付け薬に幻覚作用でもあったのか、ダワーは俺の目の前で先ほどと変わらず椅子に腰掛けて俺を見つめている。
突然『消えてくれ』なんて言われるもんだからいらぬ妄想を走らせてしまった。
「なに、別に今すぐ出て行けって言ってるわけじゃないんだよ。あんたがこの世界に来たのだって理由があるんだろ? なら出来るだけ早く、目的を果たすためにこの村から出て行ってくれるだけで良いんだ」
俺が返答を悩んでるとでも受け取ったのか、ダワーは言い方を柔らかくしてきた。
いや、目的を果たすも何も、目的が分かりませんとは言えない。
そもそも、話の展開的にここでスファレと別れるのは無いんじゃないか? と俺のラノベ脳が考えてしまうのだ。
色々思案を巡らせるが、回答には判断材料が少なすぎると思われた。
「理由を聞いても良いですか?」
「理由かい? 私はね、スファレに、もう悲し思いをして欲しくないんだよ」
いや、それだけじゃ分かりませんと素で突っ込んでしまいそうになるが、何とかこらえる。
俺の沈黙から、又も何かを察したのか、軽いため息と共に詳しく話しだした。
「はぁ……スファレはね、5年前両親をなくしてるんだよ。戦争でね――」
俺の脳内に、とても嬉しそうに両親の事を話したスファレが思い出される。両親が王国騎士団だと言っていたか。
まさか両親とも他界していただなんて……。
ダワーが言うには、スファレの両親が魔導騎士をしていたマギサ王国は5年前、イソティス帝国の侵攻を受けたのだそうだ。
結果マギサは敗れ、インティスの属国となったのだと。
当時12歳だったスファレは学院の長期連休のため、このアグロスに帰省しており、戦火には巻き込まれなかった。だが、後に両親の死を知ることになり、なぜ自分だけ助かったのだと何日も泣き続けたそうだ。
「あんたにもきっと私の祖母が話したよな壮大な冒険が待っているのだろうさ。でもね? それにスファレを巻き込まないでくれないかね……。最近やっと笑えるようになったんだ……もう私は、スファレの〝元気そうな演技〟を聞くのが辛いんだよ。それに、冒険には必ず別れ、死が付いてくる……スファレはそんな強い子じゃないんだ。やっと笑顔を取り戻したのに、またそんな経験をさせるなんて可哀想じゃないか。だから頼むよ、もうスファレの笑顔を奪わないでやってほしいんだよ」
今まで溜まりたまっていた感情が爆発するかのような吐露の連続だった。
ダワー自身も相当つらかったに違いない。スファレの両親、つまりどちらかは自分の子供なのだから。
可哀想なスファレ――俺の中でずっと気になっていた、この村の違和感が解けたような気がした。
村の入口で浴びたあの目。スファレはダワーとこの村に大切に守られてきたのだ。
危ないものから遠ざけ、綺麗な物だけを見せて大切に育ててきたのだろう。
「でも、そこにスファレの意思は無い」
「なんだって?」
ダワーの感情に流されそうな俺とは別に、一歩離れた視点から状況を観察する俺がおかしいと言っている。
ここに来る途中、スファレと同じ年代の町娘は何人も見た。その中にはスファレと似た境遇、肉親を戦争で失った娘だっていただろう……なのになぜスファレだけが特別なのか。
いったいこれはどんなイベントなのか。
俺のラノベ脳が言っている――
ここはスファレの大切なフラグだと!!
「異議あり、と言ったんです」
「異議?」
話の流れを高速でシュミレートする。
スファレと出会ってからの一連の出来事。スファレが俺に語った数少ない情報。そして5年前の戦争。ダワーが考える俺の立ち位置とその後の使命。
それら全てを結びつけて、ダワーがなぜ俺との関わりを反対するのか推測する。
瞬きするほどの間に思考を終え、ラノベ脳が出した答えを告げる。
「ダワーさん――。俺はスファレが欲しい!」
あれ? 何かちがくね?
「な! 何を突然!」
俺の発言にダワーが面食らう。俺も内心面食らう!
と、とにかく誤解が無いように捕捉だけしとかなくては!
「いや、性的な意味じゃなくて!」
「性的!?」
何か、また間違った気がする!!
最初驚いていたダワーの目が、不審者を見るようなものに変わっている。
ま、まずは順をおって話さなくては! 頭の中では分かっているのだ、この口がいけないのだ! とにかく上手く伝えなくては!!
「ご、誤解です! 俺は全部分かっている!」
「私は全然わからないよ!」
ですよねーー!!
「ダワーさんの言いたいことが分かるって意味です! 落ち着いてください」
椅子から立ち上がり、今にも俺に飛びかかりそうなダワーさんに両手の平を向けてとにかく抑えこむ。
ドウドウ! シッツダウン! ステイッ!
荒ぶるダワーを何とかしずめ、改めて順を追って話す事にした。
「ダワーさんはまた戦乱が来る、そう考えているん……ですよね?」
椅子に戻りながら、無言で先を続けろと促される。
「イソティス帝国による侵略の上、異世界人の俺まで登場した。なら何らかの争いが起こると思われるのは当然です。そして、スファレの魔法センス……恐らくは優秀な魔導師の血を強く受け継いでいる……」
椅子に再び腰掛けたダワーの、しわのような目が一瞬見開かれたように感じた。
「なんでスファレの魔法まで……」
「たまたまですが見る機会が有りました。最初はあれ位が普通なのかとも思いましたが、どうやら違ったようです」
ダワーの反応も見て確信を得る。スファレの魔法はこの世界の規格に照らし合わせても強力なものだったのだと。
さっきの仕返し――といったわけではない。
違ったら違ったで話の方向を変えるだけだ。
「ダワーさんはスファレの魔法が、新たな戦乱に巻き込まれるのを恐れて、俺から遠ざけようとした……スファレが危険な目に合わないようにするために」
俺の言葉に、ダワーの眉間のしわがさらに深くなる。
「そうさ……スファレの魔法は強すぎる……新たな戦いの中、良いように利用されて危ない目に合わされるに決っている!」
他の町娘に無くて、スファレだけが抱える問題。
これが答なのだろう。
ただの町娘なら良い、危険なら逃げればいいのだ。しかし、スファレのように力を持ったものは組織の中で矢面に立たされる。保護対象では無く、保護する側になってしまう。今日まで殆ど目の見えなかった事も、今の状況に拍車をかけていたのだろう。
「なら、俺が守ります。その戦乱が起こるとも限らないですし」
何より、スファレが現状を望んでいるとは到底思えない。
マジックグラスを語る彼女の瞳は遠い自由を見ていたのだから。
そんなスファレを応援してあげたい、生徒として面倒を見てあげたいと思ったのだ。結果、スファレが(生徒として)欲しいと口走ってややこしくなったが。
「あんたが? どうやって? それに戦乱が起きないなんて何故言える?」
「俺は異世界人ですよ? その位朝飯前です。戦乱については詳しく言えません」
「なぜそこまでスファレに拘る?」
「スファレは俺の生徒なんで」
生徒の自由意志を先生は尊重したいのです。
「スファレは両親の死がショックで目が見えないんだよ?」
おや?
「それは……スファレから聞いてません? って言うか見てません?」
「何をだい?」
「……メガネですよ」
「メガネってなんだい?」
俺は自分のメガネを指さす、コレコレっと。
するとダワーがどんどん近づいてくる。 ="= こんな目で。
って、お前もかーーーーい!!
近視は遺伝性が強いのだった。
■◇■◇■
それからダワーに「え?」だの「なんで?」だのと呟いてもらい、「いいから、いいから」と誤魔化しながら「みえ、る! 見える!」と言った一連の流れを行った。
白内障が多少進行しているようだったので、若いころと同じ位とはいかなかったが。それでも、室内の距離に合わせた検眼用仮枠はとても使い勝手がよさそうだった。
その後、夕食を持って現れたスファレの顔を見、お互いの顔に乗っかる検眼枠を指さして爆笑していたのはお約束だ。
今は俺一人、持ってきた荷物を確認しながら今後のことについて考えている。
「さてさて、守るとは言ったものの……今一展開が読めないんだよな~……」
取り敢えず、スファレと離れるのだけは回避できた……はず。となると、本来の目的が見つかるまでの間は、スファレに眼鏡士としての事を教えることになるのか?
思案しながらショルダーバッグの中身を出していく。
「え~っと……光学入門、眼鏡学上下、眼科学初級」
以前の職場に置いておいた眼鏡学校の教材を取り出して積み上げる。
「他にはっと……筆記用具、大学ノート、予備眼鏡1、予備眼鏡2、予備眼鏡3……あ、スマホ」
異世界なんだし、電池が切れるまでの時計位にしかならないんだろうなと思いながらロック画面を解除する。
「え?」
電波MAXだった。
「何でだ? しかもバッテリー残量の所無限ってなってるんですけど……」
とにかく、電波が有るなら電話が出来ると考え電話帳を開く。
「登録件数が2件しかない……だと!?」
これでは俺がボッチみたいではないか!!
しかも、その内1件は「ぜうす」となっていた。
そしてもう一件は――
「エロイシーズ・ルガシコイン……」
エロイしずる賢いんですね。分かります。
変わった名前だと思っていたらあの変態妖精、命名者の悪意すら感じる物凄い名前だった。
だってそうだろう? もし、あの妖精を人に紹介しようとしたら「この妖精はエロイしずる賢いんです。」になるし、フルネームで自己紹介しようものなら「初めまして、わたくしエロイしずる賢いんです」となるわけだ……。
あんな変態オヤジではあったがこの名前には同情を禁じ得ない。
俺は目に涙を溜めつつ、躊躇せずコールボタンにタッチする。数回の呼び出し音がなった後電話はつながった。
『現在、神波の届かない所におられるか、電源が入って――』
「……」
最後には「プーッ」と機械音がなった。
「電源切りやがった!? あいつコール出来たのに電源切りやがった!?」
なんて奴だ、もう絶対に同情なんかしてやらない! 今度あったら絶対にブットバス! そう心に誓い、一旦気持ちを切り替えて、他に変わった所が無いか探していると――すぐに見つけることが出来た。
インストールした覚えのないアプリがトップ画面に存在したのだ。黒い四角いアプリアイコンが、壁紙と同化していて見つけづらかった。
「モノリス……?」
名前を読み上げながら、そのアプリを起動させる。
画面が暗転し、ゆっくりと中央に「ようこそ」の文字が浮き上がると再び暗転。
あれか「あなたたさはしにました」とか「いってくだちい」とか言われるのかと思ったら
次にみた画面は見覚えのあるものだった。
それもそのはず、光の粒子になって消えた、巨大な石版と同じ内容だったのである。