第04話 「オーガの魔晶石」◆
スファレと村に戻り、すぐに『さあご飯だ!』っとはならなかった。
「すみません、先生……まさかあんなに時間を取られるなんて。でも、信じて下さい。皆さん悪い人たちじゃないんです……」
隣を歩く、少しションボリ気味のスファレが言う。
スファレの住む、アグロスの村に着いた俺たちを迎えたのは、お世辞にも歓迎と言ったムードではなかった。
岩を積み上げた塀で囲まれた村の入口には、革の鎧やチェインメイルを着込んで武装した沢山の男たち。手に手に自分の得物を持ち身構えているではないか。
オーガを間近で見てしまった俺でも、一様に放たれる殺気に一瞬怯みそうになる。
全員が全員、俺を見て警戒しているのが分かったからだ。
スファレと俺が村に入るのに二の足を踏んでいると、屈強な男たちをかき分けて、イカツさにムサさをトッピングしたようなスキンヘッドが前へ出てきた。
使い込まれたフルプレートを纏う彼は、ゴンザレスと言うそうだ。この村の冒険者ギルドでギルド長を務める偉い人なのだと、スファレが小声で教えてくれた。
一体何があったのかスファレが問いかけると、ゴンザレスは俺の方を睨みながらだが、丁寧な口調で説明してくれた。
要約するとこうだ。
巨大な石柱の発生と同時に、村の見張りがオーガの進行を確認した。
すぐに石柱の主がスファレだと判明し、急ぎ冒険者を集めたが、スファレの無事は絶望的と思われていた。
何とか対オーガの部隊を編成し、弔い合戦だと士気を高めていた所に俺達が帰ってきたのだそうだ。
説明後も、オーガはどうなったのだ、お前は誰だ、見張りの見たと言う光は何だと、質問攻めにあい、一向に村に入る事が出来なかったのである。
結局、日も落ちたし、村の外で話す事でも無いだろうと、スファレに説得され、後日村の冒険者ギルドへと赴く事で納得してもらったのだった。
「ん~……まあ仕方ないっちゃー仕方ない。俺が怪しいのは間違いないし。皆スファレを心配しての事だしね……多分」
自信を持って言えないのは俺を睨む冒険者達の視線が異常だったからだ。まるで、娘を取られる父親のような……嫉妬に似た視線を向けられたのだから。
そんな事を考えながら、赤子の拳大の結晶を、手の中で転がしたり透かして見たりする。
それを見たスファレが俺の横を歩きながら話しかけてきた。
「先生は、その魔晶石をどうされるんですか?」
オーガの魔晶石。淡青に染まったアクアマリンの様な結晶体だ。視力測定終了後、ひときわ大きかったオーガの立っていた場所に落ちていたのをスファレが見つけてくれた。
「ん~……オーガの魔晶石はマジックグラスに使えるのかな?」
魔晶石越しにスファレを見ながら質問する。
村への道すがら、スファレとは今後のことを少し話しておいたのだ。
俺が眼鏡士の技術についてスファレに教える。その変わり、遠い国から来た俺にスファレはこの世界の事について、知っている範囲で教えてくれる。そんな約束をしてある。
「オーガの魔晶石は防具などに使われる事が多いので、マジックグラスには使われませんね」
「へぇ、防具に? 一体どんな効果があるの?」
「下位の物で、筋力上昇や劣化予防などの効果が付くそうです。職人の技術と魔晶石次第ですが、高価な物には破壊属性や自動修復の力が宿ると言われています」
魔晶石の使用法も様々で、溶かして金属と混ぜたり、装備に直接埋め込んだり、整形して使ったりもするそうだ。
「スファレは詳しいな~」
素直に関心してしまう。相互指南の約束があるにしても、ここまで詳しく教えてもらえるとは、約束当初考えていなかったのだ。
この調子だと、この世界に順応できるだけの情報がすぐに得られるかもしれない。
「いえそんな――目が見えなくなってからは勉強か本ばかり読んでましたから、その影響です……」
褒められて嬉しかったのか、照れながら両手で検眼用仮枠をかけ直す。
確かに、ド近眼では外で走り回る事は出来ないだろうし、友人と遊ぶにしてもかなりの制限がかかったことだろう。
結果的に、一人で黙々と勉学に熱中するようになるのも頷ける。
とにかく、この魔晶石は俺にとって無用の長物で有ることは間違いないようだ。
貧乏性な俺ではあれど、先立つ物が乏しい今、手元に置いておく理由は無いだろう。
「売る事も出来るのかな?」
「あ、はい。冒険者ギルドで買い取ってくれるはずですので、明日行った時に見てもらいましょう」
スファレめ、冒険者ギルドへ明日行くつもりだったのか。
出来れば2・3日開けてから行きたい所だったのだが……。
主に、冒険者達の視線に耐える心の準備の為に!
「前向きに……検討しよう……。そ、それにしても、ずいぶん遠いところに有るんだね、スファレの家って」
大きな村だとは思っていたが、村の入口を抜けて既に結構な距離を歩いている。
村の道は未舗装ではあれど、しっかりとならされており歩くのが苦痛と言うわけではないのだが。このまま村の反対側に出るんじゃないかと、そんな想像をしてしまうくらいの距離を歩いたのだ。
「あ、すみません……おばあちゃんの仕事上、どうしても村の外の方に住む必要があって……あ、あの家です!」
そう言ってスファレの指差す先には、回りの家屋より二回りほど大きな二階建ての建物だった。
小さめのお屋敷と言っても良いくらい、しっかりとした作りなのが遠目でも分かる。
「もしかして……スファレってお嬢様だったの?」
そう言う俺の声にスファレは両手をパーにして体の前でブンブン振って否定した。
「そんな! そんなことないですよ! たまたま、おばあちゃんが薬師で、両親が王国の魔導騎士団だたってだけです!」
人はそれをお嬢様と呼ばないのだろうか……。
「本とかな~?」などとからかいながらスファレの家に近づくと、どこかで嗅いだことの有る匂いが俺の嗅覚をかすめた。
それは風に乗って、今まさに向かおうとしているスファレの家から漂ってきているのだった。
酸味を帯びた苦い香り!? スファレの髪の毛から香ったあの匂いだ!!
俺の表情の変化に気付いたのか、スファレが申し訳なさそうに言う。
「あ……すみません……やっぱり、臭い……ですか? 私はもう慣れちゃってて分からないらしくって……あの、夕食、外にしましょうか?」
「ん!? んん~、いや? 確かに少し独特な匂いはするけど……そ、そんなに気にならないな~?」
臭いとか言えるわけ……無いだろ?
でも、これに慣れるとか。良く匂いで方向をつかんでたな。
むしろ逆なのか? この匂いに慣れると他の匂いに過敏になれるのか?
「そ、そうですよね!? よかった~……今まで友達を呼ぶと皆途中で帰っちゃって……そんなに臭くないですよね?」
凄く嬉しそうに言ってるから言えないけど――。
凄く臭いです。
友達の反応が正解です。
でも、言える訳ないじゃなーーい。
外食とか俺お金ないんだし!
女の子に出させるとかは論外なの!
「あはは、きっと友達は見る目じゃない、嗅ぐ鼻が無かったんだね! あはは」
「フフッ。嗅ぐ鼻って、犬みたいですね」
意味不明の言い繕いにスファレは一緒に笑ってくれた。
「おばあちゃん、ただいま~」
元気よく玄関を開けるスファレ。
その開いたドアから流れる匂いに、一瞬涙目になってしまう。
ぁ、ちょっとヤバイかも…
「おばあちゃん? まだお仕事してるの?」
そんな半泣きの俺に気づかないのか、スファレは俺を連れ、どんどん匂いのきつい方へ進み
「うっ……この臭いは……ちょっ、ちょっとスファレさん!?」
一番奥の重厚なドアを押し開いた。
ぁ、これアカーン!
その瞬間――。
俺は意識を手放した。
■◇■◇■
暖かな揺らぎを感じる明かりの中で、柔らかな物に包まれて俺は目を覚ました。
「木の天井なんか久しぶりだ……」
目覚めて一番。
思ったことをそのまま口に出す
しまった、知らない天井だと言いそこなったと思っていると、返事が帰ってきた。
「おや、目覚めたかい?」
「え? ――って、イテテッ!」
顔だけ声のする方を振り向くと、突然走った鈍い頭痛に顔を歪めてしまう。
どうやら俺はベッドに横たえられているようだ。
慌ててメガネの無事を確認するが、ベッドの脇に置いてあるのがすぐに視線に入る。
メガネを掛けて眠らないように本能的に外したのだろう……さすが眼鏡士!
確認したメガネから、部屋の中央に視線を移すと、長い白髪を後ろで一本に纏めた老婆が、背もたれのしっかりとした椅子に座ってこちらを見ている。恐らく先ほどの声の主だろう。
ほっそりとしていながら、体の中心に芯が入ったようなしっかりとした姿勢だ。顔に刻まれた、無数の皺のように細められた目は鋭く、ゴツゴツとした手の感じから、この人の苦労の片鱗が見え隠れする。
「痛いのは頭かい? それなら我慢しな。気付けに少し強い薬を使ったからねぇ」
「……気付け?」
まだ痛む頭に腕を乗せ、ベッドに沈み込むように問いかける。
「あんた気を失ったんだよ。耐性もろくにないずぶの素人が、私の仕事部屋に入ろうするんだからねぇ、自業自得だよ」
「お婆さんの……仕事部屋?」
「まあ、スファレが無頓着なのも原因だけどね……普通、村の人間なら途中で危ないって察して帰るだろうに……」
「あはは……言い返せません」
スファレの悲しむ顔を想像したら断ることが出来なくなっていた。それでも、身の危険を感じたなら言い出す必要があったのだろうと今は思う……結果としてスファレにいらぬ心配を掛けたかもしれないのだから。
「ふんっ……スファレも人を見る目は有ったって事かい……今どき珍しい気の使い方をする男だよ」
声が小さくて聞とりづらかったが、そのお婆さんの鋭い視線が若干やわらいだように感じた。
「私はスファレの祖母でダワー・シュヴァイクって言うんだ。この村で薬師をしている。あんた、名前は?」
「白金・光です。眼鏡士をしています」
ベッドから上体を起こし、ダワーと名乗ったスファレの祖母に、向き合うようにして俺も自己紹介をする。
「それで、ヒカル――あんた〝この世界の人間〟じゃないね?」
「え?」
俺、異世界人だって伝えたっけ?
体温が1度ほど下がったようなそんな錯覚に襲われた。
足先からゾワゾワッと鳥肌が立ったような感覚。
「なん……で?」
「なんで分かるのか? かい? そうさね、今の反応で得心が行ったってところかね」
そう言って口角を上げるダワーに対し、してやられた、と態度に出ているのだろう。目の前の老婆に鼻で笑われてしまう。
「ふんっ、分かりやすいってのは美徳でも有る。が、気をつけなよ? それだけ付け入る隙を相手に与えるってことでもあるからねぇ」
この世界は、あんたの思っているほど安全じゃ無いんだ、と背もたれに寄りかかりながら続ける。
「はい……気をつけます……でも、なんで俺が異世界人だって思ったんですか?」
「私の祖母から話に聞いていたからね」
「ダワーさんのお婆さん?」
「そう、優秀な魔導師でね。勇者と共に冒険をしていたらしいんだよ。その頃の冒険譚を幼い私によく話してくれたのさ。その中に勇者の話があってね、いつも言ってたのさ……勇者はこの世ならざる布を纏い、未知の知性に溢れる、こことは別の世界の人間だった……とね」
そう、言ってダワーが俺を指さす。
「さっき、ここまで連れて上がる時に、あんたの服に触れてみて思ったのさ。ああ、これが祖母の言っていた布なんだってね」
俺の着ているのは普通のワイシャツだ。
だが、合成繊維と言うのは確かにこの世界で再現出来ないのだろう。
「そしてあんたの職業。眼鏡士だっけね? 聞いたことのない言葉だったしね」
「あの、この事はスファレに……」
ダワーは首を横に振る。
「言ってないよ。そして言うつもりもない」
それを聞いてなぜかホッとする自分がいることに気づく。
別に、隠さなくてはいけないと言う意識はないのだが――基本隠すものだ――と、俺のラノベ脳が囁くのだ。
「あの、ありがとうございます」
「その代わりね、ヒカル――」
「はい?」
「スファレの前から黙って消えちゃあくれないかい?」
「……はい?」
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