第13話 「ギルド統一見解命令」◆
村の大通りが夕日に染まる頃。
一足先に夜を迎えたような路地裏で、肩を押さえ、うずくまる筋骨隆々な男が1人。
その回りには、仲間とおぼしき猫顔の獣人と、痩せ気味だが引き締まった体をした男。
うずくまる仲間を心配するように、痩せ気味の男が、何度目かの提案をする。
「なあ、やっぱり回復魔法使える奴探しにいこうぜ?」
「そうだ、今なら仕事を終えた奴らがギルドに集まる頃だろ。 早めに動いたほうがいい」
猫顔の獣人もそれに同意する。
だが、肩を抑える男は全く聞く耳を持たなかった。
「うるせえ! 一体なんて説明するってんだ! ゴブリン級に絡んだら変な技で返り討ちに合いました、治してくださいって言うのか? ホブゴブリン級の俺達がか? ふざけんな! そんな事出来るか!」
一気にまくし立てる男の首で、金属のプレートが揺れていた。
それはゴブリン級の物によく似ていたが、刻印が左右逆で、よく見ると角の様なものが生えている。
「別に正直に話さなくてもいいじゃねえかよ、適当に転んだとか、何なら今からひとっ走り連れてくるぜ?」
男は素早さが自慢なのか、そんな提案をする。
「ああ、それがいい」
「誰がそんな事しろって言った! そんなことするくらいならひとっ走り言って親衛隊集めて来い! あのいけ好かねえ奴が帰っちまう! おい、てめえも獣人なら自慢の耳であいつを探せ!」
うずくまる男は額に血管を浮き上がらせ、唾を飛ばしてうったえる。
そんな男を、2人はややさめた目で見下ろしていた。
「なあ、本気かよ? そりゃ我らがスファレちゃんの危機かも知れねえが、やっぱ軽率すぎねえか? それにあいつ、なんかやべえって……」
「そうだ、次の集会で他のメンバーの意見を仰ぐべきだと、俺は思う」
男の勢いを、何とか2人がなだめる。
なぜなだめるのか。理由は簡単だ。2人は見ていたのだ。
今正面で唸る男が、昨日突然村に現れた男に投げられるのを。
我らがスファレに近づく不定の輩。
痛い目を見させて、村から追いだそうと言い出したのは、うずくまる男だ。
昼頃、猫顔の獣人がスファレと一緒に歩くあいつを見たと聞いてから、妙に苛立っていた。
タイミングよく1人でいるところを見つけ、因縁を付けて掴みかかろうしたのだ。
だが、掴めなかった。
まるで男の腕は雲を掴んだかのように空振り、次の瞬間には背中から地面に落ちていたのだ。
落ちるさいに捻ったのか、掴みかかろうとした男は肩の痛みにうずくまることとなった。
「てめえら! ひよりやがって! もう良い、俺がもう一度――」
なかなか動かない2人に、苛立ちの限界を迎えたのか、男が肩を庇いながら立ち上がろうとする。
その時、手助けしようと手を差し伸べた2人の後ろから、声を欠けられた。
「おやー? 大丈夫ですかー?」
その間延びした声に3人が硬直する。
特に驚いたのは獣人の男だ。自分の耳を疑うかのように、何度も現れた人物を確認する。
「ヒュプノス……さん。珍しいですね、こんな所で」
一番に声を駆けたのは細身の男だ。
「えー、いい天気でしたのでーお散歩をー。それよりー、怪我をされてるみたいですがー」
焦りのせいか、三人の目が泳ぐ。
「いや、大したこと無いんですよ、少し転んだだけで」
「そーですかー。気をつけて下さいねー」
「そ、それじゃ、ヒュプノスさん、また明日――」
そう言って、肩を抑える男を引き起こし、三人はその場を去ろうとする。
「あー、ちょっと待って下さいー」
だが、それをヒュプノスは引き止めた。
「な、なんだ? なにか用なのか?」
答えたのは肩を抑えた男。
三人はヒュプノスの事を警戒していた。
なにか実害が有ったわけではないが、この受付嬢は得体が知れないのだ。
自分達がアグロスの冒険者ギルドに訪れた時から、ずっと受付を勤め、何年たっても年を感じさせず、永遠の20歳だと言いはっている女性。
どこからとも無く、昇格試験用の魔物を用意し、ゴンザレス支所長に対して全くの気負いの無い人物。
普段、冒険者ギルドから殆ど外にでないヒュプノスが、今、こんなタイミングで目の前にいる。
それが、強く警戒心を高めさせる。
「いえー、ちょっと人を探してましてー」
「人だと?」
「はいー、今日冒険者になりたてのー、ヒカルさんって言うんですけどねー?」
三人はすぐに〝あの男〟だと分かった。
さっきまでのやり取りを聞かれたのかと、内心ヒヤヒヤする。
冒険者同士の争いは、禁止されていないまでにしても、あまりに素行が悪いとギルド内の評価を落とされる事があるのだ。
「そいつが……どうかしたのか」
「いえー、昼間にドワーフウッドを運ばれてましてねー。凄いなーと思いましてー。話を伺おうかとー」
男が明らかに〝面白くない〟という表情になる。
憎い相手を褒め称えているのだ、気持ちの良い訳がない。
だから言う。当然であるかのように。
この世間知らずな女に、褒める程の事では無いと分からせるために。
「凄いものか。それくらい俺達にだって簡単に出来る事だ」
冒険者なら、経験する者も多い運搬依頼。
専用の縄を借り〝背中に担ぐ〟のが、最も疲労が少ないと、先輩冒険者から教えてもらうのだ。
同時に、その過剰な労力の割に換金率が最も悪いので、別の大きな木を複数人で運べとも教わる。
数年前の事を思い出し、そんな事も知らないのかと自慢げな顔をする。
対するヒュプノスの表情は、相変わらず眠たげだ。
ただ、材木を運ぶヒカルの後ろ姿を思い出したのか、口元がかすかに上がる。
「一度に6本も……ですかー?」
男達は耳を疑った。
一度に? 6本? ドワーフウッドを?
「は? まさか、冗談でしょ? ドワーフウッドって言ったら鉄より重い、最高密度木材ですよ?」
黙って聞いていた細身の男が、信じられない事実にたまらず口を出す。
「冗談じゃないですよー」
「ははは、またまた~。ヒュプノスさんも人が悪い」
「冗談じゃないですよ」
トーンも口調も、表情すら同じ。
なのに、語尾が間延びしていないだけで、周囲の気温が急に下がったような錯覚を起こす。
「は、はは……」
三人は肌寒さを感じるのに、汗が出るという不思議な体験をし、ヒュプノスの言葉が真実であると確信した。
「ほんとー、何なんでしょうねー。試験の時にはショートソードを安々と曲げてましたしー……どれほどの体力の持ち主なのかー、想像がつきませんねー」
三人など気に留めないかのように、ヒュプノスは路地裏の角へと視線を移す。
そこには、夕日で長く伸びた人の影だけが映しだされている。
「恐らくはー、尋常ではない経験を積まれたのでしょうー。あなた方が敵わないのもー仕方の無いことですねー」
その言葉に三人のは冷や汗を流す。
見られていた。もしくは知られていた。
その上でヒュプノス出てきたと言うことは、自分たちを咎めるためだと、容易に想像できたからだ。
「お、俺達は別に――」
細い男の言い訳。しかしそれはすぐに遮られた。
「いいんですよー。私は気にしていませんー」
「へ?」
「おい、どういうことだ。俺達に説教するために出てきたんだろう!」
「そんなー、私は冒険者さん達の行動に制約なんか出来ませんー。むしろー、珍しい物を〝見せて〟頂いて感謝したいくらいですー……。ただー、教えて差し上げたい事がー」
そう言いながら、又も路地の角に視線を送る。
流石に二度となると、他の3人も感づいたのか、同じ影に視線を向けた。
そのシルエットは、フワリとした髪にブカブカのローブを纏ったように見えた。
「スファレちゃんはー、目が見えるようになってますー。それはつまりー、今まで見えないようにしていたー、見えないから出来ていた事が出来なくなるということー。気をつけた方がいいですよー? 彼女は鼻も頭の回転も良いですからー」
路地裏の影が、ビクリとはねたかと思うと、全力でかけ出したのが分かる。
「お、おい……。あれ! まさか!?」
「そんな……」
3人の顔が絶望に染まる。
そんなまさか、有り得ない、どうしてこんな所に?
「やっといなくなってくれましたかー。さてー、ここからが本題ですー」
「本題、だと?」
先ほどまで青筋立てていた男が、完璧に意気消沈して問う。
「はいー。ヒカルさんについてー、ギルドの方針をお伝えしますねー。ヒカルさんの事は暫らく静観ーだそうですよー。文句はゴンザレス支所長に言ってくださいねー」
「まさか、ギルド命令なのか?」
獣人の男が驚愕に目を見開く。今までめったに下されたことのない、ギルド統一見解命令。統一した価値観を持たない場合、ギルドにとって大きな損が発生する時に発令される。
最も最近の命令は、マギサ王国が侵略された際発令された「アグロス冒険者ギルドはどちらにも加担しない」と言うものだった。
同じ冒険者ギルドである限り、その指示には従う義務が発生する。
「はいー。ですのでー、他の親衛隊の方々にもお伝えお願いしますー。くれぐれもー手を出さぬようにとー」
そう言うと、ヒュプノスはここに来て一番の優しい笑顔で、呆然とする冒険者達にお辞儀した。
■◇■◇■
スファレが変だ。
いや、どう変なのかと聞かれたらはっきりと言い辛いのだが。
もともと親切にしてくれた所を、さらに輪をかけて世話を焼いてくれると言うか……。
食事中も、俺を中心にしてオカズが並んでいたし(初日はダワー中心だった)
飲み水が無くなると、すぐに水差しを向けてくれた。
頼んだらフーフーアーン位してくれそうな雰囲気だったのだ。
そして、ダワーが黙っているのも気持ち悪い。
そんな事を考えながら、俺は今服を脱いでいる。
約2日ぶりの風呂に入るためだ。
昨日は色々あって風呂に入れなかったが、今日はスファレのすすめで一番風呂を頂くこととなった。
不思議なことに、この世界には家庭用の風呂が多いそうだ。
銭湯のような物も有るらしいのだが、きっと、家庭風呂の良さを普及させた人間がいたのだろう。
湯加減を確認しながら、軽く体を流して、汚れを落とす。
マンションのユニットバス程度の浴室に上面を繰り抜いた、立方体の様な石の浴槽に湯が張られている。
うっすらと湯気が立ち込めるその浴槽に足先からゆっくりと、顎まで体をしずめていく。
「っ――はぁぁ~……いい湯だぁ~」
絞りだすような声が出た。
やはり日本人のDNAには風呂の文化が染み付いているのだろう。
このお湯につかった時のホッとする感覚は、代用の効かない物がある。
お湯はどうしているのか聞くと、この石窯を外から焚くのだそうだ。つまり五右衛門風呂と言うこと。
「まさか、この世界でも風呂に入れるなんてな~……」
ファンタジー世界にメガネが有るのは認められないが、風呂が無かったら困っただろうなと、今更都合のいい事を考える。
「先生~? 湯加減はどうですか~?」
木戸を挟んでスファレの声が聴こえる。
「ああ~、丁度良いよぉ~…ありがとぅ~」
俺、リラックスしすぎ状態。
「それじゃあ――お背中流します、ね?」
「ああ~、いい…………いい!? なんで!?」
そんな俺の動揺などどこ吹く風。
木戸の向こうでは、あの分厚いローブが脱ぎ捨てられる音が聞こえる。
おいおい、何でこんな事になるんだ!?