第12話 「ドワーフウッド」◆
「これは確かに……簡単な仕事……だっ!」
俺は肩に乗せた大きな丸太を、ゆっくりと下ろし、何度目かのボヤキを漏らした。
ヒュプノスに選んでもらった仕事は、簡単にいえば運び屋だ。
村の外に有る材木置き場から、職人の工房へと丸太を運ぶ簡単なお仕事。
だかこの時代、重機や車が有るわけじゃない。人の手で大人の胴ほども有る丸太を運ぶのだ。
幸い、よく乾燥しているのか、余り重さを感じないのが救だ。
重さは辛くないのだが、問題は運ぶ距離にあった。
このアグロスの村は森の有る側にだけ石積みの塀がある。
森から切りだされた材木は、その塀の外で積み上げられているのだ。
そこから、職人街(シュヴァイク邸辺り)まで何往復もすると、流石に疲労が出てくる。
俺はさっきまで丸太の乗っていた肩を大きく回すと、積み上げた自分の実績に目を落とす。
「ひー、ふー、みー……むー……か。こんなに疲れてたった6つ」
報酬は完全歩合制と聞かされた。
つまり、運んだ分だけ報酬が支払われるということ。
後、4往復位はもつか?
自分の体と相談し、きりの良い所まではやろうと、大きく背筋を伸ばす。
そんな俺に、木くずに汚れた身長の低い中年の男性が、工房の中から声を掛けてきた。
「おう、兄ちゃん。ひょろっこい体してるくせに頑張るじゃねえか」
歯並びの悪い口で、豪快にニッカリと笑う、この工房の親方だ。
「いえ、結構きついです」
「がっはっは! そうだろーな、なんせドワーフウッドだもんなあ」
ドワーフウッドとは俺の運んできた丸太の事だろうか。
材木置場で、一番小さい(1メートルほど)と言う理由で運んでいる黒光りする木材。
親方の言い回しだと、一番軽い木材だったのかも知れない。
ひょろっこい体だから、俺にはドワーフウッド位しか運べないのだろう。
「もう止めるかい?」
「いえ、後4回くらいなら何とか」
「ほんと頑張るなあ、よし! お前さんにこれを貸してやろう」
そう言うと、親方は奥から縄の様なものを持ってきて俺に渡してくれる。
「これは?」
人の指ほどの太さの縄を受け取りながら尋ねる。
縄はまっすぐではなく、一定に編み込まれているようで、広げてみると縄梯子の様な形をしていた。
「これな、ほら、この隙間あるだろ? ここにドワーフウッドを入れて、肩から担ぐんだ」
ようは、材木を手提げみたいに持てると言うことか。
そんな便利なものが有るなら、最初から貸して欲しかったのだが。
俺が渋い顔をしているのを見て取ったのか。
また豪快に笑いながら説明を続ける。
「がっはっは! そんな顔すんなよ。めったに使うやつがいないんだ。1つの縄で最大3本ドワーフウッドがつなげるが、まずは左右に1本づつの系2本でやってみるんだな」
タイミングはともかく、歩くのに疲れた俺にとって、この縄は渡りに船だ。
ありがたく使わせてもらおう。
「ありがとうございます、お借りします」
「おう、あんま無理するなよー」
材木置場に着いた俺は、言われた通りに丸太を固定し始めた。
まずは、1本通して肩に掛ける。
うん、やっぱり重さはさほど感じない。
これが左右1本ずつになったところで、何の支障もないだろう。
次に片側2本ずつ、計4本を肩に掛ける。
流石に多少の重さを感じだしたが、まあ、子供の頃担いだランドセル程度だろうか。
調子に乗って片側3本、系6本を肩に掛ける。
縄がミチリと嫌な音を立てたが、切れるといったことは無いようだ。
大人の胴ほどの丸太が、3列並ぶと流石にかさばる。
肩に担いだ時、俺の膝辺りに3本目が来るので、数歩、歩くのに問題ないか確認してみる。
「うおっ、足が沈む」
地盤が緩いのか、踏み込んだ足が少し地面に沈んだ。
だが、歩行には問題無いようなので、このまま村へと入る事にする。
村に入ると足が沈むこともなく、普通に歩くことが出来た。
「さて、この調子なら後2回で良いかな……ん?」
両肩に、適度な重さを感じながら、職人街を目指すなか、俺の視界を何か白いものが横切った。
「あれは……ラビアン?」
一瞬だったし、とても小さかったから確信は持てない。
だが、午前中に死闘を繰り広げた好敵手だけあって、見間違いでは無い気がした。
「なんで村の中にモンスターが……はは、まさか、な」
そう言って、見間違えだと自分をごまかし。
何かのイベントかも? と、多少身構えながら進むことにした。
兎と女は追ってもろくな事がない。
俺のラノベ脳が囁くのだ。
「おいおい、本当に頑張ったなー! えー……合計20本か! 細いのによくやる、がっはっは!」
夕日に染まる職人街。
親方が、驚きながらも豪快に喜んでくれる。
「はは、流石に疲れましたけどね」
1回目は余裕だったが、2回目は流石に疲労を感じてしまった。
重さよりも、歩行距離が足に来ていた気がする。
「それじゃあ報酬だな、1本の運搬につき銅貨10枚だ。合計で銅貨200枚だが……銀貨2枚の方が良いか?」
この報酬は、思ったより多く感じた。
それともオーガの魔晶石が安すぎたのだろうか?
「あの、報酬の前に1つお願いしたいことが」
「お、なんだい? いくら兄ちゃんでも、値上げ交渉なら受け付けねーぜ?」
金勘定をしていた親方が、片眉を釣り上げて不思議そうに見上げてくる。
「いえ、そのドワーフウッドなんですけど、板状の物を1つ売ってもらえませんか?」
工房の入り口に重ねられる、黒光りする板を指さす。
「板ー? いいけどよ、何に使うんだい」
「ちょっと、削って作りたいものが有りまして」
「削るって兄ちゃん。何を作るきだ? 後、削る道具なんかもってんのかい?」
親方は板を手に取りながら、掘る動作をジェスチャーする。
恐らくは彫刻刀のような物を言っているのだろう。
「ちょっと、趣味のものを。道具が無いと無理ですかね?」
「無理だな」
即答だった。
「ドワーフウッドは固い。家具にすれば100年保つと言われるんだ。削るにゃあそれ専用の道具がなきゃな」
「そうですか……」
残念だ……流石に道具まで揃える余裕はない。
「そうしょげんじゃねえよ。俺のお古で良けりゃ安く譲ってやるぜ?」
「いくらですか? その、そんなに持ち合わせが」
「今日は頑張ってくれたからな。他の冒険者が今日は出ずっぱりで困ってたんだ。兄ちゃんのお陰で当面の心配はいらねえだろう。その感謝の気持ちも込めて――板とセットで銀貨1枚でどうだ?」
そう言いながら、奥から革のベルトに刺さった彫刻刀のセットを持ってきてくれた。
「え!? 良いんですか?」
「なあに、最近新調したんでな。これは新調前に予備として置いといたもんなんだ、無くなった所で困りゃしねえ。使って貰える人間に渡るほうが、こいつも喜ぶだろうからな」
持ち手が布に巻かれた彫刻刀セットは、少し薄汚れていた。
だが、刃に曇りも欠けも無い事から、とても大切に使われていたことが見て取れる。
俺は、革ベルトを受け取ると深々と頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「おう! 大切にしてやってくれよ!」
豪快に笑う親方に銀貨を1枚支払い、ドワーフウッドの板を受け取ると、俺は工房を後にした。
結果的に今日の収入は銀貨1枚となったわけだが、いい買い物が出来たのだから上々と言えるだろう。
問題は宿代がいかほどになるのか、だ。
俺はその情報を得るため、冒険者ギルドへと脚を運んでいた。
途中、路地裏で俺と同じゴブリン級の冒険者に絡まれたが、何か叫んだと思うと勝手に転び、唸りだしたので放置することにした。
これだけ広い村なのだ、変な連中もいるのだろう。
「さて、ヒュプノスさんはまだいるかなー……」
冒険者ギルドを視界に収めた時には、既に夜の帳が下りようとしていた。
早く用事を済ませなくてはと、若干早足になる俺に、突如声がかけられる。
「先生! お疲れ様です!」
振り返った先にいたのは、運動部のマネージャーのように、手ぬぐいを差し出すスファレだった。
「あれ、スファレ? どうしてここが?」
「えへへ、匂いで分かりました」
「匂いでって……」
犬ですか。
差し出す手ぬぐいを受け取り、半分乾いた汗を拭う。
「ありがとう。で、スファレもギルドに用事なのか? ――ん? あ、はい」
スファレが両手を差し出すので、手ぬぐいを返してあげた。
「いえ? そろそろ夕食の準備が出来ますので、先生を迎えに来たんですよ?」
「夕食? 一緒でもいいのか?」
「当たり前じゃないですか?」
そんな事も分からないのですか? という顔をするスファレ。
え? 俺がおかしいのだろうか?
「いや、昨日はなし崩しに甘えさせてもらったけど、流石に今日もお邪魔したら悪いんじゃないか?」
「え? だって、先生泊まる場所無いんですよね? と言うことは夕食も決まってませんよね?」
「うん、まだ決まってないな」
「そしてお金も余り有りませんよね?」
「う……うん。その通り」
しっかり聞こえて、しかも覚えていたのか、あの時のやり取りを。
結構ズケズケと言うなーと思いながらスファレを見ていると、まるで、そうすることが決まっていたかのように、スムーズな動作でパンッと手を叩く。
一歩前に出、満面の笑みで俺を見つめ、嬉しそうに口を開いた。
「なら、うちに下宿するのが一番じゃないですか」
「……はぇ?」
自分でも驚くほど間抜けな声が出た。
「そうですよ、そうしましょう。私とおばあちゃんには先生のメガネが必要、先生には宿と食事が必要、ほら簡単!」
ほら簡単――じゃない。
「いや、それは流石にダワーさんが黙ってないだろ」
「おばあちゃんは簡単に黙りますよ?」
可愛らしく首をかしげるが、言っていることは少し怖い。
「ほら、そうと決まれば早く帰りましょう? 夕食がさめちゃいますから」
そう言って、俺の腕をグイグイと引っ張っていく。
その気迫に押されて俺も、動揺しながらも脚を進めてしまう。
スファレってこんな子だったっけ?
昨日出会ったばかりだが、そんな事を思いながらついていくのだった。
夕日の加減のせいか、スファレの後ろ姿が、リードをグイグイ引っ張るトイプードルのように錯覚する。
異臭放つ、シュヴァイク邸に着いた俺を迎えたのは、押し黙ったダワーだった。
一体何があったと言うんだ。