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第10話 「眼精疲労」

 なぜかスファレがふくれている。

 プクーっとフグのようだ。


 冒険者ギルドから、弁償という名目で買い取らされたショートソードを、曲げたり戻したりして帰っている途中。

 すれ違う人がギョッとした目で見てくるが、そんな事を気にしていられない状態だった。


 あ、獣人だ。っと……それどころでも無い。


 俺は今日はじめて見た猫の様な顔をした猫人間をスルーすると、隣でフグの様な顔をしたフグ人間(スファレ)を見つめる。


 俺の数歩後ろで、真っ直ぐ正面を見据え、俺の方などチラリとも見ない。

 その癖『私怒ってます』アピールをしている……。

 歩みにも力が入っているのか、数歩ごとに検眼枠がずれ、その度に両手でかけ直しているのが少し間抜けだ。


 俺、何か悪いことしたんでしょうか?

 ウインクですかね? 部屋から出る時に強引に手を繋いだからですかね? ゴブリン級昇格試験で仲間はずれにしたせいですかね? それともそれとも……。あ、妖精を黙ってた件でしょうか?


 思い返すと色々思いつくもので……流石に前の2つでご立腹と言うのは無いだろう。無いと願いたい。

 先生! エッチなのはいけないと思います! とか言われたら凄い困る


 3つ目は、昇給の仕組みの問題だし。検眼枠での激しい動きは出来ないと前もって言ってあるのだから納得しているはずだ。

 ならば4つ目の可能性が最も高いのだろうか。


 スファレにはレーザーが眼鏡士の力だとつたえ、その力を公表しないことも話してあった。

 だが、それを妖精の仕業にするという説明はしてなかったのだ。

 それどころか、妖精の事自体話していなかった。


「あの~、スファレさん?」


「……」


 兎に角このままではまずい。何がまずいって、俺の精神衛生上良くない。

 帰ったら2人でキャッキャウフフのマンツーマン授業を繰り広げる予定だったのだから。

 それが無くなってしまうと、俺は傷心の余り、孤島に取り残された子犬のように、ただ夜空を見上げることしか出来なくなってしまうだろう。

 だから何とかして機嫌を直してもらわなくてはならない。


「別に内緒にしようとか、そんなつもりは無くてだな」


「……」


「いや、うん……確かに俺が悪かったのかもしれないが、話したところでかえって不審がられる事も考えてだな……べ、別にスファレを信用していないとかそんな事は全くなくって……あの~……その~……」


 駄目だ、自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。

 怒った女の子の宥め方なんか眼鏡学校は教えてくれなかったぞ!(心理学の教科はあったけど)


「……はぁ~」


 しどろもどろの俺に、スファレのため息が突き刺さる。


「スファレ……さん? 怒ってます?」


「先生」


「っ、はいっ」


 歩みを止め、振り向く俺に、スファレはズイット顔を近づけてくる。

 レンズ越しの瞳はとても小さく見えるが、とても力強く開いているのが分かる。


「先生は腹が立たないんですか?」


「……はい?」


 確かに昼時、お腹は減ったが……うん?

 腹が立たないかだって?


「先生はゴンザレスさんや、他の冒険者さんの対応に腹が立たないのかって言ったんです」


「それって……」


 いや、俺不審者だし。

 みんなスファレ守りたいみたいだし。


「だって、先生のお陰でオーガを倒せたんですよ? 私の命を救ってくれたのは先生なんですよ?」


 スファレの口調は徐々に強いものへと変わっていく。

 大きく息を吸うと、それを一気に吐き出した。


「そりゃゴンザレスさんは強いですよ? でも、先生がオーガを倒さなかたら、村の冒険者さん達にだって少なからず被害が出たはずです! もっと感謝しろとは言いませんが、歓迎くらいしても良いはずじゃないですか!?」


 ああ――。


「それなのにみんな、不審者を見るような目で先生を見て! 先生がみんなに何か危害を加えましたか!? こんな仕打ちをなぜ先生が受けなくちゃならないんですか!!」


 スファレは俺のために怒ってくれていたのか。

 納得がいかないながらも、俺の言いつけを守って黙っていてくれたのだ。


 それが分かると肩の力がすっと抜けるのを感じる。

 同時に込み上げてくるのは温かい気持ちだ。


「それに先生も先生です!」


 ――あれ?


「なんで妖精のせいなんかにしちゃったんですか?」


「いや、それはその」


「嘘でも自分がやったって言えばいいじゃないですか、皆にわー凄いって思わせときゃいいじゃないですか!」


 ……それは流石に……。


「だって、先生は本当に凄いんですよ!? 今まで、誰も出来なかった、私の、目だって、ッ、見えるように、してくれたのに!!」


 昨日あったばかりの女の子が、目に一杯涙を溜めて、俺のために怒ってくれていた。


 思い返すと俺は自分の事ばかり考えていた。

 シナリオとかイベントなんか気にせず、スファレの先生としてもっとカッコ付けるべきだったんだろう。


「――そうだな」


 スファレの髪に、そっと手櫛をかけるように頭を撫でる。

 何度も、何度も繰り返す。スファレの涙が落ちないように。


「俺はスファレの先生だもんな」


「そうです……先生は凄いんです」


「ああ、そうだな」


 俺はスファレの検眼枠を取ると、やや乱暴に涙を拭ってやる。


「なら、俺の生徒は泣き虫じゃこまるな」


「ングッ……はぃ……」


「大丈夫、心配するな」


 なに、少しのすれ違いと、お互いの知識不足が原因だ。


 人は未知な物に恐怖を覚えてしまう。


 お互いがきちんと知覚できれば、おのずと問題は解決するだろう。


「――でも!」


「大丈夫といったろ? さ、帰って授業をしようじゃないか」


 そう言うと、スファレに検眼枠を返さず。俺は生徒の手を引いて、やや強引にシュヴァイク邸へと戻るのだった。


 なぜ返さないのかだって?


 返さなければずっと手がつなげるだろう?


■◇■◇■


 やはりこの匂い……1日で慣れれるものではないようだ。

 家をでる時は鼻が馬鹿になっていたのか、新鮮な空気を吸って戻った今の鼻にはとてもつらく感じる。


「おばあちゃん、ただいま~」


 元気よく玄関を開けるスファレの顔には、また検眼枠が乗っている。家の前で返してあげたのだ。

 俺は同じ轍を踏むまいと構えていたのだが、ダワーは仕事部屋では無くリビングにいたようだ。


 今は検眼枠をはずし、頭を抑えテーブルに突っ伏している。

 そんなダワーにスファレが駆け寄り心配そうに声をかけた。

 

「おばあちゃん? どうしたの? 頭痛いの?」


「ああ、スファレ。あいたたた……ぅぅ……」


 一瞬顔を上げ、スファレの事を向くも、直ぐに顔を伏せてしまう。

 側に立つスファレが心配そうに背中を擦っている。


「ダワーさん、どうしたんですか? そのままでいいので、教えてもらえますか?」


「あぁ……悪いね、目を瞑っている方が楽なんでね……そうさせてもらうよ」


 俺の声に、覇気のない声と軽い手振りで答えるダワー。

 これは結構苦しそうだ。


「昼まではね、何とも無かったんだよ」


 丁度俺達が冒険者認定試験を終えた頃だろう。それまで、いつもの様に仕事部屋で薬品の調合を行っていたそうだ。


「だんだん目の前が霞むと思ったら少しずつ頭が痛くなってきてね……少ししたら収まるかと思っていたんだが……あいたたた……このざまだよ」


「どんな痛み何ですか?」


「こう、目の奥の方からガーンガーンと木槌で殴られてる感じかねえ……こんなの初めてさ、一体どうしたっていうんだろうねえ……」


 なるほど――。


「これは眼精疲労ですね」


「眼精疲労?」


銃聖披露(がんせいひろう)ってなんですか?」


 スファレ、そのネタはもう良いから。


「目の疲労ですよ。ダワーさん、もしかして仕事中ずっとこれ(検眼枠)を掛けてたんじゃないですか?」


「なに? そりゃよく見えるんだ、掛けてるに決まってるじゃないか」


「やっぱり……」


「あの、先生。おばあちゃんは治るんですか?」


「ん? ああ、治るよ。治るけど、ダワーさんがメガネの使い方を改めない限り何度でも頭痛になると思うよ」


「え、何度でもですか? メガネってそんな危ない物なんですか?」


 スファレが驚くのも無理はない。2人共今まで見えていなかったのだ、眼精疲労なんて経験したことなかったのだろう。


「そうだな……よし、今から最初の授業を始めよう」


「あの……おばあちゃんは……?」


「今、ダワーさんが頭痛に悩まされる原因の勉強だ。ダワーさんにも聞いていて欲しいから出来れば同席してもらおう」


「無茶を言うねぇ~……でも分かったよ、聞こうじゃないか」


「おばあちゃん……」


「スファレ、何か書く物を貸してくれるかな? ダワーさん、どうしても辛くなったら言ってください。出来れば頭痛を弱める薬や筋肉の疲労を回復させる魔法が有ればいいんですが……」


「私をだれだと思ってるんだい、頭痛に良くきく薬なら真っ先にのんださ、でも全然ききやしない……こんなのは初めてだよ」


 そう言って小さな小瓶をテーブルの上に置く。

 中には濃い緑色の液体が入っていた。


「飲み薬ですね。眼精疲労からくる頭痛は普通の偏頭痛とは違うので恐らくききが悪いんだと思います」


「先生、持ってきました」


 テーブルの上に羊皮紙と筆ペンが置かれる。


「ありがとう。チョット借りるね。書いてる間に……スファレ、お湯って直ぐによういできるかな?」


「お湯ですか? 種火が有るので時間を頂ければ……」


 そうか、この世界には瞬間ケトルなんて便利な物は無いんだった。

 お湯を沸かすにも一苦労なら他の方法を取るしか無いか。


「じゃあ、お湯はいいからダワーさんの頭を押しててもらえるかな?」


「頭をですか?」


「そう、首と後頭部の間位に少し盛り上がってる場所があるだろ?」


 俺の言うとおりにダワーの頭をまさぐるスファレ。


「ちょっと、なにやってるんだい。人が苦しんでるってのに」


「ダワーさん、おとなしくしてください。眼精疲労にきくマッサージをスファレにしてもらいますから、これで少し楽になるはずです」


「マッサージ? そんな物で痛みが取れるのかい?」


「少し楽になる程度です……やらないよりはましでしょ?」


「先生、この辺ですか?」


 俺の言った位置、その真中に親指をあてがいながらスファレが言う。


「あー、大体あってる。けどスファレ、出来れば真ん中を避けて左右を両指で押して貰えるかな? 後親指だと強すぎるから人差し指と中指を合わせたように……そう、そんな感じ」


 話を聞きながら位置と指を訂正したスファレがダワーの頭をマッサージしはじめる。

 初めは「あー」だが「うー」だか言っていたダワーも、次第に気持ちよくなってきたのか「はぁ~」と穏やかな息をもらし始める。


「よし、出来た」


 そうしている間に俺は羊皮紙に筆ペンを走らせるのを終えた。

 筆ペンと言うのはかなり扱いづらかったが、何とか見れる程度の仕上がりになる。


「先生、それは?」


「これは眼球の断面図、まあ簡略的なものだけどね」


 俺作、会心のイラストをスファレに向けながら言う。

 そこには眼球を縦に割ったような、円を何重にも重ねた絵が描かれていた。


「眼球って……目の玉ですか?」


「そ、目玉だ、スファレにも俺にもダワーさんにも、2個づつ付いてる目ん玉」


 俺の言葉にスファレが感心し、ダワーが関心を向けるが頭を押さえられているため見えないでいる。


「この目ん玉、各場所に名前が付いてるんだけど、まずはそれを覚えてもらう」


「は……はい! 頑張ります!」


 良い返事だ。俺がこの世界の文字を書ければ良いのだが、残念ながら不可能だ。

 スファレに音で覚えてもらい、自分の文字で書いてもらわないといけない。


「じゃあ今日は、メガネにとってかなり関係の深い2つの部位を教える。まず1つ水晶体だ」


 イラストの中、ラグビーボールの様な形をした部分を指さしながら言うと、俺の言葉を小さな声でスファレが復唱する。


「この水晶体と言うのは無血管組織で~……あ~……忘れてくれ」


 無血管組織とか言ってもこの世界では何のこっちゃだろう。スファレが復唱しようとするのを手で制す。


「水晶体って言うのはレンズみたいな物なんだ」


「レンズ……と言うと、これですよね?」


 そう言いながら、スファレは自分の掛けている検眼枠にはまるレンズを指さす。


「そう、よく覚えてるな。それ〝みたいな物〟が目の中にも有ると思ってくれ」


 俺の言葉にスファレが嬉しそうにはにかみ、つい力が入ったのかダワーが鈍い唸り声を上げる。


「次に2つ目、その水晶体の上下に有る筋肉。これが毛様体筋って呼ばれる筋肉だ。これは断面図だから上下になってるけど、本当は水晶体を囲むようになってる」


 スファレが毛様体……筋肉……と復唱する。


「この毛様体が水晶体を縮める事で人間はピント調節をしているんだけど――その毛様体を使いすぎると、人は眼精疲労になってしまうんだ」

挿絵(By みてみん)

◆眼精疲労

適度な休憩が大切。疲れを感じる前に、5分ほど遠くを眺めると緩和されやすいです。

痛みを感じだしたら、冷やしては駄目。血行促進の為温めましょう。

作中のツボは頭の後ろだけですが、目の周辺にも結構有ります。

あまり強く押さえ過ぎないようにしましょう。


眼精疲労を軽減させる市販目薬、筋肉を収縮させる作用のある物は使う人を選びます。遠視の方は注意しましょう。視界がぼやける事も有ります。

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