思い出
十月三週目の今日は進路ガイダンスがある。
つまらないので、割愛させて頂こう。
「なぁ………俺は何で桜木が好きなんだろう?」
「はぁ?そんなもん知るかよ。お前はいきなり、『やべぇよ俺、桜木のことが好きかも』って言ってきたんだろうが」
「まぁな………」
そう言って、後輩が部活に励んでいる校庭に目を向けながら、あの時の事を思い出していた。
それは、俺の初恋の瞬間だった。
◆
中学三年の夏に、俺は最後の野球大会があった。
まだ、桜木の事は存在すら知らなかった。
最後の大会だけあって、練習にかなり気合いが入っていた。
「おいおい、高坂そろそろ止めないと」
「分かっています監督。もう少しだけ」
俺はピッチャーということもありかなり練習をしていた。
それが間違いだった。
練習で酷使させた俺の肩は既にボロボロだった。肩を壊した俺はリハビリと回復トレーニングを繰り返していた。
「ごめん………俺のせいで………」
「気にすんな。負けたのは俺達の練習不足だったんだからな」
結局、最後の大会すら出れずに初戦敗退を帰した俺は、肉体的にも精神的にも情緒不安定だった。
大まかな原因はチームが負けたことよりも、将来満足に野球が出来ないと言われたことだろう。
「高坂大丈夫か?」
「……………あぁ」
「ま、まぁ無理すんなよ」
周囲の人間が俺の境遇を哀れんでか、同情的な目を俺に向ける。
「…………ちくしょう………」
悔しげに呟いた言葉で不覚にも周囲の連中に聞こえてしまった。
「…………あ」
皆が気まずそうに俺の席から離れていった。
悲壮感バリバリの俺は自棄になっていて、教室を出て早退することにした。
◇
「ねぇ……どうして帰るの?」
「は?誰だよ、アンタ」
「あ、うん。桜木渚です」
「…………俺、帰るんだけど」
「まだ授業あるよ?」
「…………」
こいつは一体何なんだ。初対面の奴を追っかけてきて、戻ろうと説得を試みている。
正直鬱陶しい。
「俺は帰るから」
「あ、私も帰るんだよ」
「………は?」
「偶然だねぇ。今日用事有るんだ」
「………そう」
「んにゅ?君も病院行くんでしょ?」
「何で知ってるんだよ………」
「いつも見てるよ?リハビリ」
俺は記憶を巡らしてみるものの、全然思い出せない。
「一緒に行こう?」
「………うん」
何故か反論する気も起こらず、大人しく桜木と一緒に病院に向かった。
◆
「あれ?この後どうなったんだけ?」
「おいおい。大丈夫か?」
蓮斗は呆れながら俺の方を見る。
「うーん。何だっけ?」
「なに話しているの?」
湊川が俺達の会話に入ってくる。
「あぁ、文哉の初恋回想を………」
「よし、この話題はもう終わろう。さぁ勉強だ」
「えー!凄い気になるんだけど!?」
「湊川は桜木のことどう思う?」
唐突にそんなことを聞いてしまった。
どうしてそんなことを聞いたのか自分でも分からなかった。
「可愛いよね!天然系のゆるゆるな小動物。あの声可愛いよね!」
「お、おう………」
どうしてそこまで力説するんだ。気味が悪い。
見ろ。俺達ドン引きじゃないか。
「でも中々話す機会無いんだよね」
「桜木さんていつも端の方にいるイメージだな」
「そっか」
「気になるの?」
ニヤニヤしながら俺にも聞いてくる湊川。気にならないと言えば嘘になるが、本当に聞きたい事は別の所にあるのだ。
「明日にでも声かけてみようかなぁ………」
「文哉は会話すんの?」
「まぁ………ぼちぼち」
「何だよぼちぼちって」
「うるせーよ」
あの図書室以来顔を会わせていない。
俺の中での桜木との関係は、他人以上友達未満といったところだろう。
「あーあ、桜木と話したいなぁ!」
「お、おい文哉………」
「高坂君………」
「あん?何だよ?」
二人が唖然したように俺を見る。
「何だよ?」
「………後ろ………」
後ろには顔を真っ赤にした桜木が固まっていた。
友達に本でも返そうとしたのか、手には何冊か本が手にあった。
「さ、桜木………」
「ふ、ふにゅう………………」
更に顔を赤くしてその場に屈みこんでしまった。
クラスメイト達は何事かと俺達を見ている。
「お前……勇者だな………」
「…………取り敢えず黙れ、蓮斗」
俺は屈みこんでしまった桜木に声をかけるために近寄った。
「お、おい桜木………」
「………ん」
俺を下から見上げる桜木。その目には涙が溜まって潤っていた。
「………かえにゅ………帰る」
(((噛んだ!)))
クラス全員が思っただろう。
この天然さが一部の人間に大ウケするのである。
………別に俺はその一部じゃないからな!