日常の出来事
俺の名前は高坂 文哉。
中学三年生で部活も引退した受験生である。
時は十月の二週目。イベントのほぼ全てを消化した俺達受験生は、大まかな進路を決めて勉強に打ち込む時期である。
「文哉。進路決めた?」
「近くのT高校に行くよ」
「あぁ、チャリ七分の」
友達ととりとめのない会話をしながら、数学の問題を解いていく。
「で、お前は?」
星野 蓮斗は俺より出来る奴だった。それでも勉強はいつも助けられていたし、本人がそれを誇示しないところが、俺にははまったらしい。
「うーん。R高校かな」
そいつが名前です出した高校は、医療系の専門学校だった。
「おいおい。もう進路絞るのかよ?」
高校で専門系の学校に入るという事は、その後の進路をそれだけに絞るという事だった。
勉強が出来る蓮斗は、もっと偏差値の高い高校に進学すると思っていた。それだけに、蓮斗が医療系の高校に行くことは意外だったのである。
「色々あってなー」
「勿体無いな。その偏差値少し寄越してくれ」
軽い冗談を交えながら、誰もいない教室で数学を解いていく。
「蓮斗君!いつまでやってるの?」
少しつり目の女子生徒が教室に入ってくる。
彼女の名前は湊川 遥香。元女子バスケ部の主戦力で、常に明るく、誰にでも隔てない態度をとるため、学校の人気者だった。
「ごめん、ごめん。帰るか」
「うん!」
そして蓮斗の彼女さんである。
「高坂はまた居残り勉強?あんまり頑張るのも良くないよ?」
「余計なお世話。お前はもう少し頑張れよ」
「えー。人が心配しているのに」
「はいはい。さっさと帰れ」
頬を膨らませながら、俺の頭をポコポコ叩いてくる。
「あー………。そっか、そっか高坂はあの子と同じ高校行きたいからそんなに頑張っているんだ」
「おい!何で知ってるんだよ!」
「あっはっは!顔真っ赤よ」
家が近いだけじゃなく、俺は片想いしている子がいて、そいつと同じ高校に行きたいのだ。
「悪いな、勉強途中で。また明日な」
「あ、ちょっと待ってよ。じゃあね高坂」
「じゃあな」
そう言って、二人は教室を出て行った。
「あ、やばい。これ図書室で調べなきゃ」
明日の課題で調べようと思っていたんだが、勉強に夢中ですっかり忘れていた。
◆
全く人のいない図書室の中で、目的の本を見つけ司書さんに渡そうと思ったのだが
「うんっしょ!もう少し………」
一所懸命本を取ろうとしている女の子。それは俺の想い人。桜木 渚まさに本人だった。
「…………なにをやっているんだ?」
「ふっ、ふぇぇ?高坂?」
(ふぇぇ?)
「本これか?ほいよ」
「あ、ありがとー」
はにかみながら、本を受け取る桜木。可愛い。
小柄な身長に腰まである長い髪を束ねないでいる女の子。愛くるしい仕草と態度。湊川とは全然違うタイプだった。
「高坂は勉強?」
「そうそう」
お前と同じ高校に入りたくてさ、とは死んでも言えない。
「じゃあ、私と一緒だね」
「あ?………いや、一緒にすんな」
「へ?」
「だって………」
桜木が大事そうに抱えている本は、【可愛い動物図鑑】【初めてのお菓子作り~動物編~】。
俺には勉強には見えない。
「すいませんー。そろそろ閉めますよー。」
司書さんが俺達に声を掛ける。そのまま本を借り図書室を出る。
「あ、帰らなきゃ。バイバイ高坂」
「あ、ちょっと………」
一緒に帰ろうぜとその場で言うと思ったが、そこは思春期の中学生。女子と帰るのに憧れる年頃でも、付き合ってもいない女子と一緒に帰ることが、行動に起こすのは予想以上に難しかった。
「はぁ………ダメだな俺」
桜木の後ろ姿を見送りながら、呟いた独り言は静かな廊下に響いたような気がした。