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DAY-05 崑崙の陥落

お待たせしました、投稿を再開します。

 中国 北京


 兵士達の詰所に、突如、警報が鳴り響く。

 その部屋に詰めていた兵士達が、警報の発せられた場所を確認し一様に顔色を青ざめ、一瞬だが絶句するのであった。

 その警報の発せられた場所は、"国家主席執務室"。


 兵士達が動きを止めていたのほんの一瞬の事、彼等は即座にロッカーから防弾チョッキを身に着け、ラックに立て掛けられていたアサルトライフルを掴み、廊下に飛び出して行く。


 その部屋はこの国において最も警備の厳重な場所であった。

 部屋の主以外、数少ない入る事の出来る人は、何重ものセキュリティと詰めている護衛のチェックを通過しなくてはならない。

「貴様! どうやって侵入した!」

 その部屋から発せられた警報に隣室に控えていたSP達がドアを蹴破る勢いでなだれ込み一斉に銃を抜き構える。

 SPの後ろからフル装備の兵士達が同じ様になだれ込み、侵入者にアサルトライフルの銃口を向ける。


 もっとも多数の銃口に囲まれた侵入者はそれに見向きもせず、ソファーにゆったりと座り、優雅に足を組み、ゆっくりと落ち着いた動作で何処から持ち込んだのか不明なブレンドコーヒーを飲んでいた。

 そして一言。


「この国は、客に対して茶菓子では無く銃弾でお持て成しをするのか?」


 SPのリーダーは銃口を降ろす事無く、侵入者に最後通牒を突きつける。

「武器を捨て! 両手を上げて跪け!」

 それに対して侵入者、チヒロは不思議そうに小首を傾げながら。

「武器? ・・・ほら」

 あっさりと傍に立て掛けていた彼の専用の主要武器【神剣・神無夢陽】を、缶ジュースを投げる気軽さで片手でリーダーに軽く放り投げる。


 因みにアダマスのメンバーが持つ武器は慣性制御と重量軽減の術式が込められているとはいえ、アダマンタイトと神鋼製である。

 つまりプルトニウムより重く、ダイアモンドより固いのである。

 その為、片手剣の大きさで軽自動車より重かったりする。

 結果として。



 リーダーもその気軽さに驚きながらも、反射的にチヒロと同様に片手で受けようとして。

 使用者の手を離れた剣はセキュリティを働かせ術式を停止。

「ん? ぎゃっああああああ!」

 受けた手を支点に床に叩きつけられ、手を剣に潰され悲鳴をあげてのたうち回るのであった。


 呆気にとられる国家主席。

 思わぬ事態に固まるSPと兵士達。

 のたうち回るSPのリーダー。

 ゆっくりとコーヒーを飲むチヒロ。

 そして、彼の一言。

「騒がしい場所だな」



------------------------------------------------------- 



 床にひかれた絨毯にまだ新しい赤黒いシミが残る室内の中央で二人の男が対峙していた。

 一方は傲然と余裕を持って構え、美辞麗句を並べ。

 片方は飄々といたつかみどころがない態度で沈黙の中、座していた。


 部屋の四隅に黒服の護衛が直立不動で見張り。

 そして、不測の事態に備え、隣室や部屋の外には完全装備の兵士達が詰めていた。


「ふ~ん、つまり要約するなら"優遇するから従え"と?」

 チヒロは全く興味を持つ事無く、この大国のトップの言葉をたった一行に纏め上げた。

 護衛の姿勢が若干だかぶれる、行動に移す事は無かったが、その顔にはハッキリと怒りに染まっていた。

 その無礼な口の利き方に、内心では不快に思いながらも、それを表に出す事無く、言葉を続ける。

 自らの優位を疑う事無く。

「君達が国際感覚に疎いのは致し方ない。 だが、良く考えてほしい、日本の様な小国では無く、我が国の様な超大国が世界を率いれば、永く繁栄が齎されることに」

「それならアンタの国で無くても良いのではないのか?」

「アメリカやロシアの事かね? だがアメリカはかつての勢いは無く、ロシアの指導者は約束を守るとは限らんぞ?」

「・・・・・・・・」

「その点、我が国は約束を守る事を信条とする事を国是とする、非常に信義溢れた場所だ」

「メディアではその様な事は言ってなかったが?」

「外からでは、分からない事が多いものだよ、この国に住んでみれば直ぐに理解する事が可能だ。 いかに外国で報じられている事が間違っていたかを・・・・」

 チヒロはゆっくりとコーヒーを一口飲む。

「・・・・・それで。 オレ達にどの様な利益が?」

(勝った!)

 主席は内心で会心の笑みを浮かべる、彼の常識では相手が条件を聞いて来た時には、既にこちらに付く事を決めている証である。

 柔和な表情を作り。

「金でも名誉でも、君達が望む全ての要求に応え様ではないか」

(世界を手にいれる事が出来れば安いものだ)

 チヒロは笑みを浮かべながら。

「そう言ってもらえるなら助かります。 では"この国の全て"を要求します」

「は?」

 その部屋に居た、全ての人の動きが完全に止まる、誰もがマヌケの様に口と目を見開き、今、言った言葉の意味を理解しようと努力する。

「"全て"とは?」

 主席は何とかその言葉だけを絞り出し、言葉の意味を尋ねる。

「ええ、土地、建物、人などと、権限や権利の、この地にある全てを代価として要求しま

「ふざけるな!」

 チヒロの言葉を遮り、国家主席は顔を真っ赤に染め、勢いよく立ち上がる。

 それに合わせて、部屋の四隅に立っていた護衛が一斉に銃をぬき、ドアから兵士達がなだれ込んで来て、同じように銃を向ける。

「増長したな小僧!」

「こちらは至って真面目なのですがね?」

 主席は兵士達によって部屋の外に導かれながら宣言する。

「生かしておく価値も無い!」

 ドアが閉まる間際の命令が下される。

「貴様の仲間に、貴様の死体を送り付ければ、少しは考えを改めるだろう!」

 ドアが閉まるのと同時に銃弾の雨と、銃声の轟音が室内を満たすが、完全防音の室内の音は決して外部に漏れる事は無かった。


 室内に"カチッ""カチッ"と引き金が空撃ちされる音だけが虚しく響く。

 硝煙に包まれた室内と、空薬莢で埋められた床、銃を構えながら絶句する兵士達、そして彼等の前で無傷でソファーにゆったりと座る若者。

「オレはまだ神じゃないから慈悲深くは無いぞ。 懺悔する猶予もやるつもりは無い」

 チヒロの姿はゆっくりと薄れていく。

 短いとも長いともつかない時間が過ぎ、彼の姿が幻の様に掻き消えた。

 永遠と思われる時間、実際は一分にも満たない時間が過ぎた時、彼等は地面が揺れているのに初めて気が付いた。

 その振動は徐々に大きくなり、マグニチュード3クラスの揺れは納まることなく連続して彼等を襲った。

 床に倒れない様に踏ん張りながら、彼等は仲間内で状況を確認しあう。

「地震か?」

「何がどうなっている?」

 完全防音の室内に居た彼等は気付か無かったが、部屋の外は大騒ぎになっていた。


 その揺れは北京市内だけでなく、中国大陸全土を襲っていた。

 政庁の職員はそれら各地からもたらされる情報に右往左往し、前例のない事態に、具体的な指示を出さず、現場には待機を支持するだけで、ただ情報を受け上司に指示を仰ぐ事しか出来なくなっていたのである。

「どういうことだ!」

 別室で指示を出していた主席の元に次々と意味の無い報告だけだ積み上げられていく。

 側近の意見は二転三転し要領を得ない事ばかり吐き出す。

「専門家は何と言っている!」

「こっ! こちらに向かっているとの事です!」

「直ぐに連絡付かないのであれば役に立たんではないか!」

 そして時間の経過と共に、その情報すら徐々に途絶え始める。

 揺れだけは途絶える事無く続き、唐突に明かりが消え非常灯に切り替わる。

「しゅ! 主席! 取り敢えず屋上に!」

 側近のその言葉は、非常灯の暗い照明の中でも、その表情は恐怖に強張り、主席の避難を促したのではなく、自分が早くこの場所から逃げ出したい事がまるわかりである。

 主席も内心で恐怖に怯えながらそれを顔には出さず、鷹揚に頷きながら。

「この様な些細な揺れで、壊れるような脆弱なシステムを設計した責任者を処分しておけ!」

 側近や護衛のSPに対して余裕ある態度を崩さなかったが、足早に歩く事だけは止められなかった。

 もっとも、側近の中には今にも走り出しそうなくらい、怯えている者もいて、彼等は主を置いて走り出さない様に理性をフル動員しなければならなかった。


 暗い室内から真昼の外に出た為、太陽が容赦なく網膜を焼き、目が眩み視界が一瞬だが閉ざされる。

 徐々に視界が回復すると共に主席の目に飛び込んできたのは、彼の目の前で呆然と街並みを見下ろすSP達の姿であった。

(どうした?)

 彼等はプロ中のプロである、どんないかなる状況でも決して隙を見せる事は無いように訓練されている。

 そんな彼等が、完全に動きを止めて案山子の様になっているのである。

 これは尋常な事では無かった。


 主席はゆっくりと彼等の方に近づくが、彼等は主席に気付いた様子は無かった。

(おかしい? こんな無能共では無かったはずだ)

 まだ揺れが続く中、慎重な足どりで、屋上のフェンスの手前まで近づき街並みを見下ろす。

「? 何!」

 慣れてきた目には一向に街並みを捉える事は無かった。


 そこには見慣れた北京の街並みは無く、政庁の建物周囲に無人の荒野がどこまでも続いていた。



------------------------------------------------------- 


 地球 衛星軌道 大華中人民連合所属宇宙ステーション「天球」


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

 大華中人民連合所属宇宙ステーション「天球」において、二人の乗員が窓の外で繰り広げられる光景から目を離せないでいた。

 現在、地球の軌道上に居るのは、この二人だけである。

 国際宇宙ステーション(ISS)がその役目を終え廃棄され、ISS・2も予算不足の為暗礁に乗り上げた今、宇宙に滞在しているのは、中国が国家の威信を賭けて打ち上げた宇宙ステーション「天球」と二人乗員だけである。

 その二人が、言葉を発することなく自分達の祖国を見続けていた。


 それは、彼等の祖国のある大陸が細かく砕け、光を発しながら大地から離れていく光景である。

 始めはゆっくりと、だが確実に大陸が、まるで茹で卵の殻を剥く様に大地から剥離していた。


 その光景は出来の悪いCGを観ている様に現実感が薄かった。

 本来なら海抜下になった窪んだ大地に海水が流れ込んでもおかしくないのに、まるでダムで堰き止められている様に海水が流れ込んでいなかった。

 同じようにマグマも吹き出さず、大気もかき回さず、本当に静かに進行していた。


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

 おそらく最後の大華中人民連合所属の宇宙飛行士は、祖国の最後の目撃者となった。


DAY-05そろそろ終わりです。

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