DAY-01 号泣
チヒロ、故郷に帰る。
忘れている方も居ると思いますが、チヒロの本名は山之内・千博です。
「バカ兄貴・・・、どこ行ってんのよ」
夕方、山之内・千秋は家が疎らにしかない街並みをバスに揺られながら、その景色をボンヤリと眺めていた。
窓の外を流れる風景を観ている様で、眼はその景色を映していなかった。
彼女は今日の学校での出来事を考えていた。
『ねえ、東京のネット友達がさ~、幽霊を見たんだって・・・』
『え~、そんなの、無いじゃん! 田舎者だと思われて、からかわれたのよ』
『嘘じゃないみたいんのよ! あれ、え~と、ほら、一年くらい前に騒がれたじゃない』
『えっ! それって・・・』
『あれよ! VRMMOで100人位行方不明不明になったって言う。 あれよ!』
『でも、あれって・・・。 やらせじゃないの?』
『それが本当みたいなのよ。 でさ~、友達がVRMMOの中で『助けて!』て言われたんだって』
『その友達、大丈夫なの? 今時まだVRMMOなんかやっていて? 危ないんじゃないの?』
『大丈夫だっ・・
『そこの二人! その話よしなさい!』
『委員長?』
『如何したのよ? 怖い顔して、別に良いじゃない?』
『ちょっと静かにしなさい! 山之内さんの・・・、兄・・、 行方・・・ なのよ』
『えっ! それって・・・、 ・・・・本当?』
『不味・・・・ ない』
心配そうに此方を見るクラスメイトに向かって、精一杯の笑顔で。
『大丈夫よ。 もう気にしていないから』
上手に笑顔で返事できたかは、彼女には自信が無かった。
《次は、東町3丁目》
バス停が見える。
ボンヤリとした頭の片隅で、そんな音声が流れる、誰も降車ボタンを押していない。
「?・・・!、おっ 降ります!」
もう少しで乗り過ごす所であった、慌ててボタンを押す。
バス停を通り過ぎようとしたバスが急停止する。
「申し訳ありません。 ありがとうございます」
路線バス運転手に一礼して、バスを降りる。
バスの運転手は何も言わない、まるで腫れ物を触れる様な態度で接する、世間のそんな態度は、この一年で見慣れた。
『95 people lost』(消失の95人)の家族。
それが今の彼女の立場だ。
運営会社の決まりきった賠償提示。
政府の事故調査の型通りの調査。
同じことを繰り返す警察の取り調べ。
無神経で騒ぐマスコミ。
態度を一変する友達達。
「それが、何だって言うのよ」
彼女は誰に聞かせるともなく、そんな独り言をつぶやく。
彼女の両親は心配ないと言っているが。
家に向かう農道を一人で歩き、砂利道だけを観ながら心を落ち着かせようと、兄が帰って来た時の事を考える。
(あのバカ兄貴が帰ってきたら、謝っても許さないんだから! まずぶん殴って蹴り飛ばして、土下座させてやる・・・)
心の中でそんな事を思っていても、それが強がりであることは、自分自身が一番よく解かっている。
(ブラコンで何が悪い!)
完全な開き直りである。
長い様で短い未舗装の道を歩きながらもうすぐ家が見える所で、誰かが観ている気がして、ふっと視線を上げる。
誰もいるわけがない、こんな田舎の農家の家にわざわざ来る者など、郵便か新聞配達か、もしくはろくでもない連中に決まっている。
ほんの少し苦笑いしてから、又道に視線を落として歩き出そうとした、まさにその時。
「!!!」
視線の端に、家の少し前に見知った人を見つけ、慌てて視線をその人に合わせる。
(まさか! そんな筈は無い!)
今まで、どんなに期待して、その都度、裏切られてきた。
政府の発見したという報告、マスコミの目撃情報、ウソと判っていて騙された騙り。
その都度、喜び、失望し、夜、枕を涙で濡らした。
でも、あの姿は知っている、何度も後姿をずっと観ていた。
生まれた時から、一緒に居た。
東京に行くとき、喧嘩した。
そして、夢の中で何度も観た。
頭ではいくらでも否定しても、身体は自由が効かない。
速足で、
駆け足で、
鞄を投げ出す、
全力疾走。
視線は一時もその姿からはなさない、一度でも目を離すと消えそうで、
こ・わ・い。
(兄貴・・・・)
瞬き一つしない。
(兄さん・・・・)
幻の様に視界がぼやける、その姿が今にも消えてしまいそうに見える。
(待って! 行かないで! お願い!)
彼女は眼が涙で溢れいるのに気が付かない。
(・・・お兄ちゃん・・・・)
息があがる、足が鈍る。
手を伸ばす。
夢の中で何度も手を伸ばした、その都度、手は空を掴む。
今度こそ、その手を、
つ・か・み・た・い
(あ・・・・あああああああ・・・)
声を出している様で声にならない。
(! ? !)
足元に衝撃がはしり、突如、視線が反転し視線が外れる、視界に砂利道が大写しになる。
(嫌だ! 消えちゃう!)
もう、まともな思考が形作らない、視線を外せば消えてしまうという強迫観念に囚われる。
でも、何時までたっても地面に倒れない、その代り柔らかい何かが彼女を支える。
(! ! ?)
涙でグシャグシャになった顔をゆっくり上げる、そこには・・・。
見たかった眼、触りたかった顔。
そして・・・・、
「ただいま、千秋」
聞きたかった、
こ・え。
「あ・・・・、 あ・・」
聞きたい事、しゃべりたい事は沢山あるのに、声にならない。
彼女の視界がまたぼやける、涙が止まらない。
「あああああああああああああああああああああ・・・・
ただ、泣き声だけが際限なく洩れる。
彼女は泣き声と共に心が満たされるの感じていた。
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「あああああああああああああああああああああ・・・・
妹の千秋に抱き付かき泣かれながら、チヒロ(千博)はただ黙って彼女を抱きしめていた。
顔を上げると家の玄関に両親の姿が見える、外の騒ぎを聞いて表に出てきたのだ。
「ただいま。 父さん、母さん」
何時もと変わらない態度で二人は彼を迎える。
「おかえり。 今回は少し長かったわね」
「色々、あったんだ」
「そうか・・・。 それより、玄関先で騒ぐな、近所迷惑だぞ」
思わず苦笑を浮かべる、広大な農地と敷地に囲われた山之内家の周囲にご近所は遥か彼方まで存在しない。
「大声を出した所で近所に聞こえるのかい?」
「さあな」
それを指摘されすっ呆ける父親。
「それより・・・。 おかえり、千博」
「・・・・ただいま、父さん」
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山之内家の近くの森の中に迷彩ネットで覆われた一台の黒い中型トラックが止まっていた、その荷台の屋根から高倍率のカメラがこっそりと山之内家を監視していた。
トラックの中では3人の男達が衛星通信でどこかに報告をしていた。
「こちらチーム・γ、A06の姿を確認。 次の指示を乞う」
彼らの姿や報告先はチヒロ以外、誰にも気づかれる事は無かった。
次はマイヒメの話になる予定。




