DAY-07 カリブルヌス
石に突き刺さった剣を引き抜くとき、物語は始まる。
地球 ?? ???
その場所は狭く、大木の様な鉄管が、赤茶けた錆止めに塗られ、規則正しく二列に並べられていた。
赤茶けた鉄管には、幾重にも細いパイプやコードが蔓の様に絡み付き、所々に取り付けられたメーターや計器が、常に同じ数値を指し示し刻み、その場所に居ない観測者に異常がない事を教えていた。
周りを低く唸る重低音の音が幾重にも鳴り響き、必要最小限の照明が周囲を僅かに照らし、光と影のコントラストを作り上げていた。
もしこの場所に人が足を踏み入れたら、その異様に、息苦しい程に圧迫された事であろう。
それだけでは無く、この場所では、空気その物の密度が濃い様に感じられた。
「9番、チェック。 電圧異常なし」
「圧力、異常なし」
ルディ・フレット少尉はチェックシートとペンを手に持ち、機器の点検を黙々と続けていた。
離れた場所でセンサーの情報をモニター一つで確認すれば一分もかからず終わる作業も、今までの慣例でいちいち人の目視と、指さしと声でチェックをしているのである。
「9番、終了。 次」
「・・・しっかし、無駄だよな~」
延々と一人で定期的にシステムチェックをしていれば、愚痴の一つも漏れるものである。
変化がある仕事なら良いが、基本、異常が無い方が良い仕事であるだけに、単純作業の繰り返しである。
つまり、退屈なのである。
勿論、使命感や責任感は非常に高く、仕事の重要性も理解しているが、集中力を持続させるために息抜きも必要である。
ペンを片手で回し、遊ぶ事くらいは許されるのである。
「おっと!」
手元がおろそかになり、ペンが手から離れ空中を踊る。
彼は慌てて身を屈めて、空中でキャッチしようとする。
突如、彼の後ろで空間に小指の先ほどの小さな白い光が生じ、音も無く弾ける。
不可視な波動が、その場所に広がり、波動が通り抜けた後には、全ての音と光が消え失せた。
周囲を照らしていた照明は、その機能を失い完全な闇と化し。
常に鳴り響いていた重低音は、鳴り止み静寂が辺りを包み込んでしまた。
周囲を圧迫している様な、空気の密度でさえ無くなったように感じられる。
ルディ・フレット少尉はその変化に気が付く事は無かった、ペンは空中に停滞し、彼も身を屈めた姿勢のまま凍り付いていた。
闇と静寂なのか、僅かな変化が生じる。
音も無く、川辺の蛍が放つ様な光が一つ、二つと生じ、やがて、無数の光が乱舞し、それが一点に集約した時、一つの人を宙に生じさせる。
最初の光が弾けてから、人が生じるまで体感時間で僅か十秒あまり、この異常な事態は監視システム一つ無いこの場所で、誰一人として気付く事無く静かに進行していた。
もっとも、この場所には基本、人が訪れる事は非常に稀で、両端に設置されているドアの外を監視していれば済む話であったが、例えこの場所に監視システムが設置されていても、この事態を捉える事は出来なかったであろう。
出現したのは、この重苦しい場所に似つかわしくない、メイド服を着た美しい女性。
この場違いな場所に、僅かな足音を一つ打ち鳴らし降り立つ。
古風なメイド服を優雅に着こなした黒髪藍眼の女性が、身体から僅かな光を周囲に放ち、辺りを見回し、誰も聴く事の無い独り言。
「場所は座標どおりですね」
「さて! お仕事♪ お仕事♪」
彼女は言葉と共に、軽やかなリズムの鼻歌と共に、大木の様な鉄管を一つずつ、丁寧に手を添え、軽く触れ、順番に廻って行く。
彼女が触れた鉄管は、触れた所から、水面に浮かぶ波紋の様な、時間と共に変化する虹色の光の線が幾重にも広がっていった。
触れた所の反対側に達した波紋は、光線が触れた所から反射し、交わり、複雑な文様を描きながら、波紋は広がりを減衰することなく、大木の様な鉄管全体を複雑な曲線が覆っていく。
やがて、ランダムに広がっていた曲線は規則正し光線に整えられ、線と線の間に文字が浮かび上がり言葉を紡いでいく。
光の動きが止まった時、そこには積層型で円柱状の魔法陣が、鉄管の表面に形成され浮かび上がっていた。
鉄管の表面に形成された光の魔法陣は、やがて鉄管に吸い込まれるように染み込み、後には何の変化も観る事の出来ない赤茶けた鉄管が立ち並ぶだけであった。
彼女は順番に、その場所を巡り、出現した場所と同じ場所に戻って来た。
「これで、ラストです♪」
彼女が最後の鉄管に触れ、他と同じように虹色の波紋が広がり、魔法陣が形成され、染み込むように消えていった。
彼女は改めて周囲をぐるっと見回し、漏れが無い事を確認してから、満足そうな笑みを浮かべ、無言のまま大きく一つ頷く。
彼女は白いエプロンの内ポケットから小さな黒塗りの手帳を取り出し、両手でページを捲る。
「さて! 次は?」
見開いたページから空間に、立体上の地球儀が浮かび上がり、それに合わせて様々な情報が円盤状や板状の空間画面に表示される。
「う~ん。 ここは、終わっていますね。 これは・・・! おっと先を越されましたか。 それでは・・・、ここですね!」
空間画面の一つに指を滑らせ、自らのサインを書く。
"フローラ・アズライト"
「予約・・・、完了♪」
満面の笑みと共に、右後方を振り向き。手の中の手帳と方向を確認。
「あちら・・・・でしたね?」
手帳を再び内ポケットにしまい、それと同時に現れた時とは逆に彼女から光が乱舞し。
彼女、フローラ・アズライトは光の粒子に解ける様にその場所から消え失せた。
やがて、蛍の様に乱舞していた無数の光は、二つ、一つと数を減じ、完全に消え失せた。
そして、最初に小指の先ほどの光が生じた所に、今度は漆黒の闇が生じ、弾ける。
無音の波動が広がり、最初に生じた闇と静寂を打ち破る。
完全な闇は打ち破られ、照明は光を放ち。
静寂の世界に、低く唸る重低音が鳴り響き。
質量を持ったような圧迫感が空間を満たす。
ペンが床に落ちる、軽い音がその場に響き。
ルディ・フレット少尉の鼻は微かなフローラルの香りを捉える。
「誰だ!」
彼は勢いよく身を起こし周囲を見渡し、視線を左右に向け警戒する。
「・・・・・・・気のせいか?」
確かに嗅いだと思っていたフローラルの香りも、直ぐにオイルの匂いに紛れ、本当の事だったのかも妖しくなっていた。
少し頭を振り、ゆっくりとペンを拾い上げ。
「少し疲れているのかもな」
仕事のシフトが終わったら、恋人に連絡を入れようと考え、作業を再開するのであった。
取り付けられたメーターや計器は、正常な値を示し続け、観測者に異常が無い事を教えていた。
ルディ・フレット少尉、彼の自動調整機能の付いた腕時計が一秒間だけ遅れているのに気付くのは、その日が終わり、何もかもが終わった後であった。
彼はこの事について憤慨し、メーカーにクレームのメールを打ち、時刻を調整し寝てしまうのであった。
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アメリカ合衆国 ニューメキシコ州 ロスアラモス ロスアラモス国立研究所地下
[セクションXXX]存在しない場所、合衆国の最先端の軍事・機密研究をしているロスアラモス国立研究所において、約1万人以上の所員のほとんどが知らず、又、知る事も無い最高機密に属する場所である。
研究所地下に密かに建造された深さ50mを超える竪穴の底の、更に入り組んだ横穴の奥に設置されたセクションである。
この場所の機密を守る為に、建造には当時としては非常に珍しい自動作業ロボットが大量に使用され。
僅かに関わった作業員の大半は、沈黙の誓約書と大金を手に、解放されたが、誰もが三年以内に不慮の事故や病死でこの世を去っていた。
現在はニューヨークのリバティ島に出現した直径20cmほどの半透明の球体、アメリカ政府によって回収され『Sphere』と命名された物体が、様々な観測機器によって監視され、厳重に保管されている。
球状の空間、その場所を一言で表すならばこの言葉が適切である。
何重にも隔壁に覆われ機密の保たれたこの場所には、中心を貫く円柱が、水平面の最大円周より伸びる四本のブリッジで中央で交錯し、中央にある物を球状の空間の真ん中で保持していた。
中央の直径10mの柱のその真ん中には、何重にも積層超硬質ガラスとアクリル、そして衝撃吸収ジェルにシールドされた球状の物体、『Sphere』が保管されていた。
柱に周囲に残った僅かな床面には所狭しと様々な観測システムが設置され。
この理論上は、海軍所属のズムウォルト級ミサイル駆逐艦に搭載されている、レールガンのゼロ距離水平射撃の一撃にも耐えうるシールドから、僅かに漏れる極小の変化をも捉えようとしていた。
突如、普段は誰も立ち入る事の出来ないこの空間に変化が生じる。
音も光も無く、まるで幽霊や幻の様に一つの人影が出現する。
本来、この場所において、人ひとり立ち入れば、設置された観測システムの高感度に設定されたセンサーが振り切れ、監視者に警告が出てもおかしくないのだが。
現在進行形で、警告音一つ発せられる事は無かった。
現れた人物、女性は、ヒールが床を打つ鋭い音を空間に響かせながら、中央に設置された柱に向かって、ブリッジ上をゆっくりと規則正しい歩みで近づく。
ゆく手を塞いでいる観測機器は、軽く手で押し、脇に避けながら道を作り歩みを進める。
観測機器は厳密に設定された観測点を外されても異常の警告一つとして発しなかった。
それどころか、物によっては1トンを超える観測機器を、片手で軽く押しのけること自体が、侵入者の女性が只者では無い事をものがたっていた。
僅かに、手間取りながらも女性はシールドの前に立ち、軽く表面を叩いてから、虚空から二つの銀色に輝く得物を取り出し、両手に握り構える。
右手には白銀色の刃渡り10cm余りで金で見事に装飾され、尋常ならざる輝きを放つ刃には七つの星を模った宝石と小さな丸い宝石が一つはめ込まれ、握られた手より僅かに覗く柄には、まるい平仮名で可愛く『しちせいけん』と彫られ。
左手には先が三又に分れた金色の穂先が輝き、いたる所に銀と宝石で装飾され、三又の合わさる所には大樹の装飾が彫り込まれ、こちらも僅かに覗く柄には『ぐにんぐる』と彫りこまれていた。
彼女がシールドの前で両手に構えたのは、いわゆる西洋料理を食べるときに使用するカトラリー、つまり、単なる?ナイフとフォークである。
彼女はナイフ『しちせいけん』をシールドに突き立てた。
単純な力だけでは壊れる事の無い多積層シールドは、何の抵抗も無く、熱したナイフでバターを切る様にあっさり刀身の根元までめり込み、彼女は特に力を込める事無く、ナイフで円を描き引き抜いた。
そして、フォーク『ぐにんぐる』を突き刺し、しっかりと保持されているのを確認してから、シールドの第一層を無造作に後ろに放り投げた。
観測装置が潰れる音や床に落ちる打撃音が辺りに響き、ここでようやく空間中に異常を示す警告音が一斉に鳴り響き、非常事態を告げる警告灯が辺りを赤色に染め上げた。
もっともそれを招いた侵入者は、そんな事はお構いなく、次々とシールドを、切り裂き、突き刺し、取り除いていった。
異常事態に対して完全武装の兵士達が、何重にも施された隔壁を抜け、気圧調整をしないで隔壁を開け放たれた影響で、球状空間内を吹き荒れる強風の中で観たのは。
強風で髪を乱す事無く、片手に『Sphere』を持つ一人の、”人では無い特徴を持つ、人ならざる女性"、鋭く尖った耳の種族。
エルフ = イサベラ。
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アメリカ合衆国 ホワイトハウス 大統領執務室
「武器を捨てろ!」
「両手を頭で組んで跪け!」
スーツ姿で、耳にイヤーフォンを付けたシークレットサービス達が様々な銃器を構え、大統領の机に腰かけ足をブラブラさせる、一人の少女を取り囲んでいた。
茶色い髪をツインテールに、漆黒のゴシック・アンド・ロリータの衣装に身を包み小悪魔の様に嗤う少女が、嗤いながら言葉を紡ぐ。
新ロシア連邦 クレムリン 大統領執務室
「何者だ!」
「何処から侵入した!」
アサルトライフルを構えた兵士達が、室内の隅にいつの間にか現れた一人の女性を取り囲み、SP達が大統領を背中に保護しその身を盾とする。
翠玉の重甲を身に着けた眼鏡をかけ、壁際で読書をしていた一人の女性が、読んでいた本を閉じ、静かに言葉を紡ぐ。
場所も現地時間も、何もかも違う場所で、ほぼ同時に一人の少女と、一人の女性は同じ言葉を、同時に相手に告げた。
「報復」
宣戦布告は既にされています。




