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  作者: 裕里 沙亜奈
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 本当に久々に次話投稿します。

 ここから、少しずつ私と貴方の関係が動いていきます。


 ーーー誰かを想う幸せも、誰かに想われる幸せも、全部貴方が私に教えたこと。だから、私は貴方が怖い…ーーー



 リビングに掃除機をかけ終えて廊下に出る。

 廊下にも掃除機をかけようとして、左手にある寝室のドアが開いているのに気がついた。ドアは半分ほど開いていて、ダブルサイズのベッドが見える。

 かけようとしていた掃除機を足元におき、何となく寝室に入る。


 寝室の壁、グリーンのチェック柄が広がるベッドの頭元には、窓から差し込む光を受けて穏やかに読書する少女の絵が飾られている。


 少女は微かに微笑み、差し込む光に輪郭を縁取られており、天使のように清らかでそれでいて開きかけた蕾のような慎ましい色気を漂わせている。

 書き手の少女への愛情がこれでもかと言外に伝わってくる、そんな絵だ。


 この絵は、貴方から私への初めてのラブレターだ。






 高校に上がり、見事なまでに絵画にのめり込んだあなたはそれまで教師や先輩たち、周囲の級友たちにどれだけ勧められようとも人物を描かくためには絵の具を使わなかった。

 気紛れにスケッチをしたとしても誰にも見せず、キャンパスには頑なに風景や静物を描き続けた。


 私はといえば、相変わらず本の虫だったけれども、あの嵐の日以来、週末は貴方と過ごすことが当たり前になっていた。

 とはいっても、大抵は私の部屋で私は好きな本を読み、貴方はスケッチブックに鉛筆を走らせているだけだったけれども…。

 時々、二人で近所の公園を散歩したり、私の作った昼食を二人で食べたりもした。

 ふとした瞬間に、貴方の唇に目が釘付けになることもあったけれども、貴方が私に触れて来ることはなかった。そう。手すらも握らず、寄り添うこともせず、私たちはただただ同じ空間で過ごしていただけだった。


 そんな距離感が気安いようでいて、もどかしくもあったけれども私からは何も言わず、何も行動は起こさなかった。

 いや、起こせなかった。


 私の両親の仲は、物心ついた頃には完全に冷めきっていた。

 二人して、なぜ家庭を持つ気になったのかと言うほどに仕事人間で、およそ記憶にある範囲には家族で過ごした思い出はない。

 神に誓ったはずの愛は既になく、義務として生まれてしまった私を育てているように感じていた。

 優しく抱き締められた記憶がない。

 生まれた日を祝ってもらった記憶もない。

 そんな私には、貴方に向けていい感情の形が分からなかった。


 本の中には暖かい家庭も、蕩けるようなロマンスもあったけれども、私の経験の中にはなく、ただひたすらに異世界の出来事だったから。


 そうやって過ごしていた日々も永遠ではなく、私たちはいつの間にか3年生の夏を迎えていた。

 どの部活動も、3年生は引退の時期だ。

 それは、絵画漬けの貴方にも同じことで、夏休み明けのコンクールで出展する油絵を最後に部活動を引退する事が決まっていた。


 高校最後の夏休みに入る日の朝、貴方は珍しく私の暮らすマンションを訪ねてきた。

 週末は一緒に過ごしていたとは言え、学校のある日のしかも登校前の時間に貴方が訪ねてくることは今まで一度もなく、少し面食らいながら出迎えた私に、貴方は真剣な色を浮かべた鳶色を向けた。

 

 ーーあぁ、やっぱりな…ーー


貴方が去っていく予感がした。



  「…明日からの夏休みだけど。」

  「…うん。」

  「…。」

  「…会えない。」

  「…そう。」

  「やりたいことがあるんだ。」

  「…。」

  「それで、その、…。」

  「…。」

  「…迎えに来る。」

  「…え?」

  「8月30日、に、迎えに来るから。」

 貴方の鳶色をしたアーモンド型に、強い色が浮かんだ。私は、それが何の色なのだろうとぼんやりと思いながら朝の光を背に見つめてくる貴方の顔を見ていた。

  「一緒に行って欲しい所が、ある。」


 会えない、といった貴方が、一緒に行って欲しい所があるとも言った。それの意味するところがわからなくて、何と言って良いのか分からず、私は視線を落とした。

 さ迷った視線に、貴方の白い手が入った。

 自分を奮い立たせるように、また、なにかに耐えるように、その白く細い手は制服のスラックスを握っていた。

 その手には見覚えがあった。

 本を読んでいて、ふと上げた視線が絡まったときに。

 二人で公園を散歩しているときに腰かけた、ベンチの上で。

 二人分作った昼食を運ぶ時に、テーブルの下で。

 顔を上げると、貴方の色素の薄い瞳に涙の気配があった。

 

 貴方はいつか去っていくんだと思った。

 本にかじりつくばかりでつまらない私には、飽きて。

 そう、思っていた。


 貴方の滑らかな頬が、潤んでいくとび色の瞳が、愛しくて、微笑みが自然と浮かんでくるのを感じた。

 貴方の見開かれていく瞳に私が写っている。 


  「…分かった。待ってる。」


 そう言った私に、満面の笑顔を見せて貴方は一つ頷いた。そして、「学校で。」と言い残してエレベーターへと走っていった。


 何事もなく終業式を終え、担任からの配布物を受け取ったり注意事項を聞き、高校3年生の一学期が終わった。

 いつも通りに図書館へ向かい、司書係の仕事を終えて私は帰宅した。翌日からも、夏休みの司書係の仕事がある。本に囲まれて一人で過ごす夏休みは、平和で穏やかに過ぎていった。

 ただ、ふわふわの猫っ毛と、スケッチブックの上を滑る鉛筆の音がない日々は、不思議な波を私の心に立たせていた。

 よくよく考えると、貴方くん、仙人ですか?

 若いのに、大した精神力です…。少し不憫でしょうか…?

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