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紅茶王子のピアノカフェ  作者: 南 晶
山奥の紅茶王子
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5

 白い洋館に一人で住んでいる謎のイケメン、通称・紅茶王子。

 口コミで評判になっている幻のピアノカフェは、彼が趣味で作ったケーキを道に迷った人に振る舞っていたというオチに終わった。


 彼の言う通り、ここがカフェとして営業していない以上、広告代理店の営業としての菜々美の目的はなくなってしまった訳だ。

 だが、時刻は既に夕方の6時になろうとしており、何よりも外はひどい暴風雨になっている。

 この状態で車を出すのは、運転歴の浅い菜々美にとっては自殺行為に等しい。


 ここで立ち往生する他に選択肢はなく、イケメンもそこは納得してくれたようだ。

 もはや都市伝説になっている謎のピアノカフェに、菜々美はドキドキしながら足を踏み入れた。


「あ、ありがとうございます。じゃ、お言葉に甘えて、雨宿りさせて頂きます」


 恐縮しながら、ドアの内側に入った菜々美は、その内装を見て呆気に取られた。

 一階の大広間にはクラシカルなワインレッドのソファと、彫刻が施されたアンティーク調のテーブルが一対、中央に置かれている。

 広々として、生活感が全くない大広間は、ホテルのロビーさながらだ。

 レースが施されたカーテンが掛かった窓辺には、真っ赤な薔薇の植木鉢。

 そして、その窓辺に設置された黒光りするグランドピアノが、部屋全体に重厚な雰囲気を醸し出していた。

 これでは迷って来た人がカフェだと勘違いしても無理はない。

 この洋館は、当初からホテルやペンションとして使用すべく、設計建設されたのだろう


「……あなたは本当にここで住んでるんですか?」


 生活感が全く見えない家の中を見回して、菜々美は思わず聞いた。

 彼は気を悪くした風もなく、少し笑って返事をする。


「もちろん、住んでますよ。この一階部分は応接間みたいなものですが、二階には居住空間がありますし、宿泊できる個室も6部屋あります。見てお分かりでしょうけど、この洋館は元はペンションなんです。だから、ここに来た人がカフェだとか勘違いしてしまうんでしょうね」

「なるほど……。でも、素敵ですね。せっかくあるんだから、ペンションやカフェでも始めたらどうかしら? 流行ると思いますけど」


 菜々美の言葉に、彼は首を竦めて苦笑した。

 噂通りのスラリとした長身にビンテージ風の色褪せたジーンズと、シンプルな白いTシャツがよく似合っている。

 ラフなスタイルだというのに、やはり、彼は『紅茶王子』に相応しい高貴な雰囲気を持っていた。


「ここは僕の両親が建てたんです。両親とも経済的には裕福だったんで、別荘代わりに建てたんですが……まあ、結局、誰も住まなかったので、僕が譲り受けて、管理人代わりにここに住んでるんです」

「まあ、そうなんですか。じゃ、ご両親は?」

「二人共、今は東京にいますが、離婚してお互い別の家庭を持ってます。だから、必要なくなって僕にくれたんでしょうね。慰謝料代わりに」


 しまった……と、菜々美は口を抑えた。

 そんな菜々美を、彼は逆に気遣うように笑みを見せると「気にしないで下さい」と首を竦めた。


「何もないところですが、雨が止むまでゆっくりして行って下さい。今、着替えとタオル持ってきますから」


 そう言い残して、彼は大広間から二階に続く階段を登っていった。

 昔見た映画『風とともに去りぬ』で、こんなお屋敷あったなあ……と、菜々美は彼の後ろ姿を見送りながら考えていた。

 彼が纏う世捨て人的な雰囲気は、実際に両親に捨てられてしまったという経験がそうさせているのかもしれない。

 営業に来た事は迷惑だったようだが、基本的にお客は歓迎してくれる。

 嵐の夜に突撃してきた見ず知らずの女にまで、彼は差別なく家に入れてくれたのだ。

 まだまだ得体の知れない紅茶王子ではあったが、悪い人ではない事が分かって、少し安心した菜々美は、広々としたロビーのような大広間を歩きまわって観察を始めた。

 素敵なお家に入ったら、まずインテリアを物色してしまうのはオバサンの性だ。

 部屋の隅にレンガ造りの暖炉を発見して、思わず駆け寄ってしまった、その時。


「な、何これ!?」 


 暖炉の上に飾られた木製のフォトフレームに気がついて、菜々美は驚いて硬直した。

 それと全く同じフォトフレームを、菜々美も自分のマンションに持っているのだ。

 しかも、中に入っている写真まで、菜々美が持っているものと全く同じだった。

 フレームの中の写真は、菜々美が部長を務めた合唱部の集合写真で、高校三年の引退コンクールの会場で撮ったものだった。

 当時の顧問の先生が引退の記念にと、この写真を焼き増しして、部員全員にお揃いのフォトフレームに入れてプレゼントしてくれたのだ。

 写真の中には高校3年生だった菜々美が、まだ穢れのない若々しい笑顔でVサインしている。


「ど、どうしてこの写真がこんなところにあるの? まさか、紅茶王子って、あの時、合唱部にいた男子生徒!?」


 菜々美はフォトフレームを顔に近付けて、写真に写っている部員を確認した。

 合唱部なんて圧倒的に女子が多かったから、男子生徒はいるだけでも印象的だ。 しかも、あれほどの男前が入部していたら、部長だった菜々美が覚えていない筈がない。

 だが、その写真の中に紅茶王子と思しき男子生徒は見当たらなかった。


……一体、どうして彼がこの写真を持ってるのかしら?


 その時、暖炉の前で写真を見ている菜々美の背中で、階段を降りてくる足音がした。


「タオル持って来ました。あまり濡れてるようなら着替えた方がいいですよ……って、何、見てるんですか?」


 菜々美の背中越しに、彼は菜々美が食い入いるように見つめているフォトフレームに気がついて、「ああ……」と言った。


「それ、僕が高校の時に所属してた合唱部の写真です」

「わ、私もこの写真持ってるんです! ほら、これ! 私が高校3年生の時のです! しかも、私、部長だったんですよ! あなたも北高の合唱部だったんですか!?」

「え!?」


 今まで穏やかだった紅茶王子の顔色が一変した。

 菜々美の手からフォトフレームを奪い取ると、写真を見、菜々美の顔を見、そして、ジーンズのポケットに無造作に突っ込んでいた菜々美の名刺を取り出して見比べた。


「吉岡菜々美……って、まさか、あなた、吉岡部長なんですか!?」

「は、はい。確かにこれは私で、部長って呼ばれてました。でも、あなたは?」


 紅茶王子は信じられないといった顔で、菜々美の顔を見た後、写真を指差して言った。


「僕はこれ。滝沢蓮たきざわれんです。覚えてないですか?」


 彼が指差したのは、写真の中で一人だけグランドピアノの前で座っている小さな少年……。

 だが、それを見た途端、菜々美の脳裏にあの頃の記憶が一気に蘇った。


「あーっ! あなた、もしかしたら『小坊主こぼうず』君?」


 菜々美の言葉に、紅茶王子の顔が一瞬で引き攣った。



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