Module9.ヘビーテスター千鳥
「俺は今猛烈に感動しているううう」
乾杯の音頭をお願いしますと幹事に振られた社長が、
ひとしきり耳タコなグラン・ロウレルへの熱い想いを語ろうとする。
それを、まあまあ、と制したのは剣氏であった。
「ビールの泡が飛んじゃいますから、短めに、ね」
温和に微笑むので、社長はこほんと咳払いをした。
「あーでは、短めに。
皆さん、お疲れ様でした。そしてありがとう!
ついに、我々のゲームをベータリリースまでこぎつけることができました。
もちろん、これで終わりというわけではなく、
正式リリースまで、また正式リリース後にもまだまだ皆さんの力が必要です。
これまでと同様に皆さんのお力をお貸しください。
ともあれ、今日は、そんなことは忘れてお楽しみください。
やろうども、今日は俺のおごりだぁ!
かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
どこの山賊だ、的な結びだったが、場は盛り上がった。
テーブルの各所で乾杯という声とともに生ビールのジョッキが打ち合わされ、
料理をつつきながらの歓談へと移っていった。
ひとしきり食べ物が消化されたあとは、2階の座敷なので、ジョッキを持ってうろつくものも出てくる。
「吉田さーん、飲んでますかぁ」
そう言いながら俺に近づいてきたのは、山口千鳥――アルファリリース版テスターのひとりだった。
「え、ジュースなんですかぁ」
俺の手元を覗き込んで意外そうな声を出す。
「ん、ああ、スクーターで来てるからね」
「えー今日くらい、徒歩で来ればよかったのにー。
僕なんか、わざわざ電車にしたんですよーいつも自転車なのに」
「はは、そうすればよかったけどね。寄るところもあって」
まあ、実のところ下戸で、スクーターは言い訳のために乗ってきてたりするんだが、
わざわざ説明する必要もないので黙っておく。
千鳥が、そうなんですかぁと言いながら、ビールをすするのへ、
「山口さんは、年齢的に大丈夫なの?」
と思わず聞いてしまう。
僕、という一人称を使っているが、千鳥は女性である。
しかし、童顔でつるべ(ry…もとい女性的な凹凸に多少欠ける体型の千鳥は、ぱっと見高校生くらいにしか見えない。
「あ、ひどーい。これでも、今年の2月に20歳になったんですよー」
ぷーっと膨れる。
そういう動作がさらに子供っぽさをかもし出すわけだが、
と思ったが、これ以上藪をつつくこともないと口をつぐむ。
「でも、山口さんがこういう場に参加するって珍しいね」
「や、だって、今日は剣さんが参加されるって言うから。
参加しない手はないっしょ!
剣さんですよ、剣さん!!!
我らがグラン・ロウレルの生みの親、グランドデザイナー。
もうね、拝みに来たわけですよ!」
なるほど、ファンってわけね、と納得する。
こう見えても、彼女はディープなネトゲプレイヤーで、アルファリリースのテスターの中ではダントツにプレイ時間が多い猛者であった。
ちなみに、3番目にプレイ時間が多いのが、社長らしい。
それは会社としてどうなの?と思わなくもないのだが、
「俺が面白いと思えないゲームが売れるわけないだろう!」
と胸を張ってプレイしているという。
…まあ、一理ある…のか?
剣氏に会いたいからという理由があったにしても、彼女がこういう場に出てくるようになったということに、感慨深いものがある。
(だいぶ回復したってことなんだろうなぁ)
社長の知り合いの子供だという千鳥は、そのエキセントリックさから、高校時代にいじめを受け、引きこもってしまったという。
彼女が唯一外の世界との接点を持ったのがネトゲ、オンラインゲームだった。
が、まあ良くある話で、そのまま廃人化。
心配した親が、どうせネトゲに嵌るなら、と、うちの社長に相談してアルファリリースのテスターとして雇ってもらった。
という事情を、とある機会に聞いていた。
「今、レベルどれくらいなの?」
「レベルっすか?まだ、勇者のLV12ですよ」
「えっ!勇者にジョブチェンジできたの?!」
「もっち、よゆーっすよ、よゆー」
千鳥は軽くブイサインをして見せたが、勇者というのは基本4職業をLV50まで上げたあと転職できる上級職をさらにLV80まで上げて初めて転職できる職業のはずだった。
レベルが上がれば上がるほど、経験値を稼ぐのは大変になるので、そこまで到達するにはかなりのプレイ時間と、熟練が必要なはずであった。
大学にも進学せず、全ての生活をゲームに費やしているわけだから、ありえる話ではあるが…それでも。
「すげー」
と素直に感想を述べると、や、そんなことないっすよ、と千鳥が照れた。
と、剣氏の隣にいたメンバがよそへ移動したことに気が付く。
「あ、ほら、剣さんの隣が空いたから行ってきたら」
勧めると、千鳥が動揺する。
「や、僕みたいなパンピーがそんな、恐れ多い」
恐れ多いってなんだ。
まあ、遠慮せずに、と千鳥を連れて、剣氏の隣へ向かう。
空いた席の隣のメンバが気を利かせて、よそへ移動してくれた。
感謝、と会釈して、千鳥を剣氏の隣へ座らせ、俺はその空いた席に座る。
「こんばんわ、剣さん。
この子、山口千鳥さん、知ってますよね」
「お、吉田君、こんばんわ。
あ、その子が山口さんか。
名前はよく知ってる。
すっごい遊んでくれてるよね」
ヘビープレイヤーである千鳥は、テスターの中でも有名であった。
「あ、あの、グラン・ロウレル、すげぇ好きっすから」
剣氏は、社長と同じ40代のはずだったが、30代前半くらいに見える。
童顔というわけではないが、雰囲気が若いのだ。
少し長めの黒髪に、知的な風貌は、銀縁のメガネでさらに強調されていた。
控えめだが上品なスーツを着たその姿は、どこかの大学の教授と言われても納得できる風情だった。
そんな、憧れのデザイナーに微笑みかけられて、千鳥は真っ赤になった。
答える声が、超上ずっている。
「あの、その、このゲームを作ってくださって、ありがとうございます」
それでも、これだけは言わなくちゃ、と思っていたらしい台詞を言うと、ぷしゅうという感じで力尽きた。
「こちらこそ、ありがとう。
そう言ってもらえるのが、作った者としては一番嬉しいんですよ」
千鳥はその笑顔に撃沈した。
僕ちょっとトイレ!と叫んで戦線を離脱する。
席を立つ理由として、それは女の子としてどうなんだ、と思う俺。
剣氏はやはり温和に笑っていた。
ボクっ娘登場。