Module7.望郷の念
俺はやんごとなき事情で切迫した状態にあった。
青いグリフォン亭1階の酒場兼食堂で夕食という、どろっとしたシチューにパン、ポテトサラダみたいなすりつぶした芋ペーストを小皿に盛った料理を食べたのが小一時間前。
上から入れれば下から出て行くものがある。
それが人間の生理、世界の摂理である。
しかし、その生理現象を解消するための場所が見つからずに俺は困惑していた。
部屋には見当たらず、宿屋の他の場所にあるのかと3階まである宿屋を各階見て回ったが、それらしきものはなかった。
そして、時間が経てば経つほど、状況は切迫してくる。
蒼白になりながら、いっそ外でと、宿から出ようとする俺を、レイチェルが呼びとめた。
「お客様、何かお探しですか?」
きょろきょろとあちこち覗きこんでいた俺に声をかける機会を伺っていたらしい。
いや、声をかけたそうにしているのも、聞いた方が早いのもわかってはいたのだが、内容が内容だけにうら若い乙女には聞きにくかっただけのことである。
いっそおばちゃんだったら遠慮なく聞けたのだが…
ええい、背に腹は代えられない。
「ええと、その、お手洗いはどこですかね」
思い切って尋ねてみたが、レイチェルは首をかしげただけだった。
「お手洗い?」
「あの、そのトイレというか便所というか」
幾分婉曲表現で伝わらなかったのかと、直接的な単語に切り替える。
「といれ?」
それでもわからないらしく、俺は途方に暮れた。
「あの、その、ええと生理的なナニを出したいわけで」
何この羞恥プレイ。
彼女イナイ歴=年齢のどうt(ryにはきつい仕打ちだった。
顔が熱く、自分が真っ赤になっているのがわかる。
「ナニって何を…ああっ」
腹を押さえ、顔を真っ赤にした大人がもじもじしているのを見て、ようやくレイチェルにはわかったようだった。
にっこり笑って2階を指差す。
「お部屋に壺がありますので、そちらにどうぞ。
お客様が部屋を出られた後、係の者がベッドメイキングのときに片付けますのでご心配なく」
「つ、壺!?」
部屋に戻ってよく見てみると、確かに大きめの壺が置いてあった。
やむなくその壺で生理現象を解消した俺は、しみじみ日本へ帰りたくなった。
安西先生! シャワー温水便座付水洗トイレが恋しいです!
不幸中の幸いは、蓋がしてあったことか…
…文字通り「くさいものには蓋」をして、その壺のことは意識的に思い出さないことにした。
壁際で存在感を放ってる気がするけど、気にしないったら気にしません!
次に、装備を脱ぐことにチャレンジする。
…これ、どこをどう外せば脱げるの?
標準的な現代日本人に、鎧の着脱に関する知識などあるはずもない。
やはり小一時間格闘して脱ぎ終わると、ようやくベッドへ崩れ込んだ。
…脱いだはいいが、明日装備できるのだろうか…
「つ、疲れた…」
体力的に疲れたわけではない。
そう、HP表示は満タンになっている。
だが、精神的には非常に疲れていた。
日本ではありえない土地、日本人ではありえない人々、見慣れない生活風習に食事。
「どう考えても異世界だよなぁ」
自分が動かしているこの体でさえ見覚えのある自分のものではない。
ごつごつした大きな手を広げて見る。
グローブを外した素肌は、見慣れた肌色ではない。
レイチェルのような白い肌でもない。
浅黒い、褐色の肌である。
俺は、キャラクター作成の時に、南方系の人種を選んだことをおぼろげに思い出した。
「ステータスオープン」
メニューがあったことを思い出して、ステータス表示画面を開くと、人種の欄に「南方人」と表示があった。
南方人は、ドワーフの血を引いていると言われ、浅黒い肌に黒髪、頑丈な体格を特徴としていた。
確か、体格や筋力の成長に補正がかかるため、ファイター系の職業を好むプレイヤーが選ぶだろうと見込まれていた。
というか、ファイターならこの人種がお勧めということで選んだのだった。
「ゲームでの設定のまんまなのかね…」
どうしてこんなことになったのか。
ようやく、俺は、手がかりになるかも知れないと、この世界に来る前の最後の記憶を振り返ることにしたのだった。
少し、装備周りの記述を追加しました。
生真面目に手動で脱いでますが、装備メニューを忘れてるっぽい。