Module4.始まりの街ル・シェラ
始まりの街ル・シェラまでは迷わずに着けた。
まあ、マップを小画面表示にして常時確認しながら移動してきたので、迷いようがない、とも言う。
頬を撫でる草原を渡る風も、日が沈みかけてだいぶ冷たさを増してきていた。
踏みしめる大地は鉄の靴の下でじょりじょりと音を立てる。
視界に重なるゲームのメニューは非現実極まりないのに、感覚はこの世界がリアルであると訴え続けていた。
ル・シェラを囲む石壁と門が見えてきて、俺は改めて緊張してきた。
門へ続く街道には、数名の人影と馬車、馬などがちらほらと動いているのが見える。
あるものは門へと急ぎ、あるものは街から離れようとしている。
人間――ゲームでは定型の返事しかできなかったノンプレイヤーキャラクター(NPC)と呼ばれる彼ら。
特に役割を割り当てられてないモノについては、しゃべることもできないただ動くオブジェクト(物体)に過ぎなかった。
あの人々は、プログラムなのかそれとも本物のヒトなのか?
様子がわかるまでは、本物の人間と仮定して対応しておいた方が無難だろうな。
しかし、もし、本物の人間であったら、ここはゲームではないということになる。
ゲームでないとしたら、ここは…
暗い気分になるのを、頭を振って振り払うと、俺は門へ向かって歩を進めた。
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「身分証明書を見せてください」
黙って街へ入ろうとして門番の兵士に止められた俺は身分証明書の提示を求められた。
黙って入ろうとしたのは、言葉が通じるか自信がなかったせいでもあるが、俺に「この街は初めてですか?」と聞いた門番の言葉は、少なくとも俺には日本語に聞こえた。
外国語でなくてよかった。
自慢ではないが、英語はからきしで、大学では第二外国語も数回落とした揚句にお情けで単位をもらったくらいの言語音痴である。
和製RPGであるこのゲームはしかし、最終的には全世界展開を目指すとかで、将来的に自動翻訳機能を搭載する計画もあったが、そちらは当然のように別のプログラマが担当していた。
あいどんとすぴーくいんぐりっしゅ。
いや、英語じゃない気もするが。ぐるぐるしながら構えていた言葉は宙に霧散した。
「いや、まあその…」
ゲームではこの街を基点として冒険を繰り返してきたわけだが、そんな設定が反映されているのかどうかもわからない。
曖昧に言葉を濁す俺をうろん気に見た門番が、身分証明書の提示を求めたのが今、というわけである。
眉間に皺を寄せた胡散臭そうな目つき…
…ああ、すごく人間的です。
しかし、身分証明書の提示と言われて少し悩んでしまった。
この世界(?)の生まれでない自分にそんなものがあろうはずが…
…あった。ぽむと手を打つ俺。
財布代わりの革袋(小)を漁っていた時に見つけた小さなプレート(板)を門番に差し出す。
プレートを受け取った門番が、その表面の文字を読み取ると、眉間の皺が消えた。
「冒険ギルド・ル・シェラ支部所属、ファイターLV52、タク・ヨッシーさんですね。
確認しました、お通りください」
それは、プレイヤーならば誰でも持っている「ギルド登録証」だった。
所属ギルドと、職種とレベル、そしてフルネームが書かれている。
冒険ギルドは、他のギルドに入る前の初心者ならば必ず登録させられる基本的なギルドである。
特にル・シェラはスタート地点でもあり、冒険ギルドのル・シェラ支部といえば初期設定も初期設定と言える。
ギルドは冒険ギルド以外にも、商人ギルドや職人ギルドがあるが、そうしたギルドに所属したことはない。
だって、俺は(ry
まあ、そのギルド登録証があることを思い出したおかげで、無事俺はル・シェラへ入ることができた。
「ゲームでこんなチェックとか受けたことないけどなぁ」
と、思って門を振り返ると、やはり入ろうとしていた商人らしき人物が止められて、ひとしきり何かやりとりをしていた。
やはり、プレートのようなものを出してチェックを受けた後、さらに懐から銀貨数枚を取りだして渡している。
「税関?」
何度か海外にいったときの空港でのやりとりを思い出して、納得した。
ル・シェラは自治都市、つまり小さな国のようなものである。
街に入るにはそれなりのチェックと、入国税みたいなものが要るのであろう。
ゲームではそういう細かいルールはうざいので省略されていたわけであるが、現実ならば当然ありそうな話である。
「現実ならば、か…現実なら、ね」
今日何度目かわからない落ち込み。
「ともかく、宿屋でも探すかー」
ぶるぶると頭を振って気を取り直すと、定番とも言える宿屋探しを開始したのだった。