Module22.大魔術師との対話
ひたすら剣氏と対話する回。
ぼちぼち主人公が本気出します。ええ。
スロースターターですんませ(吐血)
食後時間を取ってくれるという約束の通り、
剣氏=大魔術師は、俺とテントの中で向かい合わせに座っていた。
それは、現代世界のテントというよりは、
テレビで見たことのある遊牧民の包とかいうものに似ていた。
形としては丸に近い多角形で、大人4人程度がゆったりと寝れる広さはある。
女性組は別のテントに、フィリップは見張りに立ってくれている。
見張りは全員での交代制になっており、俺の順番は朝方だった。
「それで、相談と言うのは何でしょう?」
促されて、俺はおもむろに口を開いた。
「まず、伺いたいんですが、
魔王の封印の勝算ってどれくらいあるんですか?」
剣氏=大魔術師は、黙ったまま目を細めて俺を見た。
ここは、先に俺の考えを言うべきか。
「ここのところの戦闘で、向こうでのゲームのデータが、
こちらの魔物のものとだいたい一致してることは確認しました」
戦った魔物の強さや能力といったものを注意深く記録してみたのだが、
ゲーム「グラン・ロウレル」でのデータとほぼ一緒と言ってよかった。
「魔王のデータも同じと考えていいんですよね?」
ベータシステムにはまだ実装こそしていないが、
ゲームバランスや、クエストでのプレイヤーキャラクターの要求レベル設定などのために、
ラスボス魔王の基礎データそのものは目にしたことがあった。
細かい数値は覚えていないが、
魔王封印の最終戦は、
リミットブレイク職4種4人でLV60が最低要求レベルだった。
しかもこれは、
魔王の封印が解けてない状況で、
通常護衛についている魔族を、
他のプレイヤーたちによるレイド戦で引き離しておくという前提がある。
千鳥=ミスティ、本人がどうしても残りたいと思っている以上、
それを無理に引き戻すのは難しいと理解した。
恨まれても困るし、いじけて引きこもりに戻られても困る。
それこそ、本人の望みどおり、この世界を救うことができたなら、
それなりに自信もつくことだろうが…、
だが、俺の把握している情報から考えて、
それほど簡単にうまくいくとは思えなかった。
通常は100年持つという魔王の封印が解けかけているという。
パーティメンバの3名はゲームで要求されているよりかなりレベルが高いが、
頼みの勇者はこの世界の者ではなく、付け焼刃で促成栽培中だ。
剣氏=大魔術師がロウランディア王国で王と面談はしていたようだが、
この世界でどのくらいの兵力が動かせるのか、俺には予測も付かない。
だから、まず、
剣氏=大魔術師がどのような手を打っていて、
どれくらい勝算があると思っているのかを、問いただしておきたかった。
俺が、そんな風に説明すると、剣氏=大魔術師は、
「そこまで考えた上でのお尋ねならお話しましょう」
と、ため息をついた。
「まず、ゲーム上の魔王のデータは、これまでの経験から算出したものです。
戦闘力自体は、ほぼ正しいと思ってくれてかまいません。
ただし、彼はこれまでの経験から学んで成長していますし、
その側近の知能の高い魔物たちも成長しています。
だから、数値だけで判断できない部分があります」
封印の解け具合については…と、剣氏=大魔術師は、口ごもった。
しばらく躊躇した様子だったが、俺がじっと見つめていると、
あきらめたように重い口を開いた。
「ぶっちゃけ、予測より速く進展しています。
闇の峡谷の魔物の活性具合から判断して、
かなり解けてきていると考えていいでしょう。
ですので、実はレベルアップを急ぐと同時に、
別の強化策を試してみるつもりでした」
強化策?
と気になったが、まあそれは後でお話します、と言われた。
「最後に、こちらの兵力の動員状況ですが、
お察しのとおり、ロウランディア王国の王に対応を頼んでいます。
魔王の封印が解ければ、何にしろ魔物の軍勢が押し寄せてきます。
その前に軍備を整えて、体制が整わないうちに叩くべきである、と。
すでに、うちうちに各国上層部および冒険者ギルドに、
通達がいっているはずです」
それにより、
レイド戦というゲーム的な仕組みではないし、数に差はあるが、
この世界の冒険者による大規模な軍が編成されるだろう、
ということだった。
ただし…
「ただ、それは時間がかかるため、
我々の行動に対して、魔物の軍勢をひきつける、
という役にはあまり立たないでしょうね」
それはつまり、俺らが大量の魔物を相手にしないといけないということ?
そう問うと、渋い表情をさらに渋くした。
「…相手にしたくないので、隠密で侵入するしかないですね」
え、まじで。
「幸い、私がこの世界に帰還していることは知られてないので、
まだ警備は薄いようです」
まあ、その辺は、賭けるしかないんだろうけど…。
「それで、成功確率的にはどれくらいと思ってるんですか?」
俺が改めて聞くと、
剣氏=大魔術師は今までに見たことがないようなシニカルな笑みを浮かべた。
「現状把握してる情報から判断する限りは…よくて5割」
半々って、いいのか悪いのか…。
「山口さんと吉田さんは、
パーティが全滅する事態になるようなら、
優先的に元の世界にお返しますよ」
「…それって、
剣さんや、エリスさん、フィリップさんは死んでしまうってことですよね」
俺が思わず確かめるのへ、剣氏=大魔術師は肩をすくめた。
「我々が失敗したら、何にしろ、
この世界の大半の人間は遅かれ早かれ死にます」
青いグリフォン亭のレイチェルや、ル・シェルで言葉を交わした他の住人たちも?
俺が思い出すル・シェルの情景はのどかで活気に満ちていて、
剣氏=大魔術師が口にする凄惨な未来は想像もつかなかった。
重苦しい沈黙が落ちた。
俺は、剣氏=大魔術師の言ったことを反芻して考えてみた。
はっきり言って俺には世界とか大きなものはわからない。
滅亡するとか言われてもぴんとこない。
世界を救う?何それ映画の見すぎ?
ってくらい馬鹿馬鹿しく思える。
しかし、
これまで同僚として一緒に働いてきた人間や、
困っているときに親切にしてくれた人間が死んでしまうかも知れなくて、
それに対して自分が何かできることがあるかもしれないとわかっていて、
それをしないでいるということは、
…俺にはできなかった。
(話がでかすぎて、ほんとに、現実感ないんだけどなぁ)
俺は頭を掻くと、おもむろに口を開いた。
「俺があちらの世界に戻った後、
こちらに戻ってくることは可能ですか?」
「それは、どういう…」
俺が口にした言葉が予測外だったようで、
剣氏=大魔術師は戸惑ったようだが、しばらく考えてから答えてくれた。
「色々と準備や確認が必要ですが、
戻ってこれないことはない、とは思います」
実際は調べてみないとわかりませんし、
やってみないとわからない部分もありますけど、
と剣氏=大魔術師は、肩をすくめた。
それならば、
と、俺は、ここのところ考えていたことを話し始めた。
「つまり、状況確認と帰還経路確保のために一回戻りたい、と」
俺が説明したことを、剣氏=大魔術師が簡潔にまとめる。
まずは、ちゃんとあちらの身体がどうなってるか確かめた上で、
社長と直談判して今動いているサーバプログラムを止めないように、
頼んでくるつもりだった。
ふむ、と剣氏=大魔術師が考え込む。
そこへ、俺は実はこちらが本題であることを、切り出した。
「カスタマイズをしたいんですよね」
「カスタマイズ?」
剣氏=大魔術師が訝しげに俺を見る。
「俺というか山口さんもだと思うけど、
のこの身体、あちらでのゲームみたいな機能があるのはご存知ですよね」
あなたが魔法的に作り出したものなんだから、
と、言うと、剣氏=大魔術師は困ったように笑った。
「面白いですよね。
そこまで再現されるとは思わなかった。
吉田さんから山口さんにDMがあったって聞いたときは、
そんなものまで実現されてたのかと驚きましたよ」
千鳥=ミスティからゲーム的な機能が使えることは、
こちらにきて早いうちに聞いてはいたらしいが、
ほぼ全機能が使えるとは、予想外だったらしい。
今度は俺が「?」な顔をする方だった。
「剣さんは、こういう機能は使えないんですか?」
聞くと、剣氏=大魔術師は首を振った。
「僕のこの身体はこの世界のオリジナルですからね。
そんな特殊な機能はありませんよ」
あれ、そうなんだ。
「そこまで詳細な機能がこちらの世界で実現できたのは、
あちらの世界のコンピュータデータが使えたせいでしょうね」
剣氏=大魔術師は簡単にこちらの魔術の仕組みを教えてくれた。
要は、術者の作りだしたイメージを魔力を使って実現化するのが魔術ということで、
通常術者の想像力と記述力、
つまり「実現化する仕組み」に対して具体的に説明するところで、
限界があるという。
「想像もしたことのないものは作り出せませんし、
曖昧な説明であれば、曖昧なものしかできあがりません」
それを補うために、参考となる物体を用意したり、
魔法陣に詳細な記述を特殊な文字で書きならべるらしい。
「今回の転移魔法では、
あちらのキャラクター情報をそのまま記述に利用したので、
色々な便利な機能がそのまま実現されたのでしょうね」
なるほど、と、具体的な仕組みはわからないが、俺はなんとなく納得した。
ふっと、疑問に思っていたもうひとつを聞いてみる。
「勇者をあちらでLV90とかにしてから連れてきたら早かったんじゃないですか?」
こちらで苦労してレベル上げするより、データがそのまま反映されるんなら、
ちょちょいとデータベースの数値をいじって上げておくくらいの芸当は、
開発者としての権限も持つグランドデザイナーであれば可能なはずだった。
「…無から有は生み出せないんですよ」
剣氏=大魔術師は肩をすくめた。
簡単に説明してくれたところによると、
レベルの高い存在は、実現するためのエネルギーがやはり大きい、
ということだった。
「要は、高レベルの存在を生み出すには、
それなりの量の元になるエネルギー源が要るってことですね」
変換ロスもあるので、大き過ぎたら、エネルギー源自体が消滅して、
魔術が失敗してしまう危険性もある、という。
そういう意味で、千鳥=ミスティの当初レベルくらいが丁度よかったらしい。
「どこからエネルギーを取ったんですか?」
剣氏=大魔術師は目を彷徨わせた。
「…企業秘密です」
言いたくないようだった。
「もしかして、俺のレベルが高かったりしたら危なかった?」
「…ええ、かなり」
剣氏=大魔術師は眉を寄せて、渋い顔をした。
…向こうから強い応援を数人連れて来てはどうか、
という俺の腹案のひとつはこれで没になった。
レベル低ければ連れて来れるのかもしれないが、役に立たないだろう。
火を吹いたデスマーチなプロジェクトに新人投入して更に火を噴くようなもんだ。
と、業界関係者以外にはわからない例えを自分でして納得する。
「俺が向こうに帰ったら、
今この身体にあるエネルギーは消滅してしまうんですか?」
帰還時にはこの身体を解体する、
というようなことを言っていた覚えがあったので、
俺は聞いてみた。
「元あった場所に一時的に戻せると思います。
というか、最終的に解体後は戻るようには術式を組んであったので、
それがちゃんと働けば戻ると思います。
…ロスは出ると思いますが」
ほんとに蓄電池みたいだな。
ロスが出るのも電池に似ている…。
「どのくらいロスが出るんですか?」
「おそらく、多くて30%、少なくて10%くらいだと思います」
ぬ、それはレベルが下がるってこと?
と、聞くと、剣氏=大魔術師はそうなりますね、と頷いた。
「正確に言うと、
下がった分のレベルになるように調整しておかないと、
エネルギー源に残ってる分から補おうとするので、
そこが枯渇すると実現化の魔術そのものが失敗するでしょう」
失敗すると、エネルギーが四散したり、運が悪ければ爆発したりするらしい。
それは、けっこう、怖い。
成功したとして、3割減で調整するとすると、
何回も往復するわけにもいかない、ということか。
うーん、と悩む。
「どのくらいロスが出たかとか、わかるんですかね」
聞くと、剣氏=大魔術師は首をひねった。
「こちらでは、エネルギー源の数値増減で確認することができますが、
それを向こう側にどう伝えるかが難しいですね」
うーん。
「通信経路みたいなのは作ってないのですか?」
「通信が必要になるとは想定してませんでした」
短期で片をつけて、千鳥=ミスティを帰すことしか考えてなかった、
だから、作りこんでない、という。
まあ、仕様になければ作られないよな、
と、俺はこの魔術というものをプログラムと同じに捉え始めていた。
それ以上いいアイデアも出なさそうなので、俺は話題を戻した。
「向こうのインターフェースをカスタマイズした場合、
戻ってくるときにそれが反映されますか?」
剣氏=大魔術師が再び悩む。
「正直、ここまで再現性が高いと想像してなかったので、
どういう結果になるかはわからないのですよ。
表面的なものであれば、反映される可能性が高いとは思います」
ふむ、と、考える俺。もうひとつ聞いてみた。
「ジョブチェンジとか向こうでしてきても大丈夫ですかね…」
ううううん、と、剣氏=大魔術師が更に悩んだ。
「現状の術式自体の機能からいえば大丈夫だとは思いますが…
これ以上確実なことが知りたいなら、
後は、術式を実現化している仕組みそのものに聞くしかありません」
術式を実現化をしている仕組みそのもの?
ナニソレ?
「…コンパイラみたいなものですか?」
俺の想像したものを言葉にすると、剣氏=大魔術師が面白そうに笑った。
コンパイラというのは、人間の理解できる文字で書いたプログラムを、
コンピュータが実行できる形式へ変換してくれるプログラムのことだ。
魔法陣や呪文…剣氏=大魔術師の言い方なら「術式」か
―――がプログラムとするなら、
それを現実で実行する仕組みはそういうものではないのだろうか?
「どっちかというとインタプリタですね」
悪戯っぽそうな光が瞳に煌めく。
インタプリタというのは、
コンパイラが一気にコンピュータが実行できる形式へ変換して、
実行自体はその変換されたものがするのに対して、
プログラムを逐次読取りながら実行していってくれるプログラムだ。
確かに動作的には違うものだけれど…どういう意味?
「どっちにしろ会いに行く必要がありましたから、
その時に聞くといいでしょう」
会いに行くって…インタプリタに?
「明日はまだ準備があるので闇の峡谷で修行を続けますが、
先ほどちょっと言った強化策のために、
明後日に行く予定だったんですよ、
…地の女神に会いに」
神様に会いに行くという言葉に、俺の目は点になった。