Module14.現状の整理
1話が短いすぎるらしいので、ちょっと長めにしてみました。
前のものをまとめるかどうかは未定です。
目を開けると朝だった。
…回想しているうちに寝てしまったらしい。
目の前には、見知らぬ天井。
と、けっこううるさくなってきたメニュー。
これ、消えないのかな。ゲームではオフにできた気がする。
「メニューオフ」
ボタンがあった。ぽちっとな。
おお、消えた!…メニューオンボタンだけ残ってるけど。
まあいいや、と妥協して、むっくり起き上がる。
見回して確認するが、昨日夜の記憶のままの「青いグリフォン亭」の部屋のままだ。
相変わらず、例の壺も壁際に鎮座されておる。
…またあれを使うのか…
起きたら俺の部屋で、夢落ちでしたー、なんて展開になってて欲しかった。
戻りたーい戻れなーい
…ふう
今日は何回ため息をつくことになることやら。
ええい、がんばれ俺。
ぺちぺちと頬を叩いて気合いを入れる。
生きてるからには食って寝て稼がねばならぬ。
そして、がんばって故郷に帰るんだ。
昨夜色々大事なことを思い出したような気がするので、一歩一歩進めて行こう。
うん、えいえいおー
空元気も元気の内、と気合を入れる。
…さしあたっての課題は、これかな。
と、俺は床に散乱した装備を見た。
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ブレストプレートと格闘すること数十分後、俺は装備メニューを思い出した。
メニューを開いて、体に装着を選ぶ。
と、あらあら不思議、あっという間に完璧装備。
…俺のこれまでの苦労は何?
昨夜の脱ぐときの苦労も思い出す。
脱ぐほうはこれか、ぽち。
…うふふ、かんたーん(はぁと)
いや、ほら、人前のこういう着脱をしたらまずいかもしれないから、普通の着脱方法を調べておく必要はあると思うんだ。
…
…べ、別にメニューがあるのを忘れていたのが悔しくって言ってるわけじゃないんだからね!
一人ツンデレで恥ずかしさを紛らわせてどうする。
俺は、朝飯を食べに行くことにした。
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朝食は、オレンジジュースっぽい果物の絞り汁に、牛乳っぽい何かの動物の乳に、謎の野菜たちを盛り付けたサラダ、ハムエッグ、パンをスライスしてトースト、といったラインナップだった。
卵を産んだのは鶏っぽいけど鶏ではない鳥で、パンの原材料の穀物も小麦と似たような別のものだった気がしなくもない。
しかし、いちいち「○○っぽい別のもの」というのがめんどくさいので、相当品についてはこれからはそのまま○○と呼ぶことにする。
気にしたら負け!
ということで、けっこううまかった。
教えてもらった中庭にある井戸から水を汲んで顔も洗えたし。
タオルは貸してくれた。
歯ブラシと歯磨き粉がないのがちょっとあれだが、仕方ない。
…この体って虫歯になったりするんだろうか…
この世界って風呂もないっぽいんだよなぁ
体埃っぽいし、頭とかも洗いたいんだけど、どうすればいいんだろ。
水浴び?
まあ、これはそこまで切迫した問題ではないので後に考えることにして、ひとごこちついた俺は状況の整理をすることにした。
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まず、俺は今、俺が開発していたゲームの世界であるグラン・ロウレルとそっくりな世界にいる。
シェランド草原、ル・シェラ、青いグリフォン亭、レイチェル、これらはゲームに存在していたものとほぼそのまま同じである。
ただし、街に入るときのチェック、排泄関係など、ゲームではゲーム性のために省かれていた「現実的な細々としたこと」がしっかり存在する。
また、ゲームのNPCではありえないような多様な受け答え・表情ができることから、レイチェルをはじめとする住人達は「リアルな人間」と考えられる。
また、俺の体についても、空腹になったりトイレに行きたくなったり自然な生理現象がおこることから現実的な存在である。
角に小指をぶつけたら痛い、というか痛かった。
その一方で、俺の視界にはゲームそのままのメニュー画面が表示されている。
また、ゲームで普通に使用できていた機能、インベントリや装備着脱などがそのまま使えている。
この機能が、この世界の人間にも使えるのかは今のところ未確認である。
(こんなことできますか、って聞くわけにもいかないしな)
また、この体も元々の俺自身のものとは大きく異なる。
人種もこの世界のものだし、体格も違う。
顔立ちも、水に映ったものを見た限りでは違うようだった。
職業や技能にいたっては元々のゲームで身に付けたものである。
つまり、器は違うが、意識は俺、という状況だ。
さて、そして、この世界に来ることになった原因であるが、記憶を辿ってみると、ベータリリースサーバで動かされていたアルファ版グラン・ロウレル、そこにログインして、大魔術師ミィ・トゥールが魔法をおこなっているところに居合わせてしまったため、のようである。
(大魔術師ミィ・トゥールね…)
俺は、グランドデザイナー剣氏と、CGモデラー兼デザイナーの女性社員との会話を思い出した。
『このミィ・トゥールってキャラクター、剣さんに似てますよねー』
『似てるっていうか、それ僕だから。もっと似せてあげて』
『えーまじっすかw』
自分の作品に、自分をキャラクターとして登場させるってのは、ありがちな話ではある。
普通は、脇役だったりするわけだが。
大魔術師も確かに脇役ではあるのだが、シナリオ上非常に重要な役柄である。
大胆だな、とその時は思っただけだったが…
大魔術師ミィ・トゥール、別名「剣の魔術師」。
稀代の魔術師で、勇者の友。
気が遠くなる年月を生きてきたと言われ、世界の危機には勇者を伴って現れる。
その二つ名は、通常の杖ではなく巨大な剣を魔具として使用することからついた。
なぜ、その剣を携えることになったのかは語られていない。
前回の世界の危機、魔王との戦いで、封印には成功したものの勇者とともに姿を消した。
生き残ったパーティのメンバによれば、魔王が開けた穴に吸い込まれてしまったらしい。
以来行方知れずであったが、魔王の封印の弱まりを警告し、今度こそ封印を確実にするために帰還してきた。
正式な名前はアラなんたらかんたら・ミィ・トゥールというらしいが、くそ長いためミィ・トゥールとだけ、呼ばれている。
こんな設定だった気がする。よく覚えてるな俺。
「剣の魔術師」から「剣」、ミィ・トゥールから「充」?
…まあ、なんて厨二病ちっく。
しかし、当日の前後関係から考えても、剣氏が大魔術師ミィ・トゥールということで間違いないだろう。
おそらく、魔王によって我々の世界に吹き飛ばされていたが、アルファ版グラン・ロウレル経由で帰還を果たした、ということなんだろう。
そして、俺は、その帰還に巻き込まれてしまった、ということか。
いや、俺だけじゃない、と思い出す。
山口千鳥、彼女のキャラクターもあの場にいたな、と。
ただ、彼女は状況を理解していたようなので、巻き込まれたというわけでもないのかもしれない。
ともあれ、元の世界に戻るには、原因である大魔術師=剣氏を捕まえるのが必要なようだ。
この世界に連れてきた人物なら、帰すこともできるはずだ。
…多分きっと。
問題は、どうやって捕まえるか、だ。
彼が住居としている大魔術師の塔は、西の最果て、西の海に浮かぶ孤島にある。
通常の手段で辿りつくのは困難である。
ゲームではいくつかのクエストをクリアすると訪問できるようになるのだが、初期状態からじゃ何年かかるかわかったもんじゃない。
ゲームでは開発者無双、デバッグモードで反則技的な移動をしたわけだが…ん?
デバッグモード?
あれってもしかして、ここでも使えるのん?
俺は、興奮した。
あれが使えるとしたら、俺ってテラチート!
震える手で、慣れた動きを再現する。
おおおおお、デバッグモード出たああああ
その素っ気ない画面がポップしたのを見て、俺は狂喜乱舞したのだった。
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デバッグモードは色々な用途に使われるが、ひとつの使い方としてレベルや能力値を好きな数値に設定できるというものがある。
まあ、これはあるクエストのテストがしたい、というときにその必要レベルや能力値に合わせたり、ある技能のテストがしたい、というときにその習得レベルまで上げる、といった目的のためであって、全能力値MAXにして俺つええええ、とするためでは決してない。
第一そんなキャラクターがプレイヤーにいたら、バランス崩壊も甚だしく、白けてしまう。
本人もやってて面白くないと思うのだが、どうなんだろうか。
もちろんゲームならば、だ。
しかし、現実でそれができると言うのならそれは魅力だ。
イケメンどころの話ではない。
ビバ!ヒーロー!
最強、モテモテのウハウハ!
ハーレムだって夢じゃない!
…かもしれない。
実際にハーレムなんか作った日には、心労で倒れそうな気もするが、やはりそこは男の子。
ときめいたりしちゃったりするわけですよ。
そのときめきを胸に能力値をクリックした俺は、そこで固まった。
…あれ、これどうやって変えればいいの?
ゲーム上では、数値をクリックして反転させたあと、キーボードから任意の数値を打ち込むことで変えることができた。
しかし、今、ここにキーボードなどというものはない。
使えるのは、声、そして、手振りのみである。
…念じれば変わったりしたりしないかな?
と、念じてみたが、ダメだった。
がっくり…
数分前に大きく膨らんだ男の子の夢は、あっという間にしぼんでしまった。
俺は泣いた。男泣きに泣いた。
我泣きぬれて蟹とたわむる
…蟹じゃなく枕だけどな。
うじうじと枕をいじっていると、掃除のおばちゃんがやってきて、部屋を追い出されてしまった。
ベッドメイキングするんだと。
俺は煮詰まった気分を切替えるためにも、街に出てみることにした。
チート最強になかなかなれない主人公^^;