表裏一体
『お久しぶりです。最近は中々チャットをしていませんでしたね。
そして原稿ありがとうございます、五劫ミル先生』
機械越しの音声が、私の耳に入る。
『いえ、私も最近良いモデルを見つけましてね』
暗い自室で、私がマイクに向かって声を発すると、それは機械によって歪められ、相手へ届く。
相手に真実の声が届くことは、ない。
『いいモデル、ですか』
『そう。いいモデルです。おかげで創作意欲が刺激されました』
そう言う私の脳裡を、ある魔法少女が過る。
きっといい主役になってくれる、そんな強烈な予感がした。
『そうですか……まぁ、真実は小説よりも奇なりと言いますもんね』
『確かにそうだが……まぁ私はあまり好きじゃないのだがな、その言葉は』
『それは初耳です』
言ったことがなかったか……記憶を回顧するが、特に気にしていないことなので覚えていない。
私にとっては伝えても、伝えなくても特に影響がないからだ。
『そういえば、一つご報告があります』
『報告?内容は?』
やけに神妙な雰囲気が声越しに伝わる。
私は面白くなりそうな気がして、高揚感と共に次の発言を待った。
『最近、来栖という情報屋が貴方のことを調べているそうです』
『ほう』
『まぁといっても恐らくバックがいると思われますが、流石にウチはそこまで調べる義理はないので、ご自身で調べてみてください』
そこまでしか知らせないのか。相変わらず嫌ったらしい。
私が「そこまで言うなら調べてくれればいいものを……」と微かに呟くと、どうやらそれはマイクに入っていたらしい。相手から苦笑が返ってきた。
『アハハ……勘弁してくださいね。あくまでビジネスライクですから』
『ふむ、それを言われると弱りますね。まぁいいです。こちらで調べます』
『それでお願いします。調べ方などはお互い聞かない、ですね』
それを聞いた後、退出ボタンをカチリと押す。
私は少しの疲労を感じ、椅子の背もたれに凭れかかった。
前世よりも椅子の反動は少ない。体重が大きく変化しているからだろう。
随分華奢な体だ、としみじみ思わずにはいられない。
「それにしても……五劫ミルという存在も有名になったものだね」
或る意味臨んだ展開ではあるが、こういうものには実感が伴わない。
株が10倍になっても、嬉しくはなるが、実感はないのと同じだ。
ふわふわとした不思議な気持ちだった。
天井へと手を伸ばす。
LEDに照らされる手は白く、細い。体毛さえ生えることを忘れている。
「だがこの調子で五劫ミルの名を広めれば、私の願いはいずれ成就する。私の集大成たる一冊を、世に」
私は拳を握った。
目的の為なら、今の私なら何でもできる。
次の一冊は、どう始めようか?
「おーい!伊織~!一緒にゲームしない~?」
ふとすると、一階から兄の声が聞こえてきた。
いや、私が兄と呼ぶのは皮肉かもしれない。
私という存在がこの肉体にいる時点で、元来としての妹の私は最早存在しないのだから。
「……さて、その情報屋の来栖という人間にファンサービスでもしてあげよう」
今の私は、物書きの私だ。前世から、それは変わることがない。
「今行く」
一階に返事をしてから、私はバタンとノートパソコンを閉じた。
―――――――――――――――――――――――――――
『……もう暫く帰れそうにない』
僕は今しがた受話器越しに聞こえた声を、反駁する。
帰れそうにない、帰れそうにない……
記憶で同じ単語は、既に5回は聞いている。
僕は内心の複雑な怒りを抑えながら、声を上げる。
「……そうなんだね。体調に気を付けてね」
『……ああ、ありがとう。……お前たちこそ、体調に気を付けてくれ』
「……うん。でも、早く帰ってきてね、父さん」
通話の切れた受話器をそっと戻す。
今の僕の体内は、どろどろとした感情がダムのごとく溜まっている。
寂しい、どうして帰って来てくれないのか……。
分かっている、それは自己都合だ。
父さんは必死に僕達の分までお金を稼いでいる。
バイトをしようかと提案したけど、父さんは学業を優先しろと断った。
いい父親だと思う。思いたい。
ふと隣を見ると、そこには写真立てに入った家族写真。
いつもより若い父さんに、まだ生きている母さん。
そして一回り小さい僕と、伊織。
昼下がりの日光に照らされ、輝いて見える。
急に誰かと接したくなった僕は、ゲームのコントローラーを握りながら二階へと声を張り上げた。
「おーい!伊織~!一緒にゲームしない~?」
―――――――――――――――――――――――――――
少し待っていると、伊織が足音と共に姿を現した。
白のパーカーとズボンを着ており、珍しくパソコンを持っていない。
「それで、何のゲームをやるんだ?」
特に考えていなかった。
僕はゲームのコントローラーの一つを伊織に手渡しながら、少し考える。
「このゲームとかどうかな?」
偶々最初に思いついたゲームのカセットを見せると、伊織は眉を顰めた。
「……それは格闘ゲームじゃないか。私は上手くないぞ」
「ま、まぁやってみよう、ね?」
僕が押し強めに言うと、伊織は渋々といった様子だったけど了承してくれた。
カセットをゲーム機にセットし、テレビに反映させる。
そうすると、テレビはすぐさま一台のゲーム機に変貌するのだ。
ボタンを押し、ゲームのキャラクター選択画面へ飛ぶ。
画面にはたくさんのキャラクターが並んでいて、それぞれが個性のある能力を持っている。
「じゃあ、キャラクター選ぼう」
そう言って画面の矢印で操作を始めると、伊織も「分かった」とそれに従い、画面の矢印をコントロールで操作し、キャラクターを選ぶ。
僕が無難なキャラクターを選んだ一方で、伊織は初心者には扱いずらいかなりの変化球なキャラクターを選んでいた。
「それ、使いずらいと思うけど」
「どれを選択しようと根本的に下手なのだから差はない」
伊織が画面を見ながら言う。
画面では既に戦闘開始のカウントダウンが始まっていた。
0……コントローラーのボタンを押し、キャラクターを素早く動かす。
だけど伊織のキャラクターはよろよろと動いていて、ぎこちない。
まるで昔正月の時に機械音痴のお爺ちゃんと対決したときのような感覚だった。
確かに昔っから伊織はゲームをしている姿は見かけなかった。
「……難しい。操作が奇々怪々だ」
「本当に現代っ子なのか疑わしいレベルだね……」
僕が苦笑している間にも、画面の中では伊織のキャラクターが落下死、落下死、落下死を重ね、エスカレーター式に僕が勝利した。
その後何回かやったが、伊織が上達することはなく、自爆の連続で終わった。
「本当に格闘ゲームは苦手なんだね」
「今のゲームは良く分からない。マリオとかなら出来ると思うが」
「あ、ならカセットあるからやってみよう」
棚から少し前のバージョンのマリオのカセットを取り出す。
最新版は今のバージョンに満足しているので買っていない。
パッケージを開け、カセットをゲーム機に挿入すると、ゲーム画面はマリオへと変化した。
「それじゃあステージ最初からやってみよう」
二人プレイを選択し、始めのステージに入る。
僕は早速コントローラーを操り、ぴょんぴょんと跳ねる。
だけどここで予想外の展開が起きた。
なんと伊織も巧みに操作し付いてくるのだ。
「え、凄い。さっきまでのは何だったんだろう」
「昔のゲームは既知だから出来る。マリオやグラディウスがいい例だ」
古い。
グラディウスなんて、お爺ちゃんにゲームセンターに連れられてやったことがあったが、ファーストステージで完敗した。
「グラディウス出来るんだ?」
「ああ、後半まで進めたが挫折した」
いつの間にそんなに……そう思っている間にも僕達はコントローラーを操作し、敵を踏み潰しながら進んでいく。
そのまま先ほどまでとは違いスムーズにゴールした。
「もう少しやってみない?」
「構わない。時間には猶予がある」
伊織の賛成を得て、次のステージへと進む。
そこもクリアし、また次、その次……と進んでいる間に気づけばとっくに1時間も過ぎていた。
僕は疲れて、背後のソファーに凭れかかる。
一方で伊織も少しは疲れているのか、背筋を伸ばしていた。
ゲーム音が聞こえなくなった部屋はやけに静かで、いつの間にか、また心の内で寂しいという感情が芽生える。
LEDが僕を照らしてくれるけど、温かさはなかった。
寂しい。先ほど父さんと会話したばかりだから猶更そう感じる。
無性に寂しくなった僕は、ふと、座ったまま移動して背後から伊織をギュッと抱きしめた。
「ん?どうした」
伊織が不思議な顔をするが、嫌そうな表情はしないし、僕を引き離すこともしない。
抱きしめられるのに慣れたのかは分からないが、昔から抵抗も、自らすることもほとんどなかった。
「いいや。いい香りだね」
「……そうか。石鹸しか使用していないのだが」
フローラルな香りが僕の鼻を貫き、じんわりとした温もりと柔らかさが僕に伝わる。
妹に抱きつく兄はどうかと思うが、この安心感を手放したくはなかった。
伊織は軽い溜息を吐いたあと、動かないようにしてくれる。
妹に甘える僕って情けないなぁと思うけど、普段頑張っているのだからいいのだ。
僕は人体の包むような温かさに身を委ねた―――――
「……んん」
視界が開ける。
……どうやら僕は寝落ちしていたらしい。
いつの間にか僕はソファに寝かせられ、上には薄い毛布が掛けられている。
伊織がやってくれたのだろうか。なら、ありがとうを言わないと。
僕は上半身を起こし、周囲を見渡す。
だが、そこにありがとうを言わなければならない相手の姿はなかった。
代わりに、傍の小さな机に書置きが静かに置かれていた。
そっと手に取り、文字へ目を落とす。
思わず苦笑した。
『兄へ。
暫時外出する。夕方辺りには帰宅するつもりなので心配は不要』
……夕飯どうしようかな。
そう思った時だった。
ドーン、と遠くから何かの爆発音が聞こえた。




