偶運必須
「はぁーっ!疲れたぁー!」
私は気だるげに叫びながらベッドに仰向けに倒れ込む。
視界を横に向けると、可愛い動物のぬいぐるみ達が私を見返してくれる。
だが私は可愛い、ではなく淋しいと思った。
何故なら親は見返さない。いや、見返すことができない。
残していくのは”これ、食べておいてね”のメモだけ。
父親はそもそもで行方不明だった。
ぽっかりと空いた心を満たさんとばかりにぬいぐるみを抱き寄せると、ふにゅりと優しい感覚が肌を触る。
周りの魔法少女も似たような境遇が多かった。私よりヒドい所もあったらしい。
ぬいぐるみを強く抱きしめる。
暫くそうしていたが、宿題があることを思い出し起き上がった。
傍に乱雑に置いている鞄を拾い、チャックを開ける。
「えーっと……今日の宿題は―――――――ってこれは!」
ガサガサと鞄を漁っていると、中から学校で拾ったあのブックカバーの小説が出てきた。
「あ!しまったぁ……落とし物箱に入れるの忘れたまま持って帰ってきちゃったんだ」
「どうしようかな……」と本を手に取り、改めてジロジロと見る。
シンプルなブックカバーに包まれたそれは、どこか重厚感漂うまるでパンドラの箱。
軽いはずなのに、やけに重く、冷たく感じるような気がした。
……中身、どういうのなんだろう。
五劫ミルっていう人は有名なのかは分からないが、少なくとも私は知らない。
スマホを使って調べようとも思ったが、今はちょうど充電が切れていた。
脳がどんどんとそのパンドラの箱へ意識を集中させ始める。
最後に残ったのは開ける、という選択肢だけだった。
「知らない持ち主さんごめんッ!」
誰かは知らないこの本の持ち主へ謝りながら、私は遂にその本を開いた。
筆者名の上には印字で淡々と書かれた、タイトル。
―――――『魔法解析論』
シンプルながらも全てを語らんばかりのそれに、私は更に興味を膨らませた。
薄い紙を掴んでページを捲り、始まる文字列へと意識を向ける。
『魔法とは?それに対して明確な答えなどないだろう。
マスコットなる存在からもたらされた、魔法少女が使うことのできるこの世の法則を逸脱したもの、というような答えが最も近いと言えば近い。
そもそも魔法というものは魔力というエネルギーを消費することによって組み立てるもので、いわば魔力というプログラムで作るロボットのようなものである――――――――――――」
私はそこから文字を何ページも追っていく。
時間が水のように流れ消えていく。
だけど読めば読むほど、少しずつある疑問が私の中で大きくなった。
「凄い詳しい……だけど、どうやってこんなに調べてるんだろう?」
単純な疑問だった。
この魔法のことについて書かれている本は冒頭から始まりかなり精密で、私でも知らなかったようなこともたくさん書かれている。
だからこそ、どうやってその情報を得ているのか。
先輩が言うには、魔法少女は世間にも広く知られた存在であるが、魔法の研究などは国の極秘管理下にあるらしい。
五劫ミルという人間が国家の魔法研究家ならそれに限らないが、逆にそうなら態々極秘にしているのに本として出版するのはおかしい。
考えれば考えるほど、この本のことが分からず、不気味に思えてくる。
「確かめないといけない、よね……」
私は固唾を呑んで、明日木下副長に聞いてみることを決めた。
―――――――――――――――――――――――――――
「ああ、五劫ミルか」
電話を耳に当て、片手でノートパソコンを打ち、もう片手で書類を器用に捲る木下副長が淡々と言った。
だが昨日と違い、先輩がいないからかもしれないが、緊張感はなかった。
「知ってるんですか?」
「ああ、魔法とか魔法少女関連の作家としてはかなり有名だろうな」
木下副長がノートパソコンのエンターキーをタンッと叩く。
そこには若干の苛立ちのようなものが含まれている気がした。
「だがやつの正体は全くもって掴めていないのが現状だ。多くのペーパーカンパニーを蓑のように使ってくるから出版社も掴めてないときた」
「じゃあ国の研究者の方ではない、と」
「ああ。それは確認した。五劫ミルについては追ってはいるが現状調査に割り振れる人員がいないというのもある。ま、私にはそこまで関係ないってのが幸いというところだ」
「上の枯草どもは冷や汗書いてるらしいがな」と木下副長が肩を竦めながら吐き捨てる。
「そうなんですね……」
私がそう言うと、木下副長は重い溜息を吐きながら片手で新しい缶コーヒーをプシュと開けた。
「そういや、今日夜なら私も時間が空くからどうだ?ディナーでも」
「え、いいんですか?」
「ああ。ただし、スレイスは誘うなよ。あいつは疲れる」
木下副長がげんなりとした表情を浮かべる。
それは中々見ない表情で、先輩はある意味凄いなと思った。
6時くらいにロビーで待ち合わせすることを約束し、私は礼をしてから副長室を後にした。
結局五劫ミルについては良く分からず、わだかまりが心にしつこく残った。
――――――――――――――――――――――――――――――――
夕方になり、太陽が地平に消えていこうとするとき、私はロビーで木下副長と会った。
だけど木下副長はまるで見てはいけないものを見つけてしまったような表情をしていた。
「で、なんでスレイス、お前がいる」
私達の隣には、いないはずの先輩が当たり前のように立っていた。
「美味しそうな匂いがしたから来ちゃった」
「帰れ」
木下副長の吐き捨てるような短い一言に、先輩は口を尖らせる。
「えーいいじゃん。私にも昔みたいにご飯連れてってよ」
「はぁ……割り勘でいいならな。お前いつも私に全て払わせてるんだぞ?」
「大丈夫大丈夫。今は財布があるから」
和服の懐から小さな財布を取り出し見せびらかす先輩。
「今日は噓偽りなく払えよ?私は今給料日前だ」
「やった~」
特に表情を変えずに喜んだことが分かるように先輩が叫ぶ。
私が木下副長と夕食に行くことを一瞬で察知してきたのを思うと凄いし、恐ろしい。
昔から先輩はシックスセンス的なものが備わっているらしく、幽霊は見えないが何かがあったりするときそれが感覚的に分かるという。
相変わらず本物の上位層は何が何だかよく分からない。
私がそう考えていると、木下副長は苦笑して肩を竦めた。
「まぁ行くならさっさと行こう。どこに行く?」
「じゃあラーメンがいい」
「お前には聞いていない。去ね」
―――――――――――――――――――――――――――
私達は夜の街を歩く。
歩くたびに秋の香だったり、シンとした夜の匂いがしたりする。
「結局ラーメンで良かったのか?」
コツコツと足音を鳴らしながら私の隣を歩く木下副長が私に問いかける。
「はい。私も丁度ラーメン、食べたかったんです」
「……そうか」
短く答えた木下副長が、「ん~~」と大きな背伸びをする。
それは私には副長ではなく、一大人として見えた。
「最近の調子はどうだ?」
「前よりも魔力が増えました。訓練のおかげです」
「それは朗報だ」
淡々とした口調の中に、嬉しさが滲んで聞こえる。
私も嬉しかった。もっと頑張りたい、と思えた。
目線を上げると、満月が私を迎えてくれて、応援してくれているような気分になる。
溢れる思いの刺激に思わず目を瞑る。
平和な夜だなぁと強く、強く思う。
だがその時だった。
「―――――あっおい前見ろ!」
木下副長が慌てて叫んだかと思うと、体が何かにぶつかるような感覚が走った。
「わッ!」
不意のことに、バランスを崩してしまい尻もちをつく。
目を開けて視界を確保する安心感と同時に、お尻がジンジンと痛む。
だが視線の上から見知らぬ声がかかった。
「ねぇ、大丈夫?」
視線を上げると、そこには少し年上くらいに見える青年がいた。
髪を綺麗に借り揃えており、若干中性的な見た目の美形だ。
大きなスーツケースを片手で引いており、秋にしては早いコートを纏っている。
「え、本当に大丈夫かい?」
呆けていると、青年が慌てたように聞いてくる。
「え、あ、大丈夫……です」
「あ、それなら良かった」
安心したように青年が息を吐くと、私に手を差し伸べてきた。
「大丈夫?立てるかい?」
「あ、ありがとうございます」
手袋を付けた手を握り返す。
青年は月光が逆光になって、どこか神秘的に見えた気がした。
起こしてもらうと、青年は「はぁ~」と安堵の表情を浮かべた。
「良かった良かった。帰る前に問題を起こしたら妹に会わせる顔がないから」




