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物書きの魔女  作者: おおは
序章
2/6

五陰盛苦

私は元々物書きをしていた。


だが物書きといっても、ノンフィクションなどで、ライトノベルなどは書いた試しがなかった。


それに加え、人気作家というわけでもなく、私はただ日々を締め切りに追われるためだけに費やしていた。


結局その末路が過労死であることを考えれば、非常に無作為、或いは愚かであっただろう。


だが死んだと思っていた私は、前世とは少し異なる世界で新しい生を受けた。


性別が男から女に変っていたことには驚いたが、やがて目の当たりにした新世界の前には霞んで見えた。


私が新生した世界には、驚くなかれ、魔法少女という存在がいた。


余りにもメルヘンで、そして、不思議な存在だった。


だが私が興味に逆らうことができず実際に戦う姿を眺めに行ったとき、少女が必死に戦うその美しい姿を目の当たりにし、思わず感動した。


何故かと聞かれるとはっきりと答えることは出来ないが、本能的に私は魔法少女に感動し、そして記録し、描くべきだと悟ったのだ。


結局私は物書きとしての矜持があったのかもしれない。


その姿を映すことを始めてからは紆余曲折あったものの、概ね満足のいく状況が続いている。


それが続けばいいと、私は(こひねが)わずにはいられなかった。


「さて、今日はこれくらいで終わろう」


私は一息ついてから、小説を保存しているノートパソコンをその思いごとパタリと閉じた。


ふと時計を見ると、既に学校の時刻が迫っていた。


最近(うた)た思うようになったが、二度目の高校生活は実に疲れる。


最近の高校生と会話が嚙み合わない上に、教えられることも前世を含め既習しているため飽きた。


せめても、と思い私服登校が許されている学校を選び、意図的に独りで過ごしている。


スカートを穿くなど物書きをやめるくらいもっての外である。


何着もスペアのある、灰色一色のシャツを着て教材の入ったリュックを背負う。


誰もいない家に挨拶をし、施錠してから歩道に出る。


この時間帯に歩道を歩いているのはサラリーマンに学童、散歩をする人―――――前世の世界と差して変わらない。


だが一度視線を上げ、ビルに映る巨大なスクリーン映像を見ればそれは大きく変化する。


そこに映るのは美男美女、ではなく魔法少女の姿だった。


魔法少女という存在は国が大々的に認めた結果今や広く受け入れられている。


勿論児童労働だの何だのと叫ぶ者も一定いたらしいが、国を相手にすることになった今は彼らにとって氷河期である。


駅の改札を抜け、ホームへと降りる。


周りにはたくさんの小さな光る板を無表情で、銅像のように眺める人々。


私は嫌気が差した。


滑るように入ってきた電車に逃げるように入る。


肉詰めのように入ってくる人々に押されながら、電車は機械的な音を出しつつガタンと走り出した。


レールが夏場に伸びる対策として設けられたレール間の隙間を通るたびに電車はガタン、ゴトンと心地よいリズムを奏でる。


床面積がないために棒のように突っ立つしかない私は隣の手すりにしがみつく。


揺れる度に流れる重力と、ぶつかる肩。


ふと私は昔、今と似たような状況で痴漢されたことがあったことを思い出した。


中身は初心な少女でもないのでどうでも良かったが、連れが後に勝手に色々仕出かしたという結末が懐かしい。


思わず思い出し笑いをしてしまうと、周りがそれに気づき、私を奇妙なモノを見る目で見てきた。



――――――――――――――――――――――――



キーンコーンカーンコーンという地獄の入り口への音と共に、私の学校生活は始まる。


暇な時間は友達と過ごすなどということはせず、夏目漱石と心を通わせる。


彼の「心」はそこそこの長さがあるが、無理なく読み進めることができるので私は細々とした合間で読んでいる。


まぁ合間で理解できるような小説かと言われれば否であろうが。


自身の世界に潜り込み、聞こえる音は小説の声と、ページを捲る音だけ。


気づけば教師が朝礼を始めていた。


「今日は午前中授業だから、しっかり受けること。そして、明日は休みだ。以上」


抑揚のない低音でそう言い残し、明日の休みを羨望する声で満ちる教室を颯爽と出ていった。


そこから始まる授業は退屈なので、窓の外を眺めることに費やすのだが、最近は教師にも呆れられたのか、一切注意は飛んでこなくなった。


結果放課後まで、ほとんど毎日続けるようになった。


とはいうものの、放課後は学校に未練もクソもないので趣味に有益に時間を費やすために偶にある場合を除きすぐさま帰宅する。


自宅は今世の一つ上の兄が未だ修学旅行に行っているのもあり、私一人だ。


時々風景写真を送ってくるので兄の動向ははっきりと分かっている。


親は? 現在海外赴任中である。父親だけだが。


母親は小学校高学年のころに病気で死んだ。


当時親に土下座せんばかりに縋られて渋々付けた「伊織の部屋☆彡」の吊り看板をつけたドアを開け、入って鞄を降ろす。


そして今朝机上の置いたままのパソコンを開く。


買ってから10年は立っており、所々ガタがきているが、やはり馴染みで気に入っているものだ。


電源を点けた画面上には、書きっぱなしの小説。


「そろそろ書かなければ。〆切が近くなってきている」


私はふぅと一息付いてから席に座り、ノートパソコンと対峙した。



――――――――――――――――――――――――



翌日、私の姿は自宅にはなかった。


住宅街の周囲より高い屋上の端に座る。


登り始めた太陽が、私の姿を煌々と照らし出す。


身体はいつもより小さく、そして魔力を纏っている。


即ち、魔法少女として私は今、存在している。


記録する為にまずはなってみるというのは前世から培った一種の経験だった。


足をプラプラと浮かすと同時に、風でいつもと違う服が揺れる。


ぶかぶかのために、パーカーは思ったよりも風に揺れやすかった。


だが、幸いにも華美なドレスではなかった。


「そろそろ主人公を見つけたいな」


曇り空に向かって呟く。


返事はないと思っていたが、背後から人の気配がした。


「見つかるといいですね」


振り返ると、連れである巫女服の長身長の女が立っていた。


だがその顔は一枚の札で隠されている。


非常に不気味だが、札にはちゃんとした意味があるので外すことはできないのだ。


「ああ」


私は遠くから飛んできた紙の鳥を手に乗せる。


「……南西300mに新しいラプス、か。それも強め」


風が吹き、私の邪魔だからと首元まで短く切ってしまった髪を撫でる。


丁度いい、と私は思った。


「行ってみようじゃないか」

「分かりました」


私はフードを被り屋上の端を飛ぶ。


本来は落ちるはずだが、私はふわりと浮き上がった。 


翼が生えているのではないかと幻視してしまうほど自然と浮き上がり、目的地へと幻の翼を羽ばたかせる。


女の方は林立するビルをドンドンと蹴り跳びながら私に付いてくる。


ポツポツと雨が降り始めた時、私達は現場に着いた。


そこには昔の西欧風の服装にリンゴを浮かせたラプスと、倒れ伏してボロボロの魔法少女の姿があった。


どうやらラプスが想像よりも強いらしく、花柄の魔法少女はほとんど攻撃するターンを与えられずに追いやられていた。


窮地に瀕した魔法少女の前にマスコットが立ちはだかる。


「僕が戦うっぴ」と言うその体からは魔力が溢れていた。


その余りにも主人公のような展開・表情に思わず私は感動した。


「蓋し私は今、素晴らしいものを見ている気がしてならない」


パチパチと握手をしながら、彼女達の前に姿を現す。


私を見て、驚愕の表情を浮かべていた。


「そうは思わないか?」


追い付いてきたもう一人にそう問いかける。


すると、女は全く疲労の色を見せずに姿を現した。


「……ええ、脳裡に焼き付きます」

「いわんやメモしておこう」


私は早速メモを取り出し、ペンを手に持つ。


そして目の前の光景を網膜に焼き付け、それを文へと昇華させる。


真実は小説よりも奇なりという格言もあるが、小説だからこその醍醐味もあると私は思っている。


だがいざ書き始めると、浮いていたラプスが何やら喚いたかと思うと、上下感覚が横に回転した感覚が私を襲った。


既に知っているので最早何の攻撃も、効果もないが。


私は地面に張り付いたように微動だにせず、一方で女は自身の腕を地面に突き刺し落ちないようにしている。


落ちてくる瓦礫も全て女が弾いてくれるのだが、ペンが左に重みがかかり、いささか書きにくい。


物書きとして、それは妥協できない点であった。


「全く、舞台上の人物が私の邪魔をするとは」

「どうしましょう。殺しておきましょうか?」


女が巫女服を揺らしながら平然とそう言う。あの落ちていった花柄の魔法少女を一方的に攻撃できたラプスに。


だが、私からしてみればあの程度のラプスなら問題なく消し炭にできることは良く分かっていた。


だからこそ、私は悠然と言い放つ。


「ああ、殺しておこう。もう物語のイメージは浮かんだ」


そこからは戦闘と呼べるのかも怪しい最早虐殺のような展開だった。


女が世界を置いていくような豪速に加えて、爆弾でも装着しているのかと思ってしまうほどの腕力による攻撃で、一部の土地ごと吹き飛んだのである。


破壊の衝撃で、辺りを凄まじい風圧が襲う。


だが私の周りだけ風は自らそこを避けるかのように流れ、心地よい風程度になっていた。


雨をも避け、周囲はセーフティゾーンと化している。


書き綴ったメモを懐に直し、無傷のまま巫女服を整えている女の元へ向かう。


「お疲れ」

「ありがとうございます。それで、あの魔法少女はどうするのですか?」

「ん?……ああ、花柄の魔法少女のことか?あれは私達の主人公候補になりそうだ」


遠くの建物の端に転がっている魔法少女へと視線を送る。


具現化したマスコット共々気絶しているらしく、動く気配はしなかった。


それを見た女が首を傾げる。札越しでも、不思議そうな表情をしているのが分かった。


「主人公、ですか」

「ああ。だけどあまりここに留まっていたら新しい魔法少女が来るからお暇しようか」


魔力を纏い、先ほどと同じように宙へと浮かぶ。


私は最後に花柄の魔法少女を再度見た。


「また会おう」


ザァーザァーと雨が激しさを増す空へ、私は飛び上がった。




























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