隙有如危
空まで届く斬撃が雲を断つ。
魔力で強化されていた斬撃は、空の彼方に消えるまで残り続けた。
「……想像よりも強いですね」
何とか避けた巫女服の女の左手は切られて吹き飛んだ。
だが、その声に震えは一切見られない。
「その顔の札、顔ごと切りたいなぁ」
「この札は取らない方が身のためですよ?」
「えーでも取り敢えず切ってから考えるよ。明日やるがモットーだから」
――――カチャ。
和装の魔法少女、スレイスが動くとと生じる刀の音。
彼女の刀は、雲空の下でも少ない光でキラリと不気味な光沢を放つ。
魔力が込められ、その輝きは人工調の淡い青色に染まる。
巫女は、札越しに冷や汗を掻いた。まさかここまで強くはないだろうと油断していたからだ。
ブォン。
刀とは思えない重低音が鳴ると同時に、恐ろしい速度の斬撃が放たれる。
巫女は札を丁度のタイミングで当てることで斬撃を逸らす。
だが完全には逸らしきれず、肩から鮮血が舞う。
巫女が肩の傷を見る間もなく、スレイスは再び構える。
「さてさてサテライト。そろそろ切っちゃおう」
深く腰を落とし、構える。
ふぅぅう、というスレイスの深呼吸が辺りにやけに大きく響く。
巫女はその張り詰めた空気と相手の強さに恐れおののくでもなく、感嘆の息を漏らす。
次の瞬間。
巫女ごと辺りが半分に―――――という結末はしかし、果たして訪れなかった。
「うわ――――」
どこからともなく一本の巨大な絢爛豪華な槍がスレイス目掛けて飛んできたのである。
突然の攻撃に一瞬判断が遅れたスレイスは、刀でそれを受けたものの、勢いそのまま遠くまで吹き飛んでいった。
「……随分窮地のようだ」
代わりに空から降りてきたのは、死神少女。
「直接こちらに飛んできて正解だったかもしれない」
「……そうですね。想像より恐ろしい強さでした。持ってくる札、間違えましたよ本当」
「流石は”魔女十傑”と呼称されるだけはあるということか……」
しみじみと頷く死神少女。
巫女は一度大きく溜息を吐いた後、服の汚れを手で払い落す。
巫女服は最初の頃と違い、あちこちに切り跡などが広がっている。
「左手は切られたのかな?」
「ええ。まぁ時間をおけば治るので然したる問題はありませんが」
切られた腕からはとめどなく血が流れているが、懐から取り出した札を巻いた瞬間一瞬にして血が止まった。
それを確認してから、巫女は死神少女の方、血で染まっている左腕の方を見た。
「出血してますが、大丈夫なんですか?」
「ああこれか。撤退してから治療する。私の魔法は自身の肉体には効果が薄いから、この種の毒が唯一の懸念点といったところだ」
特に気にしていないように死神少女が言う。
巫女は呆れたように一度溜息を吐いた。
「ではさっさと撤退してしまいましょう」
そう言って踵を返す、そのときだった。
「まだ切ってないのに忘れないで欲しいなぁ」
背後から鋭く恐ろしいプレッシャー。
「……先の攻撃を受けてもまだそんなに動けるんですね」
二人が振り向く。
そこには、吹っ飛んでいったはずのスレイスが立っていた。
無傷ではなく肩に大きな裂傷が出来ており、血がどくどくと流れている。
だが狂気的な目は一切変わっていない。
「……満身創痍では」
巫女が呟くと、スレイスは手を肩の裂傷に当て、血を掠め取った。
すると驚くことに、手に付着した血液を舌でペロリと舐めた。
「やっぱり血って美味しくないけど、美味しいよね」
そう言って恍惚とした表情を浮かべるスレイスに、巫女は苦虫を嚙み潰したような表情をした。
「……これ以上あなたの相手をしたくはないんですが」
「知らない。私には関係のないこと。切るまで切る」
「……そうですか。……色々面倒なので使いたくはありませんでしたが、仕方ありませんね。これ以上付き合っていられません」
再び溜息を吐いた巫女が右手を懐に手を入れる。
やがて取り出したのは、一つの綺麗な球だった。
ガラスのように透明で、美しく煌めき、まるで水を形取ったもののよう。
だがその球からはあまりにも不気味な気配が漂っていた。
気配に気づいたスレイスが一早く巫女目掛けて不可視の速度で刀を振るう。
「――――潮満玉、辺りを満たし給へ」
だが一歩早く巫女がそう呟くと同時。
ザバァァア!!!
透明な球から津波のような勢いで水が溢れ出した。
「――ッ!」
怒涛の濁流はスレイスをも一瞬にして飲みこみ、辺りを恐ろしい速度で満たしていく。
辺りは一瞬にして海のごとき有様となった。
「……相変わらず突飛した能力だ、神具というものは」
空に浮かびながら死神少女が呟く。
「しかし、これで潮満玉は私達が持っていると宮内省にバレてしまいますよ」
「まぁ構わない。大局に影響は出ないだろうからな……だがここに留まり続けるのは良くない。早速失礼しよう」
死神少女が本を開こうとした―――その時だった。
「―――――グッ……」
死神少女が急に空中で膝を付いた。その額からは冷や汗が溢れている。
「どうしましたか? まさか、毒ですか」
「ああ、その、ようだ。思ったより、強力、だな」
苦しそうに息をしながらも死神少女は笑みを浮かべた。
だがその余裕とは反対に、毒はだんだんとその恐怖を増す。
「ゴフッ……」
口から血が溢れたのだ。口元から血が垂れ、はるか下の地面へぽたぽたと滴り落ちていく。
「……不味そうですね?」
「ああ、まさか”小説”の魔法を、ここまで、超えてくるとは……いよいよ、彼女に構っていられないな。とっとと、帰って治療しよう」
死神少女が震える手で本を開くと、二人は光に包まれて消えた。
後に残ったのは、波の消えた地上の海と静寂だけだった。
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「……おーいおい、お前のところも災難なことになっているではないか!」
遠くから威勢のよい声が聞こえてくる。
ボーっとしていたスレイスが視線を上げると、向こうから何時ぞやの軍服調の魔法少女がボロボロのミドルミストを抱えながらこちらへと向かってきていた。
「辺り一帯水……海水だらけではないか。こちらもこちらで酷い有様だな」
般若のお面を顔に付けたまま、スレイスの前に降り立って言う。
「……逃げられちゃった。切れなかった」
「ふぅむ、やはり中々の手練れだったようだな。僕も逃げられてしまった。だがしかし。必ず次は捕まえる。この僕の名にかけて」
「私が切るから邪魔しないで。邪魔する者は切っていいって聞いたことがある」
スレイスが鋭いプレッシャーと共にテバーを見る。
テバーは暫く見つめた後、「……そんな話あってたまるか」と溜息を付いた。
「……僕は先に戻る。直にたくさんの魔法少女が来るから、後始末はそいつらに任せるといい。お前の後輩は治療のためこちらで本部まで持っていくぞ。お前も肩の傷が深いだろう。早めに治療に向かえ」
そう言ったテバーはスレイスの返事を待つことなくミドルミストを抱えて飛び去って行った。
その背後を、二人のマスコットが追いかけていく。
「……マスター、巫女は強かったっきゅか?」
テバーの姿が見えなくなるのを見届けたピータが、何とも言えない表情をしながら問いかける。
「……うん。思ったより強かった」
スレイスはただそれだけ答えた。
海水でびちょちょの服を風で揺らした。
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それから数日。
事の発端となったミドルミストとスレイスは木下副長に呼ばれていた。
廊下を歩いている最中、ミドルミストは前をのそのそと歩くスレイスを見た。
肩に深い傷が出来ていたため、包帯を巻かれているのが服越しに分かる。
ミドルミストはスレイスがケガを負っているのは珍しいと思った。
スレイスは最上級の戦闘力を誇る魔法少女である。
あの二人の戦闘力の高さに戦慄した。
「……ついた」
スレイスの声にはっとしたミドルミストの前には、ひと際大きな扉。
扉には”魔法省日本副長室 木下”と書かれた看板が打ち付けられている。
「たのもー」
スレイスがやる気のない声を上げながら、ドアを蹴り破る。
蹴られたドアは外れることはなかったものの、バンと轟音を鳴らしながら勢いよく開いた。
「……おい、ゆっくり開けろと何回も言っているだろ」
盛大な溜息と共にスレイスとミドルミストを迎えたのは、木下副長。
相変わらず、机の端には大量のコーヒー缶が並んでいる。
分厚い紙から視線を外し、二人を鋭く見つめる。
「はぁ全く。もういい。今は忙しいからな。……兎に角、早速その例の魔法少女と巫女服の女について教えてくれ」
「ふむ、なるほどな……」
二人からあらすじを聞いた木下は、考えるように机に肘を付く。
「主人公、か。また意味の分からん発言だな。なまじ野良の魔法少女は信念があやふやだから理解に苦しむ」
「……次に会ったら切っていいんだよね?」
「いいわけあるか。生きて捕縛が最重要だ」
木下がスレイスをギロリと睨みつけると、スレイスはそっと視線を外した。
「はぁ……兎に角、その二人には宮内省と協力して手配書を作る」
「手配書、ですか……?」
ミドルミストが神妙な面持ちで反駁する。
手配書、それは野良の魔法少女や犯罪に手を染めた魔法少女の捕縛目的で作られる一種の捜索願である。
「ああ、今回はスレイスが取り逃がしたことも踏まえて、端から最高ランクの一個前、準最重要に指定する」
「えー切りたいのに」
「静かにしていろ」
バサリと木下が言葉でスレイスを切り捨てる。
それに対しスレイスが大げさに驚くような仕草をするので、「もう知るか」と更に大きなため息を吐いた。
「取り敢えず今度からは見つけ次第捕縛対象として動いてくれ。ただし、強敵だから連携というものを忘れるなよ、連携を」
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場所は移り、宮内省本部のある部屋。
「……何ですって?」
まるで氷水を直接被ったかと錯覚するような冷えた声が響く。
その声を発したのは、巫女服を纏った少女、伽那だった。
報告に来ていた一人の部下である巫女は思わず冷や汗を掻いた。
「はい、間違いありません」
声を震わせながらも、固唾を呑むことで何とか言う。
「……手配書認定された魔法少女の仲間と思われる巫女が潮満玉を所持していたとのことです」
「……そう」
一言。
伽那は一切表情を変えずに言った。
だが、報告しにきた巫女にとってはそれはそれは恐ろしいことに感じた。
何を言わずに、ゆっくりと立ち上がる伽那
「……母が死んでから行方不明になっていたはずなのにね」
ポツリ、と抑揚のない声で言う。
部屋には服の擦れる音だけが静かに鳴る。
やがて伽那は薄い笑みを浮かべた。まるで、地獄を幻視してしまうほどの。
「そういつらに、詳しい話を聞かないと、いけないわね―――――」
共鳴するように、部屋のあちこちに貼られていた札が黒く染まった。
まるで伽那の力を、受け止めきれなかったかのように。




