第九話「初めての友、魔界の放課後」
魔王城の広大な中庭。かつては処刑場や練兵場として血を吸ってきたその場所は今、私の人生で最も「警戒レベルの高い聖域」へと変貌していた。
「……ザルガス様。南西30メートル、生垣の陰に動体反応。下級魔族の子供です。排除しますか?」 「待て、リリス。あれは調理場の下働きの娘だ。……武器は持っていない。様子を見ろ」
私とリリスは、木陰に身を潜め、岩石のように動かずネルを見守っていた。 そこへ、羊のような角を持つミアを筆頭に、コウモリの羽を持つ少年や、肌が青いサイクロプスの幼子など、四、五人の魔族の子供たちが恐る恐る姿を現した。
魔界において、種族の違う子供が群れることは稀だ。ましてや、その中心に「人間」がいるなど、前代未聞の事態である。
「こんにちは! ネルっていうの! みんな、しっぽやお耳、かっこいいね!」
ネルの屈託のない称賛が、緊張に凍りついていた子供たちの心を一瞬で溶かした。 「ネル……ちゃん? 私、ミア。……これ、一緒に遊ぶ?」 ミアが差し出したのは、魔界の硬い木の実。それを皮切りに、中庭は一気に「戦場」から「遊び場」へと塗り替えられた。
「おじちゃん、見て! みんなでお城作ったんだよ!」
ネルが自慢げに指差す先には、モルテから贈られた光る魔法石と、泥で作られた不格好な城。 ネルを中心に、魔族の子供たちが泥だらけになって笑い合っている。種族も、魔力の多寡も、食性すらも超えて、ただ「楽しい」という純粋な衝動だけで繋がる光景。
「……信じられん。我らが数百年かけても成し得なかった種族融和を、あの娘は砂遊び一つで完成させてしまった」
いつの間にか隣に立っていたゼオラが、感嘆の溜息を漏らす。彼女の手に握られた魔剣は、子供たちのボールがネルに当たりそうになるたび、抜かれそうになっていた。
「おい、ミアと言ったな。……ネルと仲良くしてやってくれ。それと、そこの羽の少年。ネルを転ばせたら、私が貴様の飛行訓練(地獄)に付き合ってやる」
私が影から声をかけると、子供たちは悲鳴を上げながらも、ネルに促されて元気よく「はい!」と返事をした。 ネルに友達ができた。それは武闘会での優勝よりも、魔王への忠誠よりも、私の胸を熱く、誇らしく震わせた。
日が落ち、影が伸びる。 「また明日、あそぼうね!」 「「うん、また明日!!」」
魔族にとって、明日は「生き残っているか不明な日」だ。だが、子供たちが交わしたその無邪気な約束は、呪われた魔界の歴史を塗り替える、最も美しく尊い予言のように響いた。
あのね、ネルね、きょう「おともだち」がいーっぱいできたんだよ!
ミアちゃんっていう、しっぽがふわふわな女の子だけじゃないの。 お空を飛べる羽が生えた男の子や、おめめが大きな子もいたんだよ!
みんなでね、モルテおじいちゃんにもらったピカピカの石で遊んだの。 ネルが「しっぽかっこいい!」って言ったら、みんなびっくりしてたけど、すぐにお砂でお城を作って遊んでくれたんだよ。
でもね、みんなときどき、後ろの木の方を見て「ひえっ」って顔をするの。 ネルが振り返ったら、おじちゃんとリリスおねえちゃんとゼオラおねえちゃんが、木の間からじーっとこっちを見てたんだよ。
おじちゃん、すっごく真剣なお顔をしてたけど、ネルと目が合ったら、ちょっとだけ笑ってくれたの。ミアちゃんたちにも「仲良くしてやってくれ」って、とっても優しい声で言ってくれたんだよ!(みんなはちょっと震えてたけど、どうしてかな?)
明日は、今日よりももっと大きなお城を作る約束をしたんだ! 「また明日ね」って言うの、ネル、とっても大好きなの。
明日も、明後日も、みんなで笑っていられるよね? おじちゃん!




