第八話「孤高の終焉と新たな絆」
執務室の窓から差し込む、黄昏の紅い光。 膝の上で絵本を広げるネルと、その横で不器用にページをめくるゼオラ。その穏やかな光景を見つめながら、私はふと、磨き上げた黒剣の表面に映る己の貌を見た。
――そこにいたのは、今よりもずっと、死神に近い眼をした男だった。
数年前の最高幹部会議。謁見の間の空気は、今とは比較にならぬほど凍りついていた。 円卓の端に座る私は、誰とも言葉を交わさず、ただ獲物を屠る機会を待つ獣のように殺意を研ぎ澄ませていた。
「ザルガスよ。貴様の剣は、もはや味方の首まで欲しているように見えるが?」
玉座に鎮座する魔王の、退屈そうな、しかし全てを見透かすような冷笑。 当時の私にとって、部下は磨り潰すべき石ころであり、同僚はいつか背中から刺すべき障害。私室に帰れば、あるのは血の臭いと、冷え切った沈黙だけだった。孤独を愛していたのではない。ただ、「誰かに触れる」という概念が、私の欠落した魂には存在しなかったのだ。
「ザルガス。貴様はいつか、己が撒き散らした憎悪に焼かれて死ぬだろう」
ゼオラがかつて、軽蔑を込めて投げかけた言葉。その通りだ。私は戦い、壊し、最後には何もない暗闇へ落ちる怪物になるはずだった。
「おじちゃん? ……おてて、痛いの?」
不意に、小さな、驚くほど温かい手のひらが私の大きな手を包み込んだ。 ハッとして視線を落とせば、ネルが心配そうに、私の「剣を握りしめて白くなった拳」をさすっている。
「……いや。何でもない」
視界の端で、幻影のように立っていた「かつての私」が、嘲笑いながら霧のように消えていく。殺気しかなかったこの部屋に、今は甘いスープの香りと、ネルの鼻歌が流れている。
「ザルガス。貴方が変わった理由は、その娘なのだな」
ゼオラが静かに、だが重く告げた。彼女の眼に、かつての軽蔑はない。あるのは、理解しがたい「変化」への戸惑いと、微かな羨望だ。
「……そうだ。この娘が、私の『渇き』を止めた」
私は、ネルの柔らかな髪にそっと指を通した。 かつての孤高の騎士は、もういない。今の私は、一人の幼女の寝顔を守るために、神の首を刎ね、魔界の秩序を灰にする男だ。
魔王がこの変節をどう受け止めるかは分かっている。 「最強の牙」が「守るための盾」に変わったことを、あの王が許すはずがない。
だが、たとえこの魔王城が燃え落ち、全魔族が私の敵に回ろうとも。 私はこの、小さくも尊い光を離すつもりはない。
「ネル、明日も、明後日も、スープを作ってやる。……だから、笑っていろ」
自らの運命を、反逆という名の業火にくべる覚悟。私は深く、かつてよりもずっと力強く、溜息を吐いた。
第八話あとがき
えへへ、ネルがかきます!
きょうのおじちゃんね、なんだか遠くを見てて、ちょっと寂しそうだったの。 だから、ネルがおじちゃんのほっぺを「ペチッ」てしてあげたんだよ!
そしたらおじちゃん、すぐに元に戻って、ネルを撫でてくれたの。 おじちゃん、ネルがいなかったときのこと、思い出してたのかな?
キラキラ髪のゼオラおねえちゃんも、昔のおじちゃんを知ってるんだって。 「昔のザルガスはもっと怖かったのよ」って言ってたけど、ネルには信じられないな。
だっておじちゃん、ネルにはとーっても優しいんだもん。
おじちゃん、これからもネルのこと、いっぱい見ててね!




