第七話「氷姫と炎の誓い」
魔界武闘会、決勝。
私の前に立つのは、魔王軍最強の騎士団長であり、「氷の姫」の異名を持つゼオラだ。 銀色の鎧に身を包み、峻厳な美しさを湛えた彼女は、私にとって単なる同僚ではない。――超えることの叶わぬ、絶望の象徴だった。
かつて幾度となく挑んだ模擬戦。私の放つ獄炎は、彼女の絶対零度の前では焚き火ほどの価値もなかった。剣を交わすたび、私の誇りは凍てつき、最後には心臓まで氷漬けにされるような完敗を喫してきた。 「ザルガス、貴様の剣には『執着』がない。空虚な男だ」 そう言い捨てられたあの日から、私は彼女との手合わせを避けていた。勝てる見込みなど、塵ほども感じたことがなかったからだ。
闘技場が、窒息しそうな静寂に支配される。観客の誰もが、私の無残な敗北を予感していた。
「ザルガス。まさか貴方が、この場所まで辿り着くとはな」
ゼオラの冷徹な声とともに、闘技場の地面が瞬時に白く凍りつく。大気が悲鳴を上げ、極大の氷槍が私の全方位から襲いかかった。
「だが、無駄だ。空虚な貴様の炎では、私の永劫なる氷を溶かすことはできん」
氷の嵐が私の視界を奪い、漆黒の甲冑に霜を刻む。だが、今の私には「空虚」などという言葉は無縁だ。 (……ああ、温かいな、ネル)
私の背後で展開された漆黒の翼から、かつてないほどの「熱」が噴き出した。それは魔族の魔力ではなく、魂そのものが燃焼する生命の輝き。 迫りくる氷槍を、私は避けることすらしない。ただ一歩、踏み出す。私の熱量に触れた氷が、絶叫を上げるように蒸発し、一面に白い霧が立ち込める。
「なっ……私の氷を、力ずくで蒸発させたというのか!?」
驚愕に目を見開くゼオラの懐に、私は影となって潜り込んだ。 かつては重く感じた甲冑が、今は羽のように軽い。私は全ての力を拳に込め、銀色の鎧――彼女の「拒絶の殻」を打ち砕いた。
咆哮。 ゼオラの体が闘技場の壁に深々とめり込み、勝敗が決した。
「……信じられん。貴様の内に、これほどの『熱』を宿す何があるというのだ」
瓦礫の中で横たわるゼオラが、初めて私を「対等な戦士」として見上げた。その冷たい瞳に、未知の事象への困惑と、微かな熱が宿る。
「……私の部屋に来るがいい。そこで、答えを見せてやる」
数日後。 執務室に現れたゼオラは、私の膝の上で無邪気に絵本を広げるネルを見て、石像のごとく固まった。
「ザルガス……。まさか、その幼子が……」 「おねえちゃん、髪の毛、キラキラしてる! 氷みたいできれい!」
ネルが駆け寄り、ゼオラの銀髪に触れる。 凍てつく冬の化身だったゼオラの手が、一瞬、殺意ではない震えを見せた。彼女は、自分を「きれい」と呼んだ小さな指先を、壊れ物を扱うように見つめる。
「……なるほど。私を打ち破ったのは、この脆弱で、しかし残酷なほどに熱い『命』か」
ゼオラは膝をつき、ネルの視線に合わせて腰を下ろした。
「面白い。ザルガス、私もこの『熱』を観察させてもらう。この氷が、どこまで溶かされるものなのか……私自身で確かめたい」
魔界最強の壁すらも、ネルという陽だまりの前に崩れ去った。 私の生活に、また一人、厄介で頼もしい「家族」が増えた瞬間だった。
第七話あとがき
えへへ、ネルがかきます!
きょうはね、おじちゃん、すっごく強かったんだよ! キラキラの髪のおねえさんと戦ってたんだけど、おじちゃんが「ドーン!」って勝ったの。
ネルね、おじちゃんに「がんばれー!」って応援したら、おじちゃん、もっともっと強くなったんだよ。 リリスおねえちゃんも、モルテおじいちゃんも「ザルガス様が……」ってびっくりしてたの。
あとね、キラキラ髪のおねえちゃんが、ネルのお部屋に遊びに来てくれたんだ。 おねえちゃん、ネルの髪を優しく撫でてくれたんだよ。
ネルのこと、もっと見てくれるって言ってたの。 これで、おじちゃんと、リリスおねえちゃんと、モルテおじいちゃんと、ゼオラおねえちゃん。 家族がいっぱいだね!




