第六話「激闘、魔界武闘会本戦」
闘技場の熱気は、本戦が進むにつれて狂気を帯びた「殺意」へと変貌していた。 三回戦までを塵を払うかのように終わらせた私の前に、ついにその男が立った。魔王軍随一の槍使い・ヴォルガ。かつて幾多の戦場を背中合わせで生き抜いた、唯一無二の戦友だ。
「ザルガス……。その眼、少し優しくなったな。だが、それは戦場では『綻び』に過ぎん」
ヴォルガの紅蓮の槍が、空気を爆ぜさせ、音を置き去りにして私の喉元を穿つ。 魔剣で受け流すも、衝撃波が腕の骨を軋ませ、脳を揺らした。速い。今までの雑魚とは、魂の純度が違う。
「死ね、ザルガス! 鈍った貴様に、守れるものなど何もない!」
紅蓮の槍が、千手観音のごとき無数の残像となって私を包囲した。 ガガッ、と硬質な音が響く。漆黒の甲冑が火花を散らして裂け、鮮血が宙を舞った。防戦一方だ。一歩退けば喉を突かれ、一歩進めば心臓を貫かれる。
ドゴォッ! 必殺の一突きが私の肩を貫通し、私は初めて土土埃の中に片膝を突いた。
「ザルガスも年貢の納め時か!」 「人間に絆された代償だ、無様に散れ!」
観客席からの嘲笑が、降り注ぐ礫のように突き刺さる。 傷口から魔力が霧散し、意識が遠のく。盾代わりの左の籠手は粉々に砕け散り、ヴォルガがとどめの槍を大きく振りかざした、その時だった。
「……じちゃん! おじちゃん、立って! 負けちゃだめーーーっ!!」
数万の罵声を、血を吐くような咆哮を、すべて力ずくで掻き消して。 その高く、あまりにも澄んだ「祈り」が、私の止まりかけた心臓に直接叩き込まれた。
見上げれば、リリスの腕の中で身を乗り出し、喉を枯らして叫ぶ小さな影がある。 その瞳に、敗北の二文字など欠片もない。ただひたすらに、私の勝利を信じ、私を見つめている。
「……ハ、ハハ。……そうだったな。私の命は、もはや私一人のものではなかった」
奥歯を噛み締め、立ち上がる。 その瞬間、私の内側で何かが『決壊』した。 己の内に眠る冷たい魔力が、ネルの叫びに呼応して、白熱するほどの熱量へと変質していく。
「ヴォルガ。悪いが……私はまだ、ここで倒れるわけにはいかんのだ」
咆哮。 私の背後から、漆黒の魔力が巨大な「翼」となって噴き上がった。それは破壊の象徴ではない。ネルを絶望から遠ざけるための、絶対的な守護の障壁。
「なっ……魔力が、形を変えたというのか!? 馬鹿な、そんな進化、聞いたことも――」
踏み込みの一歩で、闘技場の石畳が同心円状に砕け散った。 ヴォルガが反応するよりも速く、私はその懐へと沈み込む。
一閃。
魔剣が月光のような鋭い軌跡を描き、魔界の名工が鍛え上げた紅蓮の槍を、紙切れのように真っ二つに斬り飛ばした。
静寂。 静まり返った闘技場に、真っ二つになった槍が落ちる乾いた音だけが響く。
私は剣を納め、荒い息を整えながら、再びネルを見上げた。 彼女は、自分が勝ったかのように、顔をぐちゃぐちゃにして笑い、飛び跳ねている。
次は決勝。相手は魔王の懐刀、最強の騎士。 だが、今の私を止めるには、魔界すべての軍勢を連れてきても足りん。あの笑顔を明日も見せるためならば、私は神ですら、この剣で引きずり下ろしてみせよう。
第六話あとがき
あのね、おじちゃん、すっごく大変そうだったの。
悪い槍を持ったおじさんが、おじちゃんに「チクチク」してたんだよ。 ネル、おじちゃんが転んじゃいそうで、胸がぎゅーってなったの。
だからね、ネル、いっしょうけんめい「がんばれー!」って叫んだんだよ。 そしたら、おじちゃん、すっごく強くなって……!
おじちゃんの背中から、かっこいい翼が出てきて、ピカッて光ったの。 ネルの「がんばれ」がおじちゃんに届いたのかな?
リリスおねえちゃんも「やっぱりザルガス様ね」って、ちょっと泣きそうな顔で笑ってたよ。
おじちゃん、あともう一回勝ったら「いちばん」なんだよね? ネル、ずっと見てるからね。がんばって!




